最近「欧州諸国のオリジナル住民率」なる地図が出回ってます。
見ての通り近世史に名前の登場する地域(フランス、ロシア、スェーデン、イギリス、オランダ、ベルギー、オーストリア、ドイツ、スペイン)は軒並み「メンバーの出入り」が相対的に激しいのですね。最近話題になっている「イスラム移民の急増」などともなんとなく重なります。
- 大英帝国の場合…皮肉にも良きにつけ悪きにつけ現実主義に徹っしたイギリスでは「ムスリム人口の急増」そのものは問題とならない。必要に応じて相応の忠誠心は示してきたインド系移民と何かと反抗的なパキスタン系移民の間には伝統的に確固たる線引きが行われてきたし(だからこそパキスタン系移民のロンドン市長当選がニュースになる)、貧民街で暴動を起こすのはジャマイカ移民だし、EU体制の欠陥を突いて流入し英国国家福祉政策にタダ乗りして恨まれるのは東欧人。民族間憎悪すら「政教分離の原則」が徹底しているのである。三浦建太郎「ベルセルク(1989年〜)」的に言うと「ムスリムだから何? クリスチャンだから何? 大英帝国繁栄の為に戦うかどうかでしょう?」状態。
◎大日本帝國時代、台湾人インテリから「もし我々の方が死をも厭わぬ忠実な皇民であると証明されたら大和民族に成り代わって大日本帝國の主民となる。大日本帝國とは、かくなる厳しい闘争の場と理解してよろしいか?」と質問された日本人官僚が不敵な笑みを浮かべ「ああ、やってみろ。だが我々だってそう易々と敗れはしない」と言い放ったという。
◎神風特攻隊の一員として戦死した朝鮮人の若者は遺書に「畜生、死ぬのは嫌だ。本当は母親より先に死ぬ不孝者になんてなりたくねぇ。だが日本人から「皇国存亡の危機に際して命も投げ捨てられない不忠民族」と蔑まれるのはもっと嫌だ!!」と書き残している。
良きにつけ悪きにつけ、これこそが本物の帝国主義(Imperialism)。帝国主義論元祖とされるホブスン「帝国主義論(Imperialism: A Study、1902年)」は、南アフリカ戦争を主導した「既得権益の獲得や拡大を望む植民地有力者と、国民の関心を国内から逸らしたがっている本国政治家の公私混同の振る舞い」をそれからの逸脱として告発したに過ぎない。
*とはいえだから完璧という事ではなく、むしろその前提に従った固有の欠陥を抱えているという事でもある。
- フランスの場合…一方、今日なお理心崇拝の影響が色濃いフランスでは特定の宗派の信徒である以前に「フランス人である事」が求められる。逆に(かつて赤旗組(急進派共和主義者)や白旗組(王党派やカソリック勢力)が狙った様に)全フランス人のアラビア人化を狙うサラフィー・ジハード主義(Salafi jihadism)と衝突が絶えない訳である。植民地展開地域も問題。十字軍時代から続くシリアとの因縁。大航海時代到来によって西サハラ交易が崩壊したマグリブ(チュニジア以西のアフリカ北岸)と奴隷貿易禁止で衰退した西アフリカ。どちらも極貧状態のせいでサラフィー・ジハード主義者の巣窟となり果てている。また19世紀にイスラム教徒の多い中央アジアを併合したロシアも「中央集権化を嫌うイスラム過激派」を大量に抱え込んでいる。
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France万国アノニマスさん
パリは3つに分けることが出来て、西部と中心地はシックで清潔、東部はエキゾチック。北欧やゲルマン文化よりはラテン的、つまりマッチョで日本と比べると親切じゃない。実際は知らないけどニューヨークと引き合いに出されると保守的で無礼だとされる。東京の人もかなり保守的だと思うけどね、フランス人よりは遥かに親切とはいえ。
Canada万国アノニマスさん
ネタとか抜きに、フランス人じゃない家系のフランス人ってどれくらい多いの? そういう人達はどうやって同化しているの?France万国アノニマスさん
多分、少なくとも4人に1人はフランス生まれじゃない人が家系にいる。もちろんそれはイタリア・スペイン・ドイツ・ポーランド・ロシア系の祖先を含んでの話。アフリカ系・中東系フランス人はどれくらい?と言いたいんだろうが彼らは合計で13%。そういう人達はパリやマルセイユなどの大都市に集中している。パリだけなら人口の30%が移民で、少なくとも60%が白人だと言われている。United States of America(USA)万国アノニマスさん
そりゃ面白いな。アメリカ人だけど、こっちはヨーロッパの直系子孫が国民の3分の2だよ。大都市になるとヨーロッパ系の人口は半分以下になるけど。United States of America(USA)万国アノニマスさん
アメリカで純ヨーロッパ系の人間は約30%だからochimusha01.hatenablog.com
