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諸概念の迷宮(Things got frantic)

歴史とは何か。それは「専有(occupation)=自由(liberty)」と「消費(demand)=生産(Supply)」と「実証主義(positivism)=権威主義(Authoritarianism)」「敵友主義=適応主義(Snobbism)」を巡る虚々実々の駆け引きの積み重ねではなかったか。その部分だけ抽出して並べると、一体どんな歴史観が浮かび上がってくるのか。はてさて全体像はどうなるやら。

【人工知能とVR】【アメリカン・ルネサンス】【行動主義と認知心理学】【記憶物質とエングラム】アメリカ政府の対応は以外と冷静沈着?

http://www.enterrasolutions.com/media/Wipro-Cognitive-Computing-2.png

これからの技術トレンドとして注目を集めてる専用AI(IBMいうところの「コグニティブ・コンピューティング(Cognitive Computing)」)とVR(Virtual Reality)。

アメリカ政府の対応は以外と冷静沈着?

SD(スコット・ダディッチ) SFの世界の話だと思っていたら、すっかりわたしたちの現実を変えてしまうものになっている人工知能(AI)の話題を中心に、今日はお話できたらと思っていますが、AIの時代の本格的な到来を実感したのは、いつでしたか?

BO(バラク・オバマ) わたしの見るところ、本当はすでに生活のあらゆる場所に入り込んでいたのに、われわれがなかなかそれに気づかなかったということだろうね。それというのもわれわれのAI観がポップカルチャーの影響を強く受けてきたからで、『WIRED』の読者ならば馴染みある話だと思うけど、これは、汎用AIと専用AIの区別ということなんだ。

SFで描かれるのはもっぱら前者。人間よりも賢くなったコンピューターが、人間なんてさして役に立たないと考えるようになり、われわれはコンピューターに飼いならされてぶくぶく太っていくか、もしくは『マトリックス』の世界のなかで生きるはめになる。

ところが、ホワイトハウスのサイエンスアドヴァイザーの話などから察するに、そんな世界が訪れるのはまだまだ先のことだ。ただ、そうした未来を思うことに意義があるのは、それが想像力を養い、選択や自由意思といった問題について思考を深めてくれるからで、それはアルゴリズムとコンピューターを用いて極めて複雑なタスクを処理する専用AIを使っていくうえでも必要なものとなる。

実際、専用AIは、医療から交通、電力供給まで生活のあらゆる面で目にするようになっているけれど、それによって、生産性や効率は格段に上がるとされている。それを正しく扱うことができれば、専用AIは、莫大な富と機会とを生み出す。けれども、そこにはダウンサイドもあって、AIはある種の職業を消滅させてしまうかもしれないといったことについて、注意深く考えなくてはならない。それは格差を広げるかもしれないし、賃金を下げるかもしれない。

伊藤穰一(JI) これをいうとムッとするMITの学生もいると思うんですが、AI技術の基礎たるコンピューターサイエンスの担い手が、圧倒的に男性が多数で、その大半が白人、しかも、「人よりも機械と話しているほうが楽」といった連中だということを、わたしは懸念しているんです。彼らの多くは、SFに登場するような汎用AIをつくれたら、政治や社会といった泥臭い問題を心配しないで済むようになると考えがちです。機械が自分たちの代わりに解決してくれるだろう、と。

BO たしかに。

JI けれども、彼らはそこにある困難を過小評価しています。わたしは、2016年はAIが単なるコンピューターサイエンス上の問題であることを超えた年だと思うんです。つまり、AIがいかに振る舞うかを知ることが、あらゆる人にとって重要になったということです。MITメディアラボでは、「拡張知能」という言葉を使っているんですが、それは、わたしたちはどうすれば社会的価値というものをAIに実装できるのか、という問題を明らかにしたいがためなんです。

BO 以前一緒にランチをしたとき、Joiは自律走行車の例を挙げてくれた。テクノロジーはすでにここにある。膨大な判断を瞬時にこなせて、結果として交通事故死を劇的に減らし、交通網を効率化し、地球温暖化の原因である炭素排出の問題を解決できる、そういうマシンが、すでに手元にある。けれども、Joiがエレガントに指摘した通り、問題は、そのクルマにいったいどんな価値判断を埋め込むのかという点にある。それを決定するためには、数え切れないほどの決断をしなくてはならない。古典的な命題としては、クルマが歩行者をはねそうになったとき、ドライヴァーはハンドルを切れば避けられるけれど、壁にぶつかって自分が死ぬかもしれない、といったものがある。これは倫理的な命題だが、それをいったい誰が決定すべきものなのか。

