諸概念の迷宮(Things got frantic)

歴史とは何か。それは「専有(occupation)=自由(liberty)」と「消費(demand)=生産(Supply)」と「実証主義(positivism)=権威主義(Authoritarianism)」「敵友主義=適応主義(Snobbism)」を巡る虚々実々の駆け引きの積み重ねではなかったか。その部分だけ抽出して並べると、一体どんな歴史観が浮かび上がってくるのか。はてさて全体像はどうなるやら。

【雑想】透視図法の徹底は逆に不自然?

最近「人間の数学的直感はカンブリア爆発約5億4200万年前〜約4億8830万年前以降、動きの鈍重な放射相称動物Radiata、ウニやクラゲやイソギンチャクの類から明確に分離して目と視覚情報を処理する脊椎を備えるに至った左右相称動物Bilateria、カニやエビの様な節足動物の先祖筋)が「観測原点をすっぽり包む全球型スクリーンに自らの生存可能性を委ねる様になった伝統に由来するが、その自由度は数学や物理学で扱う範囲を超えている」というテーマに従った投稿を繰り返している訳ですが…

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そう、最終的にはこういう話に持ち込みたい訳ですよ…ちなみに「2点透視法の方が自然に感じる」問題、原因は「多くの生物は眼球を2つ備え立体視している」「立体視可能な範囲が限られる問題を首振りや、移動中の視野の移り変わりを利用して補っているせいらしいです。さらにこういう話も…

感覚の問題なので立体視を証明するのはなかなか難しい。

鳥が飛びながら虫をうまく捕まえるのは、飛んでいる時間差を利用して現在と少し前の画像から立体視しているからかもしれない。燕などは非常に高速に飛んでいる。小さい虫を一瞬で捉えるのは立体感覚がないとできない。さらに鳥の目は横についていて、人間のように、前を二つの目で立体視するのは不得手。時間差なら片目でも立体視が出来るのである。

また鳩が地面を歩くときに首を前後に振るのも時間差を利用して立体視をしてるからかもしれない。それを実証するために鳩をウオーキングマシンに載せただけなら首を振らなかったが、背景画像を移動させたら首を振ったという実験をした人もいる。

さらにはこういう話も。
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生物の視界は必ず何処か破綻しており、その矛盾を何らかの形で視野内に収めたり、死角となる後方などの視野外に追っている」問題を鋭く暴き立てた代表作の一つがエッシャーの「版画画廊Print Gallery、1956年)」です。

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ユークリッド幾何学における円の公式±sqrt(1-x^2)も、オイラーの等式(1±πi/N)^Nも、2つの式を組み合わせて初めて完全円が描ける欠陥を備えています。オイラーの公式e^Θi=Cos(Θ)+Sin(Θ)iは周期式なので、一応360度の視界を確保して「死角」を消す事に消してますが…

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ところが、照明に使うマクローリン展開式の演算結果を複素数空間上に配置すると、やっぱり「幽霊」が踊っているのです…

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実際の生物視界では被写界深度やモーションブラーの問題も絡んできます。我々人類は、というよりカンブリア爆発期(約5億4200万年前〜約4億8830万年前)以降、「目と視覚情報を処理する脊椎」に生存力を依存する様になった左右相称動物は全て、こういう問題に悩みながらそれぞれ独自の進化を遂げてきたのですね。