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諸概念の迷宮(Things got frantic)

歴史とは何か。それは「専有(occupation)=自由(liberty)」と「消費(demand)=生産(Supply)」と「実証主義(positivism)=権威主義(Authoritarianism)」「敵友主義=適応主義(Snobbism)」を巡る虚々実々の駆け引きの積み重ねではなかったか。その部分だけ抽出して並べると、一体どんな歴史観が浮かび上がってくるのか。はてさて全体像はどうなるやら。

【黒澤明】【三船敏郎】【武士道】【任侠道】【沈黙 -サイレンス- 】「日本人の本性」とは一体何なのか?

伝説の人々(Legends)と庶民の邂逅の様態」なるファクターから黒澤明監督作品を分析すると、以下の様に分類可能な気がしてきました。

  • 「伝説の人々(Legends)と庶民の一瞬の邂逅がハッピーエンドに終わるケース」…「虎の尾を踏む男達(制作1944年〜1945年、公開1952年)」「隠し砦の三悪人(1958年)」「用心棒(1961年)」「椿三十郎(1962年)」の世界。
    *ただし「椿三十郎」については、若衆の暴走さえなければ別解が有り得た辺りが微妙。

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  • 「伝説の人々(Legends)と庶民の一瞬の邂逅がほぼハッピーエンドに終わるケース」…領主への年貢を出し惜しみし、落ち武者狩りによって武具を蓄えてきた小狡い集落が、雇われ武士の協力で野武士の返り討ちに成功する「七人の侍(1954年)」の世界。皮肉にも「生きものの記録」の世界観においては、最後に「狂った家長」中島喜一(三船敏郎)を精神病院送りにする事に成功した親族や鉄工所工員の立場にも対応。「生きる(1952年)」のケースはさらにややこしい。基本構造はあくまで(「酔いどれ天使」の世界における「ドヤ街のドブ沼」を連想させる)汚水溜まりが埋め立てられて公園になる事を希望する庶民(役所に陳情した近隣の主婦達)と余命幾ばくもなくなって「何か残す」生き方を選んだ「市民課の課長」渡辺勘治(志村喬)の邂逅なのだが、この物語では「伝説の人々(Legends)」側として(埋め立て地が繁華街となる事を望む)「庶民側から出た伝説の人々(Legends)の一員」としてのヤクザ(宮口精二加東大介など)、選挙での人気取りの事しか考えない市役所助役(中村伸郎)も登場し、庶民側はこれを(「七人の侍」における野武士や代官の様に)排除するか黙殺してしまうのである。
    *そもそも「七人」系作品の大源流は系譜上「勧進帳」の筈なのだけれど、この作品を介している所為で海外においては「(他所では鼻つまみ者に終始した)無頼の再チャレンジ譚」へと変貌してしまう。

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  • 「基本的に忌避すべき伝説の人々(Legends)との邂逅が庶民側の落ち度(殺人事件の発生など)によって生じたが、伝説の人々(Legends)側の対応はあくまで事務手続き範囲に収まったケース検非違使の法廷(お白州)が基本的舞台となる「羅生門(1950年)」、遂に本当の殺人事件が起こってしまい(その前に病死の届け出を巡る問答がある)官警が主舞台の木賃宿に乗り込んでくるマキシム・ゴーリキー戯曲翻案「どん底(1957年)」の世界。「生きものの記録」では家庭裁判所の調停委員たる原田(志村喬)、判事の荒木(三津田健)、弁護士の堀(小川虎之助)、精神科医中村伸郎)の立場に対応する。「生きる」において「市民課の課長」渡辺勘治(志村喬)が主導した汚水溜まりの埋め立てと、跡地への公園建設はこの枠を超えた奇跡。逆に「悪い奴ほどよく眠る(1960年)」における西幸一(三船敏郎)と板倉(加藤武)の巨悪に対する挑戦の挫折は、この枠を超えられなかった悲劇と位置付けられる。
    *野武士の襲来を黙認するばかりの領主に一切頼らない「七人の侍」や、警察の介入がギリギリ間に合わない「酔いどれ天使(1948年)」も、ここに分類されるべき作品?

