諸概念の迷宮(Things got frantic)

歴史とは何か。それは「専有(occupation)=自由(liberty)」と「消費(demand)=生産(Supply)」と「実証主義(positivism)=権威主義(Authoritarianism)」「敵友主義=適応主義(Snobbism)」を巡る虚々実々の駆け引きの積み重ねではなかったか。その部分だけ抽出して並べると、一体どんな歴史観が浮かび上がってくるのか。はてさて全体像はどうなるやら。

【ネタバレ】「君の名は」関連年表(アニメ版・小説版・スピンオフ小説版総合)

以下は映画鑑賞済みで小説版もスピンオフ小説も読破済みの方だけがご覧下さい。もし間違ってたらご指摘頂けると幸いです。

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どうやら「君の名は」の世界に登場する「身体交換」は少なくとも3種類あるっぽい。そして映画「転校生(1982年)」の世界が尾道独特の雰囲気を背景として必要とした様に、「君の名は」の世界は飛騨独特の雰囲気に強く依存するっぽい。

①おそらく「宮水家の女達」なら誰でも普通に思春期に自然現象として経験するっぽい天然の「身体交換」。天然ゆえに制御はほぼ不可能。「接続元」が米噛み酒を舐めたり飲用する事で出現率が飛躍的に高まるっぽいが、それ自体は「(繭五郎の大火で)失われた技術」によれば「暴走」の類らしい。「接続元」も「接続先」も「直接通信履歴」をちゃんとした形では残せない。

  • 単なるランダムなのか、何かしらの因果律に導かれた結果なのかを含め詳細は一切不明。しかし「すべては最後に収まるところに収まる」が信条の「宮水家の女達」はこれを「一目惚れ」などの現象の説明に用い、例え「接続先」に婚約者がいても、彼が親類縁者から絶交されようともスピード結婚を強行する。とはいえそれ自体は「飛騨女(ひだにょ)」の共通人格に過ぎないとも。古代シャーマニズムの香りが漂う。
    *古代共感呪術の世界においては、シャーマンと精霊の間に「接続」が成立するとその肉体は精霊に明け渡され、接続が絶たれるまでの言動全てが「御神託」として真摯に受け止められたのである。だから「宮水家の女達」が「私、初めて会った時から貴方と結婚する事になると判ってました」と断言する時、そこに拒否権など存在しない。

  • ただし細部について検討すればするほど、以下に述べる②との境界線が曖昧になっていく。両者を峻別する基準も、多分「(繭五郎の大火で)失われた技術」の中にはあったと思われる。

②「接続元」と「接続先」が一緒に組紐を編み、その組紐を「接続先」が帯びる事によって発動する、より安定した「身体交換」制御。入眠をトリガーとして週に2回〜3回発動するが、接続が続く限り(接続元の死去などにより接続が絶たれるまで)術者側と対象側は「間接接続履歴(身体交換時に紙やデジタル媒体などに残した記録)」を通じてコミュニケーション可能。逆を言えば、その間も「直接接続履歴」は失われ続けるし、術が無効になると「間接接続履歴」も巻き添えで抹消される。多分「(繭五郎の大火で)失われた技術」の一つ。

  • 超常現象度が格段にUP。「接続元」が豊穣祭において大衆の面前で「口噛み酒」を醸すのをトリガーとして発動するっぽい(羞恥心の高まりと唾液の分泌の条件付けによって「接続元」体内に何らかの生理学的変化が生じる?)。また組紐効果と無関係に「接続先のイメージを強く念じる」事が対象の特定に有効である。

  • 「接続」が切断されると「間接接続履歴」も抹消される辺りは完全に超常現象度の領域に入っている。何しろ紙に記された文字は消え、デジタル機器に残された記録すら消失する。おそらく巻き戻される時間の単位からして、我々の知る「物理学的時間(Physical time)」でなく「接続元」や「接続先」の「直接接続履歴」に基づく「主観的時間(Subjective time)」なのであろう。

  • もしかしたら「口噛み酒を宮水の女自身が口にする事」が「暴走」しか引き起こさない様に、「接続成立後も接続先が媒介となった組紐を身につけ続けている事」もまた「暴走」の要因となり得るのかもしれない。「君の名を」の世界においては「「接続元」は身体交換時、「接続先」が(自分の渡した)組紐を起きてる間はずっと身につけ続けている(「接続待ち状態」にある?)なんて思い当たらない」という単純きわまりなく、かつ直感的に理解出来るルールの導入によってこの問題が回避されていた(とはいえ寝てる時は外してる訳だけど)。

