さも基本スキルのようにサメへ再生能力を付与するな pic.twitter.com/DYjrGr9icl
— 知的風ハット (@itukayomu) October 26, 2018
これではまるでプラナリア?
扁形動物門ウズムシ綱ウズムシ目ウズムシ亜目に属する動物の総称。広義には、ウズムシ目(三岐腸目)に属する動物の総称。さらに、渦虫綱に分類される動物の総称とする説もある。体表に繊毛があり、この繊毛の運動によって渦ができることから、ウズムシと呼ばれる。淡水、海水および湿気の高い陸上に生息する。Planariaは「平たい面」を意味するラテン語planariusに由来し、「平原(plain)」や「平面(plane)」と語源が共通である。
いちじるしい再生能力を持つことから、再生研究のモデル生物として用いられる。進化的には前口動物と後口動物の分岐点に位置し、三胚葉性動物・脳をもつ動物としてもっとも原始的であることから、比較発生学・進化発生生物学でも用いられる。雌雄同体である特性から、生殖生物学でも扱われる。水質の変化に著しい影響を受けることから、指標生物でもある。生物学でプラナリアという場合、日本ではサンカクアタマウズムシ科ナミウズムシ属のナミウズムシであることが多い。日本中の川の上流に生息しており、石や枯葉などの裏に張り付いている。主にカゲロウの幼虫などの水生昆虫を餌としている。アクアリウムなどではプラナリアが大発生し、害虫として嫌われている。体が柔らかく、ピンセットでつまむとちぎれることがあるので、筆を使って撫でるように除去するとよい。
その消化器官
腹面中央に咽頭があり、消化管は体内で前後に伸びて分岐しながら、体の隅々に至る。イトミミズやアカムシ(ユスリカの幼虫)を食べさせると、全身の消化管に入ってゆく様子が見え、全身に消化管が分岐していることを観察できる。消化管は前に1本、後ろに2本伸びており、これが三岐腸目の名前の由来となっている。肛門はない。
その感覚器官
脊髄もないかご状神経系を持ち、目は杯状眼であり、レンズがない。光を感じることはできる。ナミウズムシの場合眼は1対だが、カズメウズムシなどたくさんの眼を持つものもいる。
その繁殖能力
有性生殖と無性生殖ができる。水質や水温などの生息環境が悪化すると、次第に腹部がくびれてきて2つに分裂してしまう。
その再生能力と記憶能力
ナミウズムシの場合は前後に3つに切れば、頭部からは腹部以降が、尾部側からは頭部が、中央の断片からは前部の切り口から頭部、後部の切り口から尾部が再生される。このような、各部から残りの部分が正しい方向で再生されることを「極性がある」といい、具体的には何らかの物質の濃度勾配ではないかとされている。再生が秩序正しく行われるための体内の濃度勾配を司る遺伝子として、Nou-darake遺伝子が同定されている。
- 頭に切れ込みを入れて3等分にすれば、3つの頭を持つプラナリアに再生する。
- ある学者がメスを使い100を超える断片になるまで滅多切りにしたが、その全片が再生して100を超えるプラナリアが再生したという逸話がある。プラナリアが再生できる栄養環境さえあれば可能であるとされる。
- 切断実験をする際は、1週間前から絶食させておかないと、切断時に体内の消化液で自身の体を溶かしてしまい、絶命する。
「プラナリアの頭部を切断して、尾部から再生させた個体に、切断前の記憶が残存している可能性」を示唆する実験結果が、タフツ大学のタル・ショムラット (Tal Shomrat) とマイケル・レヴィン (Michael Levin) によって報告されている。この「脳以外の部位に記憶が存在する可能性」に関する知見がマンガ「テラフォーマーズ」においても紹介されている。
「指標生物(indicator species、index species)」なる表現が気に入りました。正確な定義は「様々な環境条件を調べる際にそこに生息する生物のうち、ある条件に敏感な生物を用いて調べる場合の、その生物」というもの。インターネット社会学における「(数値化可能な)ネット環境下における特定アカウント集団の特定の集団的振る舞い」から何かを読み取ろうとする態度の大源流?
