諸概念の迷宮(Things got frantic)

歴史とは何か。それは「専有(occupation)=自由(liberty)」と「消費(demand)=生産(Supply)」と「実証主義(positivism)=権威主義(Authoritarianism)」「敵友主義=適応主義(Snobbism)」を巡る虚々実々の駆け引きの積み重ねではなかったか。その部分だけ抽出して並べると、一体どんな歴史観が浮かび上がってくるのか。はてさて全体像はどうなるやら。

続・ナショナリズムの歴史外伝③ 「コミュニタリアニズム」と「リバタリアニズム」の狭間

 

f:id:ochimusha01:20170910080523j:plain

語源的に見て「コミュニタリアニズム(communitarianism) は「伝統的共同体(community)」由来、「リバタリアニズム(libertarianism)」は「制約からの解放(Liberty)」由来。ちなみに「自由(Freedom)」の概念が芽生えるのは両者よりずっと後となります。

 ここでいう「リバタリアニズム」は数学者でもあったコンドルセ侯爵やジョン・スチュアート・ミルが構想した「統計的解放論」やマンハイムが主張した「真の進歩主義」に、「コミュニタリアニズム」はそれを全面否定しようとしたオーギュスト・コントの「実証哲学」や「復古王政期保守思想」に対応する模様。

f:id:ochimusha01:20170910080740j:plain

  • 「統計的解放論」…人類の発展の為に人間の可能性を最大限引き出す事を最優先課題とする立場から伝統的共同体や身分制の撤廃、さらには男女平等や義務教育の必要性を訴えた。数値化を全面肯定する立場ゆえに「アルゴリズム上の誤謬」や「不可視の因子」が人類を滅ぼす可能性を一切の言い訳なく直視する。

  • 「真の進歩主義…政治面や経済面といった純粋に数値化可能な分野においてのみ平等を求める立場で、その「人間性に欠けた」路線自体はあまり後継者に恵まれる事はなかった。これに対し「各個人が与えられた天命は平等ではない(偉人と凡人にはそれぞれに相応しい生涯の送り方がある)」と反論したのが保守主義の出発点で、江戸幕藩体制下における「(臣下の処世術として始まった「士道」を逸脱した)絶対忠義論」や最近中国共産党の採用した「和諧社会」の大源流に当たる。
  • 「実証哲学(Philosophie positive)」…全ての思考を主導するのはあくまで王侯貴族でも聖職者でも数学的計算結果でもなく「相応の思考訓練を施された科学的エリート階層」でなければならないとした19世紀的人間中心主義(原義におけるHumanism=英雄主義)が特徴。科学的マルクス主義の大源流でもあるが、身分制度の完全崩壊後は「人間(あるいはコンピューター)は修行の末に完璧な思考様式へと到達する」なる「(非Aの世界的)言語神秘主義」へと没入していく。
    *19世紀的人間中心主義…どうしても時代制約的に貴族主義的色彩が色濃い。しかし「(改革の必要性こそ認めつつ、何も実践に移さない)オブローモフ主義」が蔓延していたロシア宮廷社会においては、それさえ輝かしく映ったという。

    *「人間中心主義から言語神秘主義へ」…「サピア=ウォーフ仮説」辺りの影響を色濃く感じる。特に、その教条主義的態度から「(末端からの入力が中枢の判断を左右する)フィードバック制御」の概念をイデオロギー的に嫌悪したマルクス主義者に好まれた。今日では同様の期待が「(あらかじめ起こり得る可能性の全てがインプリメント可能とする)量子力学的決定論」に寄せられている。
    言語相対性理論 〜サピア=ウォーフの仮説〜

  • 復古王政期保守思想」…「真の神秘は人間の認識能力の限界の外側に広がっている」としたカント哲学や「神はこの世界を創造しただけで以降は一切関与してない」とする理神論などをまとめて虚無主義ニヒリズム)として葬り去るべく「人類の進歩とともに歩む大いなる意思(人類はそれと一体化して自らの役割を得る事によってのみ幸福を得る)」を仮定したヘーゲル哲学を代表とする。

