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諸概念の迷宮(Things got frantic)

歴史とは何か。それは「専有(occupation)=自由(liberty)」と「消費(demand)=生産(Supply)」と「実証主義(positivism)=権威主義(Authoritarianism)」「敵友主義=適応主義(Snobbism)」を巡る虚々実々の駆け引きの積み重ねではなかったか。その部分だけ抽出して並べると、一体どんな歴史観が浮かび上がってくるのか。はてさて全体像はどうなるやら。

【ネタバレ】「飛騨女(ひだにょ)物」としての「氷菓」「君の名は」

以下は映画「君の名は」を鑑賞済みで小説版もスピンオフ小説版も読破済みの方だけがご覧下さい。もし間違ってたらご指摘頂けると幸いです。

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ここでいう「飛騨女(ひだにょ)物」とは、何よりもまず(時空間を超越して作品を残す)飛騨匠を重心に配した物語。

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そして周囲に「女性」や「凡人」を引き立て役に配して愛憎劇を繰り広げます。ここでいう「女性」はしばしば「母権性」すなわちシャーマニズムと「領主が領民と領土を全人格的に代表する農村主義的伝統」の双方を背景に背負った神秘的存在として描かれます。

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漂う古代の香り…そのくせ何故か土俗的でローカルながら国際的に通用したりする。本当に扱いに困るジャンルなのです。
*ただ途中で大林宣彦監督が故郷で撮影した「尾道三部作」、すなわち「転校生(1982年)」「時をかける少女(1983年)」「さびしんぼう(1985年)」の影響などを受けたとも?

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坂口安吾「夜長姫と耳男(1952年)」

兔のように長い耳を持つ20歳の青年、耳男は、飛騨随一と言われる匠の弟子である。彼はあるとき、すでに死期が近い師匠に推薦され、使者アナマロに導かれて、師匠の代わりに夜長の里の長者のもとへ赴く。

  • 長者の用件は名人として名高い3人の匠に腕を競わせ、まだ13歳の姫(夜長姫)のための護身仏を彫らせることにあった。しかし長者と姫に引き合わされた彼は、姫にその大きな耳と馬のような顔を馬鹿にされて逆上し、仏像の代わりに恐ろしい化け物の像を彫る決意をする。

  • 他の名人青笠(アオガサ)と、古釜(フルガマ)の代理で来た小釜(チイサガマ)が揃うと酒の席が設けられ、彼らは機織りの奴隷娘、江奈古(エナコ)に引き合わされる。長者は3人のうちの勝者に江奈古を与えると宣言するが、江奈古は耳男の容貌を馬鹿にし、耳男も彼女の里を馬鹿にする言葉を返すと、江奈古は不意に近づいて耳男の左耳を切り落とす。

  • 数日後、長者は客人に対する非礼への詫びとして、耳男自身の手で江奈古を殺させようとするが、従わず耳男は江奈古の縛めを解いてやる。そして「虫ケラに耳を噛まれただけだ」と言い捨てるが、それを聞きとめた夜長姫は、江奈古に耳男のもう一方の耳を切り取らせ、その光景を無邪気な笑顔で見守る。

  • 耳男は長者の蔵の裏に小屋を建て、3年の間馬の顔の化け物を彫ることに専心する。そして絶えず姫の笑顔を思い浮かべ、それに対して心がひるむと蛇を取ってその生き血を吸い、残りの血は作りかけの像に滴らせ、死骸は小屋の天井から吊るした。3年後、像を完成させた耳男は、小屋を訪れた夜長姫から、耳男の彫った像を「ほかのものの百層倍、千層倍も」気に入ったと告げられる。

  • 姫は天井から吊るされた蛇の光景に感嘆するが、直後に侍女に小屋を焼き払わせ、耳男に服を着替えてくるように命じる。姫に殺されるのではないかと感じた耳男は、姫の笑顔を像として刻ませて欲しいと申し出る。長者と夜長姫はそれを承諾すると同時に、江奈古が耳男の耳を切った懐剣を使って自殺したこと、そして耳男が着替えた服が江奈古の服を仕立て直したものであることを教えられる。

