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諸概念の迷宮(Things got frantic)

歴史とは何か。それは「専有(occupation)=自由(liberty)」と「消費(demand)=生産(Supply)」と「実証主義(positivism)=権威主義(Authoritarianism)」「敵友主義=適応主義(Snobbism)」を巡る虚々実々の駆け引きの積み重ねではなかったか。その部分だけ抽出して並べると、一体どんな歴史観が浮かび上がってくるのか。はてさて全体像はどうなるやら。

【中世の悪党と有徳人】【現代のITバブルとIT長者】相違点と重なる部分

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Ratio04(2007年11月29日発行)「日本の中世」論 「日本の中世」像を更新する。本郷和人新田一郎本郷恵子+東島誠+榎本渉

本郷(恵) つい二、三日前に悪党の時代みたいな事をちょっと書いたんですが、中世の悪党と現代の状況ってちょっと似てるかなと。完全に思いつきだけで言ってるんですが。
*悪党鎌倉時代後期、生産力の高い畿内を中心に新しい武士層が生産された。ところが鎌倉幕府は彼らを御家人と認めなかった上に正式な処遇を与えなかった。それで彼らの中から武装し、日常的に法を犯しながら活動する無法者が現れたのである。幕府は彼らを悪党と呼称したが、その活動はやがて日本全国に広まり、御家人までがこれに加担する様になる。こうした悪党の横行は鎌倉幕府滅亡の一因となった。
1223夜『帝王後醍醐』村松剛|松岡正剛の千夜千冊

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本郷(恵) 中世の悪党というのは、貨幣経済とか物流とかの社会的インフラが整ってくる事によって、主体性を獲得していった人達だと思うのです。それまでは貴族とか上級の支配層の配下で、たとえば国司のもとでの目代とか、荘園領主のもとでの雑掌=代官の様な立場で陰の存在として活躍してきた人々が、インフラが整う事によって自立した主体となって歴史の表面に現れることが出来る様になったのではないかと。

本郷(恵) それが現代の状況とどう似てくるかというと、さまざまな技術革新、特にITの発展だと思うんですけど、例えばインターネットの出現によって、出版社の方にお願いして、もしくは評価してもらって、本にしていただいて、既存の流通経路に乗せていただいてという過程を経なくても、ちょっとしたパソコンの知識があれば世界に向けて自分の考えを自由に発信できる様になりました。ほかにもIT長者と言われる人達が、伝統的かつ巨大な企業に対して戦いを挑む事が出来る状況になりました。その様な社会的インフラとか技術の発展によって従来でしたら特定の背景や基盤、地位などに支えられなければ絶対にできなかった事が個人の才覚で出来る様になって、それでまさに「現代の悪党」といえる様な状況が出来ているんじゃないでしょうか。

本郷(恵) ただ安易に符合しているなでといっておしまいにするのはものすごく危険なので、符合に至るプロセスをきちんと検証するのが私達の仕事ですね。私達は本当に忘れっぽいけれど、忘れていく中で何を継承しているのか、という事について私は考えてみたいんです。興味深い事に継承しているものは目に見えて価値がありそうなものではないんです。例えば文書様式だとか、儀礼の次第=有職故実とかですね。
*文書様式や儀礼の次第…朝廷では作成される文書の様式が厳然と定められ、また儀式の手続きや作法も細密に規定された。こうした事は(例えば献納物の増大など)直接的利益こそ生み出さなかったが、あくまで恣意的改変は排除され続け、大事に後世へと伝えられていく。

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本郷(恵) 何の役に立つのかよくわからないのだけど、時代を超えて多くの人々が共通の地平で語る事の出来るテーマとして大事に継承されていくという事実が厳然としてある。それは平安時代から江戸時代までをずっと貫いているわけです。具体的に何を継承しているのか、それらが継承されるのは何故か、現代の私たちが考える価値との齟齬なり差異なりがどうして起こってくるのかという問題について、考えをまとめられないかと思っております。

 まずは注意すべき相違点を列記していきましょう。

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①当時悪党が跋扈したのは農本主義体制の行き詰まりによる部分も大きい。

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  • 例えば大開拓時代(11世紀〜13世紀)の欧州や大航海時代(15世紀〜16世紀)のポルトガル王国はこうした問題と無縁だった。領主の次男坊以降や継ぐべき所領のない放浪記氏は「最前線」を目指し、そこで次々と成功するか討死していったからである。