③おそらく御神体に捧げられた口噛み酒を舐めたり飲用した人間が、さらに「しかるべき条件」を満たす事をトリガーとして発動する秘法。魂魄分離(口噛み酒を醸した当人の死去)後に口噛み酒に残された「魄」と「直接接続履歴」を足掛かりとして生前の「口噛み酒を醸した当人」との「接続」を確立する。ただしおそらく「接続元」自身に時間軸そのものに変更を加える権限までは備わっておらず、それを達成するには「(接続が絶たれた途端に一緒に消え去る)間接接続記録」のさらに外側の人々に影響を与え、彼らを動かさねばならない。多分「(繭五郎の大火で)失われた技術」の一つ。

  • オカルト度Max。そもそも「人間の死とは魂魄の分離であり、地上に置き去りにされる「」が「生前の直接履歴や間接履歴」によってのみ慰められるのに対し、それから解放された「魂」は天界に到達し時空間の制約を超越する(全ての始源たる無時間・未分割空間に没入(Jack-In)する)」なんて発想自体が古代エジプト、古代中国、(中央アジアに発祥し高句麗壁画古墳、キトラ遺跡、高松塚古墳などに足跡を残した)北辰(北斗七星)信仰といった古代思想に由来する。中でも頭ひとつ抜き出ていたのは「魂魄の分離状態は(位牌に記された)名前によって解消される(御盆における招魂概念の起源)」とした中国儒教世界。この伝統は「君の名は」の世界観にも無視出来ない規模で影響を与えているかもしれない。
    儒教式では「記憶」は「(戒名に刻まれた)名前」に留まるとされる。それによって呼び出されるまで魂は天界全体に、魄は地上界全体に薄く広がって拡散し識別不可能という設定。ここでいう「記憶」はどうも「直接履歴」より「間接履歴」を重視してるっぽい。一歩間違えば文天祥の「和文天祥正氣歌」や藤田東湖の「正気歌」の世界? まぁ、あだちとかノラガミ(2011年〜)」もこっちの系列なんだが「新たに名を与える事は新たな人生を与える祝福であると同時に、古き名にまつわる記憶を封じる呪詛でもある」なんて追加概念も見受けられる。
    文天祥(1236年〜1282年)「正気歌」
    藤田東湖 和文天祥正気歌 正気の歌 日本漢詩選 詩詞世界 碇豊長の詩詞:漢詩ribengushi

    *よく考えてみたら「ネット上における匿名性を巡る議論」とも決して無関係でもない?

  • もし元来は「水の女達の身体交換能力」が「隕石落下などの災害に備えての警報システム」に組み込まれていたのだとしたら、おそらくはこれ。安定運用の為には絶えず誰かが身体交換状態になければならず、それには相当の人数の常時投入が必要となるが「領民と領土を全人格的に代表する領主」だった時代の宮水神社は(過去に飛んだ四葉の証言によれば)それが可能な規模だった上、それこそが彼女達による支配を正当化する神威であり権源でもあったのだから真摯に取り組むのも当然だったと思われる。いずれにせよこうした強権体制の長期継続は坂口安吾「夜長姫と耳男(1952年)」の夜長姫とか岩明均「七夕の国(1996年〜1999年)」の丸神頼之みたいな「反逆者」を出してしまうものらしい。「君の名は」の世界では町長の宮水俊樹やヒロインのツレ友達の勅使河原克彦(テッシー)辺りがこのポジションにある。

ここから想定されるのは「宮水家の身体交換能力」が何らかの形で生化学(biochemistry)的技術に立脚しているのではないかという状況。ヒロインの母が「免疫機能が暴走する病気」に掛かった時、病院での専門的検査を徹底して拒絶したというエピソードもそれを物語っている。もしかしたらハル・クレメント「20億の針 (Needle、1950年)」「一千億の針(Through the Eye of a Needle、1978年)」やジェームズ・テプトリー・Jr.「たったひとつの冴えたやりかた(The Starry Rift、1986年)」の様な「体内の何かと共存してる」系かも?  谷川流涼宮ハルヒ・シリーズ(2003年〜)」に登場する「タイムトラベラー」朝比奈みくるの時間跳躍技術もこれ系っぽいし。