  • 耳男は姫の笑顔を刻んだ弥勒像の制作に取り掛かるが、その間、村に疱瘡が流行しはじめて多数の死者が出る。姫は「他に取り得もなさそうなバケモノだから」と言って耳男の化け物像を門前に据えさせ、一方で「今日も人が死んだ」とうれしそうにふれてまわる。やがて疱瘡の流行が止み、長者の邸からの死者は少なかったために、化け物像が村で信仰の対象になる。姫は像に供えられた食べ物を耳男のもとに届けながら「バケモノ」が本当に「ホーソー神」を睨み返していたのを見たのだと言い、そして耳男がいま彫っている弥勒像には「お爺さんやお婆さんの頭痛をやわらげる力もない」と告げる。

  • ほどなく別の病が流行し、また多くの死者が出はじめる。夜長姫は耳男のもとを訪れて、耳男が以前やっていたように蛇をたくさん捕まえて来るように命じる。姫は耳男とともに楼に上り、そこで耳男を真似て蛇の生き血をすすり、また耳男に蛇の血をばら撒かせ、死骸を楼の天井に吊るさせる。耳男は姫が村人たちの死を願って蛇を吊るさせているのだと気づくが、翌日も姫の命令の通りに大量の蛇を獲ってくる。

  • 死ぬ人をみんな見ている太陽がうらやましい、という姫の言葉を聞いた耳男は、姫を殺さない限りこの「チャチな人間世界」はもたないと考え、意を決して姫を抱きすくめその胸に鑿を打ち込む。

姫は笑顔のまま「好きな物は咒(のろ)うか殺すか争うかしなければならないのよ。お前のミロクがダメなのもそのせいだし、お前のバケモノがすばらしいのもそのためなのよ。いつも天井に蛇を吊して、いま私を殺したように立派な仕事をして…」と言い遺して死に、耳男は姫を抱きかかえたまま気を失う。

とはいえ世界に「飛騨女(ひだにょ)物」を知らしめたのはWEB投稿から始まった米澤穂信古典部シリーズ(2000年〜)」をアニメ化した「氷菓(2012年)」でした。

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氷菓」主要登場人物(古典部部員)紹介

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折木奉太郎「やらなくてもいいことなら、やらない。やらなければいけないことなら手短に」

千反田江留「個々のパーツについて幾ら詳しくても、世界を動かしてるシステムが理解出来る訳じゃないですよね?」

福部里志「僕は基本属性がショッキングピンクだから、誰かが僕を薔薇色に染めようとしても無駄さ。染まってあげない」

伊原摩耶「そう言われても、譲れない部分は譲れないの!!」

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1990年に出版されたゲームブック送り雛は瑠璃色の」 

氷菓作者の米澤穂信が影響を受けた本に上げている。
主人公の所属している歴史部の部員は4人

  • 主人公は能力は高いがあまりやる気のないダウナー系
  • 社交的で校内の色々な所にコネを持ってるお調子者の薀蓄王の男の子
  • 勝気で知的な小動物系の女の子
    *男の子と女の子は
    お互いに好きあってるがまだ付き合ってないみたい
  • 最後の一人はヒロインで長い黒髪のミステリアスな美少女

部活動と称して学内の探索をしてたりして普通の学校生活を送っていた部員たちだが夏休みに入り夏祭りが始まると土地と自分たちの過去の因縁に巻き込まれて行く。

*「2対カップル物」の起源を遡るとシェークスピア喜劇に行き着くが、中でも「ヴェニスの商人(The Merchant of Venice、1594年〜1597年)」の元ネタとなったイタリアの説話は「求婚者に無理難題を吹っ掛けて次々と殺す残酷で神秘的な女主人」を巡る地母神伝承性の強い内容で有名。