*英国人の様に「教育による差別」を国是としないフランス人は「全人類に対する理性の均等な配分」を信じると同時にデカルトに倣って「各民族ごとの理性のあり方の違い」も信じ、そしてフランス中心史観に基づいて「フランス人の理性」を至高と認める。まぁこうした方便なしに植民地帝国は築けない。*そして世界はその理念が破綻した「ナチスドイツへの降伏」を「Cheese-eating surrender monkeys(チーズを食べながら降伏するサル野郎ども)」とからかい続ける。ちなみにフランスでさえ自虐ギャグとして流行しているのに、日本では「(共和主義と共産主義の故郷たる)フランスに対する差別は一切許されない」という理由で放送禁止対象となっている。
- ドイツ語圏の場合…その一方で「神聖ローマ帝国時代の領邦国家群」を起源とするドイツ語圏にこうしたコンセンサスは存在しない。実はナチス・ドイツ時代のユダヤ人大虐殺の原因ともそれといわれているが、要するに「移民がいくら増えても平気なコスモポリタン派地域」と「移民には反感しか感じない守旧派」が混在しているので「移民の増加が歓迎されながら排斥される」統合失調的反応が表面化してくる訳である。オランダやベルギーやスウェーデンで起こっている事もそのバリエーションと言えそう。
*この展開はむしろルイス・キャロル「鏡の国のアリス(Through the Looking-Glass, and What Alice Found There、1871年)に収録された「大工とセイウチ」の物語を連想させる。①大工とセイウチが牡蠣を騙して集め踊り食いを始めた。②大工は身も蓋もない発言を繰り返しつつガツガツと食寝るだけだったが、セイウチは口元を扇子で隠し、大粒の涙を涙を流して自らの振る舞いを反省しながら食べた。③ただしセイウチが無言だったのは絶えず口いっぱい牡蠣を頬張っていたからに過ぎず、巨体故に間違いなく大工より牡蠣を大量に食った。④1951年のディズニー・アニメ化に際してセイウチがあまりにも「ドル外交」で有名なウィリアム・タフト大統領そっくりに描かれたので、アメリカにおいては「棍棒外交」で有名なセオドア・ルーズベルトが「大工」というイメージが出来上がった。アメリカでは元々「ティデイ・ベア」の生みの親でもあるセオドア・ルースベルトが今日なお理想視される一方でむしろ南米諸国の経済を破綻させて強く恨まれた「セイウチそっくりの」タフト大統領への評価が異様に低い。一方ディズニーは第二次世界大戦中は欧米諸国における収入減を(中立を保った)南米諸国における興行で補い、終戦後も彼らの興味を引き止めたかった事もあってこうしたアレンジになったとも。むしろセイウチがシューベルト「魔王」に登場する「猫なで声の魔王」方面に進化して、作品発表当時の「ロマン主義全面否定の傾向」が完全否定されちゃってる辺りが痛快とも?
⑤そして日本においてはゆでたまご「キン肉マン(1979年〜1987年)」において「セイウチが大量に食べずにいられなかったのはその獣性ゆえ。善悪の彼岸を超越した獣性への回帰こそ世界制覇への道」なる完璧超人正当化理念に採用されて広まり定着したとされる。梶原一騎が日本に導入した新ロマン主義が「滅ぼされるべき絶対悪」専門理念にリニューアルされた瞬間であった。この頃から「一切の欲望の発露に絶対悪のレッテルを貼って滅ぼし尽くそうとする」原理主義信者が登場するのはおそらく決して偶然ではない。「汚らわしい肉の交わりを連想させるものはすべからず悪として葬るべし」「一切の資本主義の束縛から解放される為に全てを捨てよ」「我々だけが特別なのではない。全国民がこの信条に従う時、初めて真の精神的平和が訪れる」。挙句の果てにはネット上において「日本人は一刻も早く近代文明の一切を捨て去り江戸時代の満ち足りた自給自足の世界に回帰すべきである」「現代人の感覚では江戸時代の生活なんて耐えられたもんじゃないんだが?」「何をふざけた事を言っている? 江戸時代の生活といっても色々あるのだ。それが銀魂の様な素晴らしい世界なら誰でも納得がいくはずだ」なんてやりとりまであり「少年ジャンプ原理主義者」という言葉まで誕生。
⑥ところで、それなら「大工」とは「セイウチ」とは一体何だったのか。このナンセンス詩がトーマス・フッドの詩「ユージン・アラムの夢」の韻律を真似たパロディだったのは明らか。挿絵を担当したジョン・テニエルがその組み合わせに抗議したのでキャロルは代わりに(韻律的に代替可能な)蝶か准男爵にする別案を提示したという。おそらくセイウチが選ばれたのもその程度の理由。ルイス・キャロルが大のクリノリン・ドレス嫌いで挿絵を担当したジョン・テニエルに「いかなるキャラにもクリノリン・ドレスを着せてはならぬ」という厳命を下したの事より重要な政治的理由があったとは思えない。少なくとも「ライオン(イングランドの象徴)とグリフォン(スコットランドの象徴)の決闘」の様な重要かつ著名な象徴をそこに見出そうとする努力は徒労に終わらざるを得ないであろう。