    皮肉にも一進一退が続く十字軍最前線は(安定した所領獲得につながらないので)不人気で、王侯貴族や教会の寄付金で運営される「常備軍騎士修道会が投入される展開に。そして十字軍運動収束後に(為替などで大儲けした)テンプル騎士団の全財産をフランス王フィリップ4世が強引に接収したり(1307年)、そのテンプル騎士団由来のポルトガルの修道騎士団が「アフリカ十字軍(1415年〜1440年代)」に着手し、これが大航海時代の皮切りとなるといった新たな時代の礎となる。

  •  一方、長期的視野に立つと当時の日本における「所領継承者の飽和状態」に領土の一円支配を加速させた側面もあった事を認めざるを得ない。もちろんこの流れは朝廷や公卿の没落を加速させたり、所領からの収益を当てに出来なくなった寺社が御布施ベース経済への移行を余儀なくされたりもした訳だが、欧州諸国の多くが教会領を含む所領分断にどれだけ苦しめられてきたか鑑みると明治維新後の近代国家建設に貢献した側面もなくはないという訳である。その一方で欧州史においては薔薇戦争(1455年〜1485年/1487年)、公益同盟戦争(1465年〜1477年)、魔女狩り(1480年~1520年、1580年~1670年)、フロンドの乱(1648年〜1653年)などを通じて英国とフランスが中央集権化を進めていく。
    *どうして「魔女狩り」が中央集権化に役立つのか…(それまで半独立状態にあった)伝統的集落に中央政府の検断権を持ち込むから。こうした側面は日本での「悪党の跋扈と処断」にも確実に存在した。

  • こうした比較史の立場に立つと「(元来は得宗家の執事に過ぎない内管領得宗家直臣たる御内人御家人を圧倒した)得宗専制」についての評価も従来の定説通り「極悪非道」と単純に決めつける訳にはいかない。その一方で「中央集権化を急ぎ過ぎて自壊した」印象は却って強まる。しかもこの時期には朝廷も(大覚寺統持明院統の)分裂状態にあって調停を口実に確実にイニチアシブを握る事も出来なかった為に鎌倉幕府滅亡(1333年)が南北朝時代(1336年〜1392年)の幕開けとなってしまうのである。

    得宗専制 - Wikipedia

  • 得宗専制(1285年〜1333年)や後醍醐天皇による建武の新政(1333年〜1366年)を特徴付ける「拙速な中央集権化志向」については、おそらく「元寇(1274年、1281年)」の影響抜きには語れない。網野善彦「異形の王権(1993年)」は「異形達の担ぐ神輿に乗った後醍醐天皇」を描くばかりだが、村松剛「帝王後醍醐(1978年)」は「太平記」の基調をなす(中華皇帝を頂点に頂く)朱子学原理に注目し、中沢新一の「悪党的思考(1988年)」はモンゴル帝国中央アジア的多民族支配体制(ディズニーランドの様なパラソル状に展開するマルチ・ワールド)を幻視した。先例を当たるなら白村江の戦い(663年)以降の天智天皇や、壬申の乱(672年)以降の天武天皇あたり。とはいえ今回はどちらも足固めの部分がいかにも甘かった。むしろ比較対象として選ぶべきは「バスティーユ牢獄襲撃事件(1789年7月14日)」と「ヴェルサイユ行進(1789年10月5日)」の黒幕と目されながら革命のイニチアシブを握るどころか自らもギロチンの露と消えたオルレアン「平等公」かもしれない。
    南北朝時代 (日本) - Wikipedia

    1223夜『帝王後醍醐』村松剛|松岡正剛の千夜千冊
    魔術王・後醍醐

②「政体の末端」たる社会に時代を超えて継承されていく内容と、インターネット上のトラフィックを流れていく内容の単純な同一視は危険。

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  • 前者はどうしても「自由のあるところには秩序はない」と「究極の自由主義は専制の徹底によってのみ達成される」の狭間のジレンマに最も生々しい形で巻き込まれてしまう。

