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諸概念の迷宮(Things got frantic)

歴史とは何か。それは「専有(occupation)=自由(liberty)」と「消費(demand)=生産(Supply)」と「実証主義(positivism)=権威主義(Authoritarianism)」「敵友主義=適応主義(Snobbism)」を巡る虚々実々の駆け引きの積み重ねではなかったか。その部分だけ抽出して並べると、一体どんな歴史観が浮かび上がってくるのか。はてさて全体像はどうなるやら。

時代を駆け抜けたロジャー・コーマン監督の生き様

マルキ・ド・サド江戸川乱歩など、奇想系の作家はその奇想を世間に通用させようとする執念ゆえに時代を映す鏡となる事があります。おろらくその条件は以下。

  • 当人がある種の「マーケットの達人」である事…幽閉されてからその作家性を開花させたマルキ・ド・サドの場合、世間から取り残されるのを恐れるあまり最新流行の書籍を片っ端から差し入れさせ、全て読破して元ネタにしていたという。また、しばしばアイディア切れを起こした江戸川乱歩も「乱読の習慣」は作家活動に欠かせない一側面だった。

  • 幾多の時代を乗り越えて作家として生き延びてきた事…フランス絶対王政下で逮捕されたマルキ・ド・サドは、フランス革命期とテルミドール反動期とナポレオン帝政の時代を連続して作家として生き延びてきた。「モダニズムの時代」といわれる1920年代に本格派推理小説の作家としてデビューした江戸川乱歩の場合、1930年代は大人向け通俗小説の作家、1940年代から1960年代にかけては児童文学の作家として生き延びてきた。

そしてこの条件なら「B級映画早撮りの帝王」としてそのを歴史に残したこの人物も十分満たしている訳なんですね。

ロジャー・コーマン(Roger William Corman,1926年〜)

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アメリカ合衆国ミシガン州デトロイト生まれの、低予算映画をもっぱらとする映画プロデューサー、映画監督。「低予算映画の王者」あるいは「大衆映画の法王」などと呼ばれた。

  • 300を超える映画をプロデュースし、そのうち50は自分で監督した。1971年に「監督として引退」するまで(それ以後も1回だけメガホンを取ったほか、プロデュースは以後もずっと続けている)1年あたり7本の映画をプロデュースする早撮りぶりであった。最も早く撮った映画はおそらく、たった2日と1晩で撮られたといわれる『リトル・ショップ・オブ・ホラーズ』(1960)であろう。しかし、当の映画の撮影に当たったスタッフなどからはこうした「早撮り伝説」は批判され、コーマンが自分を神話化しようとしているとも言われている。

  • 組合に加入しているスタッフや俳優は、低予算映画で使うには賃金や労働条件の面で割に合わないことから、彼は大学の映画学部を出たばかりで就職していない若者や俳優を目指している若者などを頻繁に起用した。これは一方では映画への情熱に燃える若者を次々使い捨てることでもあったが、結果的に、こうした若者たちの映画人としてのキャリアのスタートおよび修練の場ともなった。

  • かつて彼の元で働いていたスタッフやキャリアを始めた俳優から、ジェームズ・キャメロンジョン・セイルズジョン・ミリアスピーター・ボグダノヴィッチジョナサン・デミデニス・ホッパージャック・ニコルソンピーター・フォンダロバート・デニーロマーティン・スコセッシフランシス・フォード・コッポラモンテ・ヘルマンゲイリー・カーツロン・ハワードガス・ヴァン・サントら、ハリウッドでその後活躍した多くの映画監督や俳優たちが輩出されたことは大変有名である。一方、フレッド・オーレン・レイやジム・ウィノースキーなど、あまりぱっとしないB級映画専門の監督たちも彼の下で働いていた。またフィリピンやペルー、カナダなどのプロデューサーにロケ地選定から映画制作まで丸投げする手法も用いている。

使える予算・人的資源・技術的資源の限界にシビアであり、身の丈を超えた映画は作らない人物である。多くの映画人が超大作の製作に手を出して転落することが多い中、コーマンは今日に至るまで大きな失敗なく生き残っている。

ネガティブな観点から「作家としては二流以下なのに、時代を見抜く目だけは確かだったので生き延びてしまった人達」とまとめられる事も多いグループ。しかしだからこそ、彼らを生き延びさせてきた「時代を見抜く目」とは何だったかから、ユニークな歴史観が抽出出来たりする次第。 

①この人物はデトロイトに生まれ、高校生の頃ハリウッドに引っ越したことをきっかけに映画に魅了される事になりました。スタンフォード大学で経営工学の学位を取得すると1953年より映画プロデューサー・脚本家としてのキャリアを開始し「ファイブ・ガン/あらくれ五人拳銃(1954年)」「荒野の待伏せ(1955年)」「女囚大脱走(1956年)」などを監督。この時期の作品としてはポール・ブレイズデルがクリーチャーを担当した「百万の眼を持つ刺客(1955年)」「金星人地球を征服(1956年)」「原子怪獣と裸女(1956年)」などが現在なお人気が高いとされています。彼の作品は主として1954年に設立されたサミュエル・アーコフ(Samuel Z. Arkof)とジェームズ・ニコルソン(James H. Nicholson)の映画会社「アメリカン・インターナショナル・ピクチャーズ(American International Pictures、 AIP)」を通じて主にドライブイン・シアター(往年のデート・スポット)へ配給されました。

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  • 『ファイブ・ガン/あらくれ五人拳銃(Five Guns West、1955年)』…時代は南北戦争の終り頃。五人の荒くれ男達が南軍に傭れ、三万ドルの金貨と南軍から寝返った男を乗せた北軍の駅馬車を襲う様に命じられて出発する。その全員が金貨の独り占めを目論んでおり、互い牽制し合いながら廃坑の町に到着する。そして今度はそこに住んでいる一人の女を巡っての小競合が始まる。

