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諸概念の迷宮(Things got frantic)

歴史とは何か。それは「専有(occupation)=自由(liberty)」と「消費(demand)=生産(Supply)」と「実証主義(positivism)=権威主義(Authoritarianism)」「敵友主義=適応主義(Snobbism)」を巡る虚々実々の駆け引きの積み重ねではなかったか。その部分だけ抽出して並べると、一体どんな歴史観が浮かび上がってくるのか。はてさて全体像はどうなるやら。

【雑想】人類はいかにして「想像力の限界」を乗り越えてきたか?

河原礫「アクセルワールド(2009年〜)」を読み返すうちに「秒速13.5連発コンボ」「秒速100連発コンボ」なんて表現を再発見しました。

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  • 「13.5発/秒(810発/分)」の元ネタはおそらく多くの単銃身機関銃のスペック上の最高発射速度。1930年代に登場したドイツ軍のMG34などがこれに分類される(より大口径の米軍のブローニングM2重機関銃(12.7mm)やボフォース 40mm機関砲(Bofors 40mm/L60)で400発/分〜700発/分、ドイツ軍に至っては2cmFlak30で実質120発/分〜180発/分、2cmFlak38で実質180発/分〜220発/分)。その一方でナチスドイツが1943年以降投入したMG42は射速度をさらに引き上げ20発/秒(1200発/分)、25発/秒(1500発/分)、30発/秒(1800発/分)を次々と達成。この射速帯に突入すると絹を裂く様なきーっという連続音」が響き渡ったという。ついた 渾名が「ヒトラーのチェーンソー」。
    *とはいえ実際の連射は(銃身交換の必要性から)100発〜150発が限度。その都度銃身交換に5秒〜7秒を要したという。

    *ちなみに「50口径」の通り名で知られるブローニングM2重機関銃(12.7mm)の射速度は発展型のGAU-21(M3M)では20発/秒(1200発/分)まで引き上げられている。

    一般にMG42弾幕制圧力に対する恐怖が生んだのがM60機関銃(7.62mm)といわれているが、発射速度は10発/秒(600発/分)前後に留め置かれた。第一次世界大戦(1914年〜1918年)当時に採用されたブローニングM1917重機関銃(1901年開発)やブローニングM1918自動小銃(B.A.R.1917年開発)の射速帯。それ以上の連続発射は弾丸の無駄使い(反動が大きくなり過ぎて命中率も下がる)」「この辺りの射速度がワンオペの限界ナチスドイツの機関銃は運用に3人〜4人を必要とした)」「火力不足は数で補えば良い(そもそも作動不良を起こしやすさをカバーする必要があった)」といったアメリカ軍の伝統的信念が反映された結果でもあった。
    *そもそも命中速度を高め、銃身の過熱を防ぐ為に連続発射は5発程度に留めるオペレーションが徹底されていた。

    何をマニアックな事を。そんなの誰も気にしない」と言われてしまいそうだがが、実際の発射音を聞くと「ああ、この音」と納得のいく人も少なくないはず。これが第一次世界大戦後半から国際的に広まった「浸透戦」の世界。
    *浸透戦…歩兵の運用単位が200人前後の中隊から10人前後の分隊に引き下げられる一方、分割による火力低下を分隊ごとの軽機関銃配備などで補われた。兵員一人一人に要求される覚悟の度合いも飛躍的に引き上げられた。

    サブマシンガン系だとキャラコM110で最高12.5発/分、イングラムM11で最高20発/秒。ちなみに「キャラコ」の名前もまた「木綿を裂く連続音」に由来する。

    *ところで原作武論尊・作画原哲夫北斗の拳(1983年〜1988年)」の百烈拳は「100発をたった9秒で放ち終える」設定。射速度およそ11.11発/秒。実際のアニメの場面からのからの換算なのだろうか。掛け声が確実に「アタタタタタッ」と響く限界を見切った感がある。