    Ratio04(2007年11月29日発行)「日本の中世」論 「日本の中世」像を更新する。本郷和人新田一郎本郷恵子+東島誠+榎本渉

    古い民衆闘争史観的に言うと、新しい時代を作るとか、その後の社会史の文脈でも「徳政の鐘」を鳴らして時間を区切るのだといわれてきました。ですが、一揆というのは基本的に人を糾合、集める事は出来ても、既存のシステムは解体する事が出来ないんです。惣村は結局は上部権力の下請けに過ぎないし、それどころか人々から税金を取る下位権力にもなっていく訳で、一揆という集合の仕方は決っして社会というのを大きく「ひっくり返えす」力までは至らない。これは構造上の問題だろうと思うのです。

    *おそらく前者において「文書様式や儀礼の次第=有職故実」が忠実に継承されてきた背景にも(格式を整えるのに必要な知識を代々継承してきた家制度に対する不可欠の敬意といった)ある種のスノビズムないしは緊張感の様なものが存在する。「松之大廊下の刃傷」事件の遠因の一つに朝廷使節を饗応する「高家筆頭」吉良上野介と「補佐役」浅野内匠頭の衝突が指摘される様に。

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  • 逆をいえばインターネット上の「ソーシャル・グラフ(Spcial Graph)」の一部に見られる「ネット上にまで上下関係の格式を持ち込もうとする動き」が、これに緩やかに対応するとも。
    *まさにここが「現代の私たちが考える価値との齟齬なり差異なりがどうして起こってくる」箇所かもしれない。ある意味「野暮な振る舞い」で、それを逆手にとって笑い飛ばす諧謔なら通用する?

  •  この次元におけるもう一つの問題点は、それにも関わらずどちらも「(平等が示される空間であると同時に)勝者と敗者が明示化される空間でもある」という点かもしれない。後者において前者の様な格式誇示が「野暮」とされがちなのは(閲覧数や「いいね!!」など)より客観的な判断基準が存在し、それだけで判断したい場合にノイズとしか感じられないからかもしれない。

逆に重なる部分はどこでしょうか。とにかく「技術革新によって新たな主体性を獲得していく人達が登場」という部分は動かない様です。

それまでは陰の存在として活躍してきた人々が、インフラが整う事によって自立した主体となって歴史の表面に現れることが出来る様になったのではないかと。

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①インターネット出現によって世界に向けて自分の考えを自由に発信出来る様になった人達の登場。

例えばインターネットの出現によって、出版社の方にお願いして、もしくは評価してもらって、本にしていただいて、既存の流通経路に乗せていただいてという過程を経なくても、ちょっとしたパソコンの知識があれば世界に向けて自分の考えを自由に発信できる様になりました。

  • 確かにHTML普及が始まった1990年代以降「Web上で小説や漫画や評論などを公開する」「deviantART(2000年〜)やPixiv(2007年)やPinterest(2010年)やTwitter(2006年)の画像投稿機能を使って絵画作品や作品写真を告知する」「Youtube(2005年〜)で音楽やパフォーマンスや映像作品を披露する」「Github(2008年〜)を使ってネット上でソース・コードを共有する」など「世界に向けて自分の作品を発信する手段」は格段に増え、展開次第ではそれで有名になったり世界中に回覧される可能性さえ生じる事になった。
    *奇しくも上掲文が発表された2007年は「Vocaloid初音ミクがリリースされ、Justin BieberのYoutube投稿が芸能マネージャーScooter Braunに見出された年でもあった。 

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    http://starbeach.tumblr.com/post/153700208327

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    purpose

  • その分だけ既存メディアは市場縮小と「主体性」喪失を経験したとも。次第に各サービスを超えての回覧が当たり前になり「サービスごとのコンテンツ囲い込み」も困難となった。
    *今となっては信じられない話だが、2000年代には利用規約に「投稿作品の著作権は投稿されたサービスに属し、他サービスへの転載は違法」なる一文を加えようとする動きが結構あちこちであった。その都度利用者の強固な反対にあって断念を余儀なくされてきたが「回覧作品の元リンクは残す」といったマナーが生まれる契機ともなった。
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②新興層が既存秩序を「ひっくり返す」可能性の発生

IT長者と言われる人達が、伝統的かつ巨大な企業に対して戦いを挑む事が出来る状況になりました。その様な社会的インフラとか技術の発展によって従来でしたら特定の背景や基盤、地位などに支えられなければ絶対にできなかった事が個人の才覚で出来る様になったのです。

