諸概念の迷宮(Things got frantic)

歴史とは何か。それは「専有(occupation)=自由(liberty)」と「消費(demand)=生産(Supply)」と「実証主義(positivism)=権威主義(Authoritarianism)」「敵友主義=適応主義(Snobbism)」を巡る虚々実々の駆け引きの積み重ねではなかったか。その部分だけ抽出して並べると、一体どんな歴史観が浮かび上がってくるのか。はてさて全体像はどうなるやら。

【1980年代パッシング】「(成長しない)大人達に気をつけろ」?

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その「大人な雰囲気」の正体、実は「公民権運動に黒人が勝利したのを契機とする黒人搾取映画(Blaxploitation)やカンフー映画といった非白人の活躍する映画の大ブーム」、特に監督を辞めプロデューサーに徹底したロジャー・コーマンが手掛けた「残酷女刑務所(1971年)」「ビッグ・バード・ケイジ(1972年)」「女刑務所/白昼の暴動(1974年)」の三部作を嚆矢に東映ピンクバイオレンス映画元祖「女囚さそりシリーズ(1972年〜1973年)」などのバリエーションを国際的に生み出した「女囚映画(WOMEN IN PRISON MOVIE)」辺りが元祖。ちなみに後者には学生運動に破れ鬱屈した若者達の間でカルト的人気を博した「日活ニューアクション(1968年〜1971年)」の衣鉢を継いだという側面もあったのです。
「日活ニューアクションの時代」
「野良猫ロック」と日活ニューアクションの時代/店主の誘惑
WOMEN IN PRISON MOVIE

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こうした一連のムーブメントの背景にあったのは、国際的には1960年代から始まったテレビの大進撃に伴う映画産業の国際的斜陽化。これに対して映画業界は「(お茶の間には放映出来ない規模での)過剰なエロとバイオレンスの詰め込み」によって対抗しようとしたのでした。こうした厳しい環境下において、ハリウッド映画界においては「ゴッドファーザー(The Godfather、1972年)」監督のフランシス・コッポラ、「タクシードライバー(Taxi Driver、1976年)」監督のマーティン・スコセッシ、「ロッキー(Rocky、1976年)」主演・脚本のシルヴェスター・スタローンといった南イタリア勢が躍進。彼らが共通して黒澤監督映画を愛好していた事が、同じく日本のSAMURAI映画の影響を色濃く受けたジョージ・ルーカス監督の「スターウォーズ・シリーズ(1977年〜)」やスピルバーグ作品の大ヒットにつながっていきます。

一方、日本だと、さらに「(完全子供向けだった)少年向け月刊総合誌から(劇画の要素を取り入れ、より高年齢を意識した)少年向け週間漫画誌へのトレンド推移」が重なってくるのですね。そしてこの勢いに乗って永井豪が「ハレンチ学園(1968年〜1972年)」「デビルマン(1972年〜1973年)」「キューティーハニー(アニメ1973年、漫画1974年〜1975年)」「けっこう仮面(1974年〜1978年)」を次々と発表。
*そこはかと漂う「蒲田行進曲」的BDSM風味。この辺り、例えば乙女ゲームの世界ではファンがエロティズムより「意中の人と最後まで添い遂げるタナトス的幸福」に熱狂したTVゲーム「幕末恋華 新選組シリーズ(2004年〜2008年)」などにも見受けられた傾向とも。

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  • このうち「ハレンチ学園」の実写化自体が日活ニューアクション映画を代表するムーブメントの一つだった。


    *その興業収益が「罪滅ぼし」として、惜しみなく山本薩夫監督映画「戦争と人間第3部作(1971年〜1973年)」に投じられたのは有名な話。同時進行で「無軌道な青春」を描いて新左翼陣営を喜ばせた「日活ニューアクション」ラインそのものが「猥雑過ぎる」という理由で打ち切られている。その意味でも「戦争と人間第3部作」は当時の旧左翼陣営側の「勝利」の記念碑になったとされている。