*「トロッコ問題」…「ある人を助けるためにほかの人を犠牲にしてもいいか?」という思考実験。MITメディアラボは2016年、自律走行車のlose-loseのケース(歩行者を守るために乗客は死ぬべきか、乗客を守るために歩行者が死ぬべきか)におけるAIの振る舞いを調べた。

JI このいわゆるトロッコ問題について調査した際、ほとんどの人が、より多くの人を救えるなら運転手と乗客が犠牲になっても構わないという考え方を支持しましたが、そんな自律走行車なら絶対に買わないとも言ってました(笑)。

SD こうした倫理の問題において、政府はどんな役割を果たすべきなのでしょう?

BO AIが勃興するなかでの規制については、テクノロジーの黎明期には何千もの花を咲かせるべき、というのが私の考えだ。その際、政府は研究内容についてはあまり関与せず、予算については大きくサポートし、同時に基礎研究と応用研究との対話をうながしていくべきだ。その後、テクノロジーが次第に成熟して、それが既存の社会的枠組みと相容れなくなってきたとき、問題はより複雑になる。そうなったときに政府はもうちょっと関与を増やすことになるだろう。それは既存の枠組みに押し込めるべく規制するということではなく、規制があくまでも、さまざまな価値観の反映としてあるようにするという意味での関与だ。テクノロジーが特定の人々や集団に不利益をもたらすものであってはいけないからね。
*これは完全にこっちの世界の話。

とりあえず「完璧なVR世界で汎用AIと戯れられる未来」が訪れるのは当分先といわれています。というか将来よほどの発想の飛躍が起こらない限り絶対実現しない未来…

実現に必要なのはむしろ、それを淡々と目指す楽観性?

最前線のアメリカ人が信じてるのって、坂口安吾が焼け跡で語ってた「肉体に思考させよ。肉体にとっては行動が言葉。それだけが新たな知性と倫理を紡ぎ出す」式の行動主義。アメリカ人にとっては「アメリカン・ルネサンス(American Renaissance)」の重鎮の一人だった詩人ホイットマンの言葉となる様だけど、日本にはこれがちゃんとした形で伝わってない気がしてなりません。

日立製作所 技師長 兼 人工知能ラボラトリ長 矢野和男

人工知能という言葉は、それ自体矛盾している。それは「人工」と「知能」が互いに矛盾する概念だからである。

「知能」は正確に定義しようがないので「人間のような知的能力」という説明に頼ってしまう。しかし、決定的な矛盾がこの時発生する。人間は、人工物ではない。「人工物でないものを人工的に作る」という論理矛盾を言葉が内在することになるのだ。

互いに矛盾する概念を組み合わせると何でもありになってしまう。例えば古典的な例では、クレタ人が「クレタ人は嘘つきだ」と言った。というような命題からは、クレタ人は嘘つきにも、嘘つかないことにも結論できてしまう(互いに矛盾する概念を論理的に組み合わせることで、どんな結論も導きうるのは、数学的には「ゲーデル不完全性定理」と呼ばれているものである)。

これが人工知能にまつわる誤解の根源的なところなのである。

私は、人工知能に関するインタビューを受ける機会が最近多い。そこで、人工知能はその目的も、機能も、動作も、制約もすべて人間が決めているんですよ、とインタビュアにお答えすると、そんなはずはないという反応が返ってくることが多い。人間のような知能なら、人間が背後ですべて決めていることは矛盾していると思うのであろう。しかし「人工」なのであるから当然の話なのである。

専用AI自体に「肉体に思考させよ」理論が適用される事はありません。あくまで研究者が(慎重な計画に従って)データを収集し精査する道具の域を超える事はないのです。その精度が2012年以降以降、急激に高まった様に見えるのはネット上で集められるデータが飛躍的に増えたから。アルゴリズムの設計次第では条件反応(Conditioned Response)の一種も組み込めないではありませんが、あくまで研究者が計画した範囲を超える事はありません。 

1904年にノーベル生理学医学賞を受賞したイワン・P・パブロフ博士の「パブロフの犬」発見エピソード

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 条件反射(Conditioned Reflex)

