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諸概念の迷宮(Things got frantic)

歴史とは何か。それは「専有(occupation)=自由(liberty)」と「消費(demand)=生産(Supply)」と「実証主義(positivism)=権威主義(Authoritarianism)」「敵友主義=適応主義(Snobbism)」を巡る虚々実々の駆け引きの積み重ねではなかったか。その部分だけ抽出して並べると、一体どんな歴史観が浮かび上がってくるのか。はてさて全体像はどうなるやら。

【対馬盗難仏像判決】「個人がそれぞれ何が幸福か自分で決める権利」は本当に無条件で絶対悪なのか?

 http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-98-e4/mushinmusou/folder/839279/92/13922192/img_0

個人がそれぞれ何が幸福か自分で決める権利」など、所詮は一刻も早く地上から駆逐すべき絶対悪に過ぎないのでしょうか? 堂々巡りになってるイデオロギー論の多くは、まさしくこの問題に帰結するのです。

これこそまさしく「究極の自由主義は専制の徹底によってのみ達成される」ジレンマそのもの。なにしろ誰でも自分が「絶対的自由を甘受する無条件に正しい絶対的主人」として左団扇で君臨する為には、周囲すべてを「何もかも言いなりの奴隷」に変貌させるしか手がないのですから、考えてみれば当たり前の事に過ぎないのかもしれません。

 罠はそもそも「共産党宣言(Manifest der Kommunistischen Parteiまたは、Das Kommunistische Manifest、1848年)」における「万国のプロレタリアよ、団結せよ!(Proletarier aller Länder vereinigt Euch!)」なる宣言そのものに潜在していたとも。

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  • 時代を1820年代まで遡ってみよう。そもそもサン=シモンの「産業階級の教理問答(catechisme des Industriels、1823年〜1824年)」において弾劾されたのは「ランティエ(Rentier、王侯貴族や高位聖職者といった不労所得階層/地税生活者)」のみ。実際の生産従事者(Les industriels、融資家や管財人や法律家、さらには最終調停者としての国王まで含む)は一致団結すべきとされている。

    *その許容範囲の広さ故に、サン=シモンの「産業者(Les industriels)同盟構想」は7月革命(1830年)の主要イデオロギーの一つに数えられる事になった。しかしそれは基本的にはブルボン家からオルレアン家への王統交代に過ぎず急進共和派に対する粛清を伴い(六月暴動(1832年))、(王侯貴族や高位聖職者を含む)大ブルジョワ(Grande bourgeoisie)と(新興商業/産業階層を中心とする)小ブルジョワ(Petite bourgeoisie)の対立を先鋭化させたともいえる。そして英国でも1930年以降チャーティスト運動(Chartism)が盛り上がるが、これは雇用側と労働者側の対立を先鋭化させるばかりか(漁夫の利を得て急増し、英国人労働者の雇用を圧迫する)外国人出稼ぎ労働者を台頭させる。
    チャーティスト運動

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  • かくして必然的に起こったとも見て取れる2月/3月革命(1948年〜1949年)は決して明るい側面ばかりではなかった。なにしろ(ブルジョワ階層の母体たる)都市住民と(小作人を従えた地主と自作農を中心とする)農民の利害不一致が白日の下に曝される事になったのである。相応の権利を勝ち取った農民が運動から次々と脱落。その後、残された僅かな都市住民が軍隊に包囲殲滅される情景があちこちで見受けられる展開に。それで以降、欧州の労働者(英国における外国人出稼ぎ労働者を含む)は、(結局、自分の利害しか考えない)ブルジョワ階層も(自分達と同じ立場にありながら地主の奴隷状態を許容する小作人を含む)農民階層も信じられなくなり万国のプロレタリアよ、団結せよ!(Proletarier aller Länder vereinigt Euch!)」なる宣言に飛びついたのだった。
    *とどのつまり、歴史のこの時点において既に「個人がそれぞれ何が幸福か自分で決める権利は絶対悪である」なる信念は芽吹いていた。正規労働者達は既得権益死守に執着するブルジョワ階層も農民階層も絶対に許せなかったし、出稼ぎ外国人労働者達は正規労働者達のみ基本的人権が保障される不平等が絶対に許せなかったのである。ハンナ・アーレントは「平等実現に直接取り組んだ政権は最終的にすべからず破綻した」と述べている。究極的にはそうした形における正義は全て「誰の基本的人権も保障されない平等社会」への転落を余儀なくされるという事なのかもしれない。芥川龍之介「蜘蛛の糸(1918年)」の世界?
    芥川龍之介 蜘蛛の糸

