諸概念の迷宮(Things got frantic)

歴史とは何か。それは「専有(occupation)=自由(liberty)」と「消費(demand)=生産(Supply)」と「実証主義(positivism)=権威主義(Authoritarianism)」「敵友主義=適応主義(Snobbism)」を巡る虚々実々の駆け引きの積み重ねではなかったか。その部分だけ抽出して並べると、一体どんな歴史観が浮かび上がってくるのか。はてさて全体像はどうなるやら。

【雑想】鈴木大拙からヒッピー文化へ

 日本は近代化過程で「禅の精神」とカント哲学を重ねる試みに熱中しました。実はその影響は(同様にカント哲学摂取に熱中した)アメリカにまで及んでいた様です。

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大嶽秀夫『新左翼の遺産』読書ノート

歴史的に言えば新左翼(New Left, nouvelle gauche, neue Linke)とは、社会民主主義(アメリカの場合には民主党リベラリズム)とスターリン主義の双方を批判しつつ、かつ自らを『真の』左翼と自認し、社会主義ないしはリベラリズムの刷新を求めて、『長い60年代(long sixties、1958年〜1974年)』に登場した①思想、②政治運動、そしてその両者と密接な関連をもつ③文化運動・文化現象の総称である。

1950年代後半からの先進諸国における社会運動が、豊かな社会の実現によってその革新的な立場を弱めていき、資本主義の枠内で労働組合員の限られた利益を追求する圧力団体として既得権益を保守する存在となり、社会民主主義政党も福祉国家ケインズ主義路線へと軌を一にして転じた。この転換に幻滅した人びとの間で、これまでの左派社会運動内に共有されていたブルジョア的な文化から離れて、ライフスタイルと芸術の両側面でカウンター・カルチャーへと向かう動きが形成される。この過程でジャック・ケルアックの『路上』や、ボブ・ディランにも多大な影響を与えたアレン・ギンズバーグの『吠える』などのビート・ジェネレーションが、参照点として幾度目かのブームとなった。

ジャック・ケルアック - Wikipedia

*一応は日本の「太陽族(1955年〜1957年)」の方が先行している形となる。

思うより日米左翼は入り組んだ関係にある様なんです?