動物において、訓練や経験によって後天的に獲得される反射行動のこと。ソビエト連邦の生理学者イワン・パブロフによって発見され、パブロフの犬の実験で有名になった。ジョン・ワトソン(John Broadus Watson, 1878年〜1958年)の行動主義の基礎理論となり、臨床療法としても活用されている。

内外の刺激に対して神経系を通しておこる生活体の反応を、反射と呼ぶ。通常、反射と呼ばれるのは無条件反射であり、これはその種が先天的に持っている反射行動である。これに対し、経験などで後天的(後付け)に獲得された反射行動が条件反射(Conditioned Reflex)である。

パブロフの犬」のような唾液分泌の条件付けは、長い間、哺乳類などの高等生物にのみ起こると考えられていたが、条件付けのモデル生物としての意味ではアメフラシなどにも起こる。また、2006年には東北大学の研究によりゴキブリにも起こることがわかった。

現在では先天的な反射に限らず様々な行動が研究されているため、心理学では条件反応(Conditioned Response)というのが普通である。

第一信号系(感覚系)と第二信号系(現実系)

ソ連の脳生理学研究用語。周囲の現実(色、におい、味、触感)の直接的な(言語を媒介としない)作用に対して発生する条件反射の総和を第一信号系、言語刺激作用のもとに形成される一時的結合の体系を第二信号系とする。

 ザポロージェツ著「児童心理学(1956年)」は「人間の脳髄では、第一信号系との密接な相互作用から第二信号系が発生し、これが複雑な種類の心理活動、すなわち抽象的な人間思考の生理学的基礎をなす」とする。二種類の信号系の相互均衡は病的障害によって崩れることもある。また第一信号系が優勢のものを「芸術型」、第二信号系が優勢のものを「思考型」、均衡が認められる場合を「中間型」と分類する事もある。

ソビエト教育科学アカデミヤ版「ソビエト教育科学辞典(1963年)」は「信号系の発達は、均等には行われない」とする。幼時には第一信号系による規定が主導し、言語系は、生後10ケ月以降徐々に形成され始める。当初は周囲の現実の直接的印象や表象が主導するものが、低学年児童の段階になると、第二信号系の発達を教授=学習過程が強く推進し始め、児童の得る知識の範囲は児童を直接に取り巻く現実の範囲を越えるとする。

記憶が特定の脳神経細胞のネットワークに存在することを証明 | 理化学研究所

私たちの懐かしい思い出や恐ろしい記憶、例えばファーストキスや夜間の衝突事故などは、時間や場所あるいはそのような経験を含むあらゆる感覚とともに、過ぎた昔の思い出を完全に呼びもどすことのできる“記憶の痕跡”として脳に残されます。神経科学者たちはこれをエングラム(engrams)と呼びます。しかしエングラムとは概念に過ぎないのか、あるいは脳内の神経細胞の物理的なネットワークなのか、分かっていませんでした。

1900年代前半、カナダの有名な脳神経外科医であるワイルダーペンフィールド(Wilder Penfield)博士は、てんかん患者を治療するとき、発作を起こす脳内の部位を摘出する方法を用いていました。ペンフィールド博士は、問題の神経細胞だけを確実に抽出するため、局所麻酔した患者の脳に小さな電極で刺激を与え、患者に何を体験しているか報告させました。驚くべきことに、ある部位の限られた数の神経細胞に刺激を与えたとき、ある患者は複雑な出来事の全てを鮮明に思い出しました。この部位は、エピソード記憶の形成と読み出しに必須と考えられている、大脳皮質・側頭部にある海馬でした。それ以来、科学者たちは同様な現象を探しましたが、いまだに海馬の直接の活性化が記憶の読み出しに十分であるかどうかは立証されていません。

2005年、光遺伝学(オプトジェネティクス)という実験手法が導入されました。この手法は、標的とする神経細胞のオン/オフを光照射で制御可能にする技術で、光を受けて細胞を活性化させる機能を持ったタンパク質を、遺伝子組み換えにより神経細胞に強制的に発現させます。