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  • ところで「産業者(Les industriels)同盟構想」を掲示したサン=シモンと袂を分かったオーギュスト・コントは「しかるべき知識を有した専門家集団が社会全体を統括しなければならない」と考え「科学者独裁構想」を提言。それは「自由論(On Liberty、1859年)」において「文明が発展するためには個性と多様性、そして天才が保障されなければならない。権力が諸個人の自由を妨げてよいのは他人に実害を与える場合だけに限られる」としたジョン・スチュアート・ミルの政治哲学に影響を与えたとされる場合もあるが、むしろその全体像は「天動説」全盛期におけるカソリック教会の在り方に酷似していたという指摘もある。そして、むしろそれ故にロシア革命(1917年)における最終勝者となったボルシェビキ主導者レーニンを(当時、米国産業界を主導していたテイラー主義(Taylorism)同様に)魅了し、ここに「科学的マルクス主義」や「民主集中制」の概念が成立する事になったのだった。
    ソ連崩壊(1991年12月)以降のロシアでは実際、学校でこう教えられているという。おそらく「共産主義復活」を警戒しての措置でもあろうが、基本的に嘘は吐いていない。

    ローザ・ルクセンブルグはこの歴史的流れについて「プロレタリアート(無産階層)独裁から(全国民を無産階層に貶めた上でのプロレタリアートに対する独裁へ」と表現している。要するに「天動説全盛期におけるカソリック教会の在り方」とはキリスト教学を核とする「愚民」へのインテリ=ブルジョワ階層独裁体制に過ぎず、共産主義とは科学的マルクス主義を核とする「愚民」へのインテリ=ブルジョワ階層独裁体制に過ぎないと考える立場。とにかく歴史のその時点において「とどのつまり人間の幸福とは時代精神Zeitgeist)ないしは民族精神(Volksgeist)と完全合一を果たし、自らの役割を得る事である」としたヘーゲル哲学に対して「我々が自由意志や個性と信じているものは、社会の同調圧力に型抜きされた既製品に過ぎない」と反論したマルクスの志は完全に反故とされるに至るのだった。

    *「反スタ」を主義に掲げるマルクス主義者達は「気高きレーニンのヴィォルキシェズム」から「恥ずべきスターリン独裁体制成立」の間に壮絶なモラルハザードがあったと主張する。しかし実際の歴史上は「(全国民を無産階層に貶めてその生死与奪権を握った)インテリ独裁体制の成立」から「(手段を選ばぬ権力闘争の結果としての)スターリン独裁体制の成立」の間には手段を選ばぬ壮絶な党争あるのみ。そしてこれに「慈悲深き家父長制こそ正義」なるプロパガンダが続いただけだったりする。

  • ところで日本のインテリ層の間には「愚民に思考能力など皆無で、政治的エリート階層が一挙一動に至るまで善道して初めて幸福に至れる」なる儒教式伝統的思考様式が行き渡っていた。それで戦前の講座社会主義者もボルキィリズムを大歓迎。当時芽生えた「福本イズム(儒教式伝統の全面肯定。何もわかってない愚民に「表現の自由」「自分なりの幸福を追求する権利」など一切許されるべきではない一方で、政治的エリートは外敵との戦いより党争における勝利を優先すべきとした)」は大いなる感動を伴って受容され、今日なお日本における有識者階層の基本的態度を規定し続けている。
    *内容の具体的差異はひとまず置く。そもそも儒教だって儒学を核とする「愚民」へのインテリ=ブルジョワ階層独裁体制だった点に変わりはない。そしてこの展開、アメリカにおいて福音主義者らキリスト教原理主義者達が今日なお「リベラル派でなく我々こそが本物の進歩主義」と信じ続けてるのと重なる。現実にはいわゆる「オルタナ右翼(Alt-Right)」に扇動されてしばしば暴行事件を起こす「Facebook保守層」と全く境界線が引けない状態にあるのだが。ちなみに日本の戦後リベラル層には、彼らが本当に「進歩主義」と認められていた1950年代から1960年代にかけて、その影響下で形成されたという側面も存在するからややこしい。要するに大事なのは自分達のインテリ=ブルジョワ階層独裁体制を正当化してくれるかどうかだけで、具体的内容の差異などどうでもいいのであろう。