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  • 「伝説の人々(Legends)側の視点から庶民との関わり合い方が描かれるケース(概ね庶民側の身分不相応の反逆に端を発する)」…性病の蔓延を防ごうとする青年医師と「そんなの気にするのはインテリだけ」と嘲笑する悪魔的庶民(裏社会の成功者)が対峙する大映制作映画「静かなる決闘(1949年)」、刑事が拳銃を盗まれた事件に端を発する「野良犬(1958年)」、成金の息子の誘拐事件に端を発する「天国と地獄(1963年)」の世界。ここには「伝説の人々(Legends)に対して、そういう反逆の仕方をした人間は既に庶民目線では伝説の人々(Legends)の一員」なる白波物的物語構造も存在するが、黒澤映画はまた「決っして振り切れないにせよ、悪は悪として切り捨ていくのが正義存続の道」なる独自の倫理的使命感も柱としている為、彼らの側が最終的勝利を収める事もまたない。実際、「静かなる決闘」でも「天国と地獄」でも「庶民から現れた伝説の人々(Legends)」は、あっけなく庶民側から切り捨てられている。
    *「決っして振り切れないにせよ、悪は悪として切り捨ていくのが正義存続の道なる独特の倫理的使命感…1940年代には輝いていた、それが1960年代に入ると存続が難しくなる。国内外の女性黒澤映画ファンが指摘する「(1940年代から1950年代にかけて正義と悪の間の逡巡を担わされた)三船敏郎はエロかった。だが(1960年代に入ると正義と悪は完全に二分されて薄っぺらなものになり、それを担わされた)仲代達矢は全然エロくない。むしろ(「天国と地獄」で竹内銀次郎役を演じた)山崎努の方がエロい」なる着眼点は案外深いのである。

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  • 「(庶民を巻き込むに忍びない)伝説の人々(Legends)内の内紛に注目したケース…家長の御乱心を起点に物語が動く家族劇「いきものの記録(1955年)」、時空を超越して存続する妖怪の予言に翻弄される武将夫妻を描いたシェークスピア戯曲「マクベス」翻案「蜘蛛の巣城(1957年)」の世界。「封建主義残滓」とか「絶対忠義が要求される世界」はこちら側の世界にしか見受けられない弊害とする。「生きものの記録」では直接、登場人物の一人が「家長」と家族の鬩(せめ)ぎ合いについて「最初から守るべきものがない人間には無関係な話」と突き放している。「生きる」における「官僚界と政界内を横断する鬩(せめ)ぎ合い」、「悪い奴ほどよく眠る」における「官僚界と政界内と産業界における癒着構造」、「用心棒」における在地有力者間の抗争、「椿三十郎」における藩内騒動、「天国と地獄」における大企業内での権力抗争と帳尻を合わせる為の尻尾切りが生んだ復讐劇などもこの範疇に含まれる。
    *おそらく、、今日でいうセレブの世界を扱った松竹制作の「醜聞 -スキャンダル-(1950年)」も「庶民を巻き込まないで展開する」という一点において、ここに分類されるべき作品。あと「絶対的自己献身を必須とする忠義を庶民にまで求めない」という点で「隠し砦の三悪人」もこの世界観に片足突っ込んでいる。
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伝統主義的価値観の世界に生きる庶民にとって「伝説の人々(Legends)」とはいかなる存在か、ここからの逆算で求められそうな気がしたのであえてまとめてみました。こうして列記すると「ひたすらシステム上の最適解を数理的に追求し続ける求道者にして体制(伝説の人々(Legends))内反逆者」たる「赤ひげ(1965年)」がこの意味でも集大成となる作品だった事になります。

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 要するに全体像を俯瞰してみると、黒澤監督はどうやら「虎の尾を踏む男達」以降、一貫してずっと「伝説の人々(Legends)の生涯と庶民の生涯は究極的には交わらない」なる伝統主義的立場を守ってきた様にも見えるというのが発想の出発点。

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  • 実は、能楽の世界には最初から庶民の姿も散見散見される。例えば「虎の尾を踏む男達」に元ネタを提供した演目「安宅(あたけ)」も(喜劇王エノケンが演じた)強力(荷運び人夫)の存在抜きには「追っ手を誤魔化す為にその役割を義経が肩代わりする」設定自体が成立しない。演目「船弁慶」に至っては、間狂言を漁師がつなぐ。

