諸概念の迷宮(Things got frantic)

歴史とは何か。それは「専有(occupation)=自由(liberty)」と「消費(demand)=生産(Supply)」と「実証主義(positivism)=権威主義(Authoritarianism)」「敵友主義=適応主義(Snobbism)」を巡る虚々実々の駆け引きの積み重ねではなかったか。その部分だけ抽出して並べると、一体どんな歴史観が浮かび上がってくるのか。はてさて全体像はどうなるやら。

【香港デモ】「市民運動から一般市民を離反させるには、急進派を放置すれば事足りる」?

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下記の投稿でも指摘しましたが、最近になって体制側が「市民運動から一般市民を離反させるには、急進派を放置すれば事足りる」なる新戦術を活用している模様?

実際、これは本当にマズい展開…

 ああ…

 とはいえ今回は何とか最悪の事態は免れた?

ふと思い出したのが、李明博大統領時代の韓国において「狂牛不安」が引き起こした消費者運動が次第にパニックを煽る386世代左翼の暴力的同窓会に乗っ取られていった「蠟燭デモ2008年)」の悲劇。
*実際当時、日韓翻訳掲示板を通じて「夢と希望に満ちた若者達の試みが、老獪な運動家達の容赦ない暴力によって屈服させられていく景色」を目の当たりにした。

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*BGMは中島みゆき「ふぁいと!」辺りで。♪ガキのくせにと頰を打たれ、少年達の目が年を取る。悔しさを握りしめすぎた こぶしの中 爪が突き刺さる…

オーギュスト・ブランキLouis Auguste Blanqui、1805年〜1881年)は「反体制に勝利などない。何故なら勝利した反体制は既に体制側であり、たちまちさらに強固な形で反体制側への弾圧を開始するからだ」と看過しました。実際、フランス革命におけるジャコバン派も、ロシア革命におけるボルシェビキもそうだったけど、彼らはそもそも愚民を軽蔑し抜いているせいで自らは市民運動そのものは起こせません。それで、それを乗っ取る形でイニチアシブを握る「寄生虫戦略」で生き延び様とする訳ですが、その生態が体制側に利用される様になっては元も子も…