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  • 『百万の眼を持つ刺客(The Beast with a Million Eyes、1955年)』…宇宙からの侵略を描いた超低予算SF。舞台は周囲を砂漠に囲まれた辺境の牧場地帯。そこに住むをケリー家などの牧場主が、飛行機の通過音に似た奇妙な高音に悩まされる。次いで犬、鳥、牛などの動物が人間を襲い始める(ヒッチコックの「鳥(The Birds、1963年)」?)。実は砂漠に着陸したエイリアンが精神を乗っ取ったのだった。地球侵略を企むそのエイリアンは脳だけが異常に発達した精神だけの存在で、遂にケリー家に居候する脳障害の男(第二次世界大戦で脳の一部を失ったケリーの元部下)が精神を乗っ取られ一人娘を攫う(しかし娘への思慕の感情と板挟みになって死んでしまう)。唐突に明かされるエイリアンの存在(いきなりテレパシーで話かけてきて全てを明かす)。その説明によれば精神侵略の弱点は「愛」(誰か愛する人間がいると体が乗っ取れない)。窓に精神を乗っ取られ宇宙船を操縦していた別の星の生物(ポール・ブライズデルの作ったエイリアンで、まるで玩具の様な手袋状のパペット)が現れるが、いきなり死んでしまう。ラストシーンに現れる砂漠のネズミがエイリアンの新たな仮の肉体と思い行きや(明示はされない)いきなり捕食動物に貪り食われてしまうhttps://s-media-cache-ak0.pinimg.com/736x/5c/8a/44/5c8a440db78a09b71035ce6cb3e394b1.jpg
  • 『金星人地球を征服(It Conquered the World、1956年)』…科学者トム・アンダーソン(リー・ヴァン・クリーフ)は、高度な科学文明を地球に分け与えてもらおうと考える。そして金星人を地球に呼び寄せるが、金星人はロボット蝙蝠を使って人間を奴隷化し地球征服を開始する。妻を奴隷化されたポール・ネルソン(ピーター・グレイヴス)は、回復の望みのない妻を射殺。アンダーソンと共に洞窟の奥深くに隠れた金星人と対決する。
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  • 『原子怪獣と裸女(Day the World Ended、1956年)』…核戦争が勃発し世界は一瞬の内に消滅した。この事態に備えていた元軍人のマディソンは郊外の物資を保管した家に娘と共に籠城。そこに次々と招かれざる客達が訪れる。被爆した弟を担いで現れた好青年。ストリッパーを連れてやって来たトラブルメーカーの優男。ロバを連れてやって来たマイペースの老人。こうして七人と一匹の共同生活が始まる。被爆して重症だった男は驚異的な回復を見せるが、次第に夜の森を徘徊するなど不審な行動が増えて行く。どうやら放射能に汚染された環境に適応し、捕まえた動物を生のまま食べたりしているらしい。「我々もまた人でないものに変わってしまうのではないだろうか?」と生存者達は不安に駆られる。しかしさらに大きな恐怖が間近に迫っていた。普通の人間は耐えられない高濃度の放射能に包まれた丘の上では、それに適応して驚異の変身を遂げた新たな生態系が形成されていたのだった。スモークで表現される放射能は、それさえ避ければ被爆しない(すぐ近くにある泉が、これも決して汚染される事はない)。放射能で死に到るのは人間だけで、野兎とかは平気で駆け回っている。しかも死ぬ代わりに次第に皮膚が硬質化して新人類に生まれ変わったりもする。まさしくセンス・オブ・ワンダーの世界。http://s3.amazonaws.com/auteurs_production/images/film/day-the-world-ended/w856/day-the-world-ended.jpg
  • 「悪魔と魔女の世界 (The Undead、1956年)」…「アメリカ心霊研究所」なる施設を一組のカップルが訪れる。「所長」と面識のある「教授」が「深い催眠術をかける事で過去を遡れる」と主張し、その実例として「女性」を連れて来たのだった。「所長」は直ちに「女性」に催眠術を施す。すると彼女は前世に遡ってフランス貴族だった頃の記憶を語り始める。実は当時の彼女は処刑された魔女であり「教授」は彼女を救おうとしていた騎士だったのだという。

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  • 「早射ち女拳銃 (Gunslinger、1956年)」…ビヴァリー・ガーランドが女保安官を演ずる異色西部劇。保安官夫婦の夫が撃たれ、後任の保安官が到着するまで妻のローズが保安官バッジを付ける。町は鉄道敷設事業で荒れており、臨時保安官も情夫を奪い合って酒場の女主人と殴り合いの喧嘩をする。

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  • 「女囚大脱走(Swamp Women/Cruel Swamp/Swamp Diamonds、1956年)」…三人の女性受刑者が刑務所から脱走する。その逃避行を覆面警察官(リーハンプトン)が追跡する。実は真の狙いはルイジアナ州湿原地帯の奥に隠されたダイヤモンドの在り処を明らかにする事だった。「最低映画」にカウントされる類の出来栄え。

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  • 「巨大カニ怪獣の襲撃 (Attack Of The Crab Monsters、1957年)」…南海の孤島で水爆実験が行われ、津波の被害が出る。調査隊が派遣され、そのさらなる増員として科学者チームが島に上陸する。この時海に落ちた兵隊がいて、やがて首なし死体となって発見される。以降も水上艇が謎の爆発を起こしたり、不気味な地震が何度も起こったりと奇怪な現象が続く。その影響で地下の洞窟まで繋がる大きな穴まで開いてしまう。しかもそこには、放射能の影響で突然変異し、巨大化したカニ(しかも喰った人間の脳を自分の物にしテレパシーで話す事が出来る)が待ち受けていた。