    *もう一つの突破口。それが「神は必ずや問題解決の手段を人間の認識可能範囲内に用意して下さっている」なる信仰から出発した米国プラグマティズムだったとも。
    人文・思想 その4「アメリカを理解するには まずプラグマティズムから」

    *奇しくも異端の仏典「華厳経」の教学と共通項が多く、戦前日本の文部省は両者を統合する事によって軍国主義化していく大日本帝国を制御下に置こうとした(成功したとまではいってない)。

しかしながら人類は21世紀に入ると「(全体をコールバック制御で結ばれたイベントループ集合体として表現する)並列処理言語」の概念獲得によって上掲の様な「言語神秘主義的段階」からの脱却に至るのです。
*なにせプログラムとして実行可能な上、この技術なしには「(Big Dataに立脚する第三世代人工知能の登場を可能とした)2007年以降のインターネット・トラフイックの爆発的増大」も起こり得なかったというのだから、その人類史上における重要度は三大発明(火薬・紙・羅針盤)に匹敵するといっても過言ではない。

その前史として20世紀末における「ハイパー・テキストの発見(およびHTML言語としての普及)」を挙げる向きも。確かに「言語は書物の様に逐次的に処理されるもの」なる常識の破壊は歴史のその時点から既に始まっていたとも。

  • 「メインループは真の意味ではプログラムの開始時と終了時にしか必要とされない」…「この世界を創造した時点で神の役割は終わっている」とした理神論の素直な形でのインプリメント。考えてみれば「神は必ずや問題解決の手段を人間の認識可能範囲内に用意して下さっている」なる信仰から出発した米国プラグマティズムも「以降神の助力を一切アテにしなくなる」という点において同種の効果をもたらしたとも。
    *同時にこのシステムには(プログラム全体の開始と終了に関わる)メインループ以外の全てのイベントループには「有目的かつ有限の生涯時間」しか与えられないという過酷な側面もある。まぁ余計なオブジェクトはメモリを圧迫するから仕方がない? つまり「リソース再配分問題」は未解決のまま。

    虚淵玄脚本「楽園追放 - Expelled from Paradise -」小説版にも「全てがデジタル化された世界では却って下層階級は常に上層階級より劣った容量のメモリと情報処理能力しか与えられず身分流動のチャンスが完全に排除される」なんて台詞が登場。

  • 「新たなるイベントループ起動に際して別のCPUを実行先として指定出来る(「特定の単一CPUが全てを制御している」なる発想からの解放)」…「全ての因果関係には「最初の一歩(すなわち神)」が必要」とするスコラ学的思考様式からの脱却。
    *とはいえ、むしろ完全なるトップダウン基準が存在しない事が発見されたが故に「真の無秩序状態」回避の為に「各集団のコミュニケーション有用性の維持」の必要性はかえって高まる。「同性婚の公認」が「同性愛者をも貞節の概念に取り込まんとする保守性」と表裏一体の関係にある様に「信者の幸福を最優先で考える」本物筋金入りの宗教者はそう簡単に敗北などしないものなのである。

  • 「外側の世界」の可視化…もちろんコンピューター技術は未だ万能ではなく現時点では「特定のプロトコルによって既に接続されたデバイス」しか制御下に置けない上、理論上どう足掻いても未来永劫この制約から解放される事はないと目されている。つまりその暴走によって滅びたくなければ「絶えざるメンテナンスの継続」が不可欠となった。

    *カント哲学の最終勝利? いや絶対他者が主観的に「決して超えられるものでも、超えるものでもない夜(ブラックホール=事象の地平線)」として意識される様になったという点で人類は「さらなる外側」に最初の一歩を踏み出したとも。

しかし歴史の現段階において一般人の大半は置き去り。上掲の様な虚無主義ニヒリズム)に「人間性を完全に放棄している。さては貴様CYBERDYN社が過去に送り込んだ殺人マシーンだな」といった具合のヒステリックな反応を見せたり「2045年の技術的特異点(Technological Singularity)問題」を本気で心配したりしています。

