アノマロカリス(Anomalocaris)はカンブリア爆発期(約5億2,500万〜約5億0,500万年前)のある時期に栄え、食物連鎖の頂点に立ったもののライバルに敗れ(直系の末裔も残さず)滅んだ捕食性動物という印象が強いのです。しばしば「奢れる者も久しからず」の実例とされるますが、実際には「(視覚と視覚情報を処理する脊髄を獲得した左右相称生物として)最初に奢った(食物連鎖の頂点に立った)生物」としてもっと敬意の対象とされるべきでは?
ただ現実としては「(クラゲやウニやイソギンチャクの様な放射相称生物にはない)捕食に効果的な俊敏な動き」は、歴史のこの段階では対抗策として発達した「(簡単に餌食とされない)硬い殻や棘」に歯が立たなかった模様。というか、この辺りが滅亡の原因になった可能性は十分にありそうです。
統計のピケティ、歴史家のトッドなど、フランスから吹く風は、経済を斜め切りする。両者に共通するのは、格差が最大の問題であるということ。私も、「格差は資本の淀み」と考える。ただ、処方箋として、ピケティの税制やトッドの保護主義ではなく、無駄の排除がかなり自然に起こると見ている。
— 週休4日制→定常経済 (@Dolphy_Cooder) April 20, 2019
簡単に言えば、知恵でなく唯物論(唯物論が何なのかよく知らないけど)。いつも阻むのは、旧態・旧式だ。内需に注目するのは、合理化には軸のブレを最小限にすることが重要だから(撤退戦である)。少子化→人手不足→合理化→雇用減→小さな政府。となる先頭に日本と欧州のいくつかの国は立っている。
— 週休4日制→定常経済 (@Dolphy_Cooder) April 20, 2019
特に日本は競争で完全に後れを取り(自民党最悪)、その可能性の一番前にいる。合理化されるのは労働の総量。内需は減り、歳入も減り、小さな政府しか持てない。内需が減っても軸はぶれないのは、減る分が無駄だから。例えるなら、今の経済はカンブリア爆発。大企業はアノマロカリスなのだ。
— 週休4日制→定常経済 (@Dolphy_Cooder) April 20, 2019
無駄を排しても社会は壊れるほどはブレない。収入が減る代わりに、個人の時間が増える。そこに創出がある。創出は効用でなく価値。需要/効用→必要/価値は、無駄を排する。いわば、これからは淘汰の時代。断続平衡説の転換期なのだ。結果、縮小後の定常経済が演繹される。
— 週休4日制→定常経済 (@Dolphy_Cooder) April 20, 2019
何を言ってるのか全然分からないけど、なんとなく「撤退戦」を口実にデフレを容認した1980年代のニューメディア臭がしますね。
こうしたイメージ展開上、アノマノカリスはどうやら「身体が無尽蔵に巨大化し続けた結果、動きも鈍重となって自滅した」巨大生物の一種と目されている様です。でも、本当にそうだったの?
なァ…そこのお前ェ。そォ、お前だァ。お前にィ知っているならァ教えて欲しいィ。「絶滅」とは何なのだァ?アノマノカリスはどこへ行ってしまったのだァア…アァ…ァ(´つmMm⊂)
— SeA(藻音シーヱ)_bot (@Calcium2_bot) May 3, 2019
アノマノカリスだってェこんなに頑張って生きてるのにィ、お前ときたらァ…アンモナイト以上ォアノマノカリス以下ァの生き物だなァ!