  • 考えてみたらこれは当たり前の事。そもそも義経流浪譚は「庶民」の側が言い伝えてきた伝承で、これに同情して逃亡を助けた人物の末裔が語り継ぐ体裁をとってきた。つまり物語の中に「目撃者」が混ざってなければそもそも成立せず「その人物がどう関わったか」こそが子孫に最も語り継ぎたい内容だったという次第。「(「伊勢物語」の元話となった)在原業平流浪譚」や「平家落武者流浪譚」でも、この基本構造は変わらない。
    *一方「あえて一族が秘密裏に語り継いできた伝承」もある。一言で言うと「落ち武者狩り」系統の物語。公然と広まったケースでは、しばしば「雷富者伝承(思わぬ経緯で突如成金となった一族がかえってその所為で人生を狂わせ破滅させていく物語)」と表裏一体の関係を為す。日本人だと横溝正史八つ墓村(1949年〜1950年)」における「八つ墓明神由来譚」辺りを思い浮かべるのが手っ取り早いかもしれない。別に成金が生まれただけで伝承は生じない。「(昭和13年に岡山県で実際に起こった津山30人殺し事件をモデルとする)村人32人殺し」の様な事件があって初めて庶民の想像力が過去に向かい「八つ墓村の祟りじゃ」なる概念が成立するのである。

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  • 元来「都人(都会人)」と「鄙人(田舎者)」の生涯に接点はないが、都での生活は田舎のそれと違って苛烈で、しばしば都落ちして諸国流浪の旅暮らしを余儀なくされる脱落者が現れる。これが鄙人(田舎者)にとって数少ない「伝説の人々(Legends)」との邂逅の機会なのであって、国際的にいわゆる「貴種流離譚」の基本構造を為している。そして一般にいわゆる資本主義化による社会変動が始まる以前の伝統的農本主義社会においては、こういう言い伝えが現地権力構造の構成に重要な役割を果たしていたと目されている。
    *中には匿われて現地に居ついたり、子供を残して去っていく伝承もあって、それを語り継いできたのは在地首長や現地祭祀の取りまとめ役の家系というケースが多い。日本史に目を向けても「朝廷での政争における藤原氏の単独勝利」が武家による鎌倉政権成立に至る過程を分析する上で避けられないファクター。もちろん実際の武家社会での序列争いや地方での権力闘争はえげつない実力主義に徹する事が多く仮冒率が高かったのは有名だが、むしろそれゆえに「どうして(江戸幕藩体制下においてまで)名家においては仮冒が不可欠だったのか」問われねばならないという次第。これ江戸時代に入ると有名歌人が現地を詠んだ歌を残すまで引き止められるギャグ展開に発展する。
    貴種流離譚 - Wikipedia

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  • 日本の「古事記(序文によれば712年献上)」「日本書紀(記録によれば720年完成)」「風土記(記録上は713年に編纂官令が発されたが、後はグダグダ)」「新撰姓氏録(815年)」、フランスの「メリュジーヌ物語、あるいはリュジニャン一族の物語( Le roman de Mélusine ou histoire de Lusignan、散文版1397年、韻文版1401年以降)」なども元来はこの観点から読み解くべき文献とされる。
    *もちろん中央集権の地方末端までの敷衍を希望する「先進的な都会のインテリ層」はこの状況に反逆し、日本やドイツでは彼らと結んで現地啓蒙に邁進する各地の富農や富商のネットワークが形成された(この2地域でむやみやたらと識字率が向上したのはそのせい)。まぁまずはこれが本格的な形で資本主義的発展が始まる以前の前近代的原風景となってくる訳である。

日本は伝統的に家父長制が支配してきた後進国で、今もそのままだから一刻も早く先進国の看板を外すべき先天的野蛮国家」みたいな粗雑な歴史観は嫌いですが、その一方で日本や英国の様な「伝統的農本主義体制から資本主義体制に奇妙なまでにスムーズな移行を果たしてきた国家」がどうして国際的に強力なコンテンツ発信力を備えてきたのかについては、もっと詳細な分析が必要とも考えています。そもそもこれらの国々では「伝説の人々(Legends)=支配階層」と「庶民=被支配階層」の狭間を誰が埋めたのでしょうか。英国の場合は概ね即座に「ジェントリー階層」と「(ユニテリアン信徒の本拠地たる)マンチェスターを中心とする新興資本家階層」なる言葉が即座に返ってくる様です。両者の関係がどうなってるかはともかくとして。
*ジェントリー階層とマンチェスターを中心とする新興資本家階層の関係…どうやら英国人自身も良く分かってないらしい。この辺り、フランスにおける「権力に到達したブルジョワジー(bougeoisie au pouvoir)」あるいは二百家と呼ばれる人々」と庶民の関係に似ている? 恐らく彼らは「伝説の人々(Legends)=支配階層」に分類されるリスクを十分承知した上で、そうマーキングされない様に気をつけて暮らしているのである。もちろん日本においても同様の状況は…おっと誰か来た様だ