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タイム・トラベル物としては、ジェイムズ.P.ホーガン「未来からのホットライン(Thrice upon a time、1980年)」と完全に同ジャンル。未来の破滅を防ぐ為に繰り返される時間改変に翻弄され続ける主人公カップル。遂に最後は完全に赤の他人に成り果てたと思いきや、ラストシーンで再び出会い「これが当然の成り行きというものだ」エンド…

こうした「自分達カップルが世界を救う為の犠牲となるのだ」みたいな傲慢で自己愛の肥大した自己憐憫に対して、歴史側が「おっと、そんなの許されるか。何があっても、如何なる形でもお前達には生涯添い遂げてもらう。反論は一切許されない」と応える即妙の機智…これこそが元来は2000年代前半にセカイ系作品が目指してついに到達しえず、当時デビューした新海誠監督がやっと解いた宿題だったのかもしれません。

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「君の名は」関連年表(アニメ版・小説版・スピンオフ小説版総合)*欠損箇所への現時点における考察含む。

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紀元前18世紀(紀元前14世紀〜12世紀)頃 バビロニア神話の創世記叙事詩「エヌマ・エリシュ(Enûma Eliš)」が成立。最古の文献はアッシュールバニパルの図書館で発見されたもの(紀元前7世紀頃)。その成立期については「都市国家バビロンバビロニア王ハンムラビがメソポタミアを統一し、都市神マルドゥクの地位が向上した紀元前18世紀」とする説、「バビロンの都市神マルドゥクが他の都市の神に比べ優越している事を示す為、紀元前14世紀から12世紀にかけてバビロン神殿の神官が編纂した」説などがある。「(マルドゥクによって討伐され、天地創造の原材料に使われた)原始の海の女神にして異国神の総帥にして混沌の象徴にして悪竜たるティアマト(tiamat)」が登場するほぼ唯一の文献。
*何しろ「エヌマ・エリシュ(Enûma Eliš)」にしか登場しないので、その起源についてはあくまで憶測の域を出ない。

  • その神話体系においては「神々の起源は淡水と塩水の混じり合い」とされ、ティアマトはその塩水側を象徴する存在にしてマルドゥクの母とされる。

  • 語源的には『創世記』第1章第2節に登場する北西セム語 tehom (ヘブライ語תהום=深淵、奈落の底)と同根で、「水が混ざり合う場所」はおそらく(シュメール創世神話発祥の地とされるディルムン遺跡のバーレーンを含む)ペルシャ湾中部を暗喩している(アラビア帯水層に由来する淡水と、海の塩水が混ざる場所で、アラビア語でもこの状況を「二つの海」と表現する)。

こうした材料に基づいて「征服者が現地に支配した土俗的地母神信仰を男性原理導入によって駆逐した残滓」「(海の彼方より襲来する)別の神を崇拝する異国人達の撃退こそが神話の原型」「退治される悪竜のイメージはインド=ペルシャ文化圏より流入した」といった説が積み重ねられてきた。

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紀元前4世紀頃(推定) もし宮水神社の御神体(隕石?)が安置されてるクレーター跡もティアマト彗星接近のせいだとしたら、この時期の出来事となる(ただし、それ以前の接近の際だった可能性もある)。

  • やがてこの土地に「女子なら若いうちだけ口噛み酒によって時間を超越して身体が交換出来る宮水一族」が居着いて宮水神社が建立されるのである。

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  • その天井に描かれた彗星の絵を見て装飾古墳(4世紀〜7世紀)のプリミティブなタッチを思い出したが、あくまで印象。

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5世紀頃(推定) 仁徳天皇の御代の飛騨に両面宿儺が出没。「日本書紀」では武振熊命に討たれた凶賊とされるが、岐阜県の在地伝承においては毒龍退治や寺院の開基となった逸話ものこされている。
*時期的に見て宮水神社の主神の元イメージだった可能性がある。あるいは身体交換によって「頭二つ、手足8本状態」で戦う宮水家=両面宿儺とか?
坂口安吾 飛騨の顔
96年春号 〜岐阜県を百倍面白く〜

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  • 計八本の手足に首のない二つの顔という異形の姿で描写される。神功皇后に滅ぼされたとされる羽白熊鷲や「日本書紀」「風土記」にしばしば現れる土蜘蛛と同様、王化に服さない勢力に対する蔑視を込めた形容とも考えられる。