物語の裏側ではしょっちゅう海外旅行に出掛けている折木供恵(主人公の姉)、地元の大病院の娘である入須冬実先輩、そして豪農の娘でヒロインの千反田江留が繋がっている。これに作中で対峙するのが、ほとんどメタの領域まで足を踏み入れかけた「ミステリーとは何か?」「名作とは何か?」「天才と凡人の違いは何か?」についての問いに関する鋭い問いかけの繰り返し。

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作中で入須冬実先輩が千反田江留に伝授する「女帝の手管」 

「大事なのは相手が自分から動いてくれる様に仕向ける事だ。その為には相手に精神的満足感を与えなければならない。色々あるんだが、お前にも使えそうな手は期待だろ。相手に自分は期待されてると思わせるんだ。それが出来れば後は実に簡単に尽くしてくれる。ただし問題はあまり大きく見せない事だ。自分には些細な事だが相手にはそこそこ大事な事だくらいがいい。それともう一つ。出来れば人目につかないところで異性に頼むんだ。」

*千反田江留はこれを「相手に期待してるように見せる」「自分の利益を小さく見せる」「人目につかないところで異性に頼む」と単純化した形でしか把握出来ず実践に失敗。「お前が期待を操ろうとすると、どうしても甘えている様に見えてしまうんだ。そして振りも続けると、まず自分自身が真に受けたりする。下手に画策し続けるのだけは止めた方がいい。単刀直入な言い方しか出来ないのはお前の弱点だが、他では得難い武器でもある」。以降はもっぱら「折木奉太郎専用飛騨女(ひだにょ)」として才能を伸ばす事に。

 タロットカード(逆位置)で示された各登場人物の弱点

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「力=ほうたるの弱点」…誘われると断れず痛い目に遭う。

「愚者=えるの弱点」…好奇心や正義感が暴走。
「女帝=入須先輩の弱点」…誰かへの過度の愛や体裁繕いが新たな犠牲者を生む。

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千反田江留「万華鏡みたい…」

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 折木供恵(主人公の姉)からの手紙

あんたが一人でもめげちゃ駄目。男の子は孤独に耐えて強くなるのだから。もし他に誰かいるなら、それはよかったわ。男の子は人間の中で磨かれるものだから。

 第5話「歴史ある古典部の真実」

関谷純(千反田江留の叔父)「強くなれ。もし弱いままなら悲鳴も上げられなくなる日が来る…そして生きたまま死ぬことになる…」

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*この作品が国際的に広まる上で大きな役割を果たした展開。

 第6話「大罪を犯す」

千反田江留「傲慢なところがまったくない人というのは、自信がない人のことじゃありませんか。誰からも強欲と言われない人は、きっと家族を養うことも難しいでしょう。世界中の人が誰にも嫉妬しなければ、新しい技術が生まれるとは思えません」

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折木奉太郎の独白)…怒らない千反田が怒り、その理由を知りたがった。怒ることは悪い事ではないと言いつつも、本当はいつだって怒りたくなんてないのではなかろうか。だから(授業内容を間違えて千反田を怒らせた数学教師)尾道の間違いにも三分の理があると考えたかった。そして怒ったのは自分のミスだと考えたかったから、 自分の怒りの理由を知りたかったのではないか。千反田とはそういう奴ではなかろうか?

*国際SNS上のアニメ漫画GAMEファンが色々語っていた。

  • For a low energy person like me who barely shows emotions、 Pride would be on a small but existent degree. If I didn’t have self confidence in myself、 I don’t know how I would be living.(自分のような低エネルギーゆえに感情をほとんど露わにしない人間にとって「Pride(傲慢)」はほとんど存在してないに等しいですが、それは自信の欠如、さらには「悲鳴も上げられず生きたまま死んでいる」状態につながっていく様です。)
  • I realized I didn’t really understand Chitanda. To truly understand her heart、 “pride”、 is a deadly sin that may not be necessarily bad all the time、 but I wouldn’t want to do it. Hence it is a sin.(私は本当の意味ではChitandaを理解していない事に気付いてしまいました。彼女の考える「Pride(傲慢)」の意味にあらゆる状況下で拘泥し続ける必要はないとはいえ、それが(「憤怒(Wrath)」や「大食(Gluttony)」や「貪欲(Greed)」や「嫉妬(Envy)」や「色欲(Lust)」や「怠惰(Sloth)」同様に)「死に到る罪(Deadly sin)」である点には変わりありません。ああ、それについて私はあまり深く考えたくない…)