  • その一方で当時のウーマンリブ運動の影響を色濃く受けた「キューティーハニー」「けっこう仮面」は1980年代における少女漫画家系フェミニズムにつながっていく。


  • そして日本映画界は東映映画の深作欣二監督映画「仁義なき戦いシリーズ(1973年〜1976年)」や(1970年代から1980年代にかけての「怪奇/大災害/オカルト/超能力/UFO/サイキック・ブーム」に便乗した)松竹のパニック映画「日本沈没(1973年)」やホラー映画「八つ墓村(1977年)」が観客を映画館に呼び戻す事に成功したものの、以降急速に「商業至上主義」に染まっていく。

その後起こった「腑抜けた展開」を象徴するのは数々の青春搾取映画(Youth Exproitation Movie)」にスピルバーグ監督映画「E.T.E.T. The Extra-Terrestrial、1982年)」、ミヒャエル・エンデ原作映画「ネバーエンディング・ストーリー(Die unendliche Geschichte、1984年)」、デビッド・ボウイ主演映画「ラビリンス/魔王の迷宮(Labyrinth、1986年)」あたり。実はフェミニズム運動前史とも重なってくる情景でもあるのですね。

時代によってPC(Political Correctness、政治的正しさ)が何かは移ろいでいく。しかし「事象の地平線としての絶対他者」は、社会変革の触媒とはなり得ても、その全てが完全に社会の一部として取り込まれる事はない。

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  • 既存価値観の矛盾が鬱積すると、それまであえて強制的に視野外に置かれてきた「事象の地平線としての絶対他者」が奇妙な説得性を持ち始める。

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  • こうして既存価値観を揺るがす新たな価値観が台頭すると、体制側まずそれを「最後には必ず自滅していく」絶対悪と認定する形で勧善懲悪のバランスを保とうとする。

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  • だが堤防崩壊は蟻の一穴から生じる。かくして(商業至上主義的目論見もあって)表舞台への台頭を許された「いかがわしい人々」 は次第に既存価値観を形骸化させ、新たな価値観の構築を促進する触媒となっていく。

     

  • だが決して「(表舞台への進出の足掛かりを得た)いかがわしい人々」が「それまでまっとうだと思われてきた人々」に完全勝利する日など訪れない。勝利するのは常に「新たに設定された基準においてまっとうとされた人々」であり、それは「新たに設定された境界線においてもいかがわしい人々が切り捨てられていくプロセス」でもあるからである。

  • 古くは生涯革命家を続けたオーギュスト・ブランキ(Louis Auguste Blanqui、1805年〜1881年)がこのサイクルについて触れている。「革命家は勝利の栄光と無縁である。何故なら既存体制の転覆は概ね、反体制派を狩る新たな敵の登場しか意味しないからである」。

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こうしたサイクルの最源流は欧州科学実証主義の始点、すなわちイタリア・ルネサンス晩期にパドヴァ大学ボローニャ大学の解剖学部で流行した新アリストテレス主義、つまり「実践知識の累積は必ずといって良いほど認識領域のパラダイムシフトを引き起こすので、短期的には伝統的認識に立脚する信仰や道徳観と衝突を引き起こす。逆を言えば実践知識の累積が引き起こすパラダイムシフトも、長期的には伝統的な信仰や道徳の世界が有する適応能力に吸収されていく」まで遡る事が出来る。

*こうした「タコの入ってないスカスカのタコ焼き」が量産される一方で、当時同様に大ブームを引き起こした五島勉ノストラダムスの大予言シリーズ(1973年〜1998年)」やブルック・シールズ主演映画「青い珊瑚礁(The Blue Lagoon、1980年)」といった作品が「若者はその純粋さを後世に伝え、伝説となる為にその最盛期に自殺すべきである(俺達「大人」が、その悲劇をエンターテイメントとして消費する事によって救われる)」なるコンセンサスを広めていく。