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  • 「女バイキングと大海獣 (Viking Women、1957年)」…太古の昔、北欧の勇猛な部族を食糧欠乏の危機が襲う。それで年頃の女性だけ残して新天地を探しに出発するが音信不通となる。3年後、彼女らも彼らを探しに出発。しかし突然発生した渦潮の中から大海蛇が出現。船から振り落とされた彼女達は、先行した男達を捕縛した「王国」に漂着する。https://mfennwrites.files.wordpress.com/2014/01/vikingwomen-16.jpg
  • 「鮫の呪い (Sea gods of shark reef 1957年)」…カラーで撮影されたビーチ映画。海軍からライフルなどの武器弾薬を盗んで売り払って暮らしてる男達がいる。国際的な真珠製造販売会社に雇われた年頃の娘ばかり暮らす南洋の楽園に漂着する。そこでタブーを破ってしまい、娘達の幾人かが珊瑚礁の鮫神タンガロアに捧げられる。男達はお気に入りの娘だけ助けて真珠も盗んで島を脱出する。実はSFでもホラーでもなく特撮要素もゼロという詐欺映画であった。

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  • 「恐怖の獣人 (Teenage Caveman 1958年)」…見せ場は巨大トカゲとエダホサウルスの決闘(「紀元前100万年」のバンクフィルム)と下半身が獣で上半身が人間の怪物の襲来。穴居人の狩人達が次々と不思議に遭遇する。彼らには「川の向こうは禁断の地。決して足を踏み入れてはならない」という掟があったが、たまらずそれを破って怪物を倒す。その正体は仮面を被って馬に乗った人間で、彼の持ち物から見つかった本には文明社会の写真が貼られている。実はこの物語は原始時代の話ではなく、最終戦争後の文明レベルが後退した世界の話だったのである。その衝撃のラストが「猿の惑星(1968年映画化)」にインスパイアを与えたとされる事もある。http://www.horrorseek.com/home/horror/tonyrivers/caveman010.jpg
  • 「機関銃(マシンガン)ケリー (Machine Gun Kelly、1958年)」…後にアクション俳優として名を馳せるC・ブロンソンの初主演作。アメリカ犯罪史上に名高い強盗犯“機関銃ケリー“の半生を描く。仲間とともに銀行を襲撃しては、大金を手にするケリーだったが、死に対して異常なほどの恐怖心を抱いている。そのせいである日、棺を目撃したことで怖気づいてしまい、襲撃計画が失敗に終わる。やがて銀行襲撃の警戒が強まり、誘拐に鞍替えするが「最後の時」は刻々と迫ってくる。

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  • 「血のバケツ(A Bucket of Blood、1959年)」…チビでノロマのウォルターは、ビート族の集まるカフェで働きながら、いつの日か彫刻家になることを夢見ている。ある日、偶然に大家の飼い猫を殺してしまう。証拠隠滅の為、屍体を粘土で固め「死んだ猫」という作品だと称してカフェに持参する。これが大評判を取って一夜にして大スターとなる。そして「今度は死んだ人間の粘土像を是非作ってくれよ」とおだてられ、期待に応える為に人を殺さなければならない羽目に陥る。たった5万ドルの予算で、わずか5日間で撮影された作品。しかもこのセットを流用し、後にミュージカル化までされた『リトル・ショップ・オブ・ホラーズ』がたった2日で撮影された。

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  • 「リトル・ショップ・オブ・ホラーズ (Little Shop of Horrors、1960年)」…店長にこき使われていた花屋の店員シーモアはは同僚のオードリーに恋心を抱いている。しかしオードリーにはサディスティックな歯医者の恋人がいる。ある日シーモアは見たこともない植物を手に入れる。そしてその植物にオードリー2と名付け育て始める。その好物は人の血であり、ついに体が持たなくなるとオードリーの恋人の歯医者の殺害に踏み切る。

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  • 『蜂女の実験室(The Wasp Woman、1960年)』スズメバチロイヤルゼリーを使った若返り薬の研究に没頭する博士がいる。40歳過ぎてなお自らの経営する化粧品会社のカヴァーガールであり続けたいと願う女社長が出会ってしまう。その薬には犬を子犬に、猫を子猫に戻す効果がある。しかし副作用としてその生物はその後、凶暴な蜂キメラに変貌してしまう。かくしてこの女社長も次第に蜂女へと変貌し、何故か羽音を響かせながら人を襲い始める。

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  • 「地球最後の女 アイ・アム・ウーマン・オブ・レジェンド (Last Woman on Earth、1960年)」…美しい美貌の持ち主イヴと夫の大富豪ハロルドは倦怠期なのか、喧嘩ばかりの毎日を送っている。そこに若き弁護士マーティンが現れる。ハロルドはイヴに密かに恋心を抱くマーティンにまったく気づかず、三人でダイビングをしに行く。そして陸に戻ると人類が全滅している。生き残った三人は人類の存亡を賭け、アカプルコでの死闘を準備する。元ネタはおそらく「I Am Legend(原作1954年、初映画化1964年)」ではなく「渚にて(原作1957年、初映画化1959年)」。

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  • 『侵入者(The Intruder 1962年)』…チャールズ・ボーモント脚本、新人時代のウィリアム・シャトナー主演。8万ドルという厳しい低予算ながら、人種隔離や公民権の問題に迫った事が現在では評価されている。人種問題が強く残る時代に南部で撮影された為、撮影中に地元住民から脅迫・嫌がらせなどの仕打ちを受けた。ハリウッドのメジャー映画会社では敬遠されるような政治的スタンスの映画を撮影できたのも、柵の少ないエクスプロイテーション映画専門会社だったかからという皮肉。