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「気になります」の訳語としては当初「I'm curious.」が使われていたが、どうもしっくりこなかった様でこの頃までに「Can't stop thinking」に推移して定着。

第7話「正体見たり」のパロディ回覧 (放映時流行)

千反田江留「気のおけない相手がいつもそばにいるなんて、素敵なことだと思いませんか?」

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折木奉太郎「別に」

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千反田江留「あ、ここのお風呂、一緒に入れないんですね」

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折木奉太郎「思うより俺と一緒に入りたがる女って多い様だ…」

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*「折木さんってお姉さんいるんですよね…いいですね…」というえるの台詞を受けた流れ。

第7話「正体見たり」放映時に流行した 「絶望的対比」回覧

千反田江留「私、気になります(I can't stop thinking about it)」

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折木奉太郎「俺も気になります(I can't stop thinking about you)」

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 *この段階では双方とも相手を恋愛対象と見てない。

 「クドリャフカの順番」編(12話〜17話)

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福部里志「自分に自信がある時は期待なんて言葉を出しちゃいけない。期待って言葉は諦めから出る言葉なんだよ。そうせざるを得ないどうしようもなさがないと空々しく聞こえてしまう」

伊原摩耶花「福ちゃんは折木に勝ちたかったの?」

福部里志「別に勝ちたかった訳じゃないさ。でも見上げてばっかりじゃね。でもこればっかりはマヤカにもわからないよね。」

伊原摩耶花「そんな事ない」

*文化祭における漫画部のサークル展示で「古典は大勢の人間に継続的に選ばれ続ける事で篩いにかけられた」なる先輩の主張に「名作は名作として生まれてくる」と反論する伊原摩耶花。漫画部部長はすかさず「必見、ただいま乙女決戦中。巫女VS両性体」なる張り紙を人寄せに使い、論争終了後は「今日はもう終わりました。明日またやりますので是非きてくださいね」とフォロー(こういうのも飛騨女(ひだにょ)のバリエーション?)。やがてその時「名作」として挙げられた「夕には骸に」という漫画に秘められた悲しい秘密が明らかに…

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第18話「連峰は晴れているか」

折木奉太郎「俺のことを運がいいやつだというのは構わないが、大したやつだというのはやめてもらいたい」

千反田江留「それは折木さんがちゃんと自分を見つめ直した事がないからでしょ?」

福部里志による 「危機感を抱いた生物は子孫を残そうとする活動を活発化させるんだ」なる説の披露から始まる回。千反田江留は「折木さんの好奇心をくすぐるものがこの世にあるなんて。それが一体何なのか、私気になります」という好奇心から彼が自発的に始めた調査に同行するが「許されない間違いは犯しっ放しにしておきたくない」という本心を知り彼を意識する様になる。

第19話「心当たりのある者は」のパロディ回覧 (放映時流行)

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*本編の内容も単なる「夫婦漫才回」だった。

第20話「あきましておめでとう」

「私もちょっと着物を見せびらかしたいんです」と折木奉太郎を初詣に誘った千反田江留。しかし、現れた彼女は留袖に小紋という「(挨拶回りという戦場を千反田家の名代として無事駆け抜ける為の)ガチ戦闘服」姿だったのである…

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小紋 - Wikipedia

日本の着物(和服)の種類の一つ。全体に細かい模様が入っていることが名称の由来であり、訪問着、付け下げ等が肩の方が上になるように模様付けされているのに対し、小紋は上下の方向に関係なく模様が入っている。そのため礼装、正装としての着用は出来ない(江戸小紋を除く、理由は後述)。また礼装の下の普段着に属するものであり、着物の格としての用いられ方もする。現在は模様の大きさや密度に関わらず、上下方向関係なく模様が入っている着物は総称して「小紋」という。染めの技法によって「紅型小紋」「絞り小紋」「更紗小紋」など多種多様な小紋が存在する。