  • 一方「100発/秒」の元ネタはおそらく多銃身の20mmバルカン砲のスペック上の最高発射速度。もはや発射音は単体では聞こえず「牛が鳴く様なもーっという連続音」として響く。ベトナム戦争を扱った映画や「GATE」「劇場版サイコパス」「シンゴジラ」などで聞き覚えがある人も多いはず。
    *ちなみに「アクセルワールド」の秒速100連発コンボは両手両足全部使うので(飛行術が使える)主人公ハルユキや(空中ホバリング能力のある)メインヒロイン黒雪姫くらいしか使えないらしい。


    30mm以上の大口径バルカン砲はその速度まで達しない。

  • 参考までに初代ガンダム(1979年放映)では60mm頭部バルカンが60発/秒(360発/分)、ザクマシンガン(120mm)→11.67発/秒(毎分700発)くらいに想定されていた。前者は装弾数50発程度(少な過ぎる上にそれさえどう収納してるか不明)で 銃身が皆無(まず当たらない)。一方、後者の初速は初速200m/秒(第一次世界大戦に投入された家宝と比較しても格段に遅い)。
    *ましてや「宇宙戦艦ヤマト(TV放映1974年、劇場版1977年)」の 設定考証に至っては…ヤマト・ブームやガンプラ・ブームに先行する形でミリタリー・プラモデル・ブームがあったが、その割に実際の兵器に関する知識は以外と浸透していなかった?

    *例えば大口径機関砲搭載で有名な米軍のフェアチャイルドA10(1977年就役)は、胴体部分の全てが完全に7砲身30mmGAW砲で占められた「空飛ぶ機関砲」以外の何物でもない。砲身の上にコクピット乗せ、横に羽根つけ、胴体内に収まらなくなったエンジンを機体外にはみ出させた設計。30mmGAW砲の機関部は、外にはみ出してるエンジン2機分のサイズがあり、弾倉内にフォルクスワーゲンが入る。ちなみに射速度は当初20発/秒(1200発/分)と60発/秒(4200発/分)の切り替え式だったが、後に65発/秒(3900発/分)固定となったという。これが当時の現実(リアル)の世界における展開。


    *しかも当時の航空機は順調にこの形態を生み出した訳でも、この後も順調に発展を続けてきた訳でもない。①ミサイルの登場によって機銃の時代は終わったと考えられ機銃未搭載の機体が急増。②ベトナム戦争(1955年〜1975年)への米軍介入(1961年〜1973年)により機銃搭載の必要性が改めて認識される。③羹に懲りて鯰を吹くが如く「空飛ぶ機関砲」A10就任。④冷戦終結によりA10廃棄が検討される。⑤新たな使い道が見つかり今日なお現役。

    もちろんここで言いたいのは「何が何でも現実を反映しなければならない」という話ではない。選ぶのはあくまで消費者であり、その選好性が何処に向くかに神経を集中すべきである点は変わらない。そしてまさにその立場から、こうして現実そのもの(リアル)と体感可能なリアリティのギャップが極限まで達しようとしていた1970年後半に「スターウォーズSTARWARS、1977年)のブームがあったのは果たして偶然だったのか? と問うている訳である。
    *選好性の問題…消費者はしばしばトールキンル・グイン流の「(宗教人類学的には正しいが恐ろしく扱いの面倒臭い)呪術」よりハリー・ポッター流の「(ゲーム感覚で互いがポンポン繰り出す)魔法」の方にリアリティを体感したりする。

そもそもこの種の機械音は戦後に入ると工事現場で日常的に鳴り響く様になりました。戦前はブルトーザーの存在すらほとんど知られていなかったにもかかわらず。

 ブルドーザー (Bulldozer)

1923年にアメリカ合衆国のカミングスとマクロードにより発明されたのが最初。

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  • 黎明期のブルドーザーは車輪を用いていたが、後にキャタピラー社が無限軌道(クローラ)を装着した製品を生産するようになり、不整地で活躍する性質から無限軌道が一般的な形態となった。現在では、車輪を用いる機械をホイールローダー、無限軌道を用いるものをブルドーザーとして分けている。

