諸概念の迷宮(Things got frantic)

歴史とは何か。それは「専有(occupation)=自由(liberty)」と「消費(demand)=生産(Supply)」と「実証主義(positivism)=権威主義(Authoritarianism)」「敵友主義=適応主義(Snobbism)」を巡る虚々実々の駆け引きの積み重ねではなかったか。その部分だけ抽出して並べると、一体どんな歴史観が浮かび上がってくるのか。はてさて全体像はどうなるやら。

だがティモシー・リアリー博士だけは残った?

「ヒッピー運動は死んだ」「サイバーパンク運動は死んだ」「ハードボイルド運動は死んだ」。そう連呼するのは容易ですが、インターネット社会は割と厳格な統計社会でもあり、いともたやすく思わぬ続きを浮び上がらせます。「だがティモシー・リアリー博士(Timothy Francis Leary, 1920年〜1996年)だけは残った」。どういう事?

936夜『神経政治学』ティモシー・リアリー|松岡正剛の千夜千冊

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Q:「Turn on Tune in Drop out」とはどういう意味ですか?

Aティモシー・リアリー博士当人はこう説明しています。

  • "'Turn on' meant go within to activate your neural and genetic equipment. Become sensitive to the many and various levels of consciousness and the specific triggers that engage them. Drugs were one way to accomplish this end.
    「Turn on」というスローガンで主張したいのは(「RAVEせよ(自分に嘘をついてでも盛り上げよ)」という話ではなく)「(自らを包囲する外界に対するさならるJust Fitな適応を意識して)自らの神経を研ぎ澄まし、生来の素質を磨け」という事である。あらゆる状況に自らを曝せ。そして自分の意識がどう動くか細部まで徹底して観察し抜け。何が自分をそうさせるのか掌握せよ。ドラッグの試用はその手段の一つに過ぎない。
    *「ドラッグの試用はその手段の一つに過ぎない」…実際、当人も後に「コンピューターによる自らの脳の再プログラミング」の方が有効という結論に至っている。その意味では「汚れた街やサイバースペース(cyber space)への没入(Jack In)」も「デスゲーム(Death Game)に巻き込まれる事」も「異世界に転生する事」も手段としては完全に等価。

  • 'Tune in' meant interact harmoniously with the world around you - externalize, materialize, express your new internal perspectives. Drop out suggested an elective, selective, graceful process of detachment from involuntary or unconscious commitments.
    「Tune in」というスローガンで主張したいのは(「内面世界(Inner Space)の完成を目指せ」という話ではなく)「新たに掴んだ自らの内面性を表現せよ」という事である。自己感情を外在化し、具体化し、それでもなお自らを包囲し拘束する現実と「調和」せよ。
    *「Tune in」は「Turn in」とほぼ同義。ここで興味深いのはどちらにも「警察に届ける(問題解決を公権力あるいは専門家に委ね、後はその指示に従順に従う事)」というニュアンスが存在するという点。そして直感的には「in」の対語は「out」となるが「Turn out」とは「自らを包囲し拘束する現実」を「全面否定して引っ繰り返す」あるいは「諦念を伴って全面受容する」事。「Tune out」とは「黙殺を決め込む」事。だがあえてティモシー・リアリー博士はこうした選択オプションを嫌い「自らを包囲し拘束する現実」を突き抜けた向こうに「外側(Outside)」は存在しない(あるいはどれだけ無謀な進撃を続けても「現実」はどこまでも付いてくる)とする。無論(自らも専門家の一人でありながら)「問題解決を公権力あるいは専門家に委ね、後はその指示に従順に従う」という選択オプションも許容しない。マルコムX流に言うなら「「誰も人に自由、平等、正義を分け与える事は出来ない。それは自ら掴み取る形でしか得られないものなのだ(Nobody can give you freedom. Nobody can give you equality or justice or anything. If you're a man, you take it. )」、日本流に言うなら「誰にも人は救えない。それぞれが勝手に助かるだけだ」といった感じ?