*日本人だと「ハリー・ポッター・シリーズHarry Potter Series、原作1997年〜2007年、映画化2001年〜2011年)」を連想するのが手っ取り早い。まさにそこに描かれる「理想視された全寮制パブリック・スクールの世界」こそが、ある種(輸出リソースをも兼ねた)英国的自尊心の大源流でもあるからである。

日本の場合はまず武士階層を「農本主義的伝統に立脚して領民と領土を全人格的に代表する)領主」から「(金銭面のつながりしかない)給与所得者」へと変貌させる役割を果たした「代官」、そして江戸幕藩体制の矛盾を一手に背負わされた感すらあるグレーゾーン的存在の代表格たる「(支配体制の末端としての)目明し」の名前が挙がります。黒澤明監督作品では「どん底」とか「用心棒」などに後者の姿が垣間みられますね。もっとも「用心棒」の世界におけるそれは(物語中において「代官」の役割を与えられた「八州廻り=関東取締役」同様に)事実上自らその役割を放棄しており、「桑畑三十郎」はこれに付け込む形で暴れ回る訳です。それ故に(要するに本来の秩序が回復すれば不要の存在となる存在であるが故に)彼はたかが素浪人ながら「伝説の人々(Legends)」の一人として機能する展開となったのでした。
*これは「椿三十郎」において、若衆の暴走が国家老の元来の計画をぶち壊しにした事が椿三十郎」に活躍の場を与えた状況とも重なってくる。ちなみにダシール・ハメットの世界観にこういう観点は存在しない。これこそがまさに1940年代から「決っして振り切れないにせよ、悪は悪として切り捨ていくのが正義存続の道」という立場を貫いてきた「モラリスト=焼け跡的ニヒリズムと戦い続けてきたセンチメンタルなロマン主義者」黒澤明の本領であり、それが海外にも受けたという次第。

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こちらはあくまで「支配体制側からのアプローチ」。それなら逆サイド、つまり庶民の側から見た世界は一体どういう具合に写っていたのでしょうか。

新渡戸稲造「武士道(Bushido: The Soul of Japan、1900年)

武士は金銭そのものを忌み嫌う。金儲けや蓄財を賤しむ。武士にとってそれは真に汚れた利益だったからだ。時代の廃退を嘆く決まり文句は「文臣銭を愛し、武臣命を惜しむ」というものである。黄金や生命を惜しむ者は非難の的となり、これらを惜しみなく投げ出す者こそ賞賛された。よく知られた格言にも「何よりも金銭を惜しんではならない。富は知恵を妨げる」というのがある。したがって武士の子は、経済のこととはまったく無縁に育てられた。経済のことを口にすることは下品とされ、金銭の価値を知らないことはむしろ育ちのよい証拠だった。

もちろん数学の知識は、軍勢を集め、恩賞や知行を分配する際には必要だったが、それでも金銭の勘定は身分の低い者に任された。多くの藩でも藩の財政は下級武士や僧侶が管理した。思慮深い武士は誰もが軍資金の意義を十分に知っていたが、それでも金銭の価値を徳にまで高めようとは考えなかったのである。

書物によれば、古代ローマでは収税吏や財政担当の役人が次第に武士の位にまで昇進し、その結果、国家は彼らの職務や金銭そのものの重要性を高く評価するようになった。だが、そのことが古代ローマ人の贅沢や貪欲に、どれほど密接に結びついたことか。わが武士道では決してそういうことはなかった。サムライは一貫して金勘定は卑しいもの、すなわち道徳的な職務や知的職務にくらべれば卑賤なもの、として考えたのである。

このように金銭や貧欲さを嫌ったことで、武士道を信奉するサムライたちは金銭から生じる無数の悪徳から免れたのである。わが国の役人が長い間、腐敗から遠ざかっていたのは、ひとえにこのお陰である。だが、悲しい悲しいかな、現代においては、なんと急速に金権腐敗政治がはびこってきたことか!

