諸概念の迷宮(Things got frantic)

歴史とは何か。それは「専有(occupation)=自由(liberty)」と「消費(demand)=生産(Supply)」と「実証主義(positivism)=権威主義(Authoritarianism)」「敵友主義=適応主義(Snobbism)」を巡る虚々実々の駆け引きの積み重ねではなかったか。その部分だけ抽出して並べると、一体どんな歴史観が浮かび上がってくるのか。はてさて全体像はどうなるやら。

【雑想】どこまでも陰鬱で不毛な「南京大虐殺」を巡る議論①そもそも「歴史修正主義」とは何か?

最近、日本のパヨクの間で「南京大虐殺の犠牲者数が50万人以上だった事を決定付ける新史料」がもてはやされている様です。

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あまり日本では話題になっていませんが、2004年ごろに中国人研究者によって、ドイツ駐在アメリカ大使トッド氏が1937年12月14日にフランクリン・D・ルーズヴェルト大統領に打った暗号電報(アメリカ外交関係公文書RG59-793.94/11631)のなかに、「ドイツ駐在日本国大使館の東郷茂徳大使が、南京を占領する前に、その段階で50万の中国人を虐殺したことを自慢していた」と書いてあることが報告されました。

The Japanese ambassador here boasted a day or two ago of his country’s having killed 500,000 Chinese people. …… This simply means the policy of Mussolini and Hitler is expected to be applied to the world and what a sad result this would be.

ここの日本大使は、一日か二日前に、自国が50万人の中国人を殺したことを自慢しました。……これは、ムッソリーニヒトラーの政策が世界に準用されると予期させること、そしてこれが悲劇的結果となることを意味します。

いわゆる狭義の「南京大虐殺」の前の日本軍による蛮行を記録したものと考えられますが、中国の報道では広義の「南京大虐殺長江デルタ一帯で行われた日本軍による残虐行為)」を証明する根拠として引用されています。

そもそも、こうした主張に食いつくパヨクにとって 「集-立Gestellシステム後期ハイデガーいうところの「特定意図に従って手持ちリソースを可能な限り総動員しようとする体制」)」上のゴールは一体どこに設定されているんでしょうか?

  • 将来に禍根を断つ為にも不逞の輩は全て残らず族滅する実際の殲滅はほぼ不可能だが、中世イングランドやフランスにおけるユダヤ人やユグノー(フランス人プロテスタント)に対する迫害の様に、概ね当該者全員の国外逃亡によって決着がつく可能性が高い)」大陸の冷徹な伝統に従って「(フランス革命政府が王侯貴族や聖職者やその支持者達に言い渡した様に人道主義と人類平等の概念を侵犯する先天的ナチス民族たる日本人は、その全員が全財産を略奪され尽くし、可能な限り最も残虐な手段で輪姦され尽くし、虐殺され尽くされ、未来永劫劣等民族として笑い物にされ続ける事によってのみ人権生得主義の回復に貢献する当然日本の歴史はNSDAP(Nationalsozialistische Deutsche Arbeiterpartei=国民社会主義ドイツ労働者党、1920年〜1945年)」の歴史よりはるかに古いのだが、彼らは一時的にそれに感染したドイツ民族と異なり日本民族はその本質がナチスなので民族浄化以外の方法では救済不可能と考える)」という立場なら「偏見の極みを以って地上から日本民族その価値観を支持してきた全ての外国人と一緒に族滅し尽くす」事こそが目指すゴールなる。確かに彼らは「味方側」の発言なら「日本人や黒人や東南アジア人の様な劣等人種に対する民族浄化に反対する者こそが崇高な人類平等の理念を全く理解してないレイシストナチスなのである」なんて暴言にすら沈黙する事がある。「韓国では生まれた子供が障害児なら海外に養子に出すのが常識と考えられている」なんて事実も決っして弾劾しない。その時点で既に「(日本人や黒人や東南アジア人やLGBTQA層や障害者なんて最初から地上に生まれ落ちるべきではなかったと考え、彼らの殲滅を通じて平和な平等社会の実現を目論んでいる優生主義原理派」のシンパだが、そこでブレーキを踏まないならさらに発展して「日本においては、一人でも多くが銃を手に入れ、目の前の日本人を片っ端から射殺し、最後は自分も自殺するのが最も人道的行為」という考えに至る。
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    *実際、北朝鮮辺りはそれを扇動するプロパガンダも国際的に打っている。この様に彼らに「人道的日本人」と認められるのなんて案外容易く、その一方でかかる胸をスッとさせる「義挙」に打って出れない日本人なんてまとめて「やはりその全員が生きてる価値もない意気地なし」とレッテル貼りされるばかり。それを嫌って朝鮮独立運動家の金九は、本来味方の筈の外国人協力者も隙あらば破滅させる事で、精神上のバランスをとってきた。自叙伝にも「日本人を一人殺すごとに、朝鮮人の裏切り者を最低5人は殺してきたものだった」と誇らしげに書き記している。実際、大抵の反日韓国人の「義挙」は、同時に「親日派韓国人」も破滅させる算段で仕組まれているという。知り合いの「親日派韓国人」を守る為には、どうしても彼らを敵視せざるを得なくなる展開…