  • 江戸小紋…江戸時代、諸大名が着用した裃の染めに由来する小紋。諸大名が裃の模様付けの豪華さを張り合う様になり、江戸幕府から規制を加えられた結果、遠くから見た場合は無地に見えるように模様を細かくするようになり、結果、かえって非常に高度な染色技を駆使した染め物となった。また、各大名で使える模様が固定化していった。代表的な模様として「鮫」(紀州藩徳川氏)、「行儀」「角通し」(以上をまとめて「三役」という)、「松葉」(徳川氏)「御召し十」(徳川氏)「万筋」、「菊菱」(加賀藩前田氏)、「大小あられ」(薩摩藩島津氏)「胡麻柄」(佐賀藩鍋島氏)がある。 このような大名の裃の模様が発祥のものを「定め小紋」「留め柄」という。いっぽう、庶民もこの小紋を真似するようになり、こちらは生活用品など身近にある物を細かい模様にして洒落を楽しんだ。 宝尽くしなどのおめでたい柄や、野菜や玩具、動物や気象のものなど柄はさまざまである。 こういった庶民の遊び心から発祥の柄を「いわれ小紋」と言いう。型紙を使って染めるのが特徴であるが、この型紙は江戸で作ることが出来ず、もっぱら伊勢に注文していた(伊勢型紙)。現在は染め職人より型紙職人の後継者不足が問題となっている。大名が着用していた経緯から江戸小紋の中でも定め小紋は格式が高く、柄は家紋の結晶を意味し、裃の柄の大きさが6段階あって殿様に一番近い席に座る上位の家臣がいちばん細かい柄を着用し下位になるほど柄は大きくなり、7段階以降の家臣は無地の裃を着用していた。これらのことから定め小紋は無紋でも礼装として着られる着物である。 「江戸小紋」の名称は1955年(昭和30年)に東京都の小宮康助が重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定された際に「京小紋」と区別するために名づけられた。

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  • 小紋…古くから型染め技法を使って着物を制作していた京都だが、型染めを駆使した小紋生産が隆盛したのは明治時代以降であり、京友禅の派手な柄いきと型染めを融合させたものを一般的に「京小紋」という。基本的には単色染めで、絹しか使わない江戸小紋に対して多色染めであり、様々な生地を用いる。当然ながら一つ一つの柄も江戸小紋より大きく、抽象柄より具象柄が多く、見た目が華やかである。

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  • 加賀小紋「京小紋」の影響を受けて石川県で作られ始めた。色使いに加賀友禅の技法が取り入れられている。 一方「江戸小紋」の影響を受けて作られた「加賀小紋」も石川県には存在する。

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 *江戸時代の飛騨は幕府直轄領だったので小紋の扱いも江戸風な可能性がある。ただ本編中でも「どれくらいフォーマルな位置づけなのか」について詳細は語られない。
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*ちなみにバレンタインデー当日の折木奉太郎は千反田江留から「私の家では本当に親しい相手にはお中元やお歳暮も送らない仕来りになってるんです」と言い渡され、複雑な気持ちにさせられている。千反田家に婿入りする為の順化訓練がじわじわと進行中?

第21話「手作りチョコレート事件」

*去年の福部里志伊原摩耶花からのチョコレートの受け取りを拒絶。

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伊原摩耶花「覚えてなさい、福ちゃんが満足する様な傑作を、その横っ面に叩きつけてやるんだから」

伊原摩耶花「何よカカオ豆からチョコレートを造るなんて素人じゃ無理じゃない。こうなったらもう最高の手作りチョコを造って、それでも納得しないならどこかに監禁してこの事実を納得するまで言い聞かせてやるわ。それでもダメなら口にチョコを押し込んでやる!!」