— SeA(藻音シーヱ)_bot (@Calcium2_bot) May 3, 2019
- 種としてのアノマロカリス(Anomalocaris)はある意味ビジネスモデル(business model、顧客への提供価値、実現可能性、競争優位性、収益構造が盛り込まれた明快なビジネスの仕組み)あるいはマネジメントシステム(Management System、ISOの用語定義によると「方針、目標及びその目標を達成するためのプロセスを確立するための、相互に関連する又は相互に作用する、組織の一連の要素」)の祖先筋だったと考えられる。「視覚とそれから得られる情報を処理する脊髄」を獲得し動作が俊敏となった左右相称動物(Bilateria、海老、蟹、昆虫、といった節足動物(Arthropod)の祖先筋)の生存が、それを備えず鈍重な状態に留まった放射相称動物(Radiata、クラゲやウニやヒトデやイソギンチャクの類)より有利となったカンブリア爆発期(Cambrian Explosion、およそ5億4200万年前〜5億3000万年前)、その恩恵を最大限に受ける戦略の採用で進化史上初めて「生物界の食物連鎖の頂点」に君臨したこの生物は、次の時代のニーズには対応しきれずあっけなく(要するに如何なる形でも種としての末裔を残さない形で)滅んだ。「平家物語」の読み方同様、ここから「奢れる者も久しからず」なる教訓のみを得ようとする立場は間違っている。アノマロカリスは確かに最終的には「自業自得の所業で滅んだ」のかもしれないが、とにかく相応の戦略で成功を収め、ある程度の期間はその天下を維持し得たという意味では「生きた(その時代を可能な限り堪能した)」のだ。後世の人間は、むしろここから積極的に「その成功は如何なる形で達成されたのか、どこまで再現性があり得るのか」「その後の生存戦略に改善余地はあったか」について読み取ろうとすべきなのである。
- かくしてアノマロカリスは種としての末裔自体は残さない形で滅んだ訳だが、後世に一切の痕跡を残さなかった訳でもない。例えば「その俊敏な捕食行動を逃れ得たのは硬い殻や鋭い棘で防御を固めたり、泥中などに潜り込んで身を隠す術を獲得した抵抗動物集団のみで、そうした「面構えが違う」生物達が次世代の祖先となった」なんて考え方もあったりする。
- 一方、アノマノカリスが進化史上初めて「生物界の食物連鎖の頂点」に君臨した様に見えるのはカンブリア爆発期以降、多くの生物が硬い骨や外郭を備える様になって化石に残りやすくなったからに過ぎないとする意見もある。しかしそれはそれで「ロマネスク建築(Romanesque architecture、およそ1000年〜1200年頃)以前の中世西ヨーロッパにおける建築様式は、石造でなかった為に現存しない」「だから中世西ヨーロッパにおけるロマネスク建築を特別視するのは間違っている」なる指摘同様に間違っている。現存する痕跡から編年史を再構築しようとする考古学的立場からすれば、その栄華が化石で追える最初の存在たるアノマノカリスや、中世西ヨーロッパにおける伝播過程が建築遺跡で追えるロマネスク建築の特別性は(それ以前にさらに強大な何かが君臨していた可能性をとりあえず排除可能という観点からも)決して揺らぐ事はないのだった。
- さらにこの生物の独特の「生き様」は、日本の戦国時代を同様に華麗に「生きた」織田信長同様、現代社会の普遍的価値観から振り返って再評価の照明を当てられている。この次元においては皮肉にも「とても獰猛な地上最強の捕食生物とは思えないぬーぼーとした外観とのギャップ」や「末裔を一切残さなかったミステリアスな滅びっぷり」などが評価の対象となったのである。
オパビニアのとなりにいるのは、ハルゲニスだそうです。
— プルメリア ビビ 普通 (@purumeria0118) December 16, 2018
息子はアノマノカリスが大好きらしいです。
詳しい。
ピカイア。今は四億年前の世界にどっぷりなう。 pic.twitter.com/jxRaK1Eir3
おっとっと深海生物。
— HODAKAHORA (@shoebill_hoda) May 4, 2019
シークレットのアノマノカリス出たけど、一番見たいシーラカンスだけまだ出ない。ダイオウグソクは触角欠損。 pic.twitter.com/kMD8o0SVWS
シャノンの情報工学理論辺りに照会ただけでも「情報としての寿命」は、これだけ多種多様で複雑怪奇な側面を有しているのです…