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  • X線の眼を持つ男(The Man with the X ray eyes、1963年)』…可視能力を向上させる研究に打ち込み過ぎて破綻するエグザビア博士の姿を描く。『失われた週末』でアカデミー主演男優賞を獲得したレイ・ミランドをこの役に起用して話題に。かつて本作品のファンと自称するティム・バートンがリメイクをドリームワークス製作で企画していたが、『猿の惑星』のリメイク『PLANET OF THE APES/猿の惑星』を優先させたため、実質頓挫。

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②AIPは1950年代には市場細分化を行ってその対象を狙い撃ちにする方法を採用し、最初はホラー映画やSF映画に傾注しました。そしてロジャー・コーマンらが監督を務めた作品が2本立ての2本目に割り当てられる様になると次第に製作へと重心を移し、ついには高い製作価値をもつ映画を製作するに到ります。その皮切りになったのはコーマン監督による『アッシャー家の惨劇』(1960年)でした。ハマー・プロのカラー恐怖映画の成功に注目したコーマンは大好きなエドガー・アラン・ポオの作品を映画化したくてモノクロ映画を2本作るよりはカラーのシネマスコープ映画を1本作る方が得とアーコフたちを説得。セットはハリウッド中のスタジオから払い下げされた使い古しの中古セットで組み、出演者やスタッフは最小限にして徹底的な合理化で低予算ながら、観客に受ける恐怖映画を世に送り込みました。ポオの原作は有名だっただけではなく、既にパブリックドメインだったので映画化の権利金が一切不要なのも思惑のひとつでした。以降もコーマンは脚本家のリチャード・マスシンと組んでエドガー・アラン・ポーの短編小説を自由に翻案し次々と怪奇映画を生み出し続け、そのほとんどにヴィンセント・プライスを出演させ、チャールズ・ボーモントを脚本に参加させ続けました。そのうち一つが『赤死病の仮面』(1964年)で、撮影監督をイギリスのカルト映画監督であるニコラス・ローグが担当しています。

  • 『アッシャー家の惨劇(House of Usher、1960年)』エドガー・アラン・ポーの短篇『アッシャー家の没落』の映画化。脚色リチャード・マシスン。撮影は「真昼の決闘」のフロイド・クロスビー。音楽は「蛮族の恐怖」のレス・バクスター。出演は「地獄へつづく部屋」のビンセント・プライス、「ならず者部隊」のマーク・デーモン、日本初登場のマーナ・ファーイ、ハリー・エラーブの4人(ほかにはアッシャー家代々の亡霊役で数人出演しているだけ)。旧友アッシャーが妹と二人で住む屋敷に招かれた語り手が、そこに滞在するうちに体験する様々な怪奇な出来事を描く。美女の死と再生(あるいは生きながらの埋葬)、得体の知れない病や書物の世界への耽溺など、ポー作品を特徴づけるモチーフの多くが用いられている。
    エドガー・アラン・ポー Edgar Allan Poe 佐々木直次郎訳 アッシャー家の崩壊 THE FALL OF HOUSE OF USHER
    http://1.bp.blogspot.com/-uMDxqrm-d5w/UI9hvefYHcI/AAAAAAAAAiM/P2fy4e5-7RY/s1600/The+Fall+of+The+House+of+Usher+film+still+1960.jpghttps://enjoythecrawl.files.wordpress.com/2014/10/house-of-usher.jpghttp://zombiehamster.com/wp-content/uploads/2013/09/The-Fall-Of-The-House-Of-Usher-Blu-ray-review-Vincent-Price.jpghttps://encrypted-tbn1.gstatic.com/images?q=tbn:ANd9GcQQOw_pPH-nNWO3PoY-cH4FbjlKmzgNFet5NwIjcMkhC5-LPc90http://bigerboat.com/indexfx/wp-content/uploads/2014/04/usher2.jpg
  • 『恐怖の振子(The Pit and the Pendulum、1961年)』エドガー・アラン・ポーの『穴と振子』『早すぎた埋葬』の2つをあわせて映画化した怪奇映画。この作品もリチャード・マシスンが脚本、撮影をフロイド・クロスビー、音楽をレス・バクスターが担当。姉エリザベス(バーバラ・スチール)の死因を確かめるべく英国からスペインに渡ったフランシス(ジョン・カー)。荒海に突き出たメディナ家の陰鬱な館に到着。しかし姉の夫で当主のニコラス(ヴィンセント・プライス)は血の病で死んだとしか語らず、主治医レオンは「エリザベスの死はこの暗い建物のせい」と話す。やがて幽霊騒ぎが起こるが実はエリザベスは生きており(死んだものとして葬られた彼女を相思相愛の関係にあったレオンが救いだし、地下室の片隅にかくまっていた)彼女の亡霊でニコラスを発狂させ、その財産を横領する計画だった事が明らかとなる。かくしてニコラスは残虐で知られた先代が地下に敷設した恐ろしい拷問室に追い詰められるが鉄棒でレオンを斃し、エリザベスを死の拷問箱に押し込み、フランシスをも殺そうと企むが飛び込んできた執事と争って自滅してしまう。
    エドガー・アラン・ポー Edgar Allan Poe 佐々木直次郎訳 落穴と振子 THE PIT AND THE PENDULUM
    エドガー・アラン・ポー Edgar Allan Poe 佐々木直次郎訳 早すぎる埋葬 THE PREMATURE BURIAL

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    http://cdn1-www.comingsoon.net/assets/uploads/gallery/pit-and-the-pendulum-1961-STYD/pit3.jpg