    *私はなまじKPOPも聞く人間であるが故に、同様に国際常識に触れ「(現代韓国音楽の重要なルーツの一つが黒人音楽であるにも関わらず)KPOPのMVに黒人も東南アジア人も絶対登場しない不気味さ」に違和感を覚える様になった「Korean(本国韓国人だけでなく、在日や韓国系アメリカ人を含む概念)」とこの感覚をほぼ共有している。国際常識に触れた開明派中国人もほぼ同じ立場。とどのつまりKPOPのMVに(日本人ばかりか)黒人も東南アジア人も絶対登場しないのは、その商品としての主要輸出先たる中国への配慮も含んでいるという事らしい。こういう感覚の総称として私は「大陸の冷徹な伝統」なる言葉を使っている訳である。

    *こうした欧州ではフランス人とドイツ人が互いに抱き合う自然な憎悪(ただし、その歴史から「絶対に相手を滅ぼし尽くす事は出来ない」なる諦観もアジアより徹底している)を、皮肉にも(大陸の外れに存在してきた島国国家たる)英国人や日本人は直感的には理解し得ないとも。

    *さらには最近「韓国の憤青」と呼ばれきた連中(現在の文派)は、サラフィー・ジハード派のアラブ系テロリストがユダヤ人を殺害する都度、快哉を上げるという。韓国人自身の分析によれば「あらゆる脅威に先制行為で対応する」姿勢を剥き出しにして同盟国イランを叩き続けているイスラエルへの恐怖から、北朝鮮側が「実はユダヤ民族こそ、日本民族同様に地上から抹殺し尽くすべきレイシストナチスだった」なるプロパガンダを水面下で打ち続けている影響らしい。そういえば金正恩の愛読書は「我が闘争(Mein Kampf、第1巻1925年、第2巻1926年)」で、この国で生き延びていく為には今や「金日成回顧録」に加えこの本も儒教原理主義時代の五経の様に丸暗記してあらゆる引用に対応出来ねばならないらしいという話も流れている。いつの間にか「(少なくとも一部の)アジアの反ナチス主義」は、そういう方向に煮詰まっていたという話…

  • 何故、自分も日本人なのに?」と考える人もいるかもしれないが、実はユダヤ人に対するホロコーストも、当初の時点では「歴史の現時点におけるユダヤ人は絶対悪そのもの」と考えるリベラル派ユダヤ人自身が熱狂的に支持したからこそ加速したとされている。

    とはいえ、もし心の中で少しでもこっそりと「今から率先して日本人を貶め続けていれば、近い将来訪れる日本人殲滅に際して同じ日本人でも自分達だけは生き残れる」なんて打算を打ってるのだとしたら、その心理的背景に「(日本人固有の思考様式とされる甘え」を指摘せざるを得ない。実際の「大陸の冷徹な伝統」は、むしろそうした「自称功労者」が以降現地支配のイニチアシブを握るのを嫌い、彼らをこそ真っ先に族滅する(実際、そうした「現地人の殺意が集中している悪役の討伐」によって現地住民の熱狂的支持を勝ち取った方が、残りの隷民化がスムーズに進められる)。実際、毛沢東は若き頃の農村調査の経験から「革命に身を投じるのは零落階層である。搾取され抜いてきた被支配階層は状況に合わせるだけで自ら蜂起はせず、真の富裕層は状況がどう転ぼうが余裕を持って的確に対応して生き延び、新興富裕層は自らの成功体験から現政権に忠節を誓うのみ」「だから革命を起こすにはまず不逞の輩を使嗾して市民の生命と財産の安全を奪わねばならない。しかるのち、かかる不逞の輩を討伐すれば彼らの忠誠心が勝ち取れる」と述べている。