  • ひかがみ」「かかと」が無いという描写から、脛当てを着け、つまがけを履いた飛騨の山岳民の姿を想定する向きもある。

  • 元和7年(1621年)の奥書を持つ「千光寺記」に収録された高山市丹生川町下保にある袈裟山千光寺 (高山市)の縁起には「仁徳帝のころ八賀郷日面出羽ヶ平の岩窟中より一頭に両面四肘両脚を有する救世観音の化身たる宿儺が出現し千光寺を開いたとある。同じく丹生川町日面の善久寺の創建も両面宿儺大士と伝えられる。また位山(高山市一宮町)の鬼「七儺」を、両面宿儺が天皇の命により討ったともされる。位山の付近には飛騨一宮水無神社があるが、享保年間に編纂された『飛州志』においては神宝の一つとして「七難の頭髪」が挙げられ、神主家の説として鬼神七難が神威により誅伐された伝承が記されている。

  • 飛騨国に居た両面四臂の異人が高沢山の毒龍を制伏した」とするのは『新撰美濃志』に引く大日山日龍峰寺の寺伝。その後行基が伽藍を創建し千手観音の像を安置。千本桧はこの異人が地に挿した杖が生い茂ったものという。

  • 在地伝承に現れる両面宿儺に、王権によって矮小化され、観音信仰の蔭に隠れるようにして生き延びた英雄の名残を見いだし、位山を神体とする飛騨一宮水無神社の本来の祭神に想定する研究者もいる。

7世紀 律令制時代に飛騨国が斐陀国造領域を中心に成立。当時辺境地帯を除けば最も過疎地域であったため税制上の特例が認められた。すなわち庸・調を免除されるかわり大工(飛騨匠)が徴発され、これが後世大工業が発達する一因となる。

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  • 代々祭祀の一環として組紐を組んできた宮水神社。それが民間に広まって糸守町は組紐 の生産地となったとされるが、おそらく糸守町が形成されたのはこの時期以降だったのではあるまいか。

7世紀末〜8世初旬 キトラ古墳が築造される。壁画などにみられる唐の文化的影響が高松塚古墳ほどには色濃くないことから、遣唐使が日本に帰国(704年)する以前の古墳と推定されている。

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  • 天井には三重の円同心(内規・赤道・外規)と黄道、その内側には北斗七星などの星座が描かれ、傾斜部には西に月像、東に日像を配した本格的な天文図がある。この天文図は、中国蘇州にある南宋時代(13世紀)の淳祐天文図より約500年古く、現存するものでは東アジア最古の天文図になる。 描かれている星の総数は、277個。

同じく7世紀末〜8世初旬 高松塚古墳が築造される。

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  • 古墳の年代 盗掘を逃れて残っていた銅鏡などから7世紀末から8世紀初めの終末期と推定されていたが、2005年の発掘調査により、藤原京期694年~710年の間だと確定された。つまりキトラ古墳築造とほぼ同時期の築造。

  • 奥の北壁には四神のうちの玄武が描かれ、天井には星辰が描かれている。南壁には四神のうち南方に位置する朱雀が描かれていた可能性が高いが、鎌倉時代の盗掘時に失われたものと思われる。天井画は、円形の金箔で星を表し、星と星の間を朱の線でつないで星座を表したものである。中央には北極五星と四鋪四星(しほしせい)からなる紫微垣、その周囲には二十八宿を表す。これらは古代中国の思想に基づくもので、中央の紫微垣は天帝の居所を意味している。

  • こうした壁画については発掘当初から、高句麗古墳群と比較する研究がなされている。四神はそもそも高句麗様式の古墳に特徴的なモチーフであるが、高松塚古墳およびキトラ古墳では高句麗の画風とは異なった日本独自の画風で四神図が描かれている一方で、天空図については高句麗から伝来した原図を用いた可能性が指摘されている。また、女子群像の服装は、高句麗古墳の愁撫塚や舞踊塚の壁画の婦人像の服装と相似している。
    *そもそもこうした埋葬方法を理論的に裏付ける「魂魄の分離した死者の魂(未来志向)と魄(過去志向)をそれぞれ別の方法で慰める」という発想は古代エジプト(いわゆる「バー(魂)とカー(魄)」)と古代中国に現れ周囲の国々に広がっていったのである。

8世紀前後 後に宮水二葉と結婚する事になる溝口俊樹は、京都の人文科学研究所の研究員だった時代に彼女と以下の様な可能性を吟味している。

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  • 宮水神社は天孫系の倭文神建葉槌命を主神として祀っているが、それ以前の主神は反抗的な星神として倭文神建葉槌命に退治された出雲系の天香香背男だったかもしれない。そしてその当時の天香香背男は彗星の神だったかもしれない。

