諸概念の迷宮(Things got frantic)

歴史とは何か。それは「専有(occupation)=自由(liberty)」と「消費(demand)=生産(Supply)」と「実証主義(positivism)=権威主義(Authoritarianism)」「敵友主義=適応主義(Snobbism)」を巡る虚々実々の駆け引きの積み重ねではなかったか。その部分だけ抽出して並べると、一体どんな歴史観が浮かび上がってくるのか。はてさて全体像はどうなるやら。

「罰があるから逃げるのが面白くなってしまった」実例?

カソリックの歴史は気が遠くなるほど長いのです。

それを支えてきた「カテキズム(Catechism)」すなわちカソリックの指導要綱は元来、一般信徒に公表される事なく運用され、時代遅れになったらひっそりと忘れ去られるのを常としてきました。時代に合わせて内容が節操なく変遷していく以上、仕方がないとも。

  • 宗教革命の原因となった1517年発行の「マインツ大司教アルブレヒトの指導要綱(という名前の贖宥状販売マニュアル)」も、これに反駁した「ルターによる95ヶ条の論題掲示」も元来はそうした文書であり、だからこそ庶民に読めないラテン語で庶民に聞かせられない様な内容まで書かれていた。それ自体がどうこうというより、そういう内容なのに誰でも読めるドイツ語に翻訳されて配布された事自体が大事件だったのである。そしてその衝撃が諸侯や農民の蜂起へとつながっていく。
    九十五ヶ条の論題

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  • 戦国時代日本に布教に来たイエズス会が現地で使っていた「指導要綱」も同じくらいショッキングな内容だった。「どうすれば日本人にバレずに肉を食べられるか。鍵は匂いを屋内に残さない事、骨を砕いて跡形もなく処分する事にある」といった欺瞞や方便に満ちた内容が延々と続く。しかしそこまで徹底して日本人の特徴に配慮したからこそ(ニコライ堂の名前の由来となったロシア正教の聖人ニコライ師と並んで)日本で最も多くの改宗者を出した伝教者集団の一つとなり得た事実もまた揺らがない。偽善も貫き通せば立派な正義。良心の問題なんて所詮は当事者と神の間の問題に過ぎない。彼ら反宗教革命の戦士達は、そこまで鋭い覚悟を決めて日本に渡ってきたのだった。後にドミニコ修道会士やフランチェスコ修道会士が便乗してきた時、日本人が「何じゃこいつら、冗談か?」としか思えなかったほど、彼らの態度は「本物」だったのである。

イエズス会士がハリウッド向けに密かに起草した世界初の映画倫理規定「Hays Code(制定1929年)」も同種の主旨の文書でした。ところが翌年業界紙が全文を素っ破抜き「ボストン茶会事件(Boston Tea Party,1773年12月16日)の英雄視を不可能とする事で偉大なるアメリカの歴史を汚そうとするカソリックの陰謀」なんてネガティブ・キャンペーンを張ってしまったのです。
ヘイズ・コード - Wikipedia

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【コロンビア映画の主席写真家A.L.Schaferが撮影して密かに回覧したHays Codeを揶揄する写真】汝、以下を画面に登場させるべからず。①法の敗北を描くべからず。②腿の内側。③レースの下着。④屍体。⑤麻薬。⑥飲酒。⑦胸元の露出。⑧賭博。⑨銃を人に向ける場面。⑩トミーガン

もはや宗教戦争状態? 当時は「進歩主義時代(Progressive Era 1890年代〜1932年)」の渦中。そしてその水面下では落ち目になりながら「先住民」を気取る鼻持ちならないWASP(White Anglo-Saxons Protestant)、圧倒的多数を誇るカソリック系移民勢(特にオーストリア人、アイルランド人、南イタリア人)、ハリウッドをセロから築いてきた叩き上げの東欧系ユダヤ人、そしてアーティスト取りのインテリ系ユダヤ人監督達が熾烈なイニチアシブ争いを繰り広げていたのでした。

もちろんそうした状況下において(ハリウッドを牛耳る大御所達の求めに応じる形で)イエズス会士が投じたのは、完全に当時の基準に準拠した「科学主義」文章だったのです。何しろ普段からスコラ学で頭の体操をしてる人達ですから、鍛え方が違います。

The Motion Picture Production Code of 1930 (Hays Code)