「南海漂流物」と「セカイ系」の微妙な関係

そもそも英国人海洋作家ヘンリー・ドヴィア・スタックプール「青い珊瑚礁(The Blue Lagoon、1908年、映画化1923年、1949年、1980年)」や夢野久作「瓶詰地獄(1928年)」などの主要展開は「幼少時に無人島に漂着した少年少女が成長するにつれ性的誘惑に敗れ、純潔を失い社会復帰が不可能になる(なので救援を待たず自殺したり、救援されても事故死して「死んでむしろ幸運だった」と言及されたりする)」というもの。

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  • こうした作品自体がスコットランド人作家ロバート・バランタイン珊瑚礁の島(The Coral Island: A Tale of the Pacific Ocean、1858年)」や国際的港町として栄えていたナント出身のフランス人作家ジュール・ヴェルヌ十五少年漂流記(Deux Ans de Vacances、1888年)」などの「健康過ぎて子供達からも飽きられてしまった孤島漂着物」に捻りを加え復活させようという意図で執筆されたものだった。当時はまだまだ少年達が大好きな「野蛮な世界の粗野さ」が適度に織り込まれたスコットランド人作家スティーヴンソン「宝島(Treasure Island、 1883年)」や英国作品「ピーター・パン(Peter Pan、初出1902年)」シリーズの様な傑作が次々と生まれる環境は整っていなかったのである。当時は「ハックルベリー・フィンの冒険(Adventures of Huckleberry Finn、1885年)」を発表した米国人作家マーク・トウェインの様に「自称モラルの守り手のみなさん」に目をつけられるとマスコミを総動員したネガティブ・キャンペーンの生贄にされ、社会人としての生命を抹殺される事もあった時代だったのである。

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  • さらに遡ると、1702年から1709年にかけて実際に無人島で生活したスコットランドの航海長アレキサンダー・セルカーク(Alexander Selkirk) の実話を基にしたダニエル・デフォーロビンソン・クルーソー(Robinson Crusoe、1719年〜1720年)」まで行き着く。この作品は「試練に決して屈しない近代人」を称揚する一方で「スペインとの領地獲得戦争に英国人を一人でも多く動員する」という裏の意図を内包していた。
    *当時多くの南洋物がこうした具合に植民地拡大政策を奨励する意図で執筆された事実もまたこのジャンルに色濃く足跡を残しているのである。
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    *また「ロビンソン漂流記」はヨハン・ダビット・ウィースの手になる二次創作「スイスのロビンソン(Der Schweizerische Robinson、初版1812年)」を経て「家族漂流物」という新ジャンルを生み出した。「宇宙家族ロビンソン(Lost in space、1965年〜1968年)」「ふしぎな島のフローネ(1981年)」はこの系譜。


  • こうした「南海漂流物の暗黒面」が作中で取り上げられる様になったのは、ある意味「十五少年漂流記」のパロディとして執筆されたウィリアム・ゴールディング「蠅の王(Lord of the Flies、原作1954年、映画化1963年、1990年)」以降とも。冷戦を背景に最終戦争の最中を描いたこの作品では、漂着した少年達の獣性が次第に解放され、最後は互いに殺し合う。
  • アメリカの小説家アレグザンダー・ケイのSF小説「残された人々(The Incredible Tide、1970年)」も「最終戦争後も争い続ける事をやめられない人類の醜悪さ」をシニカルに描いた作品だったが、これをNHK東映から原作として押し付けられた宮崎駿監督は「こんな世界観、子供達の代にまで押し付けるのが本当に正しいのか?」なる義憤に駆られてその内容を完全に換骨奪胎した「未来少年コナン(1979年)」を制作。

    *この路線の第二弾となるはずだったジュール・ベルヌ海底二万里(Vingt mille lieues sous les mers、1870年)」を原作とする「海底世界一周旅行」企画から宮崎駿監督「天空の城ラピュタ(1986年)」と庵野秀明樋口真嗣監督作品「ふしぎの海のナディア(1990年〜1991年)」は分岐した。

