諸概念の迷宮(Things got frantic)

歴史とは何か。それは「専有(occupation)=自由(liberty)」と「消費(demand)=生産(Supply)」と「実証主義(positivism)=権威主義(Authoritarianism)」「敵友主義=適応主義(Snobbism)」を巡る虚々実々の駆け引きの積み重ねではなかったか。その部分だけ抽出して並べると、一体どんな歴史観が浮かび上がってくるのか。はてさて全体像はどうなるやら。

【雑想】国際SNS上の関心空間を席巻する「本当に優しい感情のみで満たされたイラスト」

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ここで言及されてる国際SNS上の関心空間の女子アカウントの一側面。
*「いつか白馬の王子様が迎えにきてくれる」お姫様願望から脱却し、それぞれが自分の内面と本気で向き合う様になった結果到達したコンセンサス? ところでネットで「白馬の王子様」を検索すると何故か「暴れん坊将軍」の画像がズラリと並ぶ。絶対「側室」にしかなれない感じが半端ない…

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  • 眠るのが好き(人が眠ってる姿を見るのも好き)。
  • 可愛い服が好き(人がそれを着てる姿を見るのも好き)。
  • お菓子やお花やハーブティが好き。
  • もふもふしたペットが好き。

本当にその感情のみで満たされた優しい空間」を描いてコンスタントに回覧数を稼いでるイラストレーターさんを発見しました。暖色系作品は暖色系、寒色系作品は寒色系でまとめてるのもミソの様です。「あたたかい」「涼しい」といった皮膚感覚の視覚化とも?

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リンクをクリックしてもらえば確認可能ですが、どれも回覧数5桁以上。オリジナル・イラストではかなりいい線といえましょう、何かこう「ジャンル形成の瞬間」に立ち会ったみたいな高揚感を感じました。
*「目を醒ますと年齢が上がって回覧数も減少」って傾向が恐ろしい。ちなみに「回覧数UP」にはTumblrSoundCloudと並んで国際SNS上の関心空間の重要な一角を閉めるPintarestもからんでる模様。
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そのうち大化けして世界中で有名になったりして。一方、ドアの外から訪ねてくるのも「白馬の王子様」なんかじゃなくて…

*恋愛とロマン主義を最初に結びつけた「世界初のラブロマンス」とされているのは啓蒙主義の立場に立つルソー「ジュリまたは新エロイーズ( Julie ou la Nouvelle Héloïse、1761年)」だが、真の意味での恋愛ロマン主義、すなわち「自らの深淵から込み上げてる衝動を真摯に受け止め、既存の認識世界を超越した自分なりの世界観の構築を目指す」なる意味合いにおいてガチのロマン主義を恋愛ロマンスの分野で確立したのはゲーテの「若きウェルテルの悩み(Die Leiden des jungen Werthers、1774年)」とされる。要するにダンテ「神曲」におけるベアトリーチェ(Beatrice)の如き永劫回帰理念からの「個別的なるもの」の脱却。

*そういえば「1980年代青春搾取ミュージカル」の草分けとされる「Times Square(1980年)」も割とガチのロマン主義作品だったりする。


*ここからYMO散開ライブを題材とした「プロパガンダ(1983年)」に至る流れがある意味1980年代前半を読み解く肝とも。元来はその(決して完全には成功する事のない)試みそのものが善悪の彼岸を超越する内容で、万人に受容と拒絶の自由が多態的に与えられてこそのロマン主義なのに、大江健三郎などの左翼系知識人が「正義のロマン主義を我々の団結の象徴として掲げよう!!」みたいな事を言いだしてから何もかもがおかしくなり始めたとも。

こういう「眠り姫(眠ってる間だけ幼女)VS現実(「一緒に生きよう」と口説くプレゼンテーター(「眠り姫」の側からしたら、押し付けがましさが半端ない)」みたいな図式が2010年代?
*呼びかけてる側が何か「死ぬなー!!(君が死ぬと僕も死ぬ)」と叫んでる感じになるのが興味深い。「生きる=時間の経過」とすれば「(幼女の姿でイメージされる)眠り姫」は「(時間の経過と無縁な)無時間性」の象徴で、客観的にそれは「死」と重なってくる。エドガー・アラン・ポーの詩「アナベル・リー」の世界?

ここで不思議なのがTumblr上の「本当に優しい感情のみで満たされたイラスト」の回覧経路がPixiv/Pinterest中心なのに対し、Goth要素も入ったエドガー・アラン・ポー系のイラストの回覧経路がInstagram中心だったりする事。何か想像を絶する形で「棲み分け」が成立してる?