    *実は有名な「歴史を忘れた民族に未来はない」なる韓国の政治的スローガンも「民族史家」申采浩(シン・チェホ、1980年〜1936年)が(3.1万歳事件に際してウィルソン主義者の欧米宣教師に扇動され、その後米国政府の通達によって見捨てられた支持者の様に)中国共産党への帰依を説いて回る売国奴が「間島で中国共産党の庇護下に入った朝鮮独立運動家が、その後の政治的都合で全員粛清された」歴史的展開を忘れていると指摘した1930年代朝鮮日報への寄稿に由来する。

  • そもそも最近では国際的に「リベラリストとは、鰻の様にその場その場の都合で何が正しいか次々と乗り換えていく偽善者」なる常識が行き渡りつつある。
    *例えば「シカゴFacwbook拷問Live事件(2017年)」において白人リベラリストは「黒人は社会的弱者なのだから、人類平等の実現の為、社会的強者たる白人が喜んで女子供や障害者の様な襲いやすい存在から差し出すべきである」なる黒人過激派の極論に一定理解を示しつつ「黒人が目の前に実際に現れた時は、有無を言わず射殺して良い。ましてや隣人になるなんて絶対に許さない」という姿勢を打ち出した。一方、黒人リベラリスト側はこうした極論について「(人種を問わない)ストリート・ギャングの思考様式に過ぎず、聞く耳など一切持つべきではない」と切り捨てる一方、犯人を迅速に逮捕した黒人市長をヒーローとして絶賛。「どうやら白人リベラリストにとっては、我々の様に虎視眈々と人種平等の機会を狙い続けている賢明な存在こそが人間関係を緊張させる社会的脅威なのであって、ああいう既存のステレオタイプに合致し、実際に見掛けたら迷わず射殺して良いタイプが話題になるとほっと安堵する」と総括している。
    こういう展開に最初に警鐘を鳴らしたのがリチャード・ホフスタッター(Richard Hofstadter、1916年〜1970年)の「アメリカの反知性主義Anti-Intellectualism in American Life、1963年)」だったが、皮肉にも日本では真逆にこの本が(内容など一切読まれる事なく教育勅語の様に権威化し「インテリズムに反するものは全て絶対悪」なる主張の権威的源泉として散々利用してきたのである。

パヨクは「南京大虐殺を否定するのは歴史修正主義」と主張しますが、元来「歴史修正」とは、極論を言えば王朝なり独裁者なり(共産主義ファシズムなどを掲げた全体主義国家なりが「(時宜に応じて絶え間なく無節操に更新され続ける正史への反論」を取り締まり続けていく言論弾圧なのですね。そして中国共産党の「南京大虐殺」関連プロパガンダの最大の特徴、それは自らが当事者ではなかった(あくまで大日本帝国と国民党の戦いで、中国共産党は参加していなかった)点にあるのです。

  • だから犠牲者をどれだけ水増ししても中国共産党が防衛責任を問われる事はない(むしろ台湾人の弱さを世界に広めるプロパガンダとして有用)。
  • そもそも「南京戦」の最大の問題点は「国民党軍主力を捕捉殲滅出来なかった重慶への撤退に成功したせいで、あの長くて不毛なだけの日中戦争が始まってしまった)」点にある。だから当事者同士のプロパガンダ合戦なら「軍民合わせての被害」に自然と上限がつくのだが、第三者の立場で中国共産党が伝聞形式で数を水増しする分にはこうした限界を意識する必要がない。

まずこれが認識上の出発点。ところが最近のパヨクはこの問題をすっかり戦前の教育勅語の様に聖典化し「少しでもその正統性を疑う者はすべからずレイシストナチス」とレッテル貼りして終わらせる様になってしまいました。実はこの「新資料」には確かに相応に有用な情報も含まれているのですが、そういう姿勢からは健全な議論など到底望めないという話…