序文要約

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正しいエンターテイメントは国民全体の水準を引き上げ、間違ったエンターテイメントは国民の道徳的理想を引き下げ日々の生活を過酷なものにする。そして(劇場ごとに客層の異なる演奏会や芝居と異なり)フィルムに焼き付けられた映画の上映会は観客を選ばないので(子供もギャングも見に来る為)特に内容を慎重に吟味する必要がある。

  1. 書物は冷ややかに説明するが、フィルムは鮮やかに提示する。

  2. 書物は言葉を通じて心に到達するが、フィルムは撮影内容の再生結果を眼と耳に同時に届ける。

  3. 書物が読者から引き出す反応は当人の想像力と熱意に比例するが、映画が観客から引き出す反応は提示の手際の良さに比例する。

とどのつまり良い意味でも悪い意味でもその影響力は書籍や音楽や芝居より顕著で一方的なのであり、だからその影響の範囲と方向性を「映画を通じて悪行は悪いもので、善行は正しいことであると観客が確信する」形に限定せねばならない。特に悪党に犯罪のヒントを与えたり、人々の心に粗暴な振る舞いや犯罪や麻薬や不実な愛といった悪徳への憧憬を惹起する様な振る舞いだけは絶対に避けねばならぬ。
*そもそもカソリックは「人間は五感を通じて神の国を感得する」という前提から教育効果と芸術と儀礼を統合してきた伝統を有している。そして特に反宗教革命の使命を帯びて世界中に伝教の旅に出たイエズス会はこの方面のノウハウを徹底して研鑽してきた。そうした経験の延長線上で「映画の登場が人類に与える影響」について考えている興味深い文章。

まさしくガブリエル・タルド模倣犯罪学そのもの。というより、むしろ逆にこうした思考様式こそが「模倣犯罪学」なる発想の起源だったとも。

本文要約

一般原則(General Principles)

①鑑賞者の道徳的基準を恣意的に引き下げてはいけない。したがって観客を犯罪や不正行為や悪や罪の側に誘導する内容は許されない。

②ドラマやエンターテイメントは人生の正しく標準的なあり方を提示する内容でなければならない。


③自然法か人定法かに関わらず、法律を
笑いものにしたり、その違反を奨励してはいけない。

個別事例(Particular Applications)
01.違法犯罪(Crimes Against the Law)

①法律や正義に反する犯罪に対する共感を引き出したり、模倣の欲求を鼓舞してはいけない。

  • 殺人の手口の描写は、模倣を鼓舞しない方法で提示されねばならない。
  • 残酷な殺害を詳細に描写してはならない。
  • 現代社会における復讐を正当化してはならない。

②あまり描写が細かいと鑑賞者を模倣に誘う恐れがある為、犯罪方法を明示的に提示すべきではない。

  • 窃盗、強盗、金庫破り、鉱山・列車および建造物の爆破を詳細に描いてはならない。
  • 放火についても同様の配慮が必要である。
  •  銃器の使用は必要最小限に留められねばならない。
  • 密輸の具他的方法が模倣可能な形で提示されてはならない。

③薬物の違法取引が明示されてはならない。

④アメリカ人の生活における飲酒は、筋書き上においてその描写が不可避な場合のみ許される。

02.性描写(Sex)

結婚と家庭と教育機関の尊厳に敬意を払わねばならない。また適的な性関係が望ましく、自然でない事を匂わせる内容であってもならない。

①姦通の描写は筋書き上その描写が不可避な場合においてのみ許され、かつそれが正当なものであったり、または魅力的なものとして描写されてはならない。

②情欲の描写

  • 筋書き上その描写が不可避な場合においてのみ許される。
  • 過度なキス、好色的過ぎる抱擁、挑発的過ぎるポーズ、貪欲過ぎるジェスチャーなどはこれを許さない。
  • 逆に一般的愛情表現を過度に熱情的で卑猥で劣情を催すものとして描いてもいけない。

③誘惑および強姦(未遂を含む)

  • 筋書き上その描写が不可避な場合においてのみ許され、かつ直接描写される事はない。
  • それがコメディ・タッチで描写されるのは適切ではない。

④性倒錯およびそれを仄めかす描写はこれを禁じる。
⑤白人奴隷を扱ってはならない。
⑥異人種間混交(特に白人と黒人が性的関係を結ぶこと)を扱ってはならない。
⑦性衛生学や性病に関する話題を扱ってはならない。
⑧出産場面は、たとえシルエットでも直接的に提示してはならない。
⑨子供の性器を露出させてはならない。

03.俗悪性(Vulgarity)

人から好まれず不快で低廉だが悪とまでは決め付けられない個々の要素については観客の感性に対する配慮を十分に考慮するものとする。

 04.猥褻性(Obscenity)