  • 宮水神社に現代まで伝わる伝承では、倭文神建葉槌命は「悪竜」天香香背男を退治した事になっている。この「悪竜」もまた彗星の神だったかもしれない。

  • だとしたら天香香背男が「敬われる主神」から「退治される悪竜」に変貌したのは糸守湖が出来た隕石落下による大被害のせいだった可能性がある。これもティアマト彗星接近のせいだとしたら8世紀前後の出来事となる。そして神楽が二人セットの踊となって彗星からの「隕石の分離」を象徴する様になったのはこれ以降。

  • 倭文神建葉槌命は機織りの神だが、組紐を編む祭祀は天香香背男が「敬われる主神」だった頃から既に行われていた可能性が高い。だとすれば当時から既に糸守の天香香背男は龍神にして彗星神で、組紐はその蛇を思わせる細長い姿の象徴だったのではあるまいか。
    *後にこの仮説は「1200年周期で接近するティアマト彗星は、その都度宮水に破片を降らす」という推論に発展。もしかして地底に隕石を引き寄せる何かが埋まっている?

9世紀 飛騨高山市の北、国府町三川に鎮座する剣緒神社は創建時期不明ながら式外十社の一つに数えられ「三代実録」によれば貞観17年(875年)に清和天皇飛騨国正六位上剱緒神社に従下を授け、陽成天皇が元慶元年(877年)、光孝天皇が元慶8年(884年)に従五位下を授けたとされる。

  • 「飛騨十八社考」によれば飛騨国造が勧請した神社で、近親の尾張国建稲種命より神剱の組紐を得て霊代として持ち帰ったのが始まりという(現存せず)。
  • 組紐自体が神の依代となったケースの別バリエーション。

*ここまでが宮水神社にとっての「有史以前」。

1803年(享和3年) 神社の近くの草履屋から出火。糸守の集落に大きな被害が出た他、宮水神社も全焼失。神職を勤める宮水家の人間も何人も一度に亡くなった上に紙に書かれた記録も全焼失。草履屋の主人の名前から「繭五郎の大火」と呼ばれる事になる。

  • 神社は移動を余儀なくされ、規模も小さくなってしまった。この時に失われた古くからの祝詞は天香香背男時代からのものが多く、他の出雲系神社から継承する形で補った。

  • この火事のせいで「宮水神社の本当の起源」について結論が出せなくなってしまう。物語展開的にはおそらく「いろいろな可能性が考えられる」「従って宮水家が領主として君臨していく過程に瑕疵がなかったかどうかの検証は不可能」という2点だけが重要。
    *そもそも「女子なら若いうちだけ口噛み酒によって時間を超越して身体が交換出来る宮水一族」の能力を組み込む形で「次の隕石落下に対応する為の警戒システム」が構築されたかどうかが解らない。もし構築されたとしたらアーサー・C・クラークの「宇宙のランデヴー(Rendezvous with Rama、1973年)」の冷徹な世界観に「幼年期の終わり(Childhood's End、1953年)」における「夢の機能」を付加した様なハードSF作品とも「(現代人の共感の及ばない)古代人の宇宙観の再現」ともつかない「人間をただひたすら冷たく突き放す」ピクチャレスクな設定となるのだが…

1993年頃 京都の人文科学研究所の研究員を辞め、婚約者と別れ、親類縁者と絶縁した溝口俊樹が宮水二葉と結婚し宮水俊樹となって宮司になる修行を始める。


1996年 二葉が三葉を生む。

1999年 瀧が生まれる。

2004年 二葉が四葉を生む。

2006年頃 「免疫細胞が暴走する病気」によって二葉が亡くなる。その前後の出来事で「宮水家とその信者達」にすっかり愛想をつかした婿養子の宮水俊樹は家を出て土建屋の勅使河原(父)と組んで町長選挙に勝利し「町政近代化」に着手する。だがその実態はドロドロの金権政治だった…
*スピンオフ小説によれば、二葉は最初入院検査自体を嫌がり、倒れて地方の専門でない病院に運び込まれて以降は大学の専門病院に入院するのを拒み続けたという。もしかしたら「宮内の女の身体交換術」は化学(chemical)じゃ生化学(biochemistry)ベースのもので、時々不適応者を出すのかもしれない。


2013年9月(ティアマト彗星落下1ヵ月前)