  • 'Drop Out' meant self-reliance, a discovery of one's singularity, a commitment to mobility, choice, and change. 
    「Drop Out」というスローガンで主張したいのは「(本当の自分自身であり続けるために)現実社会から離脱せよ」という話ではなく「自立せよ」という事である。再発見された自らの個性に従った動性、選択、変化に専心せよ。
    *「Drop Out」は「Get off」とほぼ同義。ここで言いたいのはおそらく「解脱せよ」という事で、まさに「縁(自らを包囲し拘束する現実)からの解放」を主題とした原始仏教における「解脱」の原義はティモシー・リアリー博士の説明とぴったり重なる。ちなみに「Drop in」は「突然ぶらりと立ち寄る事」で、「オトラント城奇譚」作者として知られるホレス・ウォルポールが1754年に生み出した造語「セレンディピティserendipity、素敵な偶然に出会ったり、予想外のものを発見すること。また、何かを探しているときに、探しているものとは別の価値があるものを偶然見つけること)との関連が認められる。「Get on」は「大き力に便乗する事(そしてそれによって成功を収める事)」。

Unhappily my explanations of this sequence of personal development were often misinterpreted to mean 'Get stoned and abandon all constructive activity.'"

残念ながら、こうした私の自己発達に関する言及は「ドラッグでラリって建設的なすべての行動から遠ざかる」というように誤解されている。 

 「状態がカチッと切り替わる対象語を伴わない限り取らない限りon/offの前置詞はスイッチ(Switch)の切り替えを意味しない」かぁ。そして急激に勝手に視界が開けてしまう英語空間の迷宮…

 ①しかし同時に既視感も感じるのです。

  • フロンドの乱(La Fronde 1648年〜1653年)で貴族連合が絶対王政に敗北して以降のフランスに蔓延ったリベルタン(Libertin、希望を失い背徳と刹那的快楽に生きた放蕩貴族)や18世紀スコットランド啓蒙主義者の間における「ある種の功利主義」の流行。(ローマ教会のキリスト教的価値観と対抗すべく)貴族子弟が叩き込まれた古代ギリシャ・ローマ時代の古典教養をその起源とする。さらに遡るとローマ時代の哲学者セネカが実践を心掛けたエピクロス主義(Epicureanism)やストア派(Stoics)の様なヘレニズム時代のギリシャ哲学に辿り着く。
    *「リベルタン(Libertin)」は直訳すると「自由人」となる。近代以前に「自由」という言葉に「我儘」というニュアンスしかなかったのは何も日本人ばかりではなかったらしい。そして英国にジェレミ・ベンサムJeremy Bentham、1748年〜1832年)が登場。ホッブスの始めた「法実証主義(英: legal positivism, 独: Rechtspositivismus)」が体系化され法典値して編纂されると同時に「功利主義(utilitarianism)」が「最大多数個人の最大幸福(the greatest happiness of the greatest number)」なる大原則に到達する。しかし彼は当時の有識者から「公正さの原理が欠落している」と見做され嫌われた。確かに「監視される囚人の不幸より、そうした監視が産出する幸福の総計の方が大きいなら、統計的に道徳的となる」とする立場から「パノプティコン(Panopticon、ミシェル・フーコーが「監獄の誕生 監視と処罰(Naissance de la prison, Surveiller et punir、1975年)」の中で「近代監視社会の起源」とした「獄房に収監された囚人がいつ看守に監視されているか分からないまま全ての方向から監視されている監獄」)」を設計する様な人物でもあった。「社会的な相互作用の基本的枠組みを成立させるには、個々人が幸福と考えるものを形成し追求できるような私的不可侵領域を定める必要がある」とする立場から同性愛を擁護したこの人物は、同時に「個人が私的不可侵領域を持つ権利」を「各人が自らの看守となる義務」と一対のものと考え、(看守側の最小限の努力によって)「良心による自己監視」が欠如している囚人にそれを植え付ける手段としてそういうものを考案したのだった。当時の有識者達はそういう彼に(奇しくもミシェル・フーコーが「監獄の誕生」を発表した同年にボローニャ出身のパゾリーに監督が遺作で示した)「究極の自由は専制の徹底によってのみ達成される」ジレンマを垣間見てしまったのかもしれない。この堂々巡りを解消する為にジョン・スチュアート・ミル(John Stuart Mill、1806年〜1873年)は「自由論(On Liberty、1859年)」を発表し、その中で「諸個人の自由を国家権力や大衆による多数派専制が妨げる事が正当化されるのは、他人に実害を与える場合だけに限定される。何故なら文明の発展には個性と多様性、そして天才が保障されなければならないからである」なる原理原則を樹立した。翻訳を通じて近代日本に伝わった「自由に関する新たなパラダイム」もまさにこれ。

