日本人のほぼ全員がネットワークに接続した端末を持った結果起こったのは、ネットワークを介した無意識の統合とか思想の統制とかでなく、論理も根拠も無く風潮の有無だけで正誤を測るような飛びっきりの馬鹿の可視化でしたとさ。
— 蟹春雅暮 (@QaNiM1S0) 2017年5月4日
最近、声を荒げて「北朝鮮危機が迫ってる今こそ、全日本人が現政権の機能麻痺と自衛隊の即刻機能停止を心から望んでいる!!」と主張する人々が次第に勢いを増しつつある様にも見受けられます。
しかも「そう考えられなければ平和主義者でも民主主義者でもない。そんな似非平和主義者や似非民主主義者はナチスであり、まず本物の筋金入りの平和主義者にして民主主義者たる我々から真っ先に殺される」なんて行動主義的立場に立脚している様です。まさしく「平和主義者/民主主義者優越主義」。どうやらそれが彼らによって唯一心から許せる「民主主義」や「平和主義」のあって良い形態みたいなんですね。
*もしかしたら脳内が「反体制はもうそれだけで無条件に格好良く正義という熱狂的陶酔感」が今よりずっと蔓延していた20世紀的思考様式のまま停止してるのかもしれない。
そんな彼らの間において「ナチス」なるレッテルは宗教戦争全盛期における「異端」や共産主義全盛期における「修正主義」同様、単なる罵倒語ではなく「そのレッテルを貼られた対象への攻撃を躊躇う者は相手の仲間として一緒に粛清される絶対正義」へと昇華された模様。とどのつまり、ちゃんと時代に流れについていってないと明日「(本物の筋金入りの平和主義者で民主主義者たる)我々」の手によって次にアウシュヴィッツ送りになるのは君達かもしれない?
*ある意味、まさしく外敵との対峙より政敵に対する勝利を最重要視するカール・シュミットの政党政治論の世界とも。
政治は現実を相手とするため、わかり易さが必要だ。しかし、わかり易さが問題を浅薄なものにしてしまう場合も少なくなく、そのような場合、わかり易さに警戒し、わかり易さの胡散臭さを問い、場合によってはわかり易さを粉砕する必要もあるだろう。
— 千坂恭二 (@Chisaka_Kyoji) 2017年5月3日
どうやら問題は「本物の筋金入りの平和主義と民主主義」の「本物の」が掛かっている言葉が「平和主義」や「民主主義」でなく「筋金入り」な辺り?
日本語って本当に難しいですね…
【幾ら何でも。安倍首相の存在そのものが憲法違反とは】
— 佐藤正久 (@SatoMasahisa) 2017年5月3日
更に「自由党はどんな憲法改正にも反対する」とまで。小沢一郎自由党代表は元々、改憲論者だったはずだし、総理の存在が憲法違反とは、度が過ぎる!ツイッター仲間の皆さん、どう思いますか?https://t.co/8pGOa48Hdy
「存在が憲法違反」というワードを使うのは破壊力が強すぎて交戦権に抵触するから憲法9条に違反すると思う。
— Primus Pilus (@Primus_Pilus_) 2017年5月4日
今日の護憲派の集会にて、蓮舫さんは、まさに「安倍総理には」改憲させない、と仰ってたねww反対の理由が、「安倍晋三氏が手掛けた」と言う、国民そっちのけの話になっちゃったwwhttps://t.co/YZwSDSHb53
— 富嶽 (@fugaku100kei) 2017年5月3日
エーリック・フロム「自由からの逃走(1941年)」を思い出します。
認める認めない以前に、個人の自由はどこいったの。 https://t.co/EtD90g3hsV
— フィオ( 'ω') (@b10_nefion) 2017年5月4日
「そう思う」派はもし自分のネットとかが国に管理されたらどう思うのか https://t.co/DxUjkBrviB
— 暇人 (@himasugidesinu) 2017年5月4日
結局、どんな道を辿って最終的には「究極の自由主義は専制の徹底によってのみ達成されるジレンマ」に行き着く様です。まぁ、最終結論としてはまさにこれ?
政治は現実を相手とするため、わかり易さが必要だ。しかし、わかり易さが問題を浅薄なものにしてしまう場合も少なくなく、そのような場合、わかり易さに警戒し、わかり易さの胡散臭さを問い、場合によってはわかり易さを粉砕する必要もあるだろう。
— 千坂恭二 (@Chisaka_Kyoji) 2017年5月3日