*それより実際には一刻も早く機械学習設計者が「これから機械に学習させる内容」のスペシャリストに育ってしまう現象について名前をつけるべきかもしれない。

こうした動きの反動から最近盛り上がっているのが「人類は伝統的共同体に回帰する形でしか幸福感を取り戻せない」とする「ダークユートピア」論とも。ある意味「ヘーゲル哲学の小粒なスケールでのリヴァイヴァル」とも?
*ただし元来の語源たるトマス・モア「ユートピア(Utopia、1516年)」そのものが、ここでいう「ダークユートピア論」だった側面もあるからややこしい。
ユートピア - Wikipedia

16世紀にスペイン帝国が新大陸に入植した際、広域国家が崩壊した中央・南アメリカ原住民の文化や秩序を白紙状態に戻して、知識人や宣教師の思いつきを実行に移せるチャンスを得た。イエズス会は入植開始からパラグアイグアラニー人を使って、モアの『ユートピア』に記されているとおりの生活を実現させる実験をイエズス会が追放される1767年まで行った。

また、初代ミチョアカン司教になるフランシスコ会修道士バスコ·デ·キロガは、モアの『ユートピア』に影響を受け、メキシコ市郊外に「サンタ・フェのオスピタル」と呼ばれる実験的セツルメントを構築した。

これって、もしかしたら冲方丁が「微睡みのセフィロト(2006年)」の中で語った「中世的現実」の世界?

中世とは誰もが笑いながら歌って踊りながら暮らす世界だった。何故なら「こいつもしかしたら楽しんでない?」と周囲から疑われた次の瞬間には「異端者」の烙印を押され「魔女狩り」で検挙されて火炙りにされてしまう緊張感が常に全体を支配下に置いていたからである」。しかもそれは同時に「Game of Thrones」でも描かれた様に「誰もが隣人を公敵認定して抹殺する機会をお互いに虎視眈眈と狙い合う陰険な陰謀社会」でもあったとされているのです。
*戦国時代に日本を訪れた宣教師が「戦国大名もこの世界を生きている」と感嘆したが、実は現在なお続く「日本の田舎の現実」に過ぎないとも。

そういえば戦間期ドイツにおいてこの立場に立ったのが無邪気に「神聖ローマ帝国時代の領邦分権状態」への回帰を志向したのが当時の「左の右=無政府主義者団体」を代表した(ローザ・ルクセンブルクらの率いる)スパルタカス団と(ベルリン労働組合を中核とした)革命的オプロイテ。しかし前者はヴァイマル共和制の立役者「人殺しノスケ」が召喚したフライコール(ドイツ義勇軍)によって殲滅され、後者はナチス共産党の「共闘」によって本拠地プロイセンから駆逐され、「最終決戦」で共産党が「卑劣な背後からの一突き」に出し抜かれる形で「ナチスの最終的勝利」が確定したという次第。そりゃ共産主義社がナチスを蛇蝎の様に目の敵にするのも無理はない?

要するに「ナチズムの悪夢」とは元来「誰をスケープゴートにして一丸となってまとまっても、その種の団結は悲劇的結末しか迎えない」教訓として語り伝えられなばならない話だった筈なのです。ところが今日では真逆に「軍隊や警察の存在を絶対悪として退ける無政府主義」側が「一刻も早くヒトラー安倍とナチス自民党とそのキチガイ信者全員を処刑しなければ日本は滅ぶ運動」を絶賛展開中。