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  • 「自然科学主義文学」ルーゴン・マッカール叢書(1870年〜1893年)発表後は「アンガージュマン(Engagement、有識者の政治参加)」の世界に没入してきたエミール・ゾラが1902年に(政敵に暗殺された説もある)不審死。それ以降の時代におけるモーリス・ルブラン「怪盗紳士アルセーヌ・ルパン(Arsène Lupin, gentleman-cambrioleur)シリーズ(1905年〜1939年)」、ロマン・ロランベートーヴェンの生涯(Vie de Beethoven、1903年)」「ジャン・クリストフ(Jean-Christophe、1904年〜1912年)」、マルセル・プルースト失われた時を求めて(À la recherche du temps perdu、1913年〜1927年)」などの流行。「新ロマン主義」と総称されるフランスにおける最初期大衆消費文化の一つの一環で大不況時代(1873年〜1896年)と第一次世界大戦(1914年〜1918年)の狭間で栄えた「ベル・エポック(Belle Époque、良き時代)」や終戦後それを懐かしんだアヴァンゲール(avant-guerre、戦前派)と結びつけて考えられる事が多い。ちなみにエミール・ゾラの文学的自然科学主義の商業次元における継承者は「恐怖劇場グランギニョール(Le Théâtre du Grand-Guignol、1897年〜1962年)」で当時における「衛生博覧会」の繁盛と関連付けて語られる事が多い。
    *現代フランスにおける「シック(chic)」の用例同様、前近代的な「国王や教会の権威に裏付けられた領主が領民と領土を全人格的に代表する農本主義的伝統を巡るアンビバレントな感情」そのものと無縁。その一方で「貧困階層が存在する事への態度」や「(王侯貴族起源の)旧ブルジョワ階層と(産業革命由来の)新ブルジョワ階層の価値観の対立と融合」などを主題とした。

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  • 「私刑(リンチ、1946年)」を発表した大坪砂男の「メリケン風ハードボイルドを特徴付ける荒涼たるセンチメンタリズム」「泥の大海に蓮の花を探す悲壮なロマン主義」発言、および「堕落論(1947年)」を発表した坂口安吾肉体に思考させよ。肉体にとっては行動が言葉。それだけが新たな知性と倫理を紡ぎ出す」発言。敗戦と空襲による既存概念の全面崩壊が生んだ「焼け跡の哲学」ともいわれた。
    *その精神を継承し、世界に広めたのが深作欣二監督とされる。菅原文太や梶井芽衣子の出演する「仁義なき戦い(battle without honor or humanity)シリーズ8作(1973年〜1976年)」、 東映萬屋錦之介千葉真一といった当時の映画・演劇・テレビ界の豪華スター陣を総動員した「柳生一族の陰謀Shogun's Samurai、1978年)」、千葉真一柳生十兵衛や佳那晃子の細川ガラシャが話題となった「魔界転生(Samurai Reincarnation 、1981年)」、真田広之夏木マリが出演した「里見八犬伝(Legend of the Eight Samurai、1983年)」「バトル・ロワイアル(Battle Rowyal)シリーズ2作(2000年〜2003年)」が有名。意外なところでは石井聰亙監督の「狂い咲きサンダーロード(Crazy Thunder Road、1980年。ニュープリント版「聖獣学園(Convent of the Sacred Beast 又は School of the Holy Beast、1974年)併映)」や「爆裂都市 BURST CITY(1981年)」といった作品にも梶芽衣子主演の「野良猫ロック・シリーズ4作(1970年〜1971年、日活)」「女囚さそり・シリーズ4作(1972年〜1973年、東映)」を含めた国際的カルト的人気があって1980年代のサイバーパンク・ムーブメントにそれなりの影響を与えている。
    坂口安吾 堕落論

    http://blogsugi.up.n.seesaa.net/blogsugi/image/152814089h92AC82CC83o838983b83N8FA493X8AX288FBA98a2094N91E329.jpg?d=a11