指標生物(indicator species、index species) - Wikipedia
一般に自然環境の状態やあるいは環境汚染の程度などを調べる際には、その場における様々な条件を取り上げて個々に測定する。たとえば温度や湿度、化学成分やその組成、特定成分の濃度、酸素濃度、あるいは明るさなど様々な条件があるから、その中から必要と思われるものを取り上げ、数値として記録するのが普通である。しかし、そのようなことを行う代わりに、ある決まった生物や生物群を選び、それらの状況を見ることで環境条件を判断する場合がある。これが生物指標である。それに用いられる生物のことを指標生物という。
これに用いられる生物は、あらかじめその生態的な性質がある程度以上知られていなければならない。動物なら指標動物という場合もある。植物を利用した指標生物を指標植物というが、固着生物である植物は動物よりも環境条件に左右されやすいため指標として用いられやすい面もある。ただし、移動できないだけに環境の変化に耐性を持つ種も多く、種の選択には注意が必要である。
その意味
指標生物は、ある決まった環境条件に敏感に反応し、その差によって異なった状況を見せるものである。そこで、その状況を見ることで、そこからその環境条件を推察することができる。しかし、そうであればむしろ直接に環境条件を測定すればいいのではないかとの考えもある。実際に、数字としてそれを得るのが目的であればその方が正しい。にもかかわらず、生物指標が有効であるのは以下のような理由による。
- 数値測定より簡単である…厳密な測定にはそれぞれに特殊な機器が必要であり、それなりに金と技術と時間がかかるが、生物指標にはそれがあまりかからない。後に述べる水生動物の例では、小学生でも測定可能である。その点でいえば、微生物などを指標とするのは有効ではないことになる。
- 時間的空間的変動を越えた結果が出せる…個々の環境条件を数値として取り出す場合、それらが時間的に変動する可能性、調査点の違いによる差を考慮に入れなければならない。生物であれば、その地域のある程度の範囲と、一定期間がその生存に必要なので、そのような変動がその生存に直接影響する。例えば工場が有害な廃液を川に流しているとする。それをいつでも排出しているならば排水の水質調査で判断できるが、一時的に濃度の濃いものがまとめて放出されると測定値からそれを知るのは難しくなる。しかし、生物はその一度の放出で大きな影響を受けるから、その結果は川の生物相の変化として記録されるだろう。
- 未知の条件も視野に含めることができる…物理化学的な計測は、その対象が明確でなければ測定できない。未知の条件が環境悪化を引き起こしている場合、それが何かを特定するのはなかなか難しい。しかし、生物を見れば、それが何かはわからなくても環境悪化の事実を知ることができる。
- 複数の条件の総合的影響を見られる…生物に影響を与える原因はひとつではないし、それらが相乗効果を示す場合もあるから、測定値だけで生物への影響を判断できない場合がある。
結局のところ環境を調べる場合、多くは生物や人間への影響を考えるためであるから、直接に生物にどんな影響が出たのかを見ることが早道だということである。一方弱点もある。
- 厳密さを欠くこと。
- 期待する条件以外の条件が影響を与える場合もあること。
- 特に普遍的でない条件による影響がある場合、誤った判断が出易いこと。
- 季節などに影響を受けること。
実際には測定機器による数値的な調査を併用するのが望ましいし、普通はそのように行われる。
後期ヴィントゲンシュタインいうところの言語ゲームの最辺部(Sprachspiel)においては、こうした生物学的事象が「外側と内側のある種の人格的インターフェイス」として機能していて「立派な鬣(たてがみ)を有する雄ライオンは、実は(集団で狩りを行う)メスに養ってもらうヒモにして死肉を漁るスカベジャー(scavenger、腐肉食動物)だった」みたいな従来の知見を裏切る研究成果が発表される都度、相応の改変を迫られてきたのです。