    *そういえばキングコングゴジラモスラといった特撮作品もまた歴史的背景として「南洋物独特のドロドロ」を背負ってきたのではなかったか? アメコミの世界においても、1970年代を席巻するウルヴィァリン躍進の契機となったのは南海における水爆実験を契機に覚醒した「生きてる無人島」クラコア(krakoa))の登場だった。

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  • ブルック・シールズが主演した「青い珊瑚礁 (1980年)」に至っては、無人島に少年少女が漂着したのも植民地獲得戦争の一環で(そうした歴史的背景を一切知らずに育った筈の)年若きカップルは、その純真無垢さゆえに「大人の築いた文明社会」が近隣で暮らす「人食い人種の世界」よりおぞましい修羅界である事を察知し、彼らに発見されると毒を飲んで一家心中を遂げる。観客がこぞって「これぞ人間。我々もまた人間として汚れた文明社会に屹然と背を向けるこの態度をこそ見習わねばならない」と感涙の涙を振り絞ったのもまた1980年代前半の現実であった。「何もわかってない大人社会の言う事なんて一切聞くな!!」なるメッセージの込められたスピルバーグ監督作品「未知との遭遇(Close Encounters of the Third Kind、1977年)」「E.T.E.T. The Extra-Terrestrial、1982年)」もまた大ブームとなった国際的左翼黄金期とはそういう時代で、その衝撃は資本主義圏だけでなく共産主義圏までをも揺がし「それって同じ大人のあんたらの云う事も信用ならないって事だよな」とする1990年代後半の「ニヒリズムに走る子供」へとつながっていく。

    *こうした展開を予言したとされるホフスタッター「アメリカの反知性主義(Anti-Intellectualism in American Life、1963年)」に「究極的な意味においてインテリが大衆の支持を勝ち得ないのは、その要望が強まるとあっけなく自らの在り方を全面否定してしまうその節操のなさにある」といった言い回しがあった気がする(うろ覚え)。実は「大同主義(絶対平等主義)」なんて案外インテリの妄想の中にしか存在しない(そういえばマルクスエンゲルスもレーニンも毛沢東周恩来も鄧小平も皆、ブルジョワ階層出身だった。一方本当に貧民出身だったスターリンは「大同主義」なんて歯牙にもかけずただひたすら政敵を粛清しつつ独裁を謳歌した。宋朝(960年〜1279年)を開闢した趙匡胤やその弟たる趙匡義がそうだった様に。明朝(1368年〜1644年)を開闢し発展させた朱元璋永楽帝がそういう存在だった様に)。実は大衆自身はむしろエリート階層に憎みながら依存し、むしろ傲慢な態度で「確かに俺達は社会的に優遇され、富裕層を形成している。しかしそれは一般人より余計に社会的責務を果たしている対価に過ぎないし、優秀な人材ならこれに身分を問わずどんどん加わってくるし、逆にその条件を満たさない旧族は脱落を余儀なくされる」と言い返されるのを好むとも。原則として「革命」はこのメカニズムが回らなくなった時に発生。あと概ね革命成功後、真っ先に粛清されるのは「ブルジョワ階層を率先して弾劾する事で革命全体のイニチアシブを握ろうとしたブルジョワ階層の裏切り者達」。

  • その一方で(南仏経由で)地中海の覇者であり続けたいフランス人の執念はジャン=ジャック・ベネックス監督「ベティ・ブルー 愛と激情の日々(仏題37°2 le matin、英題Betty Blue、1986年)」やリュック・ベッソングラン・ブルー(Le Grand Bleu、1988年)」に結実する事に。改めて「フランス三色旗の青は何なのか」について問い詰めたくなる。

    *「地中海沿岸に広がるあの景色」‥それは「太陽がいっぱい(Plein soleil、1960年)」や「ベニスに死す(英題Death in Venice、伊題Morte a Venezia、仏題Mort à Venise、1971年)」におけるイタリア沿岸部、カリフォルニア、湘南のの景色でもある。そういえば「シン・ゴジラ」も鎌倉から上陸してた。

