諸概念の迷宮(Things got frantic)

歴史とは何か。それは「専有(occupation)=自由(liberty)」と「消費(demand)=生産(Supply)」と「実証主義(positivism)=権威主義(Authoritarianism)」「敵友主義=適応主義(Snobbism)」を巡る虚々実々の駆け引きの積み重ねではなかったか。その部分だけ抽出して並べると、一体どんな歴史観が浮かび上がってくるのか。はてさて全体像はどうなるやら。

「総力戦体制時代」から「産業至上主義時代」へ⑤ 「科学的マルクス主義」終焉後に登場した「超資本論」?

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奴隷貿易で栄えたアフリカのダホメ王家の末裔たちは祖先の行いに関する謝罪を、奴隷の子孫たちにしてるとは知らなかった。今はベナンの名家となっている奴隷商人の末裔も王の末裔たちと同様のことをしていた。こうした事実を認めた上で双方の子孫が良好な関係を作り上げていくべきだと。たいしたものだ。
*そういえば日本人は「文禄の役(1592年〜1593年)・慶長の役(1597年〜1598年)」に際して世界中の奴隷売価を1/4に暴落させるほどの奴隷狩りが遂行された事について謝罪していない。当時の朝鮮半島は反体制組織や難民で溢れかえっており、日本から攻め入った戦国大名ばかりか朝鮮王朝の官軍も彼らをポルトガル商人に売って火砲や火薬を手に入れてていた形跡が見受けられる。まぁポルトガルの奴隷商人は戦国時代日本においてもそうやって双方の陣営を焚きつける事で大量の奴隷を獲得してきたのであった。江戸幕藩体制への推移がなければ日本もずっとアフリカ諸国の様に奴隷供給地として重宝され続けたかもしれない。

1970年代後半の日本に「経済人類学」が紹介された背景には「(タイラー主義の延長線上において経済分野における展開が全てと考えた)科学的マルクス主義」の限界を克服しようという意図が存在したとされています。

それではその結果、彼らの未来ビジョンはどういう形に書き換えられる事になったのでしょうか?

農業問題

先進資本主義国においては、農村そのものがいずれ消滅に向かっていく。それは、農業が天然自然を直接相手にする産業だからであり、交換価値を価値増殖の原則とする資本主義では、農業が貧困化していく。

吉本氏は、エコロジストや有機農法家に対して批判的だった。自然史の過程のように必然的であるものに対しては、それを受け入れた上で、出てきた問題についての対処を考えなければならない。自然史過程に逆行していても「オルタナティブ」なものがすぐさま可能であるように言う主張には、批判的であった。(以上、中沢氏解説から)

農業問題に対しては、吉本自らが認めているように素人であり、『農業白書』の解説のような講演を行っているが、そこでは何事も語っていないし、凡庸で陳腐なものである。吉本は、農業からはもっとも遠いところにいる人であり、都会の人であり、東京の人だと思う。

贈与価値論

吉本の贈与論は二つのタイプがある。一つは、未開社会の贈与慣行をめぐるものであり、国家の発生を結びつけた考察が展開される。

未開社会では、母方の叔父に威信があり、父親の存在は影が薄い。これは、母親は出産をつうじて根源的な贈与をもたらす存在であり、それに比べ、父親の存在は形而上学的な意味しかもたない。「贈与は遅延された形而上学的な交換である」とされる。

未開社会での贈与関係はいつも揺らいでいる。この揺らぎを停止させ、関係性を固定化する動きの中から国家が発生する。このとき贈与は貢納に変わり、その拡大がディスポティズム(専制)的国家を生み出す。

もう一つは、消費資本主義の終末以後の人類史に関わる。消費資本主義は最終的に、交換価値のみによる先進資本主義の地帯と農業により食料を供給する地帯に分割される。その絶対的非対称を解消するためには、消費資本主義の地帯は食料調達地帯へ無償の贈与を行わなければならない。そうなると、交換価値が消滅し、贈与価値が問題になる。(以上、中沢氏解説から)