福部里志、結局この年も伊原摩耶花からのチョコレートの受け取りを拒絶。

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福部里志「昔の僕は勝つ為に勝ちたがった。そしていろんな事にこだわった。つまらなかったねぇ。それだけ勝ちたがって勝ってもつまらないんだから始末に負えないよね。面白い勝つ方をしなけりゃ面白いもんか。で、僕はある日突然それに飽きた。こだわらない事にこだわる様になった。それからは本当に楽しいんだ、毎日がね。でも問題が一つだけあった。摩耶花だ。摩耶はいい。本当にいい。あんな娘は他にいない。その摩耶が僕に一緒にいてほしいだなんて夢みたいな話さ。だけどだよ。僕は摩耶にこだわっていいのかな? 僕は間違いなく摩耶花と一緒にいたい。でもこだわりたくないんだ。全部僕の我儘だよ。摩耶花の気持ちなんて考えてない。あまりにも自己中だとは思わないかい? 摩耶をないがしろにしたくはないのに。それに今の気楽さを手放して摩耶花を受け入れてしまったら、昔の自分に戻ってしまうかもしれない。それを強く思ってしまうんだ
*しかし、後にこの時起こした事件が露見して福部里志は数日間「御免なさいしかいえない可哀想な生き物」に成り果てた挙げ句の果てに「お前にもう一人で過ごせる放課後や週末があると思うな」と断言されてしまう。「それがこれからお前にとっての楽園になるんだよ」的恐ろしさ。

第21話「手作りチョコレート事件」 のパロディ回覧 (放映時流行)

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福部里志「僕は君が"ジョイステック"を勢いよくグリグリする様が好きなんだ、奉太郎」

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*まさしく「一対のスプーンとフォークからでも腐女子の妄想は始まる」の典型例。ちなみにこの場面ではモロにバーチャロンの対戦場面が出てきた。

 第22話遠まわりする雛

折木奉太郎「しまった。よくない。これはよくない。多分俺は何としてもここへ来るべきではなかった。俺の省エネ主義が致命的に脅かされている。千反田が見えない…千反田が見えない…気になる気になるもし紅を差し目を伏せている千反田を正面から見られたら、それはどんなにか…
*千反田江留が「生き雛」を演じる行列の一員として「狂い咲きの桜」の下を通過しながら。

千反田江留「そんな事の為に?」
折木奉太郎「そうでもないさ」
*主人公とヒロインがそれぞれ手の平に名前を書いて一斉に見せ合う。二人の推理が一致した。犯人は写真家になりたくて大阪の写真学校に通ってる人物。動機は順路を変更して生き雛行列に「狂い咲きの桜」の下を通過させたかったから。

米沢穂信「古典部」シリーズ第四巻「遠回りする雛」より

縁側に腰掛けたまま、千反田は両手を天に広げてみせた。空はもうほとんど夜で、星もいくつか見えている。

「見てください、折木さん。ここがわたしの場所です。どうです、水と土しかありません。人々も段々老い疲れてきています。山々は整然と植林されてますが、商品価値としてはどうでしょう? わたしはここを最高に美しい場所だとは思いません。可能性に満ちてるとも思ってません。でも…」

腕を降ろし、ついでに目も伏せて、千反田はつぶやいた。

「…でも折木さんにどうしても紹介したかったんです…」

この時、俺はかねて抱いてきた疑問について、一つの答えを得た。

俺はこう言おうとしたのだ。「ところで御前があきらめた経営戦略眼についてだが、俺が修めるというのはどうだろう?」

*アニメでは自転車を引いて帰る場面に変更されていた。そこで千反田江留が駆使したのは、入須冬実先輩から伝授された「女帝の手管」そのものだった。世界中を「折木、遂に堕ちた」なるコメントが流れた。

第22話「遠まわりする雛」放映当時の回覧投稿

「I can see the future you and me together(僕達が一緒にいる未来が視える)」

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「Time to stop being gray and start my rose-colored life.(灰色の時節は終わり、これからは薔薇色の時節が始まるのだ)」。

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遂には「ディズニー風ミユージカル・アニメにすべき」という意見まで。