  • 日本のブルドーザーは戦前から京都帝国大学で研究されていたが、動く事がほとんどなかった。最初の使用は鉄道省国鉄信濃川発電所(現:JR東日本信濃川発電所)のうち、千手発電所関連の工事であり、1940年(昭和15年)頃から使用された。現地責任者であった国鉄の技師三好新八は米国キャタピラー社から何台かのブルドーザーを輸入し工事に使用した。当時、米国と日本は緊張状態にあったが、米軍の制式に指定されたモデル以外は輸入が可能であった。最初の運転は三好本人が行い、マニュアル記載の手順通り行ったところ、一発でエンジンが掛かったことが印象的であったとのことである。

  • 太平洋戦争突入以降に軍から技術者が派遣され、現地で本輸入機のスケッチが行われたこともあった。戦争初期に日本海軍がアメリカの拠点を占領した際、米軍が乗り捨てて行ったブルドーザーを発見。何に使うものか見当がつかない所を、捕虜にされた米軍の工兵隊が動かしてみせたのがブルドーザーと日本人の本格的な出会いである。この際日本軍側は米軍捕虜に200-300人の労働力提供を申し入れたが、何を行うのかと聞かれ、飛行場の修理だと伝えると、それなら10人程度で大丈夫だと答えたと言い、実際にそれをやってのけた。当時機動部隊の参謀長であった草鹿龍之介によれば、国産のブルドーザーはパワーもなく、しかも無理をすると無限軌道が切れてしまうような代物であり、詳しい事はわからないがとにかく比較にならない性能差があり、これでは戦争も難儀であろうと言う感想を抱いたと言う。

  • またこれまで肉体作業でやって来た土木工事を、短時間で大量にやってしまうブルドーザーを見て、海軍の関係者は「これ程技術と作業速度に差があるなら、日本はアメリカとの戦争に負けるだろう」と悟ったと言われている。このブルドーザーは小松製作所に送られ、国産化する為の研究が行なわれた。開発期間を短縮するため既に存在していたG40型ガソリン牽引車に油圧ドーザーブレードを追加したものが「小松1型均土機」として海軍設営隊に採用され、1943年から約150台が生産された。小松1型均土機は、コマツテクノセンター(静岡県)に一台が保存されており、日本機械学会の認定機械遺産となっている。なお、陸軍は火砲牽引車にドーザーを付けたトイ車を採用し、終戦までに80台が生産された。

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なお、終戦後の復興に際し、GHQの指示で旧日本軍戦車を改造した即席のブルドーザも製造され、復興作業に従事活躍している。

とにかく色々な意味でもう「格闘技の現実(リアル)」から離れちゃってるのは確か。
*というか、そもそも拳法そのものが映像化やゲーム化の過程で実戦における有効性と無関係に「見栄えが良くない」「早過ぎて再現不可能」などの理由で大幅に変更されてきた歴史を有する。


*ちなみに人間の神経の伝達速度は秒速50cm(時速1.8km)〜秒速120m(時速432km)程度。格闘家の身体動作や演奏家の早弾きはこのレベルを遥かに超えており、それをどう説明すべきかはまだまだ解明の途上にあるのである。カントが(観測対象としての)物自体(独Ding an sich、英Thing-in-itself)と(観測結果としての)物(独Ding、英Thing)を峻別した様に「我々が認識している世界」は絶えず揺らぎ続けている
脳の神経細胞(ニューロン)の信号伝達のスピード、跳躍伝導
『むしコラ』 昆虫に脳はあるのでしょうか?