  • 『姦婦の生き埋葬(The Premature Burial、1962年)』…チャールズ・ビューモント、レイ・ラッセルが共同で脚色、撮影はフロイド・クロスビー、音楽はロナルド・スタインが担当。1860年代ロンドンの荒廃した墓地でゴールト博士(アラン・ネイピア)と2人の医学生(レイ・ミランド扮するガイとリチャード・ネイ演ずるマイルス)の3人がある墓を掘り起こし、棺の中の死体が生きたまま埋められた事を確かめる。ショックをうけたガイは自分の部屋にとじこもり博士の娘エミリー(ヘイゼル・コート)との婚約も破棄してしまう。エミリーはガイを問いつめ、彼の祖先の不可解な死と、持病の硬直症に悩んでいることを知る。またガイは自分もいつかは生きたまま埋葬されるのでは、と信じてしまう。エミリーは説得につとめ、やっとのことで結婚式を挙げたが以降もガイの脅迫観念は激しくなり、万一誤って葬られても抜け出せる工夫を施した棺まで造らせるまでとなる。そんなある日、四方を塗りこめた壁に猫を閉じこめたことから、ますますガイの妄想がつのる。エミリーから助言を求められたマイルスは納骨堂を開き、彼の父が生き埋めになったのではないことを証明することにする。しかし一同立ち合いで開いた棺の中の遺体は、明らかに生きながら葬られたものだったのでガイは卒倒する。マイルスも博士も死亡と断定、ガイは生きながら棺に入れられる。その夜、博士に買収された2人の墓掘りが棺をあけると、ガイが踊り出て2人を討ち倒し、さらに博士を襲って殺してしまう。そして邸にとって帰すとエミリーまで生き埋めにする。博士達との共謀を疑ったのである。マイルスは、ガイの妹ケイトを誘い、エミリーを探して歩くうちガイに襲われる。マイルスの命が危いと思われたときケイトの拳銃が火を吹く。狂った兄の凶行を見るに耐えず、死を与えたのである。ホフマンの幻想小説をも思わせる神経症的世界。
  • http://bigerboat.com/indexfx/wp-content/uploads/2014/04/prematureburial.jpghttps://maniacosporfilme.files.wordpress.com/2014/10/the-premature-burial-5.jpg

  • 『黒猫の怨霊(The Black Cat、1962年)』…ポーの同名小説をリチャード・マシスンが脚色。撮影はフロイド・クロスビー、音楽はレス・バクスターが担当。酒好きのモントレソー(ピーター・ローレ)は妻のアナベル(ジョイス・ジェームソン)と2人暮らしの気易さから、毎夜酒場で大酒を呑んでいる。そしてある夜、利き酒の会場にまぎれ込んでその筋の名人フォルチュナト(ヴィンセント・プライス)に挑戦して酔い潰れてしまう。一方、淋しさのあまり黒猫を溺愛していたアナベルは、夫を送って来てくれたフォルチュナトと深い仲になってしまう。それを夫モントレソーに見つかり、2人とも殺害され、地下室の壁に死体を塗り込まれてしまう。数日後、2人の亡霊に悩まされ続けていた彼の前に、思いがけず警官が訪れる。アナベルのいなくなったのを、不審に思った隣人の届出で、調べに来たのである。部屋中を捜索した警官は別に異状のないことを知って立ち去ろうとするが、その瞬間、壁の向う側から猫の鳴き声が聞えて来る。驚いた警官は壁が新しく塗りかえられているのに気づき、壁を叩き破る。すると2つの死体が転り出る。
    エドガー・アラン・ポー Edgar Allan Poe 佐々木直次郎訳 黒猫 THE BLACK CAT

    http://4.bp.blogspot.com/-Bh3lYeA3N3o/ViSyMcXK4YI/AAAAAAAATh4/RTulZ9i9NdM/s1600/vincent%2Bprice%2Bwine.jpghttps://maniacosporfilme.files.wordpress.com/2014/08/tales-of-terror-4.jpg

  • 『忍者と悪女(The Raven、1963年)』…ポーの物語詩「大鴉」が原作。低予算ホラーを支えた三大怪優の一人ヴィンセント・プライス、元フランケンシュタインボリス・カーロフ、サスペンス作品でお馴染みの怪優ピーター・ローレ、AIPの人気俳優ジャック・ニコルソンといった錚々たるメンバーが集結した単純明快なコメディ作品。クライマックスではヴィンセント・プライスボリス・カーロフの演じる「黒魔術使い」がユーモラスな黒魔術合戦を展開するが、当時の日本では「黒魔術使い」という存在がメジャーでなかったのと忍者ブームの最中だったのが重なってこの邦題となった。

    大鴉 - Wikipedia

    http://www.milibrary.org/sites/default/files/events/listing_images/1378404909/Vincent-Price-The-Raven-45352713088.jpeg

    http://i289.photobucket.com/albums/ll225/Andrei_STF/-TheRavenRogerCorman1963VincentP-3.png

    http://media.boingboing.net/wp-content/uploads/2015/07/KjOZM7.gif

  • 『赤死病の仮面(Masque Of The Red Death;1964年)』ヴィンセント・プライス演じる暴虐な貴族がその暴虐ゆえに滅びさっていく悲劇を描く。その演技を支えるのは、もはやB級とは言えない豪奢なセット。

    https://forgottenfilmcast.files.wordpress.com/2012/03/masque-of-the-red-death-1.png

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  • 『黒猫の棲む館(The Tomb of Ligeia;1964年)』…死んだ美人妻が化けネコになって蘇る。ポーの短編『リジイア』を基底に構築しつつも『黒猫』要素も取り入れて原作の雰囲気を再現した。

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③そして1960年代後半になるとアメリカン・ニューシネマ(New Hollywood)ブームを準備し、それが本格化すると自らもそれにあやかっていったのです。