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折木奉太郎「寒い?」

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千反田江留「ううん、大丈夫」

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折木奉太郎「(心のなかで激しい損得勘定の鬩ぎ合いがあった後で)俺達、付き合ってるんだよな?」

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千反田江留「ありがとう、折木さん!! そうですね、意地張り合ってる場面じゃないですね!!」
*どうやら国際的に女子は(それが母娘の対立などを引き起こさない限り)「飛騨女(ひだにょ)物」にアンビバレントな感情を抱かないらしい。まぁこれは吉田秋生吉祥天女(1983年〜1984年)」においても既に指摘されていた事だった。

一方、新海誠監督の「君の名は(2016年)」 は興味深い二重構造になっています。

①小説版・スピンオフ小説版は完全に「飛騨女(ひだにょ)物」。それを成立させているのは、ニ葉(ヒロイン三葉の母)ら「宮水の女達」の圧倒的存在感と、その深謀に反抗しつつ翻弄されていく悲しい男達。そして建築関係で食べていきたい主人公の熱意。

「君の名はAnother Side 」「アースバウンド」における四葉(三葉の妹)の独白

自分の周囲にいる小学生男子集団を見ていて感じることだけれど、男の子の世界は、わざわざ理解しようとつとめる必要もないくらい単純だと思う。

男子の世界は、《 バカ》の二文字ですべて言い尽くせるように思う。男子の世界には、《 バカほど偉い》という単純な法則があり、バカの度合いが高い行動を内輪でやんやと はやして喜ぶ。すると内輪でもっと受けようとするので、ますますバカが煮詰まっていく悪循環なのだろう。

 だから善良なる女子としては、端で見ていて、バカだねえ、と言っておけばいいので ある。男子 にとってバカの二文字は勲章なので、言われれば言われるほど身をよじっ て喜ぶのだ。よくよく考えてみると何やら根本的にねじれた話だ。

*幼女ながら既に割とガチで飛騨女(ひだにょ)にして「宮水の女」。婿養子をとって神社を継承するのはむしろ彼女? ちなみに名取早耶香(サヤちん)もタイプは全然異なるけど、おそらく飛騨女(ひだにょ)の類型的タイプの一つ。

「君の名はAnother Side 」「スクラッチ・アンド・ビルド」における勅使河原克彦(テッシー)の独白

そういえば昔、といっても前世紀の末ごろ、『 ノストラダムスの大予言』というのが あったらしい。「一九九九年に全世界は滅ぶのである」というオカルト系のデマゴギー だ。当時は冷戦のまっただ中で、核戦争の恐怖がさしせまったものとして存在していた から、かなり大勢の人間がこれを真に受けたらしい(『 ムー』の愛読者なので、そういったトリビアには詳しいのだ)。なんでその時滅びなかったんだよ。がっかりだ、ノストラダムス。責任とれよ、五島勉

*宮水俊樹(三葉の父)は、妻の二葉の病死を契機に「宮水の女達とその信者達」に完全に愛想を尽かしてしまう。そして土建屋の勅使河原家と癒着して「町政改革」と称するドロドロの金権政治を実現。息子の勅使河原克彦(テッシー)はそうした状況を心から嫌っており、家業として覚えさせられたダイナマイト爆破技術や、アマチュア無線の師匠から教わった防災無線のジャック技術などを駆使して「一矢報いる」つもりでいた。彼がその計画を諦めて三葉の計画に転用したのも、「土建屋なんだからカフェがなければ自前で建てれば良い」なるポジティブな発想に(滝の心が入ってる時の)三葉が本気で同意してくれたからだった。また宮水俊樹が避難誘導を成功に導けたのは「元歴史文化学の研究員で、元宮司で現町長」という立ち場故だった。