 共通するのは、こうした時代にそれぞれ支配的となった言説(discours)が「既存道徳の全面崩壊への処方箋」として台頭してきたという事。その意味では「産業革命の本格的導入が始まった南北戦争(American Civil War, 1861年〜1865年)以降、社会進化論、古典的自由主義、社会的自由主義を乗り換えてきた英国エリート階層」に宣戦布告した60年代ヒッピー運動において導師の一人として注目を集めたティモシー・リアリー博士の言説に共通項が見受けられるのは、もはや必然とも。

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②科学実証主義の起源となった新アリストテレス主義哲学、すなわち「実践知識の累積は必ずといって良いほど認識領域のパラダイムシフトを引き起こすので、短期的には伝統的認識に立脚する信仰や道徳観と衝突を引き起こす。逆を言えば実践知識の累積が引き起こすパラダイムシフトも、長期的には伝統的な信仰や道徳の世界が有する適応能力に吸収されていく」とも連続性が存在する。

③「ハードボイルド文学の死」は概ね「正解」が複数登場し、運動が分裂を余儀なくされた事によって引き起こされた。
*細部を知れば知るほどハンフリー・ボガード主演「カサブランカ(Casablanca、1942年)」がどれだけ際どいバランスで成立していたか明らかとなる。

  • まず「禁酒法(Prohibition、1920年〜1933年)」廃止によって「ハメットのハードボイルド文学」が本国で勢いを失い、さらに1950年代に赤狩りの対象とされた事で一旦滅ぶ。その隙を突く形で湘南に群がる愚連隊を描いた「太陽族映画(1955年、日活)」や黒澤明監督の「七人の侍(1954年)」「蜘蛛巣城1957年)」「隠し砦の三悪人(1958年)」「用心棒(1961年)」「椿三十郎(1962年)」の「ハードボイルド時代劇」が御株を奪うが、「ゴッドファーザー(The Godfather、1972年)」監督のフランシス・コッポラ、「タクシー・ドライバー(Taxi Driver、1976年)」監督のマーチィン・スコセッシ、「ロッキー(Rocky、1976年)」脚本・主演のシルヴェスタ・スタローン、といった「南イタリア勢」が反撃してくる。ここで争点となったのは「人は理想と現実が乖離した不条理な世界をいかに生きるべきか?」なる主題。深作欣二監督作「仁義なき戦い(battle without honor or humanity)シリーズ8作(1973年〜1976年)」もこの範疇には含まれるが、1980年代に入るとむしろスティーヴン・キング原作の青春ホラー「キャリー(Carrie、1976年)」監督を皮切りに「殺しのドレス(Dressed to Kill、1980年、アルフレッド・ヒッチコック監督作「サイコ(Psycho、1960年)」及びイタリアのジャーロ映画の影響が色濃い)」、アル・パチーノ主演作「スカーフェイス(Scarface、1983年、「暗黒街の顔役(1932年)」リメイク)」、アル・カポネとエリオット・ネスの闘いを描いたテレビシリーズを映画化した「アンタッチャブル(Untachable、1987年)」を次々とヒットさせた「血塗れ」ブライアン・デ・パルマがこの路線の代表格となっていく。日本を巡る以降の展開としては歌舞伎町をめぐる在日ギャングの抗争を描いた馳星周不夜城(Sleepless Town、1998年)」、六本木をめぐる「外人ギャング」と地元ヤクザの抗争を描いたロバート・ホワイティング(Robert Whiting、1942年〜)の「東京アンダーワールド(Tokyo Underworld: The Fast Times and Hard Life of an American Gangster in Japan、2000年)」「東京アウトサイダーズ ― 東京アンダーワールド2(Tokyo Outsiders、2002年)」辺りが著名。むしろハメットのハードボイルド文学に回帰した。
    *そういえば日本の政財界や暴力団組織の暗黒面を綴った「東京アンダーワールド」の語り部も「ニック・ザペッティなる元アメリカ兵でピザのレストラン「ニコラス」を経営しながら戦後日本の裏社会で暗躍したギャング」だったりする。気づくと南イタリア系マフィアと日本ヤクザの一騎打ち状態に? 意外にも全体を束ねるのは地中海沿岸とカリフォルニアと鎌倉の風景的類似とも。