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  • 「ワイルド・エンジェル (Wild Angels、1966年)」…アメリカ物質文明の行き着く果てに現れたバイクの暴走と非行に耽溺する若者達を描く。アメリカン・ニューシネマを準備した作品の一つ。脚本はチャールズ・グリフィス、撮影はリチャード・ムーア、美術はレオン・エリックセン、音楽はマイケル・カーブがそれぞれ担当。出演は「イージー・ライダー」のピーター・フォンダ、「スピードウェイ」のナンシー・シナトラ、「あなただけ今晩は」のジョーン・ショリー、ほかにブルース・ダーン、ダイアン・ラッド、フランク・マクスウェルなど。

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  • 「白昼の幻想 (The Trip;1967年)」…離婚寸前の男がLSDを服用しようとする物語。俳優のジャック・ニコルソンが、脚本家として参加した。アメリカン・ニュー・シネマに数えられる一作。ピーター・フォンダデニス・ホッパーブルース・ダーン、スーザン・ストラスバーグらが出演。

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  • 「聖バレンタインの虐殺/マシンガン・シティ (The St.Valentine's Day Massacre!、1967年)」…ギャング史上に悪名高い「聖ヴァレンタイン祭日の虐殺(カポネ一家とラモン・ギャング一味の抗争を発端に発生した大虐殺事件)」を軸にドキュメンタリー・タッチでアル・カポネの悪行を描く。殺し合いの場面にマカロニ・ウエスタンの派手で残虐な演出の影響が見て取れる。

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  • 「ターゲット・ハリー (Target: Harry、1968年)」…スゴ腕パイロット、ハリーが英国造幣局から盗まれた5ポンド紙幣の原版を巡る争奪戦に巻き込まれる。主人公に襲位かかる刺客はトルコ相撲(yagli gures:ヤールギュレシ)の使い手(巨漢達がオイルを塗って取っ組み合うトルコ相撲の場面もちゃんとある)。人間の頭をメロンのように砕くという触れ込みで、実際女性一人(シャーロット・ランプリング)を下着姿にした後で頭を砕いて殺害する。クライマックスには遺跡を舞台に牧歌的な銃撃戦が展開し、観光客が次々と巻き添えになる。http://s1.dmcdn.net/GHo41/1280x720-5RK.jpg

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  • 「血まみれギャングママ (Bloody Mama、1970年)」大恐慌時代に全米各地を股に掛けて乱暴狼藉を繰り返したバーカー一家の狂気に満ちた犯罪をモチーフとするクライム映画。清々しいまでに「俺達に明日はない(1967年)」の二番煎じ。貧農に育った“マー”ことケイト・バーカー(シェリー・ウィンタース)は、幼い時に実の父や兄からレイプされ、その忌まわしい記憶から四人の息子を溺愛する様になる。そして息子達の罪を隠す為、彼らを連れて夫を捨てて旅に出る。“マー”にだけは暴力を厭わない長男のハーマン(ドン・ストラウド)。麻薬中毒の次男ロイド(ロバート・デ・ニーロ)。温厚な三男アーサー(クリント・キンブロー)。そして男色の気がある四男フレッド(ロバート・ウォルデン)。彼らと行く先々で強盗、殺人、暴行を繰り返す毎日。そして遂に一攫千金を狙って大富豪のサム・アダムス・ペンドルベリー(パット・ヒングル)誘拐を企て、首尾良く成功する。しかし父に似ていたためハーマンが彼を逃がし、これがもとでFBIに居所が知られ、捜査員との壮絶な銃撃戦に発展する。 

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④1970年代に入るとコーマンは監督を引退し「ニューワールド・ピクチャーズ(New World Pictures)」を拠点とする様に。「残酷女刑務所(71年)」「ビッグ・バード・ケイジ(72年)」「女刑務所/白昼の暴動(1974年)」が「後に黒人搾取映画の顔となるパム・グリアーを世に送り出します。

WOMEN IN PRISON MOVIE

監督業を引退したのは、なまじ「時代を見抜く目」が鋭かったが故にこれからの時代はもう自分の監督術が通用しないと気づいてしまったせいとも、逆にプロデューサーに専念すればしばらく現役に残れるという自負心ゆえの決断だったとも。
*一方、コーマンが離れた後のAIPは1970年代前半にはブラックスプロイテーション・フィルムを量産、後半は悪魔の棲む家、ナバロンの嵐、ドクター・モローの島といった有名俳優を起用したメジャー志向の高予算映画を次々に製作する様になったが、その為に次第に経営が傾き始め1979年にフィルムウェイズに買収される。翌年社名をフィルムウェイズ・ピクチャーズに改称。1982年にオライオン・ピクチャーズに買収され版権も移るが、同社もやがて破産しMGMに買収。またMGMもソニーに買収されるなど転々としている。

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ブラックスプロイテーション(Blaxploitation) 映画

1970年代前半のアメリカで生まれた映画のジャンル。主に郊外のアフリカ系アメリカ人をターゲットに作られたエクスプロイテーション(搾取)映画であり、名前の由来は "black" と "exploitation" をあわせたかばん語である。「黒いジャガーShaft)シリーズ3本(1971年〜1973年)」、「野獣戦争 (Trouble Man、1972年)」、 パム・グリア主演の「コフィー(Coffy:1973年)」「フォクシー・ブラウン(FOXY BROWN;1974年)」、そして「Super Fly(1972年)」あたり。AIPは吸血鬼映画の黒人版「吸血鬼ブラキュラ(Blacula、1972年)」「吸血鬼ブラキュラの復活(Scream Blacula Scream、1973年、パム・グリア出演作)」まで製作した。