あくまでキリスト教伝来が新生日本人を特徴づけた訳ではない。

最近、何人かの著者が、キリスト教の宣教師たちが新生日本の建設に大きな貢献をしたことを証明しようとした。私は名誉をあたえるべき人には名誉をあたえるが、これらの善良な宣教師たちには、まだこの名誉はあたえるわけにはいかない。なぜなら裏付けのない証拠を持ち出して要求するより、名誉をもって互いを優先するという聖書の教えに従うほうが、彼らの職務にふさわしいと思うからである。
*アメリカの宣教師スピーア『アジアにおける伝道と政治』第四講、一八九~一九二ページ。シリアの宣教師デニス『キリスト教伝道と社会進化』第一巻三二ページ、第二巻七〇ページ。

私流にいうなら、宣教師たちは日本のために、教育、とくに道徳教育の領域で立派な仕事をしていると信じている。だが神秘的だが確かな精霊の働きは、いまなお神秘なベールに包まれているのである。彼らがいかなる仕事をしようとも、それは間接的な影響にとどまる。いや、いまのところキリスト教の伝道は新しい日本の特性を形成する上で、目立った影響はほとんど及ぼしていないといってよいだろう。善きにつけ悪しきにつけ、私たちを駆り立てたものは純粋で単純な武士道精神そのものであったというべきなのだ。

日本はまごうことなくサムライが造った国

過去の日本は、まごうことなくサムライが造ったものであった。彼らは日本民族の花であり、かつ根源でもあった。天のあらゆる恵み深い贈り物は、サムライを通してもたらされた。サムライは社会的には民衆より高いところに存在したが、民衆に道徳律の規範を示し、みずからその見本を示すことによって民衆を導いたのである。私は武士道に、武士のあるべき姿の奥義と通俗的な教訓の双方があったことを認めている。通俗的な教えは一般大衆の安楽と幸福を願うものであり、奥義のほうはみずからみずからの武士道を実践するという気高い規律であった。

ヨーロッパの騎士道がもっとも隆盛だったころでも、騎士に属する人口はごく一部であった。それでもエマソンがいうように、「英国文学においては、サー・フィリップ・シドニー(十六世紀の詩人)からサー・ウォルター・スコット(十九世紀の小説家)にいたるまでの戯曲の半分とすべての小説は、この人物すなわち紳士を描写している」のである。このシドニーとスコットを近松門左衛門滝沢馬琴に置き換えると、日本文学史の主要な特色をきわめて簡単に言い尽くすことができる。すなわち、大衆の娯楽と教育の手段、芝居、寄席、講談、浄瑠璃、小説などの主な題材はすべてサムライの話から取られていたのだ。

農民はあばら屋のいろりを囲んで、義経とその忠臣弁慶や、勇敢な曾我兄弟の物語をあきることなく繰り返した。浅黒い腕白小僧たちは口をぽかんとあけて聞き入り、最後の薪が燃え尽き、残り火が消えても、いま聞いた物語に心を燃やすのだった。都会では番頭や丁稚たちが、一日の仕事を終えて雨戸が閉められると、一つの部屋に集まって、夜が更けるまで信長や秀吉の話に夢中になり、やがて睡魔が襲うと、彼らは店先の苦労から戦場の武勲へと誘われたのだ。よちよち歩きを始めたばかりの幼な子たちは、桃太郎の鬼退治の話をまわらぬ舌で話すことを教わった。女の子でさえ、サムライの勇猛なる精神と気高い徳の心に魅了され、デズデモーナ(『オセロ』の登場人物)のように、サムライたちの物語にその耳を傾けたのだ。だからこそ、サムライは日本国民全体の「美しき理想の姿」となり、「花は桜木、人は武士」と俗謡に歌われたように、大衆のあこがれの的となったのである。

そしてまた、武士階級は営利を追求することを禁じられていたため、武士が直接、商売の手助けをするということはなかった。だが、いかなる人間の活動にも、どんな思考の方法にも、サムライが遵守した武士道精神から影響をうけないものはなかった。日本人の知性と道徳は、直接的にも間接的にもサムライ自身がつくり上げたものだったといえるのである。