  • その一方で「チャンドラーのハードボイルド文学」はマルセル・プルースト失われた時を求めて(À la recherche du temps perdu、1913年〜1927年)」に登場する「旧ブルジョワ社会と新ブルジョワ社会の狭間を生きる」裕福なユダヤ人実業家スワンやシャルリュス男爵の如く「ダンディズムと富貴は共存し得るか?」なる課題に真剣に取り組む様になり、(一般アメリカ人が好む)西部劇のヒーローの如く「汚れた街を高潔な男が進んでいく」というイメージからも(欧州から亡命してきた映画人がそのアンチテーゼとして構築した)アメリカン・フィルム・ノワール (American film noir) 的アンチ・ヒーロー像「悪女に運命を翻弄されて堕ちていく私立探偵」というイメージからも乖離が進行する。この路線の継承者としては、ジェームズ・クラウリー(James Crumly、1939年〜)が有名。没落した名家出身で遺産が入る日を待ちわびている「酔いどれ探偵ミロ」シリーズの代表作「酔いどれの誇り(The Wrong Case、1975年)」などを残している。
    特集「ダンディズム」 アラン・ドロン スワンの恋 (1983年 文芸映画) | 女を楽しくするニュースサイト「ウーマンライフ WEB 版」

  • 英国人ながらアメリカ英語を駆使した「ミス・ブランデッシの蘭(1939年)」を引き下げて登場したハドリー・チェイスが創造した「ただひたすらタフで凶暴な私立探偵」というイメージは、皮肉にもその後もハードボイルド小説のメインストリームに残り続ける事になる。戯画化された完成形としては、例えばアラン・ムーア原作「ウオッチ・メン(Watchmen、原作1986年〜1987年、映画化2009年)」に登場する「絶対妥協しない男」ロールシャッハ(Rorschach)などが有名。

  • また、1960年代後半からはじまったフェミニズム運動と女性の社会進出により、1980年代には女性作家が女性の私立探偵を主人公にした作品を書くようになる。シャロン・マコーン主役のマーシャ・マラー「人形の夜(1977年)」、V・I・ウォーショースキーが主役のサラ・パレツキーサマータイム・ブルース(1982年)」、キンジー・ミルホーンが主役のスー・グラフトン「アリバイのA(1982年)」。以後、リアリスティックな女性私立探偵小説が一大潮流に。
    *1970年代前半に流行した「黒人搾取映画(Blaxploitation Movie)」でもそうだった様に、ここで元モデルとして選ばれたのもまた「ただひたすらタフで凶暴な私立探偵」タイプだった。(黒人搾取映画のカルト女優)パム・グリアや(東映ヤクザ映画の紅一点)梶井芽衣子のイメージが先行するとも。

④「ヒッピー運動の死」を直接もたらしたのは「オルタモントの悲劇(1969年)」「シャロン・テート虐殺事件(1969年)」「ガイアナ人民寺院集団自殺事件(1978年)」といった事態の積み重ね。とはいえティモシー・リアリー博士当人は「コンピューターによる脳の再プログラミング」の伝道師として再起を果たしたし、ニューシネマ運動全盛期に育ったブライアン・デ・パルマ監督が1980年代を代表する顔として残った例もある。運動が死んだからといって何もかもが途絶える訳でもない。
オルタモントの悲劇(1969年)
殺人博物館〜チャールズ・マンソン
殺人博物館〜ジム・ジョーンズ

⑤最初期にはヒッピー文化やジャパニーズ・パンク文化の影響を色濃く受け、ウィリアム・ギブソンアウトローハッカー(Console Cowboys)や(メビウスやK.W.ジーターの影響が色濃い)「ブレードランナー」的なデッド・テックで陰鬱な未来像に埋め尽くされたサイバーパンク・ムーブメント。これもハードボイルド運動同様に次第に分派形成が進んでいく。
サイバーパンクからの派生 - Wikipedia
スラッシュドットにポストサイバーパンク (Postcyberpunk)」の概念を初提唱するエッセイを投稿したLawrence Person は次のように書いている。「1980年代に小説を読んで育った新たな作家が、小説を出版し始めている。彼らにとってサイバーパンクはSFの革命でもSFを侵略する余所者でもなく、単なるSFの一種に過ぎない。1970年代から80年代の作家がニュー・ウェーブを生み出したイデオロギーを知ることなくその技法を吸収したのと同様、今日の新たな作家はアシモフの《ファウンデーション》シリーズやジョン・ブラナーの Stand on Zanzibar やラリー・ニーヴンの『リングワールド』を読み、続けざまに『ニューロマンサー』を読んでも不連続性は感じず、むしろ連続性を感じたかもしれない」。