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イベリア半島の場合…スペイン人やポルトガル人のイスラームに対する見方は非常に両義的。基本的に極めて厳しいイスラームへの敵愾心(反イスラーム主義)が存在し、これはスペインやポルトガルのモロッコ移民への差別意識や、イスラーム原理主義者の間に根強く残るアンダルス奪回への欲望への過剰な警戒心などに現れているとされる。またスペイン同時多発テロの際には知識人の中にこの願望こそがスペインでのテロを行わせる要因のひとつだと指摘するものも現れた。その一方でスペイン人やポルトガル人、とりわけ南部地域の人間の中にはイスラーム教徒はスペインやポルトガルにすばらしい文明を授けた人々であり、彼らなくして今日のスペインやポルトガルは存在し得なかったこと、文化的、血統的に自分たちが彼らの子孫であることを好意的に見る向きもあり、イスラーム世界への親近感を抱く人が少なくない。
スペイン・ポルトガルとイスラーム - Wikipedia
ポルトガルの移民政策
*その一方で経済状態が思わしくなく、移民達からも「猫跨ぎ」されてるハンガリーやポルトガルの様な国における移民排斥運動では極右勢力の「別の思惑」が見て取れるという意見も。とはいえそれもサラフィー・ジハード主義(Salafi jihadism)の誇大妄想に便乗しての話で、要するに「過激派同士は以外とウマが合う」実例と考えるべきとも。
*要するにサラフィー・ジハード主義(Salafi jihadism)が主張しているのは「イスラム世界におけるアラビア人の地位の復興」であり、その傷ついた自尊心を癒す為には、少なくとも(ビザンチン帝国故地を含む)、かつてイスラム帝国の支配下にあった領土を全て回復した上でその土地に存在するペルシャ(タジク)系やトルコ(ティルク)系やベルベル人といった「イスラムの栄光を横取りした泥棒民族」を全粛清せずにはいられないのである。そしてスペイン人やポルトガル人にとって最も頭が痛い問題は、その歴史的経緯から相応の敬意を払う準備もあるベルベル人が彼らに屈服し急速にアラビア人化しつつある事とも。 - カリニングラード州の場合…ポーランドとリトアニアの狭間に存在するロシアの飛び地。世界における琥珀の主要産地である事からヤンタルヌイ・クライ(Янтарный Край, 「琥珀の土地」)と呼ばれる事も。州都カリーニングラードはかつてケーニヒスベルク Königsberg (ドイツ語で「王の山」の意)と呼ばれ、プロイセン公国とプロイセン王国の首都であった。その歴史的特異性から人口流動が激しい?
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ブルガリアの場合…そもそもビザンチン帝国がセルジューク朝に「マラズギルトの戦い(1071年)」で大敗を喫してアナトリア半島を失陥して以降トルコ系遊牧民が流入し続けた地域なので元々イスラム化率が高い。ただしタタール人の様なティルク(トルコ)系ムスリムやインド系ムスリム同様に「イスラム世界におけるアラビア人の地位の復興」という側面も持つサラフィー・ジハード主義(Salafi jihadism)に関心を持つ理由自体が存在しない。
ちなみにこうした範囲は14世紀に黒死病が大流行した地域となんとなく重なります。なまじ交易網に組み込まれていたばっかりに、思わぬ形でその対価を支払わされた時代…
*黒死病…14世紀末までの50年間に、3回の大流行と、多くの小流行を繰り返し、猛威を振るった。全世界でおよそ8,500万人、当時のヨーロッパ人口の3分の1から3分の2に当たる、約2,000万から3,000万人が死亡。
一方、フィンランドやアイルランドの様な「移民も来ない僻地」を除外すると14世紀に栄えた「出不精」で「神経質」な人達が残ります。
- 「出不精」…ポーランドなどの東欧穀倉地帯やアドリア海沿岸部の人々は交易活動をヴェネツィア商人に丸投げしてきた。またヴェネツィア人も、実際に商人として海外を飛び回るのは全体のごく一部だった。
- 「神経質」…先進的なイスラム文化に触れていたせいで、ヴェネツィア人やポーランド人の間には当時の欧州には珍しく「アルコール消毒」とか「検疫」の概念が存在した。
ただ、困った事にこれらの地域もまた基本的には「移民も来ない(むしろ移民を送り出す側としての)僻地」に分類できちゃいそうなのが悲しいところ?
さて私達はどちらに向けて漂流してるんでしょうか?