猥褻な言葉、ジェスチャー、論及、歌詞、冗談、または仄めかし(例えその真意がどんなに一部の観客にしか通じないとしても)の使用を禁じる。

05.冒涜(Profanity)

明瞭な冒涜("God","Lord","Jesus","Christ"などの言葉を"hell"、"damn"、"S.O.B "、"Gawd"といった言葉と組み合わせて使う不敬で下品な表現)は、例えいかなる文脈であっても、こっそりとであっても題名や台詞で用いてはならない。

06.衣装(Costume)

①全裸はシルエットのみも含めて完全許容範囲外とする。状況や言葉による仄めかしも、画面内の他の登場人物による好色な示唆も許されない。

②脱衣場面はシーンは筋書き上その描写が不可避な場合においてのみ許される。

③下品または過度な露出はこれを禁止する。

④ダンス時に過度の露出や下品な動きを可能とする事を意図した衣装は禁止される。

07.ダンス(Dances)

①性行為を示唆したり、淫らな情欲を表現するダンスはこれを禁止する。

②淫らさな動きを強調するダンスは卑猥とみなす。

08.宗教(Religion)

①いかなる映画も、そこに挿入される挿話も、いかなる宗教的信念も笑いものにしてはならない。

②聖職者をコミカルに描いたり、悪役として使用してはならない。

③実在する宗教儀礼を軽々しく扱ってはならない。

09.場所(Locations)

登場する寝室は品よく優雅でなければならない。

10.国民感情(National Feelings)

①.星条旗(the Flag)を登場させる場合には一貫して敬意を払う事。

②歴史上の人物、公人、外国市民はこれを公正に描く事。

11.題名(Titles)

好色、淫ら、猥褻な題名を使用してはならない。

12.不快感を伴う題材

以下の題材については品よく慎重に制限内で扱われている必要があります。

  • 犯罪に対する法的処罰としての絞首刑や電気椅子の直接描写
  • 警察による拷問
  • 残忍あるいは凄惨な場面
  • 人間や動物に対する焼印
  • 子供や動物に対する明瞭な虐待
  • 女性の人身売買や売春
  • 外科手術

また、こうした規定の端々には以下の様な長文の意注釈が挟まれていました。

①神が禁じられ、社会的にも明らかに間違っていると認識されている不純な愛(夫婦関係から外れた性的関係)については、それを魅力的もしくは美しいものとして描いてはいけない。情熱を呼び起こすもの、もしくは許されるものとして話を進めてはいけない。コメディや茶番の対象、または笑いの素材として扱ってはならない。一部観客の心に間違った情熱や病的好奇心を喚起してしまうかもしれないからである。

②全ての犯罪行為は罰せられるべきとされ、犯罪者及びその罪状に対して観客の共感を引き出すような描写は許されず、観客が"補正された道徳的価値観"と照らし合わせて「そのような行為は悪である」と判断できるような描写にしなくてはならない。

③権威あるものは敬意をもって描写せねばならず、聖職者を悪党もしくは道化役として描くことは許されない。ただし例外として特定の状況において政治家・警察官・判事を悪党として描くことは許される。

④野球やゴルフといった健康的なスポーツに対しては健康的な反応を、闘鶏、闘牛、熊虐めといった遊戯には不健康な反応を。古代国家における剣闘士同士の死闘、猥褻なスポーツや芸能に対する扱いもこれに準じる。

その一方で当初から以下の様な問題を抱えていたのです。

①「異人種間の混交禁止」といった条項と異なり、同性愛表現や特定の卑語の使用を禁じるといった一部規制については、暗黙の了解とみなされていたため明文化されなかった。この事が今日なお保守派とLGBT関係者の間に火種を供給し続けている。

②その一方で"成人向け映画"の概念は既定が難しくカテゴライズ効能が見込めないとして有耶無耶にされた。一応は「年少者にとっては明らかに有害である一方、分別のあるものはその有害性を理解できるため受容しても害のない」要素は映画に使えるとされ、もし保護者の監督のもとで子どもが映画を見る際に本編中にそのような要素を暗にほのめかす描写があった場合、保護者は子供が映画の影響を受けて犯罪に走る事を考慮すべきとまでは定められた事で、今日の年齢別レーティングに先鞭はつけたとされる。

 この文章の一番スリリングなところ、それは「現代社会においてはもはや合法的復讐は存在しない」といった具合に「(あらゆる背徳が描かれた)聖書の描写まで規制対象としない様に最大限の配慮がなされている」辺り。そしてここの条項に当時の時代性が染み込んでいる辺り。