  • 上旬に豊穣祭。三葉と四葉が二人でセットの神楽舞を舞った後、口噛み酒を醸す。その後狭すぎる町内と濃すぎる人間関係に疲れはてた三葉が「東京のイケメンに生まれ変わりたい!!」と叫び、それを強く念じたのを契機に2016年の瀧と週に2〜3回の割合で入眠をトリガーに入れ替わる様になる。
    *もしかしたら、口噛み酒を醸したのをトリガーとする「身体交換」は、元来ならターゲットを思うより任意に選べるコントーラブルな技術だったのかもしれない。そして帰還するとすぐ記憶を失う問題についても何か対策があったのかもしれない。あるいは「宮水の女達」は誰と繋がろうが「この世の全てはあるところに治る」精神に基づき、その結果を無条件に神意と受け止める訓練を積まされていたのかもしれない。そして実際「不思議な因果」によって身体交換した同志は巡り会う事になるのかもしれない(スピンオフ小説における三葉と四葉のパパとママが出会う場面にそう思わせる記述がある。そして実際二人は出会ってすぐに万難を振り切って結婚してしまう。滝と三葉の再開後の未来を暗喩?)

  • スピンオフ小説の中で、自分の口噛み酒を舐めてみた四葉が過去の宮水神社に飛ばされる。たちまち見破られ「何度隕石が落ちて来ようが宮水神社は再建してきた」と豪語されるも、戻ってきた途端にその時の記憶は失われてしまう。
    *「身体交換」が起こったのは口噛み酒を舐めてすぐではなく、2時間後における神楽の稽古の最中。元々効くまで時間が掛かる上、何かトリガーの様なものが必要なのかもしれない。

  • 2016年の瀧、三葉の身体に入った状態で組紐を組むのを手伝わされる。
    *この時点で「むすび」が成立した可能性がある?

  • スピンオフ小説によれば、三葉のツレ友達の勅使河原克彦(以下テッシー)は、父と町長の金権主義的癒着などを目の当たりにして「大人の社会」にすっかり愛想を尽かしていた。そして土建屋の息子として学んだダイナマイト使用技術や無線の師匠に学んだ防災無線のジャック技術などを何か破壊的な事に用いる事を考えていた。しかし(2016年の瀧との定期的身体交換を通じて)様々な意味で脱皮を遂げた三葉を目の当たりにして思いとどまる。「町にカフェがなければ自分達で建てればいいのさ!!」といったポジティブな方向に関心が向く様になる。
    *愛読書、月刊ムー。幼馴染の女の子サヤちんがどこにでもついてくる。社長の息子だし結構勝ち組?
  • 言の葉の庭」雪野先生(クレジットではユキちゃん先生)が糸守高校の国語教師としてゲスト出演。授業で「カタワレ時(この世ならざるものに出会う時間、黄昏)」の話がなされる。

2013年9月末(ティアマト彗星落下数日前)

  • 秋祭りの準備の一環として三葉と入れ替わった(2016年の)瀧が祖母や四葉と口噛み酒を御神体に供えに行く。「彼岸と此岸の境目」を超えた後に祖母から「おや夢を見てるね」と指摘されると元の体に戻ってしまう。
    *夕暮れ時に瀧は接近中彗星を目撃したが、もちろんその記憶を保ち続ける事は出来なかった。

2013年10月3日(ティアマト彗星落下前日)

  • 二人の時間に3年の時間差がある事を知らない三葉は、この日が瀧と奥寺先輩が初デートする前日と思い込んでおり、居てもたってもいられなくなって東京に向かう。しか2013年時点の瀧(中学生? 高校1年生?)には、もちろん三葉が誰か判らない。それでも去り際に髪紐(組紐)を渡す。その夜、帰ってきた三葉は髪を切った。頭の中は失恋したという思いで一杯になっていた。

2013年10月4日(ティアマト彗星落下当日)

  • 秋祭りの日。ティアマト彗星が地球に最接近する日。学校を休んでいた三葉は、瀧に「デートが終わる頃には、ちょうど彗星が見えるね」と連絡を入れた後、夕方からテッシーやサヤちんに合流して彗星落下に巻き込まれる。この日の夜、ティアマト彗星の破片が秋祭りの最中だった宮水神社を直撃した為、被害は最大級となった。同時期、2013年の瀧は東京で彗星を見ている。

2016年9月(彗星落下から丁度3年後の1ヵ月前)

  • 2016年の瀧と2013年の三葉の身体交換が始まる。瀧の身体を借りた三つ葉は女子力を披露し続け、バイト先の憧れの奥寺先輩と初デートの約束を取り付ける。

2016年10月4日(彗星落下から丁度3年後)