- 「ライオンの雄はただのヒモ」なる発見が引き起こしたパラダイムシフトは「魔女の宅急便」世界における魔女の伴侶、ドラゴンボール世界の放浪戦士、ポケモン世界のポケモンマスターなどの解釈にまで影響を与えてきた。
- その一方で「雌だけが集団で狩りをライオン」のイメージが第三世代フェニミズムの「指標生物」に取り入れられる動きも。以前投稿した「女性は(他に目を向ける先がない時)自分に背中を向けた男性の尻ばかり目で追っている」なる研究成果に対する「きっと私達は捕食動物だった顔、逃げ散る獲物の尻を眺めて「どれが一番捕まえやすそうか」とか「どれが一番美味しそうか」とか瞬時に判断していたの」「そうか、私達の先祖はイケメン男子にほだされて嫁にきた化猫か何かだったんだね」なる国際SNS上の反応も、実はそうした基本スタンスあってのもの。
実際にプラナリアが「指標生物」として紐づけられている言語ゲーム上の概念のひとつに「多頭化のイメージ」があり、これも複雑な変遷を遂げてきました。
- 「動員力の増大」…「噛み付く顎が増えるので攻撃力が増大する」という考え方。例えば「冥界の番犬ケルベロス(古希Κέρβερος, Kerberos, 羅Cerberus)」や「アルゴリス地方のレルネーに生息する多頭蛇ヒドラ(古希: Ὕδρα', Hydrā)」の概念が発祥した古代ギリシャ時代の最強戦術は(自前の武装で自発的に徴募に応じる自作農の市民兵によって編成された)密集方陣や(無産階層の漕手が自発的に漕ぐ)三段櫂船(トリエレスあるいはトライリーム)といった「集めた人数がそのまま戦力に比例する」構造にあった。
ファランクス(φάλαγξ、phalanx) - Wikipedia
*古代中国の怪物「卒然」のイメージとも重なる「チームワーク」の象徴。そして古代欧州などには「何かが過剰だったり不足したりしている奇形は神の使い」と考える神秘思想が存在したのである。
- 「統率力の低下」…主に多頭怪物の攻略法と関連してくる概念だが「首が無数にあってどれも身体を代表してない恐怖」というのがまた別次元で存在したりする。古くは「紀元前1200年のカタストロフ」の主犯と目されている「海の民」の様な蛮族連合とか「ヴァイキング(北方諸族による未統率の略奪遠征)」の様な山寇(山賊)・海寇(海賊)の類とか、新しくはRPGモンスターとしてのエビルスピリッツとか、ゾンビの大群とか…要するに中央集権的秩序に対する(それが及ばない)周辺部からの有象無象の反体制的侵犯の象徴?
*まさにただでさえ「(殺しても殺しても)無限に増え続ける存在」は怖いのに全体を代表する頭脳が存在しない(対策が立てられない・対話が成立しない)のが恐怖の源泉。
古代世界の説明でしばしば使われてきた王朝交代史観は「文明はそれが発展して支配階層が部族的紐帯を失って柔弱化すると、強い部族的紐帯を維持する辺境住民に取って代わられる(以下繰り返し)」という内容。近世に入って「相応の火器を装備した常備軍を中央集権的官僚団の徴税によって賄う」主権国家が「(地図上における)人類前人未到の辺境」を滅ぼし尽くしてしまうと、こうした反体制的存在は原則として(キングコングやゴジラや巨大ザメの様に登場するまで地底や海底や海中や宇宙に隠れており、単体でも人類に脅威を与え得る攻撃力を秘めた)巨大な個体や(最初期の量的不利を補うべく、どこまでも増え続ける巨大アメーバや、人類に感染するゾンビの様に)無限に増殖する群体としてしかイメージ不可能となる。
*そしてプラナリア研究で発見された「増殖時に記憶が物理的に継承される可能性」がこうした存在にまた新たなイメージを付加していくのである。
それぞれの単位で「主体」を構成する集-立(Ge-Stell)システム(後期ハイデガーいうところの「特定の意図に基づいて手持ちリソースを総動員しようとする体制」)は、言語ゲーム次元においてはこういう形で「客体」を備えるに至るのですね。