諸概念の迷宮(Things got frantic)

歴史とは何か。それは「専有(occupation)=自由(liberty)」と「消費(demand)=生産(Supply)」と「実証主義(positivism)=権威主義(Authoritarianism)」「敵友主義=適応主義(Snobbism)」を巡る虚々実々の駆け引きの積み重ねではなかったか。その部分だけ抽出して並べると、一体どんな歴史観が浮かび上がってくるのか。はてさて全体像はどうなるやら。

【視野を広げないやらかし】そもそも本当の「日本精神」の起源とは?

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本居宣長(1730年〜1801年) - Wikipedia

源氏物語』の中にみられる「もののあはれ」という日本固有の情緒こそ文学の本質であると提唱し、大昔から脈々と伝わる自然情緒や精神を第一義とし、外来的な儒教の教え(漢意)を自然に背く考えであると非難し、中華文明を参考にして取り入れる荻生徂徠を批判したとされる。

 ところが現実の「源氏物語」は、残酷にもこういう内容だったのです…

源氏物語 第二十一帖 乙女 第二章 夕霧の物語 光る源氏の子息教育の物語

光源氏の息子夕霧に対する教育方針。朝廷におけるトレンドはすっかり和歌や和文に移行してるのに、あえて「大学の学問(漢文や漢詩)」を学ばせる理由について。

「私は宮中に育ちまして、世間知らずに御前で教養されたものでございますから、陛下おみずから師になってくだすったのですが、やはり刻苦精励を体験いたしませんでしたから、詩を作りますことにも素養の不足を感じたり、音楽をいたしますにも音足らずな気持ちを痛感したりいたしました」

「つまらぬ親にまさった子は自然に任せておきましてはできようのないことかと思います。まして孫以下になりましたなら、どうなるかと不安に思われてなりませんことから、そう計らうのでございます。」

「貴族の子に生まれまして、官爵が思いのままに進んでまいり、自家の勢力に慢心した青年になりましては、学問などに身を苦しめたりいたしますことはきっとばかばかしいことに思われるでしょう。遊び事の中に浸っていながら、位だけはずんずん上がるようなことがありましても、家に権勢のあります間は、心で嘲笑はしながらも追従をして機嫌を人がそこねまいとしてくれますから、ちょっと見はそれでりっぱにも見えましょうが、家の権力が失墜するとか、保護者に死に別れるとかしました際に、人から軽蔑されましても、なんらみずから恃むところのないみじめな者になります」

「やはり学問が第一でございます。日本魂(やまとだましい)をいかに活いかせて使うかは学問の根底があってできることと存じます。ただ今目前に六位しか持たないのを見まして、たよりない気はいたしましても、将来の国家の重鎮たる教養を受けておきますほうが、死後までも私の安心できることかと存じます。ただ今のところは、とにかく私がいるのですから、窮迫した大学生と指さす者もなかろうと思います」

*おそらく「(物差しとなる)漢意(からごころ)を知らずして、日本魂(やまとだましい)とは何かなど知りえない」なる発想の日本における初出例。悔しいが光源氏はパパになっても時代を超越して超イケメン。当時はまさに国風文化形成期であり、この「源氏物語」ですら前半は「(渤海から輸入した毛皮や、秘色の青磁器や、瑠璃の器や、孔雀の羽といった)漢意(からごころ=絢爛豪華な輸入品)ばかりありがたがる浅ましさ」を揶揄するばかり。しかし後半に入ると次第にこうした深い考察が増えていく。まさに過渡期。

注意一秒、怪我一生」の世界?