そして日本には「さらなる高み」を目指す作品も存在したりします。

光速はマッハいくらか?最近Yahooのトップページをみると車田正美聖闘士星矢(1986年〜1990年)」のページがあるので気になった。青銅聖闘士はマッハ1の速度、白銀聖闘士はマッハ2~5の速度、黄金聖闘士は光速の動きができるという。

青銅聖闘士星矢のペガサス流星拳(マッハ1)は1秒間に100発の拳をくりだせ、黄金聖闘士アイオリアのライトニングプラズマ(光速)は1秒間に1億発の拳をくりだせるので、単純計算で光速はマッハ約100万だ。黄金聖闘士になると非常に速度が上昇する。正確には音速は室温(25度)で約346.18[m/s]、真空中の光速は約299792458[m/s]だから、299792458/346.18 ≒ 8.6600 × 105。つまり、光速はマッハ約86万6600だ。

ペガサス流星拳は1秒間に100発、ライトニングプラズマは1秒間に1億発というのは原作によると相手との距離を3m、音速を300[m/s]、光速を3億[m/s]と仮定して計算する。音速では1発の拳は3mを100分の1秒で通過するから1秒間では100発、光速では1億分の1秒で通過するから1秒では1億発という計算になる。

正確には音速、光速は上の値で、原作は拳をくりだすことだけ考え、もどす過程を考えていないから、きちんと考えると、

ペガサス流星拳(マッハ1)

(346.18 / 3) / 2 = 57.697 発/秒

ライトニングプラズマ(光速)
(299792458 / 3) / 2 ≒ 4.99654096 × 107 ≒ 5000万発/秒

となる。原作で上のように粗く考えたのはきりのいい数字にするためだろう。物理法則では質量ある物体は光速に達することはできないので、黄金聖闘士の動きは物理法則に反している。原作では光速を超えた動きが出てくることもあるが、波の位相速度など一部光速を超える物理現象は知られているものの光速を超える現象は基本的になく物理法則に反するため、原作の超光速の描写は空想的なものである。

 まさかの「光速への挑戦?」 その一方で「ユーザーの選好」はまた別方向へ  …
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ARやVRが日常化していく世界」では、おそらくこういう観点がまた蒸し返されるのです。かくも現実の世界はあくまで不連続…というより連続性が想定外?

人間は認識と判断を端折りたがる生物だ。入力に対して素早く判断して行動する必要があり、ゆえに「いつものパターン」のインプットを早く処理しようとして、騙される。そしてこのインプット処理=感じ方は、その人が今まで得た経験や知識で変わる。コンテンツの再現度は一定なのに対して、「VR共感力」には差が出るのだ。

ではそのVR共感力に個人差が出るのはなぜだろう。田宮氏は、状況やテーマに対する経験の豊富さが要因のひとつだと語る。先述の「高所恐怖SHOW」も、自衛隊の落下傘部隊にいた人や、舞台のやぐらの上で作業したことがある人は、木の板の前に立った瞬間にギブアップしたという。よく言われる「リア充グループの方がVRを楽しめる」という説も、これに起因すると考えられる。

一方で、妄想での経験が豊富な人もVRアクティビティを楽しめる素養がある。少女とともに巨大ロボに乗り込んで戦う「アーガイルシフト」やVRボトムズはそんな人々にぴったりのアクティビティだろう。現実で体験しようにもできない類のものだ。

逆にVR共感力が少ない人は、VRを分析しようとしたり、最初から斜に構えたり、理性をもって体験する人だ。ただ、それでも一度素直に楽しもうとすればVR共感力は上がる。その状況に必死になれるかどうかでVR共感力に差が出るのだ。

多くの人に実在感を得てもらうためのひとつの手段として、現実をモチーフにしたり、大多数が知っている実物を扱うということが挙げられる。多くの人が体験したことがあるゆえにVR共感力が高くなり、また個人差も少ない。

もちろん、ファンタジーも扱いたいというクリエイターも存在するだろう。その場合は、人間の共通認識である物理法則の演出が大事だと小山氏は話す。炎が近くにあると熱い、ビームで地面が割れるといったものだ。これらが、共感の突破口になる。

先ほども書いたが、人は認識と判断をショートカットしたがる。そして複数の情報を統合して得た「いつものパターン」にはめっぽう弱い。そのため、爆発映像に音や揺れを加えれば、どんどん再現度もVR共感力も増していくのだ。

すでに経験の蓄積は始まっている…