  • 瀧が奥寺先輩とデート。この時、糸守町の風景写真を見る。しかし「あなた、別に好きな人が出来たでしょう?」と言い渡されてしまう。三葉から「デートが終わる頃には、ちょうど彗星が見えるね」と連絡が入る。「何言ってんだ、こいつ?」。この日を境に入れ替わりが発生しなくなる。

2016年10月 一度三葉に会ってみたいと思った瀧は、友達の司と奥寺先輩の三人で飛騨に出向く。

  • なんとか三葉が住む地域が糸守町ということまで突き止めたが、そこは三年前の隕石落下で壊滅しており、彼女も巻き添えとなってこの世を去っている事を知る。この時を境に彼女の記憶が薄れ始める。やり取りしたデジタルデータも消えてしまう。

  • 翌日、御神体のある山に向かう。奥寺先輩と司はこの日に先に東京へと戻っている。瀧が御神体に供えてあった三葉の口噛み酒を口にした後、転倒して意識を失う。そして三葉の生まれた時の記憶、三葉が彗星落下前日に東京に行くと言っていた事、その日の夜に髪を切った事、そして彗星落下当日の三葉の記憶などが流れ込んでくる。小説版では宮水神社の神事の由来が彗星である事もこの時に気付いたとされる。
    キトラ古墳高松塚古墳において(魂魄分離後、魂を天に導く)天井の星図と(残された魄を生前の記憶の走馬灯によって慰める)壁画を一望に収めるには埋葬者の棺の位置に寝そべるしかない。とはいえ口噛み酒を飲んだだけではすぐには何も起こらず(ただしこれはスピンオフで自分の口噛み酒を舐めた四葉もそうだった)偶然転倒して「天井と壁を一望できるポジション」になった途端「四葉の記憶の走馬灯の様な再生」が始まった理由については、あくまで推測しか述べられない。

  • 瀧と入れ替わった三葉が目を覚まし、隕石落下語の破壊され尽くした糸守町を目の当たりにする。また、瀧の記憶から、瀧が自分より3年後も未来に生きていることを知り、自分はティアマト彗星の落下に巻き込まれて死んだ事も悟る。

*ここから「リプレイ(再演)」開始

2013年10月4日リプレイ(彗星落下当日、瀧のターン)

  • 朝、三葉の体で目を覚ました瀧は、祖母から宮水家が代々身体交換の能力を持っているという事を聞く。
  • 1周目では三葉は学校を休んでいるが、三葉と入れ替わった瀧は登校。テッシーやサヤちんと糸守町の住民を救う為に動き始める。
    *ここでダイナマイトと町内放送ジャックを使ったテッシーの「テロ計画」が思わぬ形で生かされる事に。幼馴染も協力を約束する。

  • 三葉は町長である父を説得しに行くが「お前は…誰だ?」と言われてしまう。帰り道に数人の子供や四葉に出会い、ティアマト彗星落下前日に三葉が東京に行った事を知る。
    *しかし元人文科学研究所の研究員だった町長は、当時の仮説を発展させる事で1200年周期で接近するティアマト彗星は、その都度宮水に破片を降らす」という推論に自力で到達。

  • 瀧と入れ替わっている三葉は御神体にいると考え、テッシーの自転車を借りて山の上の御神体に向かう。御神体に向かう途中、3年前に彼女と出会い、組紐を受け取っていた事を思い出す。

2013年10月4日リプレイ(彗星落下当日、邂逅)

  • カタワレ時に三葉と瀧がお互い元の身体に戻りながら時を越えて出会う。瀧が持ち続けていた髪紐(組紐)を三葉に渡す。サインペンでお互いの手に名前を書こうとするが、瀧が書き終わり、三葉が書き始めた段階で夜を迎えてしまい、三葉の姿が消えてしまう。

2013年10月4日リプレイ(彗星落下当日、三葉のターン)

  • 瀧の名前を呼びながら山を下りると、原付に乗ったテッシーに遭遇。そのまま二人で糸守変電所へ向かい、これを爆破して町全体を停電にした後、サヤちんが学校から防災無線をジャックし放送で避難誘導開始。二人も祭り会場に向かって誘導を始める。その途中で三葉は瀧の名前を思い出せなくなってしまう。
  • 三葉は父を再び説得するため役場へ。しかしその頃には学校から放送しているのがバレてサヤちんが取り押さえられ、放送を止められてしまう。彗星が2つに割れるも、役場が「その場で待機しろ」といった内容の放送を流し出す。しかし最終的には町長である父親の機転によって急遽避難訓練として町民を安全な場所に避難させることに成功。
    *スピンオフ版によれば宮水俊樹が動いたのは「自らの導き出した理論に納得がいったから」。そして彼が元宮司の町長として肝心のタイミングで避難を指揮する立場に立ったのは、亡くなった彼の妻で三葉と四葉の母だった二葉の影響。