利根川進研究室の博士研究員シュ・リュウ(Xu Liu)と大学院生スティーブ・ラミレス(Steve Ramirez)は「この新しい技術により、記憶の符号化と保存についての仮説を直接検証できると考えました。通常必要とされる知覚に頼らず、記憶を人為的に活性化し、個人的記憶など、つかの間の現象すら脳の物理的機構の中に存在するという証拠を実験的に提供したいと考えました」と語ります。19世紀のフランスの作家で、「失われた時を求めて」を執筆したマルセル・プルーストが、かつて大好きだったマドレーヌ・クッキーの香りから子供の頃の記憶を呼び覚ました理由の解明につながります。

研究グループはオプトジェネティックスをマウス作製に適用。まず学習がおこって海馬の特定の神経細胞がオン状態になると、これらの細胞が光に反応するタンパク質(チャネルロドプシン)で標識されるようなトランスジェニックマウスを作製しました。学習としては、ある環境下で足に軽い電気ショックを与えると、マウスが環境とショックの関係を覚える、という方法を使いました。普通、マウスにこの関係を思い出させて、その結果恐怖による“すくみ”(不動でうずくまった姿勢)の行動を示すようにさせるためには、この環境に戻してやらなくてはなりません。しかし利根川研究室では、学習したマウスをまったく別の環境に移しても、学習中にオンになった細胞群に直接光を照射して再びオン状態にすると、“すくみ”の行動を喚起させることができることを発見しました。つまり、人為的な刺激がショックの記憶を呼び起こしたということです。

この成果は、記憶が特定の脳細胞に物理的に存在することを示しただけでなく、より一般的に、心というものが物質の変化に基づいていることの実証となります。今後さらに、脳の物理的な動きと心の現象の解明に貢献すると期待できます。

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「行動主義(behaviorism)」は精神分析と並ぶ大きな心理学の潮流の一つ。ジョン・ワトソン(John Broadus Watson, 1878年〜1958年)が創始した。刺激(stimulus:S)と反応(response:R)のつながりを重要視するもので,どのような刺激とどのような反応や行動がセットになっているのか,そのつながりを解明していき,そのつながりの法則によって,次にどのような反応や行動が起こるのかを,予測したりコントロールしたりしようというもの。そのためS-R心理学とも呼ばれる。

  • J. B.ワトソンは元々は動物心理学の研究をしていたが,その手法を人間の心理にも適用すべきだと主張し,従来の心理学の方法論を大きく転換させる行動主義心理学を創始した。

  • アメリカ心理学会会長を務めるなど,非常に優秀な人物ではあったが女性スキャンダルが原因で大学の職を追われてしまう。

  • 以降は広告や市場調査の業界に転じて成功を収めながら,心理学の研究を継続し,さまざまな著書をこの世に残す。

やがて後継者達がそれぞれ新・行動主義(neo-behaviorism)を提唱。

  • トルーマン(Tolman, E. C.)…生体が環境に対して認知地図を形成すると考え,目的論的行動主義を主張。

  • ハル(Hull, C. L.)…刺激と反応の間になんらかの要因が関わっていると考え,条件づけの成立に動因の低減が関わっていることを主張。

  • スキナー(Skinner, B. F.)…心理学に抽象的な原理や要因を取り入れることに反対し,観察や操作が可能なことのみを扱うべきであると主張。この立場は徹底的行動主義(radical behaviorism)と呼ばれている。

その観察や実証が可能な事しか研究出来ない制約から、認知心理学(Cognitive Psychology)と呼ばれる分野が代わって台頭してきた側面もある。

認知心理学(Cognitive Psychology)

情報処理の観点から生体の認知活動を研究する学問。20世紀前半のゲシュタルト心理学やバートレット、ピアジェヴィゴツキーらの認知論的研究の流れを汲む分野であり、同時にハル、トールマンらの新行動主義心理学の発展形と見ることもできる。20世紀最後の四半世紀以来、現代心理学の主流の座にあるとされる事もある。

知覚・理解・記憶・思考・学習・推論・問題解決など人間の高次認知機能を研究対象とし、脳科学、神経科学、神経心理学情報科学言語学人工知能、計算機科学などとの関わりあいの中で認知科学と呼ばれる事もある。この場合は心理学の手法に留まらず、認知心理学による研究成果に広く基づき、コンピュータの処理モデルを構築する事やそれを用いて人の認知モデルを再検証する事等も含む。最近では、意識や感情、感性といった問題にも取り組むようになってきている。