  • 確かにIT長者は沢山現れた。そして2005年以降莫大なトラフィックを維持し、ビッグデータを解析するデータ・エンジニアリング分野が急成長。

    ロードバランサーの世界にも2004年に技術上のブレークスルーが発生した。

    それまでのロードバランサは、流れていくパケットのIPアドレス/ポート番号/HTTPなどのデータを抽出・解析し、トラフィック振り分けなどの処理を行うに過ぎなかった。ロードバランサを介して通信はするものの、クライアントからすると基本的にはオリジナルのサーバと通信している状況として動作しておりPacket by Packetの処理を前提としする設計だったのである。逆を言えば、ロードバランサ自身がプロトコルの終端装置としてTCP/IPやHTTPの処理を実行するものではなかったが。

    しかし2004年にF5ネットワークスがリリースした「BIG-IP Ver.9 TMOS」はそれまでの設計上の前提を覆しクライアントとサーバの間でプロトコルの終端装置として動作し、クライアントからBIG-IP、およびBIG-IPからサーバの通信を完全に独立させ、すべてのプロトコルフルスタックで理解できる「フルプロキシ」へと変貌を遂げた。つまり、クライアントとサーバの間のパケットを単に中継するのではなく、サーバの「代理」としてクライアントと通信し、一方でサーバとの間にまったく別のTCPコネクションを確立し、この双方のTCPコネクションをBIG-IPがつなぎ合わせる(クライアントからするとBIG-IPがサーバ、サーバからするとBIG-IPがクライアントとして通信している)という、まったく新たなアーキテクチャへと進化を遂げたのである。

    その登場時期はインターネットビジネスが日本で根付き、Webサイトを通じて大きな売り上げを稼ぐ企業が増加した結果、サイトのレスポンスタイムがそのまま売上額の多寡に直結する様になり多くの企業がそれまで自社内で運用していた業務システムが次々とデータセンターに移され、システムの集約が進行した時期と重なる。

    そして2006年7月、Amazonが(Amazon Web Services)の提供を開始。

    Amazon Web Service(AWS)は、スタートアップのインフラストラクチャの中核になった。AWSはHTTP規格が確立されて以降、スタートアップの爆発的な急増の最も重要なイノベーションをもたらしたサービスであると言える。

    しかし、Amazonは最初から共通のコンピューティング・インフラストラクチャのプラットフォームを構築しようとしていたのではない。彼らは、ハーレクイーンのロマンス小説、LostのDVDボックスセット、テニスラケットなど何百万点の商品を取り扱うサービスだ。

    彼らがコンピュティングサービスに注目したのは、煩雑な配送と受け取りの仕組みを掌握してからのことだ。AWSのプラットフォームは、特定の課題に対して信頼できて愛されるソリューションを構築したことによる副産物として誕生したものであって、Amazonが最初から注力していたものではなかった。

    プラットフォームを構築しようと動き出してからも、スタートアップのファウンダーという特定のカスタマーを対象にしていた。医療や金融のプライバシー規制、法人のセキュリティーの懸念点を考慮すると、そこから始めるのは相応しくないと判断し、それらの市場は最初から視野に入っていなかった。そのような多種多様な企業向けのサービスであるとは約束していない。AWSは、急成長するスタートアップにとって本当に必要なものを構築したのだ。

    Amazonは1994年創業したが、AWSの提供を開始したのは2006年からだ。そして、AWSで収益が上がるようになったのは2015年からだ。きみのビジネスがもっと短い時間でプラットフォームを作れない理由にはならないが、歴史上最も成功しているウェブ企業に名を挙げられるAmazonでも、プラットフォームになるまで10年以上の歳月が必要だったのだ。ペース配分に気を配ることも必要かもしれない。

  • 「中世の悪党」の必須スキルが騎射だったとすれば「現代の悪党」の必須スキルは数学とコンピューター・サイエンス。 これについていけない人達が次々と振り落とされていく展開に。

    Moody Moose

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日本人にとっては悲しい事に、ここからiモードや国産SNSの凋落が始まります。

この回の「技術革新によって新たな主体性を獲得していく人達」に日本人は含まれていなかった?