*ニュー・ウェーブSF(Newwave SF)…1960年代後半に英国で始まった文学運動。人間を中心とする世界観に反逆する傾向が(アンチ・ヒューマニズム)強かった。ブライアン・オールディス「地球の長い午後(Hothouse、1962年)、J・G・バラード「結晶世界(The Crystal World、1966年)」、トマス・M・ディッシュ「リスの檻(The Squirrel Cage、1966年)」「虚像のエコー(Echo Round His Bones、1967年)」、」などを残しつつアメリカに伝播し、ハーラン・エリスンサミュエル・R・ディレイニーロジャー・ゼラズニイなどを台頭させる。1970年代に入ると急速に沈静化していったが、SFを縛っていた様々な制約(例えば性的な描写をしないなど)を打破し、沈滞していたSF界に再び自由と活気をもたらしてSFにおける文章表現の洗練にも貢献した。ちなみにJ.G.バラードは「もし誰も書かなければ、私が書くつもりでいるのだが、最初の真のSF小説とは、アムネジア(健忘症、あるいは記憶を失った)の男が浜辺に寝ころび、錆びた自転車の車輪を眺めながら、自分とそれとの関係の中にある絶対的な本質をつかもうとする、そんな話になるはずだ」というニュー・ウェーブ小説の本質に迫る名言を残している。

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  • テクノ・ノワール(Tech-Noirジェームズ・キャメロン監督が映画「ターミネーター」に登場させたナイトクラブの名前を起源とする造語。「ブレードランナーBlade Runner 、1982)」や「ターミネーターThe Terminator 、1984)」の様な陰鬱な未来ビジョンと都市観こそサイバーパンクの本分とし、その継承を願う保守派。
    *概ねの日本人オタクがイメージする「サイバーパンク」もこれ。何故か「ヘル・レイザー(Hellraiser、1987年)の様なファッショナブルなモダンホラーの世界観まで範疇に含む事も。

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  • サイバープレップ (Cyberprep)…「サイバネティックス」と「プレッピー」を組み合わせたかばん語で、パンク的要素から離れている事を強調する(プレッピーは「金持ちの坊ちゃん、嬢ちゃん」といった意味)。この世界でもサイバーパンクで予測されたようなテクノロジーの進歩は全てあるものとして扱うが、よりハッピーな生活が描かれる。レジャーが社会の中心となり、精神転送が芸術や娯楽の手段、身体改造がスポーツや楽しみのために行われていたりする。
    *ネットを検索すると士郎正宗が導師(グル)になってる側面も?

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  • サイバーゴス(Cyber Gothic)…サイバー・ファッションにゴシック・アンド・ロリータやゴシック・ファッションのゴシックの要素を加えたバリエーション。
    *通常のファッションで用いられるコットン・シルクなどの天然素材は使わず、光沢のあるビニールやポリエステルなどといった化学製品や、ベロアにファーといった物が主に用いられ、色などは蛍光色や銀色などが多い。 またアクセサリーなどはゴムや金属を使ったものが多く、主にパンクファッションなどにもあるスパイクを付けてたり、ビニールチューブで作られた指輪にブレスレットや首輪が多く、最近ではシリコーンゴムを使ったアクセサリーも登場している。またヘアスタイルは地毛を蛍光色に染めたり、同じく蛍光色に染めたエクステや羽、ビニールチューブなど加工して付けては着飾る。

    https://lh3.googleusercontent.com/U1UstbynuC6yyel1JptkPdNFsN0hYXc8ydjWLrewp9gv6MVY5ScgFSl2j1sp46ecYfg2-o2OBgU6jyWDSkv93V6ZCIapwHmIr9qEx-riDCGv2d2jcJgt8nyr1_spJeDjsg