  • 黒人の俳優達が主演で、サウンド・トラックにファンクやソウルミュージックを使用した。ヴァラエティ誌は「スウィート・スウィートバック(Sweet Sweetback's Baadasssss Song、1971年)を嚆矢とするが、米国人作家ダリウス・ジェームズなどは、この作品がインディペンデント映画である事からハリウッド資本の「黒いジャガーShaft、1971年)」こそ嚆矢とする。
    公民権運動最盛期に製作された「(黒人刑事を主役に据えた)夜の大捜査線(In the Heat of the Night、1967年)」「(ゾンビとの戦いをただ一人生き延びた黒人青年が人間の救援隊に射殺される)Night Of The Living Dead(1968年)」、カルト女優パム・グリアを実質上デビューさせた「残酷女刑務所(The Big Doll House、1971年)」「ビッグ・バード・ケイジ(The Big Bird Cage、1972年)」「女刑務所/白昼の暴動(Caged Heat、1974年)」の「女囚三部作」、(公民権運動の勝者たる)黒人と(勝利を知らない)イタリア系移民の確執を背景とする「ロッキー(Rocky、1976年)」などが果たした役割も関連して語られる事も多い。

  • アクション主体のハードボイルド物に分類される作品が多い。舞台設定が西部か北部の場合、ゲットーが主な舞台となり、ポン引き、麻薬密売人、ヒットマンが出てくることが多い。こういった映画では麻薬、アフロヘアー、 "Pimpmobile" (改造した高級車。1970年代のリンカーンやキャディラックが多い)、また腐敗した警官や政府関係者、簡単に騙される麻薬組織の人物といったネガティブな白人キャラクターが登場することが多い。こういった白人キャラクターは”Honky”といった中傷的な呼び方をされる。 南部が舞台の場合にはプランテーションが主な舞台となることが多く、奴隷制や混血といったテーマが扱われる。

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  • 『スウィート・スウィートバック』以降、多くの映画でファンク・ミュージックがサウンド・トラックに使われるようになっていった。こういった音楽は1つの音楽ジャンルに発展してゆき、映画と同じくブラックスプロイテーションと呼ばれるようになっていく。有名な例としてはカーティス・メイフィールドの『Super Fly』や、アイザック・ヘイズの『黒いジャガー』がある。

  • ブラックスプロイテーションには観客にアピールするため、黒人のポン引きや麻薬密売人といったステレオタイプな人物が登場した。これは白人の側から黒人を見たイメージとも繋がっていき、結局はブラックスプロイテーションというジャンルの終わりを招いてしまったと考えられている。 全米黒人地位向上協会、南部キリスト教指導者会議 (Southern Christian Leadership Conference)、全米都市協会 (Urban League)といった黒人団体が共同でブラックスプロイテーション映画に反対した。こういった運動には多くのアフリカ系の映画人たちのバックもあって、1970年代の終わりにはブラックスプロイテーションは姿を消してしまった。

批評家の中にはこのジャンルの作品はアフリカ系の人々がスクリーン上に登場する大きなきっかけとなったと評価している者もいる。更に、将来の映画人たちが、インナーシティの貧困といった問題を扱う基礎ともなった。1990年代初めになって、アフリカ系の映画人たちが、黒人の生活を描いた作品を制作している。その中にはスパイク・リーの『ドゥ・ザ・ライト・シング』やジョン・シングルトンの『ボーイズ'ン・ザ・フッド』などがある。

  • 『残酷女刑務所(The Big Doll House;1971年)』.。.フィリピン・ロケの格安製作費映画。おそらく同じ女囚物の「女体拷問鬼看守パム(Women in Cages;1971年)」にセットを使い回した。拷問やレイプが横行する人里離れたラテン・アメリカの女囚刑務所を舞台に夫を殺した女コリア(ジュディ・ブラウン)、革命家ラファエルの愛人ボディーン、淫売婦グリーア(パム・グリアー)、麻薬常用者ハラド、オールコット(ロバート・コリンズ)といった女囚達の凄惨な戦いを描く。製作はエディー・ロメロ、ジェーン・シャファー、監督はジャック・ヒル、脚本はドン・スペンサー、撮影はフレディー・コンデ、音楽はホール・ダニエルズ、編集はミリー・ポール、クリフ・フェネマンなどが各々担当。パム・グリアーが歌う主題歌は後のタランティーノ作品『ジャッキー・ブラウン』でも使われた。ジャック・ヒル監督は後にパム・グリアーと組んでより洗煉された女囚物「残虐全裸女収容所(The Big Bird Cage;1972年)」やタランティーノ監督絶賛のブラックスプロイテーション映画「コフィー(Coffy:1973年)」や「フォクシー・ブラウン(FOXY BROWN;1974年)」を手掛ける。
    *これらの作品で「女必殺仕置人」として麻薬ディーラーを殺しまくるその勇姿を『エイリアン』のリプリーや『ターミネーター』のサラの原型と見る向きもある。ちなみにこうした作品のファン層の間ではイタリアのジャッロ(Giallo;複数形はGialli(ジャッリ))映画(フランスの幻想文学、犯罪小説、ホラー小説、エロティック文学に密接に関わるグラン・ギニョール風猟奇ミステリ)と一緒くたに日本の鈴木則文監督の手になる「恐怖女子高校シリーズ(Terrifying Girls’ High School ;1972年~1973年)」「聖獣学園(School of the holy beast;1974年)」や彼の緋牡丹博徒シリーズに端を発する「女囚さそりシリーズ(Female Convict Scorpion;1972年~1973年)」などもカルト的人気を誇ってたりする。