  • 糸守町の町民が奇跡的に無事だったニュースが流れるが、2013年当時の瀧はあくまで無関心。

*ここで「リプレイ(再演)」終焉。

2016年10月(瀧のターン)

  • カタワレ時が終わって三葉が消えてしまった後、片手には線が一本だけ書かれていた。
  • 組紐も無くなっている。何度も三葉の名前を叫び続けるが、突然その名前も思い出せなくなってしまう。
  • ふと三年前に見た彗星を思い出すが、三葉のことはもうほとんど思い出せない。
  • 自分が何をしに来たのかも忘れてしまい、山で一夜を明かし、一人東京に帰る。

2021年 その後二人は「何かを探している」ということだけを覚えながら、日々を過ごす。秋のある日、瀧が電車に乗っているとホームに組紐で髪をくくっている三葉を見つける。その組紐に何かを感じた瀧は電車を降りて探したが何も見つからず。

2021年12月3日(冬) カフェで結婚の話をするサヤちんとテッシーを目撃し、テッシーという呼び名に何かを感じる。後を追っかけて歩道橋で三葉と瀧がすれ違う。二人は何かを感じるも、そのまま通り過ぎてしまう。

2022年(春) 別の日、別の電車で二人が窓の外をみていると二人の顔が合う。電車を降り、二人は住宅街の階段で出逢う。瀧が「ずっと…探していました!」と声を掛けると、「私もです」と三葉。
*三葉の母の振る舞いを参照する限り「最初に会った時からこの人と結婚するって分かってました」モードに突入してサヤちんとテッシーに追いつく様なスピード結婚を果たす可能性が捨て切れない?

W A L P

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全体構造を俯瞰してみると「こんな"悪魔の手毬唄"とか聞こえてそうな田舎の闇をめぐる重ったるくて陰鬱な物語、全国300館で封切れるんかいな」といった感じですが、そこはトリミングの妙。アニメ版はポップな青春ドラマの場面だけ切り出し(特にヒロインの立ち位置ちがハリー・ポッターシリーズにおける「キングス・クロス駅の9と3/4番線」くらい奇跡的で絶妙な設計になってる)、残りの部分も小説版やスピンオフ小説版で全て提示するという二重構造になってます。もしかしたら未来には田舎の明るい部分だけトリミングした細田守サマーウォーズSUMMER WARS、2009年)」と対をなして論評される事になるのかもしれません。実際「3.11における経験を踏まえて再構成されたサマーウォーズ」いう指摘も見掛けましたし。

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既に庵野秀明監督「シン・ゴジラGODZILLA Resurgence、2016年)」と併せて「長過ぎた世紀末(あるいは20世紀)」を終わらせた作品として映画史に足跡を残したと思います。そしてスピンオフ小説版に収録された以下の勅使河原克彦(テッシー)の心からの叫びを「がっかりだ、ノストラダムス。責任とれよ、五島勉」をあえて切ったのが「未来志向」のアニメ版、あえて残したのが「歴史志向」の小説版・スピンオフ版。

そういえば昔、といっても前世紀の末ごろ、『 ノストラダムスの大予言』というのが あったらしい。「一九九九年に全世界は滅ぶのである」というオカルト系のデマゴギー だ。当時は冷戦のまっただ中で、核戦争の恐怖がさしせまったものとして存在していた から、かなり大勢の人間がこれを真に受けたらしい(『 ムー』の愛読者なので、そういったトリビアには詳しいのだ)。なんでその時滅びなかったんだよ。がっかりだ、ノストラダムス。責任とれよ、五島勉

本当に見事なまでの「魂魄分離」を達成したものだと思います。「君の名は」は「守るべき記憶を必死で守り抜こうとする物語」であると同時に「忘れるべき記憶を必死で忘れ去っていく物語」でもあったのですね…

ところで「時空を超えた存在」ゆえに年表中で触れられなかった「ムスビの神」について追記。ますます宮水家のダークサイドに踏み込む展開に?