それが盛んになる以前は、刺激-反応(S-R)という図式による行動主義やそれを発展させた(S-O-R)図式の新行動主義が全盛だったが、コンピュータの発展に伴い情報科学が盛んになり、その情報科学の考え方が心理学に取り入れられ、認知心理学という分野が成立。1967年にウルリック・ナイサー(Ulric Neisser 1928年〜2012年)が「認知心理学」という題名の本を出版してから、この言葉が一般的になった。認知心理学と新行動主義は近く、重点の置き方に違いはあっても理論的齟齬はない。

キーワードは、情報処理・コンピュータ・認知主義・人工知能・状況論・モデル・システムなどがある。効果的な学習方法を研究したり、分かりやすい機械や文章などを追究したりしている。

過去の投稿に従って情報整理を試みてみます。

  • 恐怖症などの克服に用いられる行動療法(behavior therapy)は、臨床医学として既に実用の域に入っている。その一方で記憶の物質的根拠についての研究はまだ端緒についたばかりで、まだまだ人間心理の解明に役立つ段階にはない。
    *ましてや人間の人格を条件反射(Conditioned Reflex)の積み重ねだけで唯物論的に説明しようとしたソ連科学アカデミーのスタンスたるや無謀もいいところ。
    http://image.slidesharecdn.com/20140728-140714013422-phpapp02/95/20140728-8-638.jpg?cb=1413768746
    *最も重要なポイント、それは「言語情報の記憶痕跡」がどういうものなのか誰も正確には知らないという事。なにしろ言語は人間しか話さず、遺伝子組み換え技術によって脳細胞の活動を可視的にした個体を創造して使い捨てにする訳にはいかないのだから。

    http://memory-dynamism.jp/participation_h26/img/img_14.png

  • 観察や実証が可能な事しか研究出来ない行動主義心理学」の制約を克服すべくて台頭してきた認知心理学(Cognitive Psychology)に用いられる「(実験結果と比較する為に)対象生物をエミュレーションするモデル」は、そのモデル構築上の柔軟性と引き換えに科学的厳密性を犠牲としている(そしてその割に現段階では十分な成果を挙げてない)。また人工知能(Artificial Intelligence)の定義を「研究者が計画した結果への到達を最優先課題とする行動システム」とするなら、その条件に当てはまらない事になる。
    *ただ上掲の様に行動療法の応用範囲拡大などには役立っているとも。

    https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/7/7b/CognitivePsychology.svg/600px-CognitivePsychology.svg.png

  • 実は1990年代以降の人工知能(Artificial Intelligence)の発達は、まさにその定義を「研究者が計画した結果への到達を最優先課題とする行動システム」とし「人間の知能のエミュレーションする」という伝統的定義をすっ飛ばした事によって達成された。従って「伝統的定義によれば人工知能(Artificial Intelligence)ではない」という事になる。
    *とはいえ、そうやって設計された専用AI(IBMいうところの「コグニティブ・コンピューティング(Cognitive Computing)」)は「研究者が計画した結果への到達を最優先課題とする行動システム」としては相応の結果を出し、相応の実用レベルに到達する事に成功しているという次第。

    https://www-03.ibm.com/ibm/history/exhibits/vintage/images/overlay/4506VV1001.jpg

ところで、この方面においてソ連科学アカデミーは最終的に国家を転覆に追い込むほど失敗を重ねてきました。

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  • そもそも国家の建設理念からして「人間は必ず間違いを犯すから完璧なコンピューターを発明して全ての判断を委ねるのが正しい」といった内容だった。もちろん今日なおそんな完璧なコンピューターは発明されておらず、当然国家経営は滅茶苦茶な状態に陥った。
    *彼らの計画では政治を選挙で選んだ議員に任せ、経済を市場の任せる自由主義圏の方が先に滅茶苦茶な状態に陥る予定だった。そもそも共産主義圏で真っ先に発展が止まったのがコンピューターだったという辺り皮肉が効いている。

  • 中世ローマ教会が「科学の目的は神の振る舞いの正しさを証明する事である」と規定した様に「科学の目的は唯物論正しさを証明する事である」とした為、その目的にかなう実証実験の結果については、たとえ再現性がなくとも疑う事を許されなかった。
    ソ連崩壊後、有名な「記憶物質発見実験」を含め多くの実証結果が「再現性なし」で放棄される事羽目に陥っている。さすがに「迷路走破を学習したマウスの脳を磨り潰して食べさせたマウスも迷路をやすやすと走破した」なんて粗雑な実験は自由主義圏では通用しなかったという次第。