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【背景1】トーキー映画登場までの米国娯楽史

南北戦争前には演劇も音楽も、それが古典だろうと大衆的内容だろうと構わず同じ劇場で多様な階層の観衆が一緒くたになって楽しんできた。

  • ところが金鍍金時代(1865年~1900年)以降は新興中産階層(何世代も前にアメリカへと移住してきた英国系移民を中心とする西欧系アメリカ人)が労働者階層や移民層とは違った余暇の過ごし方を模索する様になる。その結果、演劇は「芸術」として「上品な」マナーで静かに鑑賞するものとなり、かつては聴衆が踊ったり食事をしたりお喋りを楽しみながら聞き流してきた音楽も同様に静寂な雰囲気の中で集中して聴くものとなり、それに相応しい壮大なコンサートホールやオペラハウスや劇場などが各都市に次々と建てられていく。

  • 同時に観客の度肝を抜く大掛かりな舞台装置や演出を伴う演目も増えた。例えば1871年に始まったサーカス「地上最大のショー( The Greatest Show on Earth:現在の「リングリング・ブラザーズ」)」も(興行主のP.T.バーナムが1847年にニューヨークで見世物小屋を開いていた時は出し物に客の参加を求める小ぢんまりとしたものだったが)この時以降、音と光と動きの絢爛豪華さと奇抜さを売り物とするショーへと変貌する。

  • 1880年代から1890年代にかけて登場し、1910年代までかろうじて大衆の間で人気を誇ったヴォードボル(vaudeville:動物のショー、小話、手品、パントマイム、アクロバット、歌、踊りなどを交えたヴァラエティ・ショー)は、中産階層の道徳基準に耐える一方で派手な効果も伴い、高尚なオペラやコンサートに行くだけの経済的余裕まではない中産階級下層や富裕な労働者階層向けに安くて健全な娯楽を提供した。労働者階層は余裕があればヴォードヴィルを見に行く事もしたが、特にユダヤ人などの間では自らの劇場で自分達流にアレンジした演劇や音楽を楽しんでいた。またニューヨークのコニーアイランド遊園地は若者、特に移民や労働者階層の男女にとって憩いの場所となった。

映画はせっかくこうして整備された「階層ごとの娯楽」の境界線を破壊するポテンシャルを備えていたからこそ警戒されたのである。

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【背景2】 セシル・B・デミルの功罪

セシル・B・デミルCecil Blount DeMille, 1881年〜1959年)アメリカ合衆国の映画監督。20世紀前半の映画創世記に最も成功した映画製作者のひとり。

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エジソンの作った映画特許会社MPPC(→スタジオ・システム)の手から逃れるためにハリウッドで映画製作を開始。1913年には、プロデューサーのジェシー・L・ラスキーらが設立した映画会社にて、ハリウッド初の長編映画(80分以上)「スコウマン (The Squaw Man、1914年、西部を舞台とするネイティブ・アメリカンの女性と結婚した白人の物語。当時人気を博していた芝居が原作)」を監督し人気を呼ぶ。

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その後、1920年代において第一次世界大戦後の好況期における大衆の享楽志向を捉えヒット作を連発、ハリウッド映画の創生期の実力者にのし上がる。成功の秘訣は、たとえ惜しみなく女性のヌードを披露して男性客を喜ばすようなシーンであっても、女性も画面に釘付けになるように演出を仕組むことにあった。例えばバスルームのシーンではバスローブもネグリジェも最高の品を用意させ、女優たちが身につける豪勢なジュエリーなどの宝石類はすべて本物で撮影した。誰もが目を奪われるほどの絢爛豪華な衣装はデミルの映画の代名詞ともなり、多くの女性客を魅了した。このような金に糸目をつけない派手な演出は多くの集客に効果をみせ、夫やボーイフレンド連れの女性らがデミルの映画を見に劇場へ通うようになった。むろんこのような演出で撮影された作品群に保守派や宗教団体らが黙っている訳はなく、当時はデミル自身も「禁止される前に荒稼ぎできるだけしておこう」以上の意識はなかった様である。