 ②逆にアニメ版は以下の積み重ねによって「飛騨女(ひだにょ)物らしさの消臭」に成功している。

  • 表面上における「(結局は作用と反作用の関係にある)宮水の女達と糸守町の男達の水面下における愛憎劇」の対消滅。これは主に、そうした人間関係の重心に位置する二葉が登場しない事により達成されている。
    *割を食ったのが「金権政治に邁進するただの悪徳政治家」に単純化されてしまったヒロインの父親と「謎の高校生テロリスト」に堕してしまったテッシー。

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  • 主人公の天職への情熱」が、前作「言の葉の森(2013年)」ほどには描きこまれなかった。例えば小説版・スピンオフ小説版では「連日のカフェ巡り」も建物研究の一環とされており、学校でもカフェでもそういう話ばかりしている。
    *あたかも「水の女達の存在感」を消した結果、宮崎駿監督が「風立ちぬ(2013年の映画)」の中で描いた「何もかも捨てて飛行機設計に邁進していく堀越二郎の狂気」や「言の葉の森(2013年)」で描かれた「秋月孝雄が靴製作に注ぐフェテテッシュな偏愛」なども対消滅を起こし、その存在意義を消失してしまったかの様。そもそもこの部分は小説版・スピンオフ小説版の世界においてさえ「男子の世界は《 バカ》の二文字ですべて言い尽くせる」なる強烈な水の女達的ニヒリズム」に敗北気味だったりする。

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    *これはそもそもシャーマニズムと母権原理に依存する「水の女達的ニヒリズムなるもの」自体が、「その指先から良いものもおぞましいものも生み出し続ける男達の匠の技」に対する恐怖や嫉妬や憧憬といったアンビバレントな感情の対比物として成立したものに過ぎない以上、致し方ないかもしれない。坂口安吾の恋愛論同様、現代社会においては、こうした「歴史的対立構造」そのものが限界を迎えつつあるのである。ただその中核を為す「恋とは、いまだ所有せざるものへの思慕。手に入ってしまえば醒めてしまうだけの幻想」という冷徹な発想自体はその枠組を超越して存在し続ける。
    坂口安吾 恋愛論

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    *そういえば米沢穂信「古典部」シリーズの世界観においては伊原摩耶花という自分にも他人にも厳しい一人の女性の中に「折木奉太郎の推理力への嫉妬」「福部里志に必ずバレンタインデーのチョコを食わせてやるという執念」「名作は最初から名作として生まれてくると信じたいという漫画描きの端くれとしての理想主義」が同居し、千反田江留の「千反田家に貢献する道は、農業技術者として皆を豊かにする方法と、経営力を発揮して皆を豊かにする方法の二つ。私は前者を選ぼうと思っています」なる「選択」に対して折木奉太郎が「ところで御前があきらめた経営戦略眼についてだが、俺が修めるというのはどうだろう?」と口にしそうになる。そもそも坂口安吾「夜長姫と耳男」の物語展開を引っ掻き回す夜長姫にシャーマニズム的母権的ニヒリズムは微塵も感じられない(それどころか案外「芸術家」として生き抜きたい男にとっての「都合の良い女」だったりする)。「創作作業への敬意」をあくまでその根幹とする「飛騨女(ひだにょ)物」にはこういう展開もあり得るという事。

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  • 加えてアニメ版では、前半はヒロイン三葉の「東京のイケメンに生まれ変わりたい」という願いが引き起こしたドタバタ劇に、後半は主人公カップルの違いを忘れまいとする「美しき悪あがき」に焦点が合わせられた。そもそも三葉は(「古典部シリーズ」の千反田江留の様な)「家を背負う覚悟の出来た人間」としては描かれない。あたかも早いうちに母の二葉が亡くなった為に「宮水家の女」として教育されるのを免れたかの様に。
    *小説版・スピンオフ小説版では「身体交換」以前はそうではなかった事が繰り返し強調されている。また「テッシーの改心」が(建築に興味のない三葉と中身が入れ替わった)瀧との「邂逅」を契機にしたものであったとされている。
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何たる叙述トリック。まさしくアガサ・クリスティアクロイド殺し(The Murder of Roger Ackroyd、1926年)」を思わせる「信頼できない語り手(Unreliable narrator)」そのもの?