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  • ソラリスの陽のもとに(Solaris,1961年、映画化1972年、2002年)」の著者として名高いSF作家スタニスワフ・レムによれば「人間こそ最も尊い存在」という人間中心主義ゆえに共産主義圏では「至高の存在は人間の似姿にならざるを得ない」とする「神人同形論(Anthropomorphism/アントロポモルフィズム)」が最終的勝利を収め(線形数理モデルに基づくフィードバック理論を規定とする)ノーバート・ウイナーのサイバネティック工学などの研究が事実上禁じられていた。1960年代以降、共産主義圏においてコンピューター技術が停滞したのはこのせいとも。
    唯物論的には「神とは人間が想像した自らの姿に過ぎなかった」と考えるらしいが「宇宙人も必ず人間と全く同じ姿をしており、人間と同じ様に考えるに違いない。何故なら人間こそが地上の生物の完成型なのだから」という考え方が蔓延。これに反発する形でスタニスワフ・レムやストロガツキ兄弟は「人間の想像の及ばない宇宙人」を描き続ける。

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  • セクト主義が蔓延し「インターネットによる研究者間の情報共有」といった発想が片鱗たりとも生じなかった。これも1960年代以降、共産主義圏においてコンピューター技術が停滞した主要因の一つとされている。

一方、VR技術にはまだまだ越えねばならない難関がある模様。

光学ディスプレイ

エイブラッシュ氏によれば、現在のVR技術レベルは以下の通りです。

  • ディスプレイパネルの解像度:1200×1080(片目あたり)
  • ピクセル密度:角度1度あたり15ピクセル
  • 視野角:90度程度(Oculus RiftやHTC Viveは110度)
  • 焦点の深度:2mに固定

一方で、これと比較して我々人間の目の捉える視覚情報は次のようなものになります。

  • ピクセル密度:角度1度あたり120ピクセル
  • 視野角:220から320度程度
  • 焦点の深度:自由に調節可能

そして、5年後にVR技術が到達しているレベルについて次のような予想を示しました。

  • ディスプレイパネルの解像度:4K×4K(片目あたり)
  • ピクセル密度:角度1度あたり30ピクセル
  • 視野角:140度程度(Oculus RiftやHTC Viveは110度)
  • 焦点の深度:自由に調節可能

ここで注意したいのは、ピクセル密度の定義。角度1度あたりのピクセル数、という定義から分かる通り、解像度と視野角というのはトレードオフの関係にあります。同じ解像度の場合、視野角が広くなればピクセル密度は小さく、同様に視野角が狭くなればピクセル密度は大きくなります。そのバランスを考慮しつつの数値予想で、視野角140度は「ドライバー(運転)テストに合格するのに十分である」とのこと。

しかし、高い解像度を保ちながら視野角を拡げるには、現行のOculus Riftに使用しているディスプレイでは実現が難しく、ディスプレイ技術のブレイクスルーが必要だと言います。なにしろ人間の眼は、見ているものと目との距離によって、眼球中の水晶体などが焦点を調節しています。しかし現在のVRHMDでは、焦点は2m程度先に常に固定されている状態になってしまっている、とエイブラッシュ氏。あるものを見つめているとき、それ以外のものはぼんやりと目に映るのが自然ですが、VRでは全てがくっきりと見えてしまうのです。もし焦点に関する問題が解決されれば、VRはより快適になり、長時間の使用にも耐えられるようになるとのこと。

そのためのディスプレイとして彼はホログラフィックディスプレイ、ライトフィールドディスプレイ、マルチフォーカルディスプレイ、バリフォーカルディスプレイなどの可能性について言及。そして「どれもまだ、ヘッドマウントディスプレイに採用するには適していない。しかし、5年以内にはいずれかの方法で焦点深度の問題は解決するだろう」と述べました。

2.グラフィックス

エイブラッシュ氏はまず、人間の目が持つ「中心窩」について言及しました。中心窩は網膜上にある小さなくぼみをさし、人間の眼は中心窩のある領域で視力が最大となるのです。逆に言えば、中心窩より外側、いわゆる「周辺視野」に行くに従い、視力は低下していきます。