 サムライ文化の継承者としての「男伊達=侠客の親分連中」

武士道の精神があらゆる社会階層に行き渡っていた証拠は、「男伊達」と呼ばれたある特定階級の侠客の親分、すなわち民衆のなかで育ったリーダーの存在によって見ることができる。彼らは義侠心に富んだ男たちで、身体全体から堂々とした男らしさをみなぎらせていた。彼らは民衆の権利の代弁者と保護者を兼ね、それぞれ数百、数千の子分を従えていた。そして子分たちは、あたかも武士が「大名」に忠誠を誓うように「わが身体と全財産、およびこの世の名誉」を親分に預けて仕えた。これら市井の荒くれ無頼たちの支持をうけた生まれながらの「親分」たちは、二本差しを振りまわす武士階級の専横に対して、恐るべき抑止力を持つ一団を形成していた。

武士道は、その生みの親である武士階級からさまざまな経路をたどって流れだし、大衆の間で酵母として発酵し、日本人全体に道徳律の基準を提供したのだ。もともとはエリートである武士階級の栄光として登場したものであったが、やがて国民全体の憧れとなり、その精神となったのである。もちろん大衆はサムライの道徳的高みまでは到達できなかったが、武士道精神を表す「大和魂」(日本人の魂)という言葉は、ついにこの島国の民族精神を象徴する言葉となったのだった。

ちなみに「大和魂(日本人の魂)」の定義、初出時点とは随分とニュアンスが変わってしまっています。

源氏物語 第二十一帖 乙女 第二章 夕霧の物語 光る源氏の子息教育の物語

光源氏の息子夕霧に対する教育方針。朝廷におけるトレンドはすっかり和歌や和文に移行してるのに、あえて「大学の学問(漢文や漢詩」を学ばせる理由について。

「私は宮中に育ちまして、世間知らずに御前で教養されたものでございますから、陛下おみずから師になってくだすったのですが、やはり刻苦精励を体験いたしませんでしたから、詩を作りますことにも素養の不足を感じたり、音楽をいたしますにも音足らずな気持ちを痛感したりいたしました」

「つまらぬ親にまさった子は自然に任せておきましてはできようのないことかと思います。まして孫以下になりましたなら、どうなるかと不安に思われてなりませんことから、そう計らうのでございます。」

「貴族の子に生まれまして、官爵が思いのままに進んでまいり、自家の勢力に慢心した青年になりましては、学問などに身を苦しめたりいたしますことはきっとばかばかしいことに思われるでしょう。遊び事の中に浸っていながら、位だけはずんずん上がるようなことがありましても、家に権勢のあります間は、心で嘲笑はしながらも追従をして機嫌を人がそこねまいとしてくれますから、ちょっと見はそれでりっぱにも見えましょうが、家の権力が失墜するとか、保護者に死に別れるとかしました際に、人から軽蔑されましても、なんらみずから恃むところのないみじめな者になります」

「やはり学問が第一でございます。日本魂(やまとだましい)をいかに活いかせて使うかは学問の根底があってできることと存じます。ただ今目前に六位しか持たないのを見まして、たよりない気はいたしましても、将来の国家の重鎮たる教養を受けておきますほうが、死後までも私の安心できることかと存じます。ただ今のところは、とにかく私がいるのですから、窮迫した大学生と指さす者もなかろうと思います」

*おそらく「(物差しとなる)漢意(からごころ)を知らずして、日本魂(やまとだましい)とは何かなど知りえない」なる発想の日本における初出例。悔しいが光源氏はパパになっても時代を超越して超イケメン。当時はまさに国風文化形成期であり、この「源氏物語」ですら前半は「渤海から輸入した毛皮や、秘色の青磁器や、瑠璃の器や、孔雀の羽といった)漢意(からごころ=絢爛豪華な輸入品)ばかりありがたがる浅ましさ」を揶揄するばかり。しかし後半に入ると次第にこうした深い考察が増えていく。まさに過渡期。

*そもそも「源氏物語」も「将門記」も「平家物語」も「義経記」も、その背景には判官贔屓の感情があったとされる。こうした「滅びゆく者への同情心」こそが欧州ロマン主義と日本の接点であり小泉八雲耳なし芳一(1904年)」の海外発信により、世界もようやくそれを意識する様になる。

そして太平洋戦争敗戦後、「男伊達=民衆のなかで育ったリーダーの武士道」については、こういう問題が指摘される事になるのです。

大坪砂男「私刑(1949年、同年映画化)」

あなたは仁義という字面に騙されて何かこう精神的なものでも期待なさってる様ですが、ここのところ履き違えると洒落にならない結果に陥りますよ。玄人仲間のいう仁義ってのはとどのつまり金銭です。親分子分の間から、仲間内の附合、三下の扱いまで、みんなそれで計算されてる。指一本詰める詰めないの騒ぎですら、ちゃんとそれが幾らに相当するか見積もられた上での駆け引きって寸法です。

縁日の売店からの上納金の比率から、賭場から得た金銭の分配に到るまで一切の正義が金銭ずくで基礎付けられてる、と。こんな風に仁義を説明したら分かり易いでしょうか。だからおよしなさいというんです。貴方の精神的煩悶の捌け口をそんな所に求めたって、結局今より一掃世知辛い金銭感覚に縛られるだけだとしたら、愚の骨頂じゃありませんかね?