吉本は、贈与価値は資本主義の始源にあらわれ、その後姿を消すが、資本主義の終末期である消費資本主義の中に再び姿をあらわすと言い、資本主義の次の社会のイメージに贈与が重要なポイントであることを示唆する。

超資本主義論

1990年代半ばからのこの国の不況期にケインズ的政策は誤りである。消費資本主義の段階に入っている国では、公共投資は教育、医療、福祉などの第三次産業に向けなければならない。

消費資本主義社会のほんとうの主人公は国民と企業体であるが、「支配の思考」は、それらがそのことに気付き、その意思を政治に直接反映させようとする事態を恐れている。それを超えると、超資本主義の段階に入る。

吉本氏は、超資本主義の世界を、「アフリカ的段階」の要素を保存したままの世界、すなわち人間の心の原初構造がハイパー科学技術と結合した未来をイメージしていた。(以上、中沢氏解説から)

ここでいう「消費資本主義の終末状態」は松下幸之助の「水道哲学」を彷彿とさせます。 ある意味デフレに苦しむ1990年代以降の日本の姿を予告するものとも?

聖なる経営とはなにか。本当の経営とはなにか。そうだ、水道の水だ。通りすがりの人が水道の栓をひねって存分に水を飲んだとしても、その無作法を咎(とが)めることはあっても、水そのものを盗ったことは咎めない。なぜだろうか。それは価格があるにもかかわらず、その量があまりに豊富だからである。生産者の使命は、貧をなくすために、貴重なる生活物資を水道の水のごとく無尽蔵たらしめることである。どれほど貴重なものでも、量を多くして無代に等しい価格をもって提供することにある。

「いわば水道の水のように、いい物を安くたくさんつくるということは、いつの時代でも大事なことやで」

この考え方は、松下自身は一度もそう表現していないが、世間には「水道哲学」という呼称で広まった。

また当時登場を待望された「ハイパー科学技術」とは主に太陽発電や風力発電に立脚し「産業革命以降の大量生産・大量消費スタイルから完全に独立した自給自足の経済活動を可能とする基本インフラ」を指していました。

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要するに現代的文明生活と前近代的無政府状態の「ええとこどり」を狙っていたのです。そして、次第にそれだけが「常民と漂泊民の間に常に漂う緊張感(これを解消する為に国家形成が必要となる)」に対する唯一の処方箋と考えられていったのでした。
*そうまさに十字軍派兵を契機とするレパント交易振興が産んだ資本主義的発展が12世紀イタリアにおいて都市生活の快適さと「使徒行伝」的信仰生活の両立を狙うフランチェスコ修道会やドミニコ修道会の創建に結びついた様に。

まさに老子が理想視した「伝統文化の多様性を維持する為の地域分断の徹底」。ゴビノー伯爵が理想視したカースト制。住民側観点からすれば「移動や職業選択や結婚や表現の自由などを一切合切奪い尽くされた農奴状態への回帰の強要」。結局のところ科学的マルクス主義者は「労使一体化によって時代の変化を効率よく乗り切ろうとする」タイラー主義の本質(決して閉じたシステムではなく「開かれた系」内における生存競争に生き残り続けるのが大前提)をこの段階に至ってなお完全に見逃し続けていたのです。そしてその結果、カール・マルクスの生きていた時代においてすら既に完全に過去の遺物と化していた「領主が領土と領民を全人格的に代表する農本主義権威主義」への回帰を理想する展開を迎えてしまったのでした。
*この系譜の信者は「江戸幕藩体制への回帰だけが日本人を救済する」と主張する事があるが、実は江戸時代とは「領主が領土と領民を全人格的に代表する農本主義権威主義」の崩壊期でもあって、その理想を達成するには「(一円領主化した戦国大名が競争の為に果てしなく領民を戦場に動員し続ける)戦国時代」まで回帰しなければならない。まぁ海外への大遠征を企てる余力が失われるので、その形での「平和主義」だけは確かに実現するとはいえる。実際「先天的ナチス民族の復活」を恐る隣国にとっては朗報と見做される可能性が高い未来ビジョンではあるのだろう。

次第に「誰が今の日本のデフレ体制を招いてしまったのか」見えてきた気がします…