こうした国際的な流れの中で日本はアジア再進出の契機になればと「アラーの使者(1960年)」「怪傑ハリマオ(1960年〜1961年)」「少年ケニア1984年)」の様な作品を制作し続けてきた訳である。

シルヴェスター・スタローン主演、監督、脚本作品「ランボー/最後の戦場(Rambo、2008年)」には、ジャングルに埋もれたビルマの戦場跡に残る大英帝国軍や大日本帝国軍の足跡を辿りながら「ここは誰もがこなかった事にしたがってる忘れられた戦場なのだ。戦い自体は今も続いている」と述べる場面がある。この一言には当然、ランボー・シリーズで大儲けしてきたシルヴェスター・スタローン自身の自戒の念も込められている。

当時についてのもう一つの興味深い証言。それは「当時は誰もが見栄を張って高尚な概念に手を出そうとやっきになっていたが、それは全く身の丈に合ってない振る舞いだった」というもの。

... 私はとんねるずが好きなんだけど嫌いな人や批判してる人が何をいけない... - id:lisagasu - lisagasu - はてなハイク

そして1990年代に入るとハイファンタジーやTV系サイバーパンクを支えてきたヒッピー世代が親世代となって保守化し、発表される主題の主題も「倦怠感に蝕まれた中年夫婦を巡る不倫騒動」などへと推移。かくして「(1970年代における政治的混沌から始まった)20世紀的大人達の集団死」は最終段階を迎える展開となったのです。

新井詳「中性風呂へようこそ(2007年)」より

どうして父親は娘から嫌われるのか?

①昭和型マチズモ
*1978年当時の子供達の憧れはTVや漫画の不良で、みんな真似してた。子供にとって大人とは「何をしても痛がらない存在」で、虐め方も「言葉・力・人数の統合芸術的虐め」。「今の方が精神を傷付ける言葉を使うので昔より過酷」というが、当時は至る所で喧嘩が行われて鋳たので目立たなかっただけ。「子供は喧嘩するもの」と思われていた。

  • 男も女も「(不潔さ、ペチャパイといった)性別的弱点」をモロ出しにするのが「人間味溢れる演出」として流行。
  • 中性的な人やオカマを酷く嫌う。オカマは大抵不細工に描かれ、迫られて「ギャー」というギャグが頻発。
  • 美形でお洒落な男は大抵気障で鼻持ちならない役。

②バブル世代特有の(トレンディドラマ的)「男の幸せ」「女の幸せ」のくっきりしたキャラ分け。
*「そんなに男が女より強くて偉くて選ぶ権利がある世界の女ってすっごくつまらない」「なら男になった方がマシ」とか言い出す

  • 恋愛決め付け論「女の人生は男で決まる。御前も何時かいい男をみつけて可愛がってもらうんだぞ」
  • 美男に否定的「ヒョロクテ弱そうな男だ。女みたい」
  • 処女崇拝「(飯島愛を指して)こんな風になったらオシマイだぞ! 傷モノになるなよ!」
  • 母づてに聞かされる「新婚早々、浮気されて苦労したのよ。お父さんもなかなかやるでしょ?」
  • ホモやオカマを極端に嫌う(これ男? 気持ち悪っ!!)
  • 役割決定論「ボタンつける練習するか? 将来彼氏につける練習に…」

要するにどちらも1960年代までは確実に全国規模で根を張っていた(家父長権威主義を含む)戦前既存秩序の残滓。1990年代以降には通用しない。

大人に対する子供の反抗」が「反抗に値する大人」を見失っていわゆる「中二病」へと変質していったのも、まさにこの 時期。

どうせ直視するならこうした猥雑な混沌全体を俯瞰しなければなりません。とはいえ当時を実際に生きていた人間にさえそれは出来ていませんでした。私達は何よりもまずこの現実から再出発しないといけないのです…