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「十誡(The Ten Commandments、1923年)」制作前後から作風は再度転換期を迎える。旧約聖書という固い主題の作品を扱えば、そのような世論の動きが鎮まるのではないかと映画製作へ踏み切った。しかし、デミルの豪華主義は相変わらずで、映画会社の製作資金を湯水のようにつぎ込んだ。劇中では3千人もの人員や何千頭もの家畜をエキストラとして動員し、モーゼが紅海の海水を割るシーンの派手さは後々までの語りぐさとなるほどであった。予想に反してこの映画がヒットし制作費を超える収益をあげた-デミルは、続けて「キング・オブ・キングス(The King of Kings 、1927年)」、「暴君ネロ(1932年)」、「クレオパトラ(1934年)」など一連の歴史ものを制作し、次々と成功を収めていく。この頃マスコミは、社内で大勢の側近を従え、シルクのシャツに乗馬用のブーツをはき気障に決めたスタイルのデミルを揶揄し、デミルの所属するパラマウント・スタジオを「デミル王国」とも呼んだ。1927年5月11日に設立された「映画芸術科学アカデミー」の36名の創立会員の1人としても名を連ねている。その過程でキリスト教を侮辱するシーンを入れると賛否両論となって観客動員数が伸びるのに味をしめ、そういう場面を増やした事がHays Code制定の引き金になったとする説も有る。この時も恐らく「禁止される前に荒稼ぎできるだけしておこう」以上の意識はなかったと推測されている。

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次に作風が転換したのは1930年代後半、不況と迫り来る戦争の影のせいで享楽的な作品の製作が難しくなる最中、西部開拓史を舞台とする作品を撮り始めた。この頃の「平原児(1937年)」や「大平原(1939年)」などの作品は、アジアやヨーロッパにおける戦雲たれ込める中、揺れ動くアメリカの世情を反映し、アメリカ国民の愛国心を鼓舞することを意図した作品群と位置付けられる。また、「老い」を迎えようとするデミルの製作姿勢の変化を印象付けた。そして戦後手掛けた「十戒」のリメイク版がハリウッド製スペクタクル史劇の嚆矢となる。

当時の米国のモノクロサイレント映画は色々な意味で無茶苦茶でした。

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<第12回> 『國民(こくみん)の創生(The Birth of A Nation)』 « なぜ『フォレスト・ガンプ』は怖いのか ― 映画に隠されたアメリカの真実 ―
<第13回>『國民の創生(The Birth of A Nation)』 « なぜ『フォレスト・ガンプ』は怖いのか ― 映画に隠されたアメリカの真実 ―
<第14回>『國民の創生(The Birth of A Nation)』 « なぜ『フォレスト・ガンプ』は怖いのか ― 映画に隠されたアメリカの真実 ―

 時代はまさに「狂乱の20年代」。禁酒法履行下のアメリカでは利権を争うギャング達の銃撃戦が絶えず、男の子達は羽振りの良い彼らの一員となる事を、街を闊歩するフラッパー・ガール達はその情婦となる事を夢見ていました。そして銀幕を飾るのは退廃的な欧州系美人ばかり。「このままじゃいけない」と思わない方が不思議なくらいだったのです。
*ギャッング達ははどこからやってきたのか? 主に南イタリアから…

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*こうした享楽的展開は世界恐慌(1929年)発生後、一旦完全否定されかかる。しかし米国においてはフランク・キャプラ監督やウォルト・ディズニーの台頭、日本においては「松竹大船調」といった反動も生む展開となった。

そしてこうした米国映画の倫理規定は戦後日本にも上陸します。昭和24年(1949年)に純粋な民間団体「(旧)映倫」が設立され、GHQが昭和20年(1945年)に定めた「映画遵則」という指針に従って映画倫理規程を定めたのです。

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映倫(映画倫理委員会)の歴史

「映画倫理規程・前文」

我々は映画が娯楽及び芸術として国民生活に対し精神的、道徳的に大きな影響を及ぼしていることに責任を感ずる。ここに於て我々は映画の製作について倫理規定を制定し、観客の道徳水準を低下せしめるような映画の製作の防止を計ろうとする。我等日本国民の生くべき道は憲法に明示されている通り、諸国民との平和的協力、基本的人権と自由の福祉とを確保する以外にはない。


この崇高な理想と目的達成のために選ばれた方法が民主主義である。映画がこの理想と目的並びにそれの達成のための方法を尊重して協力すべきであり、映画の製作の根本方針はそこに置かるべきことは論を俟たぬところである。


この趣旨のもとに映画は観客の道義観の向上を目指し、社会秩序の維持を妨げるものであってはならぬと同時に、基本的人格を犯すような言行を肯定したり、民主主義に背馳する思想を正しいものと観客に感ぜしめたりすることは些さかたりともあってはならない。我々はこのために映画倫理規定管理委員会を設置して、俄画倫理規定の完全な実施を自主的に管理する。