とにかく「究極の自由主義は専制の徹底によってのみ達成される」ジレンマから脱却するには「過去に定められた外交条約や法律の規定は遵守する」当たり前の態度が必要。この世には「自分の良心が命じれば何でもアリ」のロマン主義では解決できない問題の方が多いのです…

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長崎県対馬市の寺から韓国人窃盗団が盗んだ仏像を日本に返還するよう求める集会が12日、ソウルで開かれた。韓国人ら約50人が参加。集会では「韓国人が盗んだ仏像を返さないなら、法治国家と言えない」とし、韓国政府に対し、日本への早期返還を求めた。こうした集会が韓国で開かれるのは異例だ。

問題の仏像は、対馬市にある観音寺の長崎県指定有形文化財観世音菩薩坐像(ぼさつざぞう)」。2012年に盗まれ、13年に韓国で窃盗団が検挙された。仏像も押収され、韓国で保管されている。しかし、韓国の浮石(プソク)寺が日本の海賊「倭寇(わこう)」に略奪された可能性があるとして、所有権を主張。韓国政府に引き渡しを求める訴訟を起こしている。

この日、集会を主催したのは日韓の歴史問題の解決を求める韓国の政党などで、戦時中に朝鮮半島から動員された「徴用工」の遺族らも参加した。主催者側は「私たちが日本に歴史に対する謝罪と反省を求めているのに、窃盗品を返さないというのは話にならない」などと説明。今後は1万人の署名を集めて、文化財庁などに提出するという。(ソウル=東岡徹)

朝鮮日報は、韓国の専門家の相当数が「たとえ略奪された文化財であろうが、適法な手続きで返還せねばならない」と指摘していることに言及。「具体的な略奪、搬出の経緯が証明されずに(日本からの)盗品をを“略奪文化財”と認めたことで国際的な信用を失墜させるのはもちろん、今後日本などとの文化財交流に与える影響は小さくはない」とする西江大学教授の見方を紹介した。

同紙によると、国際法の専門家は匿名で「略奪された確証がなく、韓国人が盗んできたことが明らかな文化財を『韓国のものだ』と主張するのは国益にならない」と述べたという。

東亜日報は「韓国の文化財界では歓迎と憂慮が交錯している」とし、「判決により、韓日の文化財交流や日本国内の文化財の(韓国への)返還運動に多くの困難が出るだろう」とする複数の学者の見方を伝えた。

これまで 国内外のネット上において一部「韓国」左派が「身障者や黒人や東南アジア同様、劣等人間に過ぎない日本人が自分の権利を主張し続ける限り我々の自由は侵害され続ける。即時徹底的的懲罰が必要」なる主張を展開してきました。いわゆる「対馬盗難仏像判決」は、こうした思考様式の究極形の一つとも。

地裁は「仏像が作られた後、浮石寺がある地域に倭寇が5回侵入したとの記録がある」ことを判決理由に挙げた。これを根拠に「歴史・宗教的価値の考慮」を韓国政府に求め、浮石寺への引き渡しを「義務」としている。

*一部「韓国」左派…韓国系一般人からすら「北朝鮮人や朝鮮族工作員」と目されてきた急進派。やはり自分達こそが「本物の進歩主義」と主張している。日本では日韓翻訳掲示板くらいでしか見掛けないが、アメリカにおいては、しばらく前まで「いずれにせよ劣等人種同士が殺しあってその数を減らす事は世界平和に貢献する」なる理論でKKKなどに属するら白人至上主義者の支持を受ける一方、人権デモに「北朝鮮と韓国は昔も今も一つ」「アメリカは一刻も早く北朝鮮に土下座して謝罪し補償を開始せよ」なる旗を掲げてリベラル派の機嫌を機嫌を伺うなど八方美人的活躍を繰り広げてきた。ところが最近になってネット上の投稿を大量削除。どうやら活動の痕跡を消そうとしているらしい。

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もしかしたら、様々な意味で時代が変わりつつある?