諸概念の迷宮(Things got frantic)

歴史とは何か。それは「専有(occupation)=自由(liberty)」と「消費(demand)=生産(Supply)」と「実証主義(positivism)=権威主義(Authoritarianism)」「敵友主義=適応主義(Snobbism)」を巡る虚々実々の駆け引きの積み重ねではなかったか。その部分だけ抽出して並べると、一体どんな歴史観が浮かび上がってくるのか。はてさて全体像はどうなるやら。

【ネタバレなし】「ファンタスティックビースト」観てきました。まさか「君の名は」?

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ネタバレになるので、あえて題名についての解説はしません。でもきっと、イギリス人あたりが気づいてネタにしそうな予感…

*ちなみに、あだちとかノラガミ(2011年〜、アニメ化2014年、2015年)」パロディなら既にある。つまり成立条件は…(以下自粛)
@kurisuumakise thank you so much for bringing this... - art dump ahoy!

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海外評で吹いたのは「J.K.ローリングは嫉妬いから、メインヒロインを必ず酷い男とくっつける」というもの。読者の納得いかないカップル量産マシンなる悪名は、この作品でも遺憾なく発揮されちゃった?
*キャラの好き嫌いだけでなく恋愛展開の唐突さも含むらしい。

映画版「ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅 (Fantastic Beasts & Where to Find Them)」という作品そのものについての評価は、ニューズ・ウィークの映画評「デービッド・イエーツ監督はハリー・ポッターシリーズ後半4作を手掛けてきたが、彼が魔法と格闘して負けたのはこれが初めてだ。J.K.ローリングが初めて挑戦した映画脚本に誰も口を挟めなかったのだろう。それでも作品世界は魅力的だし、未来に素晴らしい冒険が待っていることも予想でくる」が最も的確だった気がします。

で、国際SNS上の関心空間の反応はというと…びっくりするほど鑑賞ポイントそのものが違ってたのです。

 まず基本から。この物語の元ネタはこれです。

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「幻の動物とその生息地(Fantastic Beasts & Where to Find Them)

ハリー・ポッター」シリーズの作中に登場する書物。2001年にイギリス、アメリカ合衆国、日本などで副読本として実際に発売された。著者はJ・K・ローリング。日本では松岡佑子の翻訳で静山社より発行(ISBN 4915512436)。

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  • 名目上の著者は魔法生物研究者のニュートン・アルテミス・フィド・スキャマンダー(ニュート・スキャマンダー)。この書の初版は1927年の刊行で、2001年刊行の第52版がマグル向けにも発売されたという設定になっている。

  • ホグワーツ魔法魔術学校で使われる教科書」で、魔法生物に関する基礎知識や、約80種の魔法生物の生態と危険度を示した書物。同書の中でもハリー・ポッターが使用したものの複製品(と言う設定)であり、そのため「ハリーが書きこんだ落書き」も再現されている。また、ハリーの友人のロン・ウィーズリーは、自分の教科書がばらばらになったため、ハリーの教科書を共用しており、ロンの落書きも見られる(一部、ハーマイオニー・グレンジャーの落書きもある)。また校長アルバス・ダンブルドアの前書き(とブックカース)が追記されている。

  • 日本では、同時発売された『クィディッチ今昔』とともに、限られた書店で期間限定付で発売するという特殊な販売方法がとられたが、注文すれば店頭にない書店でも取り寄せができる場合があった。現在は市場在庫はほとんど残っておらず、入手しづらい本になっている。

売上金は全てイギリスの慈善団体「コミック・リリーフ」に寄付された。

ちなみに幻の動物(Fantastic Beasts)の中には日本の 河童(Kappa)も含まれています。あと4作製作される予定なので、そのうち登場する?

こうした事から日本では「これはハリーポッターポケモン」とする意見もある様ですが、ポケモン・ファン比率が極めて高いにも関わらず、そうした声はあまり大きくありません。最大のヒントは「シンゴジラ」鑑賞時の感想が「鎌田君は私!!」だったという事。そしてこの表現のオリジナルが、そもそも「ヴォルデモート卿は(選択肢を間違えた)私」だったというあたり。

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そう、鍵はこれ。ネタバレ回避の為、あえて詳細については触れません。しかしとにかく、これの存在と「必ず助ける」の一言によってこの作品、分類上「シンゴジラ」や「君の名は」や「この世界の片隅に」といった2010年代後半の長期トレンドに対応した作品群の仲間入りを果たす形となったのです。
*ちゃんと「ガイド」になってる予告編も存在する?

そういう観点から登場人物の相関図を整理してみたり、主人公の動物たちへの態度を思い返すと新たな発見が?
*逆をいうと「全部見終わった後で振り返る形でしかそういう作品とわからない」のが今作の最大の欠陥とも。「もっとうまくやれたのでは?」とは誰もが思うところ…

それにしても「ハリー・ポッターと呪いの子(Harry Potter and the Cursed Child、2016年)もそうだったけど、J.K.ローリングって「光と闇の狭間を彷徨う子供の厨二病精神」を描くのも、それで読者の心を掴むのも本当に上手い。

日本で類例を探すなら、岩明均「七夕の国(1996年〜1999年)」とか貴志祐介新世界より(2008年、アニメ化2012年〜2013年)」あたりかなぁ…そしてハリーポッター・シリーズと違って「魔法が使える事に付帯する対価が重過ぎて気楽に使えない」のが敗因だったとも。