  • バイオパンク (Biopunk)」…1990年代に生まれたサブジャンルでサイバーパンクと異なりITではなく合成生物学に基づく陰鬱な未来ビジョンに立脚する。バイオテクノロジーの革新が21世紀前半に人類に大きな影響を及ぼすという推測の下にそのアンダーグラウンド的側面を描くのが特徴で、全体主義的政府や巨大企業がバイオテクノロジーを悪用して社会制御や搾取を行っている社会において個人やグループ(例えば人体実験で生み出され製品とされた人々)が苦闘を繰り広げる。人々は人体改造や人間強化を施しているが、それはいわゆるサイバーな機械の埋め込みではなく、遺伝子操作によるもの。

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    スチームパンク(Steampunk)サイバーパンクから連想した洒落として1987年に生まれ、ティム・パワーズ、ジェイムズ・P・ブレイロック、K・W・ジーターらの作品を指して使われ、ギブスンとスターリングの「ディファレンス・エンジン(1990年)」発表によって真面目な用語として定着した。アラン・ムーア原作「リーグ・オブ・エクストラオーディナリー・ジェントルメン(1999年、映画化2003年)」も認知度拡大に貢献。当初はサイバーパンクの舞台をそのまま19世紀に移した様な内容で、古めかしいヴィクトリア朝のテクノロジーとサイバーパンクの寒々しい「フィルム・ノワール」的世界観を組み合わせたものだったが、徐々にディストピア的性質が薄らいでいく。
    *現在はファッションやデザインの1スタイルという側面が強く「ネオヴィクトリアン (Neo-Victorian)」と呼ばれる事も。

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  • 「クロックパンク (Clockpunk)」TRPG共通システムのはガープスが生み出したジャンルの一つ。名前の通り蒸気機関のある産業革命時代を舞台とするスチームパンクに対して、それ以前のテクノロジー、つまりゼンマイなどを使った時計仕掛けを描く。ジェイ・レイクの Mainspring、S.M. Peters の Whitechapel Gods が例として挙げられる。
    *アリス・マリエル・ウィリアムソン(Mrs.Alice Muriel Williamson)の小説『灰色の女(A Woman in Grey,、1898年)」を基にした「幽霊塔(黒岩涙香版1899年、江戸川乱歩版1937年)」もこの範疇に入る?

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  • ディーゼルパンク (Dieselpunk)」ロールプレイングゲーム Children of the Sun の制作者が提案したサブジャンル。20世紀中葉のパルプ・マガジンを意識し、ディーゼル燃料(軽油)がエネルギー源として使われている設定。「レイダース/失われたアーク《聖櫃》」「レトロ・フューチャー映画「スカイキャプテン ワールド・オブ・トゥモロー」、テレビゲーム Return to Castle Wolfenstein(2001年)」 などがこれに分類されている。

    http://static.tvtropes.org/pmwiki/pub/images/Dieselpunk_by_hayenmill2_8470.jpg

逆を言えば実証科学的アプローチと無縁ながら分派形成も起こらなかったイレギュラー中のイレギュラーが現代フランスにおける「シック(chic)」概念の形成史とも。今でもハードボイルド・ファンやサイバーパンク・ファンはそれぞれ同様の展開による再統合を諦めていない様に見えます。

その一方で日本においては「美少女戦士セーラームーン(Sailor Moon、1992年〜1997年)」や「新世紀エヴァンゲリオンNeon Genesis EVANGELION、TV版1995年、旧劇場飯三部作1996年〜1997年)」や「涼宮ハルヒシリーズ(2003年〜)」といった「日本コンテンツの総集編」とでも呼ぶべき作品群が流行。そうした流れの裏側でデス・ゲームへの関心が高まるという展開に。

そして世紀末不安も飲み込む形で「セカイ系の時代」が始まる? そういう論調で1990年代後半から2000年代末にかけて物凄い数の「おたく文化論」が飛び交いましたが、不思議と2010年代に入るとピタリと沈黙…どうしてそうなった?
セカイ系 - Wikipedia

http://longfish.cute.coocan.jp/pages/2010/100731_choice/choice.png

 

そういう意味でも改めて「だがティモシー・リアリー博士だけは残った」だったりします。要するに実践哲学や生き方のスタイルやファッションやデザインなら、それに対する関心が社会から途絶えない限り廃れないという事?