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  • デス・レース2000年(Death Race 2000、1975年)』.。.カルト映画の奇才ポール・バーテルがメガホンを取り、B級映画の帝王であるロジャー・コーマンが製作。デヴィッド・キャラダインほか『ロッキー』により人気を博したシルヴェスター・スタローンのブレイク直前の出演作品であり、低価格なギャラで主役のライバルを演じている。国民から絶大な人気を誇る“デス・レース”が開催され、優勝に意気込む5組のレーサーたちが死闘を繰り広げるが、レース中に人を殺せばポイントを獲得できるなどという過激な内容と、随所に満載されたコミカルなブラック・ユーモアが支持され製作後30年以上経ってなおカルト的人気を誇る。

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⑤1983年にニューワールドを売却し、新たにコンコード・ニュー・ホライズン・ピクチャーズ(Concorde New Horizons Pictures)を設立。

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  • 海外作品のアメリカでの配給も多く、日本のアニメに早くから目をつけ,1980年代前半には『銀河鉄道999(劇場版)』『風の谷のナウシカ』などを配給したが、吹き替え版製作にあたりキャラクター名やストーリーの徹底的な改変をしたことから評判も悪い。
    もっともこれは日本のアニメに限ったことではなく、ロシア製SF映画『火を噴く惑星』を若き日のピーター・ボグダノヴィッチ(デレク・トーマス名義)を使って『金星怪獣の襲撃』に編集・改作したり、『日本沈没』をアメリカが日本の危機的状況を救う『Tidal Wave 』に作り変えて公開したりしている。作家性よりも観客の嗜好に極力迎合するのがコーマンの一貫したポリシーなのだった。
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  • ちなみにアメリカ人はスタジオジブリの事を普通に米国ランキン・バス・プロダクションの下請けとして「ホビットの冒険(The Hobbit、1977年)」「王の帰還 (Return of The King、1980年)」「ラストユニコーン(The Last Unicorn、1982年)」などを製作したトップクラフト(1972年〜1985年)の後継会社と考えていたりする。
    *作風にも連続性があると主張する人もいる(例えばオープニング画面など)。
    時の旅路にて 「ラスト・ユニコーン」

⑥もっとも1990年代以降、彼のお家芸であったゴシック・ホラーやB級アクション映画、B級SF映画、B級怪物映画をハリウッドが大金を投じて製作するようになり、彼はその便乗映画(『ジュラシック・パーク』に便乗した『恐竜カルノザウルス』(1993年)、およびセット等を再利用した『カルノザウルス2』『ジュラシック・アマゾネス』のような映画)を撮るしかなくなるなど、かつて占めていた居場所は喪失しつつある。また俳優志望や監督志望の若者をハリウッドやテレビ業界が積極的に抜擢するようになった事もあり、コーマンのスタッフからはあまりスターが出ないようになった。

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  • その自伝「私はいかにハリウッドで100本の映画をつくり、しかも10セントも損をしなかったか(日本語版1992年出版)」 は、彼の映画産業でのB級映画制作の体験やサバイバルを描いた資料である。

  • そのカルト的人気から『ゴッドファーザー PART II』『アポロ13』『羊たちの沈黙』『スクリーム3』(2000年)や『ビバリーヒルズ青春白書』などに呼ばれゲスト出演している。また,1996年にロサンゼルス批評家協会賞(生涯功労賞)を,2009年にアカデミー名誉賞を受賞している。

  • 2011年には、コーマンや関係者にインタビューしたドキュメンタリー映画『コーマン帝国』(原題: Corman's World: Exploits of a Hollywood Rebel、監督: アレックス・ステイプルトン)が公開された。

まさしく「B級映画の帝王」。ちなみに当時コーマン監督と組んでいた脚本家のリチャード・マスシンの初期長篇が「I am Legend(初期邦題「吸血鬼」1954年)」。これを原作として撮影されたのが… 

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藤子・F・不二雄のSF短編「流血鬼(1978年)」も本作へのオマージュ。そして割とゾンビの起源は吸血鬼だったり、全面核戦争や宇宙人への恐怖だったり、エドガー・アラン・ポー流の「(奇病と絡んだ)生きながらの埋葬」だったりハマー・プロの「吸血ゾンビ(The Plague of the Zombies、1966年)」だったりするという話。
*全面核戦争や宇宙人への恐怖…核戦争への恐怖は特に1950年代において根強く、レイ・ブラッドベリ華氏451度(Fahrenheit 451、1953年)」や、ネビルシュート「渚にて(On the Beach、原作1957年、映画化1959年)」あたりが代表作。宇宙人への恐怖は「地球の静止する日(The Day the Earth Stood Still、1951年)」、H・G・ウェルズ宇宙戦争(The War of the Worlds、1898年)」の映画化(1853年)、「ボディ・スナッチャー/恐怖の街(Invasion of the Body Snatchers、1956年)」の大ヒットをを通じて醸成された。これが次第にリチャード・マスシン「I am Legend(原作1954年、初映画化1964年)」やジョージ・ロメロ「Night Of The Living Dead(1968年)」を経てZombe Apocalypticによる、マイケル・クライトン「アンドロメダ病原体(The Andromeda Strain、1969年)」などを経て疫病による、人類絶滅シナリオへと推移していく。

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そして50年代後半は(「地球の静止する日(The Day the Earth Stood Still、1951年)」や「宇宙戦争(The War of the Worlds、1953年)」といったSF大作に便乗した)特撮怪奇映画、60年代前半は(ハマーの恐怖映画流行に便乗した)カラー恐怖映画(日本のカラー特撮映画の時代でもあった)、60年代後半はニューシネマ、70年代前半はブラックスプロイテーション映画(カンフー映画の時代でもあった)、そして80年代は日本からのアニメ輸入。その足跡そのものがちゃんと映画史の時代区分に沿っているんですね。