確かに今は法律の力が弱まった闇の世の中だからこそ、妙な仁義が表社会にまで浮上し肩で風切って往来を闊歩してる。それで若い人達は見た目の派手さに騙され、自分も一員となりゃさぞかし良い目が見れそうな錯覚を起こしてる。でもね、迂闊に惹かれちゃ相手の思う壺ってもんですよ。社会を最初っから白い目で見てる連中にとっちゃ、獲物がまた一匹迷い込んできたってな話に過ぎないんですから…そりゃ、そうでしょうよ。飲む打つ買うと三拍子揃っちゃ世間様が相手してくれません。それでも酒・女・博打こそ人生無上の快楽と信じて少しも怪しまない連中の集まりですもの。はなから、てんで常識って奴が違うんです。

押しの強さは力の証、死んだってそれだけは譲れない。そんな度胸ばかり良いのが世間様から掠りをとって暮らそうっていうんだ。いきおい仁義の厳しさも一通りじゃ済みません。さらにはそれを踏み躙じろうって二重に輪を掛けた無法者まで現れる。そうした連中にはもう確実にヤキを入れるしかない訳で、それが私刑(リンチ)って奴ですね。こればっかりは残酷無慈悲、容赦の余地さえありません。

まさにこのギャップこそが「酔いどれ天使(1948年)」の世界。三船敏郎演じる「結核病みの若いヤクザ松永」が悪戦苦闘する裏社会。

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そして彼の苦悩をも掬(すく)い上げようとするのが「ひたすらシステム上の最適解を数理的に追求し続ける求道者にして体制(伝説の人々(Legends))内反逆者」たる赤ひげ先生(三船敏郎)が頑張る「赤ひげ(1965年)」 の世界。

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そもそも武士道と計算癖(独Rechenhaftigkeit、英Calculating Spirit)は全く交わらないのかというとその逆。幕末儒学の大成者で3000人以上の弟子を擁した佐藤一齋は「中国古来より士道とは文官と武の心得であり、文官と武官の第一の本分は約束した時間に約束した場所に確実に居合わせる事にある」とし、時計を携帯し時間厳守する慣習を広めました。それで尊王攘夷派の志士まで懐中時計を持ち歩く展開に。(職人魂との区別が難しいが)世界が驚く日本の「分刻みの列車運行」「Just inTimeの物流」の源流こそ「民間まで浸透した武士道」だったかもしれないという話。

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こうして近代化が進むにつれ「権力」と「庶民」の間をつなぐ役割は官僚機構や政界や財界といった中間的存在にバトンタッチされていき、それにあわせて「伝説の人々(Ledgends)」の現れ方も当然変わってきます。「用心棒」「椿三十郎」における素浪人、「椿三十郎」における国家老、「赤ひげ」における「体制内反逆者」赤ひげ先生(三船敏郎)。「生きる」において(「焼け跡時代」残滓たる)汚水溜まりの公園化を主導した市民課の課長たる渡辺勘治(志村喬)。「悪い奴ほどよく眠る」における「(結局「国民」に知られる事なく挫折した)巨悪への復讐」を主導した西幸一(三船敏郎)と板倉(加藤武)。そして「天国と地獄」における「理想の靴の生産」を人生の目的とし、誘拐事件を契機に消費者の同情を集めた権藤金吾(三船敏郎)。そしてこうした登場人物には高度成長期日本に対する黒澤明アンビバレントな感情も投影される事になったのです。
*国際SNS上の関心空間には「Breaking Bad(2008年〜2013年)」はアメリカ版「生きる」である」みたいな指摘もある。そんな考え方もあるのか!?

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Fun With The Criterion Collection — Part of the inspiration for Walter White in...

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こう考えると色々な思惑が矛盾なくスッキリまとまる気がしてならないのですが、果たして私の気のせいなんでしょうか?