人間の眼は視野すべてを100%の視力で見ているわけではありません。「見ているところ」以外は低解像度で描画をしても構わないのです。この考えに基づいている技術が「フォービエイテッド・レンダリング(Foveated Rendering)」。これは、現在見ている部分だけを高解像度で、そして周辺視野を低解像度でレンダリングすることでグラフィック処理を軽くし、その分高い解像度を実現する技術です。「ハイクオリティなグラフィックを実現するにはフォービエイテッド・レンダリングが重要。この技術は5年以内にVR技術の核となるだろう」とエイブラッシュ氏は言います。

3.アイトラッキング(視線追跡)

フォービエイテッド・レンダリングを実現するために必要なのが、視線追跡。その人が今、画面のどこに注目しているか判別する技術です。アイトラッキング技術の研究は日夜進んでいますが、人間の瞳孔は時と場合によって大きさや形を変え、左右正対称でない時もあり、フォービエイテッド・レンダリングを可能にするほど高精度のトラッキングは難しいのが現状。

エイブラッシュ氏は、「外部センサによる現在のアイトラッキングでは、視線のおおよその位置しか測定できない。理想的には視線を直接測定できるような全く新しいやり方が求められる。完全なアイトラッキングにはまだまだ研究を重ねる必要があるが、いずれにせよ、アイトラッキング技術は将来のVRにおいて中心的な技術になるだろう」と述べています。
※編集追記:なお、日本ではFOVEが視線追跡機能付きのヘッドマウントディプレイ「FOVE 0」を、そしてスウェーデンではStarbreeze Studiosが、視線追跡技術を開発するTobiiと協力してVRHMD「Star VR」を開発中。 

4.オーディオ

オーディオの項で彼は、HRTF(Head Related Transfer Function:頭部伝達関数)について話しました。音波は反射・回折・干渉という物理的な性質を持っていますが、これらが耳や頭などの人間の顔周辺でどのように振る舞うかを計算することで、3Dサラウンド音声を実現しています。この技術は今後もますます進展していくだろう、とエイブラッシュ氏。

5.インタラクション

日本時間2016年10月11日から予約開始、12月6日に発売されるハンドコントローラーOculus Touch。エイブラッシュ氏は「Touchはコンピューターにおけるマウスのように、しばらくの間は使用され続けるだろう」と予想しています。

http://www.gizmodo.jp/images/2016/11/161121_gits_top.jpg

ただし、触覚再現の技術はまだまだ実用的でなく、現実に比べてキーボード入力などは不便と言わざるを得ません。彼の予想では、向こう5年では簡単なジェスチャー、及びそれによる様々な操作はTouchで実現されるが、それよりハイクオリティなもの(触覚など)は新たなデバイスの登場が待たれるとのこと。

6.人間工学(ergonomics)

エイブラッシュ氏は向こう5年で、ハイエンドレベルでのワイヤレス型HMDの登場も予想しています。ただし、ワイヤレス型のHMDで4K×4K画質というPC駆動型レベルのクオリティを出すなら、フォービエイテッド・レンダリングが不可欠になる、とも付け加えています。

実際、基調講演で発表があった通り、Oculusは既にPCを必要としない、かつモバイルVRよりクオリティの高い一体型のVRHMD「Santa Cruz」の開発を進めています。

7.コンピュータービジョン

最後にエイブラッシュ氏は、「Augmented VR」という概念を提唱しました。これは視界の全てのピクセルを自由に操作し、バーチャルなものをリアルへ、逆にリアルなものをバーチャルへ、自由に行き来させることができるという考え。例えば普通の部屋からソファだけを抜き出して、傍にはバーチャルな恐竜を出現させ、周りは森にしてしまうといったようなものです。

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彼はシースルー型ディスプレイ(視界の向こうが透けて見えるもの)で実現されるMR(Mixed Reality)とは全く異なる、と主張します。Augmented VRでは単にものが現れたり消えたりするだけでなく、色や表面の感じなども含め、目に見えるすべてを自由自在に操れるようになります。

またAugmented VRの空間を人と共有することもできなければいけません。

ちなみに河原礫「ソードアート・オンラインSword Art Online、Web公開2002年〜)」の元ネタとなったJ.P.ホーガン「仮想空間計画(Realtime Interrupt、1995年)」では、普通に「ワイルダーペンフィールドの1940年代の研究の延長線上」という体裁でエングラム(engrams:記憶痕跡)を直接利用していました。ソードアート・オンラインもアリシゼーション編で手を出しています。先はまだまだ長い…