国際SNS上の関心空間においては「インフルエンサー・マーケティング至上主義」こそが「白人男性至上主義」の種火になったとまで言われてます。
まぁ基本的に「(それも教祖か信者への二分を迫る権威主義を背景とした)ユーザー間の差別心理の助長によってコミュニティを活発化させるタイプのビジネス・スキーム」なので、成功すればするほど(集団の維持に「ユダヤ人狩り」や「魔女狩り」の様な定期的迫害が不可欠となっていき)近代的平等社会から遠のくのが不可避という構造。
クソ美人の女子医学生が
— しあわせになり太郎 (@Keemia37) 2017年9月7日
「自分の外見をコンプレックスにしないで!女性はみんな美しいのよ!自身を持って!!」
みたいなノリの海外動画をシェアしてて「そうそう、こう言うのがFacebookの真髄だよな」って気分になった。
しかし、そもそも日本にはこうした展開の前提となる没入性、すなわちフェイスブック殺人やオンラインゲーム殺人を日常茶飯事化させる「仮想空間における心理的怨恨を現実の殺意に直結させる短絡性」が希薄な様にも見て取れるのです。
それどころか、むしろ逆にこうした展開が事前に回避される「日本の匿名文化」が逆に欧米に輸出されて解毒剤として広まってきた側面まであったりするのですね。実際4chanの元は「ふたばチャンネル」ですし「(女性、黒人、カソリック(ラテン系中心)といった「Facebook冷や飯組」の共同逃げ込み先として始まった)国際SNS上の関心空間」を牛耳る女子アカウント(多様性の存続を最優先課題と考える第三世代フェミニスト中心)も「日本の女性漫画作品(少女漫画だけでなく高橋留美子や荒川弘や大今良時やあだちとかなどの少年誌連載作品を含む)」をバイブルとし掲げています。
しかしその一方で日本のマスコミや大企業には確実に「産業至上主義時代(1960年代〜2000年代?)の黄金の夢」にもたれかかり、惰眠を貪ってきた側面も存在するのです。
だからこんな無邪気なやり取りが成立する?
で、そこにはちゃんと「カネもらってるならPR表記しましょう」というノーティスにはあちゅう女史は触れていましたか。 https://t.co/Pqaf2t3t6Z
— 山本一郎(やまもといちろう@告知用) (@kirik) 2017年9月8日
何だろ、この「魔女の宅急便・青春編」を観た時も感じた絶望感…
さて私達はどちらに向けて漂流しているのでしょうか?