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諸概念の迷宮(Things got frantic)

歴史とは何か。それは「専有(occupation)=自由(liberty)」と「消費(demand)=生産(Supply)」と「実証主義(positivism)=権威主義(Authoritarianism)」「敵友主義=適応主義(Snobbism)」を巡る虚々実々の駆け引きの積み重ねではなかったか。その部分だけ抽出して並べると、一体どんな歴史観が浮かび上がってくるのか。はてさて全体像はどうなるやら。

【ブレンダンとケルズの秘密】【ソングオブザシー】【麦の穂をゆらす風】アイルランド映画における「政治的正しさ」について

麦の穂をゆらす風 アイルランド

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日本人にとってアイルランドは近い様で遠く、遠い様で近い存在…

どうやら国際的に「トム・ムーア監督作品は政治的に完全に間違ってる。一刻も早く地上から抹殺されるべき」という意見が存在する様です。一体どうしてそうなった?

トム・ムーア監督作品を「政治的に間違ってる」とする人達が逆に「政治的に正しい」とするのはアイルランド独立戦争とそれに続く不毛な内戦を描いた「麦の穂をゆらす風(The Wind That Shakes the Barley、2006年)」の様な作品。英国人があくまで徹底して「一刻も早く地上から一人残らず殲滅し尽くすべき絶対悪」として描かれ抜き、その英国人に同情する売国奴アイルランド人達が無残に粛清されていくリアリズムが「その筋の人達」にはたまらない様です。そういえば朝鮮戦争を題材とした韓国映画ブラザーフッド(Brotherhood、2004年)」でも登場人物が「悪いのは全部日帝なのに、どうして同じ民族たる韓国人と北朝鮮人が殺しあわねばならないんだっ!!」と叫んでましたっけ。

未見ですが、粗筋をざっと眺めた感じではアンジェイ・ワイダ監督「灰とダイヤモンド(Popiół i diament、1958年)とか「海外に脱出した新左翼運動家が日本人を代表する英雄として世界を股にかけた大活躍をする船戸与一のハードボイルド小説(1984年〜1991年)を連想しました。日本だとバブルがはじけ、ソ連も崩壊して「その筋の人達」が「共産主義民族主義の勝利は、何故かその後果てしなく続く不毛な内紛を引き起こす」なる現実を事実として受け止める余裕をなくし「全てはナチスの陰謀だった。一刻も早く彼らを滅ぼさねば、我々の方が皆殺しにされる!!」という焦燥感が高まって、高見広春バトル・ロワイアルBATTLE ROYALE、1999年、映画化2000年〜)」の様な作品が追い風を受けて大ヒットした時代が続きます。

ではアイルランドにおいて実際には何が起こったのか。

  • 確かに一時期アイルランドには高度成長を背景に「やはり大英帝国は全面的に間違っていた。正しいのは我々アイルランド人の方だった」といった優越感が国内じゅうにみなぎり麦の穂をゆらす風(2006年)」の様な映画が大ヒットした。世界中が「アイルランドこそケルトの虎。21世紀を率いる国際的リーダー」と大絶賛した時代。しかし、そうした空気は2007年前後にアイルランド・バブルが崩壊すると一瞬にして跡形もなく消し飛んでしまう。
    ケルトの虎(Celtic Tiger) - Wikipedia

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  • その結果、残されたのは「全ては大英帝国の陰謀だ。やっぱり英国人を一人残らず皆殺しにしない限り、皆殺しにされるのは我々の方なのだ!! 全アイルランド人よ今こそ蜂起せよ!!」といった扇動に力を入れる様になったごく少数の「その筋の人達」と、意気消沈して沈黙してしまった圧倒的多数派。こうした状況を背景として「このままじゃアイルランドは滅びを待つばかり。美しい自然やアイルランド神話の様な売り物もあるのに、一体何やってんの?」と考えるトム・ムーア監督の様な新世代作家が登場してきたという次第。
    *もしかしたら「ソング・オブ・ザ・シー 海のうた(Song of the Sea、2014年)」に登場する「過去の心の傷を忘却によって癒そうとした結果、化石へと変貌しつつあるダーナ神族」は、こうした状態のアイルランド人への揶揄だったのかもしれない。
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  • その後アイルランド経済は外資誘致に成功して順調に回復。「その筋の人達」にとっては勝利間近だったのに鳶に油揚をさらわれた形であり、八つ当たり的にアカデミー賞でノミネートされる様な大成功を収めたトム・ムーア監督が「貴様の様な売国奴アイルランド内戦当時だったら、真っ先に吊るし首だからな!!」と脅される展開に。

フランスでも「レッド・タートル」を政治利用しようとする動きに対してギエドレ(GiedRé)の「百獣の王(LES ROIS DES ANIMAUX)」をぶつけて「これも政治的には同じくらい正しいよ?」と当てこする動きがありました。
*日本人からすれば「オランダ人とリトワニア人の対決の何処がフランス?」という感じだが、逆にそれこそがまさにフランス的展開とも。

*まぁ大島渚監督作品「戦場のメリークリスマス(Merry Christmas, Mr. Lawrence、1983年)」と 今村昌平監督作品「楢山節考(1983年)」のどちらが本当の日本を表してるかについて熱い議論が繰り広げられたりしたお国柄なのである。

21世紀の若者達はどうやら老人達の奉じる「政治利用もされないものには等しく価値がない」なる20世紀的価値観からの脱却を試みている様ですね。

そういう私はアイルランド映画というと真っ先に「ザ・コミットメンツ(THE COMMITMENTS、1991年)」を思い浮かべてしまう派。時代を超越して生き延びる普遍的古典って、こういう作品を指すのだと思ってます。