しかし、映画の進歩発達は単に製作者のみの努力によってなるものではなく、一段大衆の映画に対する理解と愛情が欠くべからざる要件である。倫理規程の目的達成のためにはまた一般大衆この理解と愛情が必要であって、映画が娯楽及び芸術として更に一段と進歩する自由と機会はそこから生れて来るであろう。

本文(「国家及び社会」「法律」「宗教」「教育」「風俗」「性」「残酷醜汚」の7大枠組みで構成)

「国家及び社会」

  • 日本国憲法は常に厳守する。
  • 民主主義の精神に反する思想はすべて否定する。特に封建思想とそれに基く習慣は否定する。
  • あらゆる国の慣習及び国民感情は尊重する。
  • 戦争、武力及び暴力は否定する。

「法律」

  • 殺人場面は刺激的に表現しない。火器、鉄砲、刀剣など武器の使用は最低限にする。
  • 密輸の方法を詳細に描写しない
  • 麻薬の不正取引や使用方法を描写しない
  • 訴訟や裁判の手続は正しく表現する
  • 復響は否定する

「宗教」

  • 信教の自由を常に尊重する。
  • 牧師・僧侶・神官などを故意に愚弄したり、故意に悪人として表現しない。
  • 宗教儀式の取扱いには充分に注意する。

「教育」

  • 民主的教育制度や教育者を不当に愚弄したり侮辱したりしない

「風俗」

  • 猥褻な言語、動作、衣裳、暗示、歌謡、洒落などは扱わない
  • 裸体、着・脱衣、身体露出、舞踊、寝室の扱いは観客の劣情を刺激しないように充分注意する

「性」

  • 結婚及び家庭の神聖を犯さないよう注意する
  • 売春を正当化しない
  • 色情倒錯、変態性欲に基づく行為を描写しない
  • 性病は人道的・科学的観点から必要な場合以外、素材としない。 

「残酷醜汚」

  • 死刑、拷問、リンチ、婦女子や動物の虐待、人身売買、外科手術(堕胎手術を含む)、不具者や病傷者の扱いには注意する。

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チェック済みの映画にはこんなマークが付けられた。

 内容の連続性にお気づきでしょうか? 実は当時の日本映画、戦前から(Hays Code審査済みの)米国映画を熱心に研究していたので、対応もそれなりに楽だったという話も。また横溝正史の様な当時の流行推理作家は、原作執筆時点で映画化を意識して内容を調整していた節が見られます。
*それにしても強引に「映画の目的は民主主義の国民への布教」なんて概念を挿入した結果「民主主義は戦争や武力や暴力を否定する」とか民主主義は猥褻や劣情を許容しない」みたいなシュールな展開になっちゃってる。一体どこの世界のリバティプライム?

http://mini-theater.com/wp-content/uploads/2011/06/r1%E4%B8%89%E6%9C%AC%E6%8C%87%E3%81%AE%E7%94%B7C%E6%9D%B1%E6%98%A0.jpg

ただしアメリカ人も日本人もHays Codeに盲目的に盲従してきた訳ではありません。むしろリンボーダンスの様に「いかにギリギリですり抜けるか」競ってきた節があるのです。まさしく「罰があるから逃げるのが面白くなってしまった」実例とも。

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www.sup.org

その一方で海外の評論では「ビクトリア朝時代英国の検閲基準(Victorian Code)や古典的ハリウッド映画の検閲基準(Hays Code)が作品を台無しにするよりむしろ名作を数多く残す事に貢献してきた」と好意的に評価する向きも。こっちの系譜も日本のエンタメ文化に大きな影響を与えてるので要注意。
ビクトリア朝時代英国の検閲基準(Victorian Code)…日本にもコナン・ドイルシャーロック・ホームズSherlock Holmes)シリーズ(1887年〜1927年)」がこれを意識した内容だったとする向きが散在する。実際、重要な元ネタの一つだったと推測されているニューゲート監獄(Newgate Prison、1188年〜1902年)発行の犯罪記録に掲載されてる様な凄惨な事件を当時の読者向けに「ソフトな方向に」アレンジする様な作業は行っていたらしい。

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しかし「上に政策あれば下に対策あり」がこの世の習い。

まぁどちらの系統の進化も最後は「スターウォーズ(1977年)」に行き着く訳ですけど。「犯罪への誘因にならない」という点で合格点だからOK