彼らの中で「ナチズムを勝利させた悪」はどういう定義になってるんでしょう? 「ユダヤ人が先手を取ってヒトラーナチスとそのキチガイ信者全員を絶滅収容所送りにしてれば第二次世界大戦など未然に防げた。それをしなかったユダヤ人も同罪だから、全員死んでお詫びしろ」といった感じでしょうか。
*日韓掲示板であった「沖縄独立に賛成なのはたった4%という統計データがあるが、そんなの96%が粛清されたらたちまち100%になるだろう?」なんて過激発言を想起させる。「我々は清く正しい平和主義者だから自分達の手なんて汚さない。彼ら自身が自発的に歓喜に包まれながら親兄弟や配偶者や子供達を殺す。それが出来ない似非平和主義者は殺される側に回る羽目になる。さぞや見物の景色となるだろう」「日本人は全員先天的犯罪民族なのだから扇動によって一人でも多く互いに殺し合わせる事が国際的賞賛を浴びるんだ」の三段コンボ。追い詰められるほど立場をどんどん変えていく…多くが捨て垢ながら割とこうした展開自体は共通。特に最初は日本人に親身な振りをしてるが、次第に本音に屈服していく感じ辺りが。「フランスに植民地化されたモロッコ人」とか「欧米に移民してきたものの貧乏のドン底から抜け出せないでいる東欧移民」などの不満分子の挙動も似通っており、別に国際的には珍しいタイプでも何でもない。

*「実はユダヤ人こそナチスだった」…イラン核開発現場への先制攻撃を厭わないイスラエルの存在に対するイスラム革命防衛隊北朝鮮の恐怖が産んだカウンター・プロパガンダとも。国際的リベラル層も釣られて次第に「ナチスドイツとイスラエルの何処が違うんだ?」なんて発言する様に。ユダヤ人資本家が「内心では絶えず「やはり本当は世界平和の為にはユダヤ人なんて駆逐し尽くすべき?」とか考えてきたリベラル層より「金に綺麗、汚いはない」としか考えないトランプ大統領の方がまだ信用出来る」とか言い出した遠因の一つとも。左派の「資本主義への不信感」は思うより簡単に「ユダヤ人資本家への不信感」へと変換されてしまうものらしい。ただしもちろんそれが「全ユダヤ民族への憎悪」に直結するとは限らず、これはナチス政権下のドイツでも割とそうだったとも。というか「ユダヤ人最大の強敵はユダヤ人」なる格言もある通り、当初「ユダヤ人資本家」を率先して叩いとのもまた「リベラル派ユダヤ人」だったなんて話もある。悪名高きComic Code騒動も(東欧貧民出身のユダヤ人漫画家が発案した)アメコミ・キャラクターを、オーストリア帝国ブルジョワユダヤ精神科医が叩いたのが発端だった。ユダヤ人にも「親イスラエル派」と「反イスラエル派」が存在し、普段から啀み合ってるのもややこしい状況を生み出している。
イラク原子炉爆撃事件(1981年) - Wikipedia
国家間サイバー戦争の幕開け イラン核施設を攻撃したマルウェア「Stuxnet」(2009~10年)

*「その先天的野蛮性のせいで一切大虐殺の反省などした事がなく、一刻早く全員滅ぶべき韓国人や日本人と異なり現在のドイツ人は全員無罪」…既に自国軍を養う資金がなく、彼らを駐屯地における略奪や強姦や(憂さ晴らしとしての)虐殺や奴隷化を容認する事でしか懐柔出来なくなっている北朝鮮においては「喜べ、聖戦に勝利すれば韓国や日本で略奪や強姦や殺戮が無制限に許される」なるプロパガンダが遂行されているらしい。現地軍民が何処まで本気で信じているか不明だが、ここで興味深いのは日本だけでなく韓国も標的に挙げられている事。「なまじ同民族ゆえにその経済的繁栄が許せない」近親憎悪心理が背景にあるらしい。その一方でドイツについてはメルケル首相が「話し合いによる解決しか許さない」なる態度を貫き続けているせいで株が上がりっ放し。

*日本のメディアや政治家の間でもこうした展開に敏感に反応して「もはや北朝鮮は政治的に勝利した。ドイツ同様に北朝鮮を徹底して擁護し抜いてこそ日本の立つ瀬がある」と主張する流れが生まれている気配も。

【北ミサイル】「金正恩委員長の要求に応えろ」…!? 東京新聞記者が菅義偉官房長官にトンデモ質問 - 産経ニュース

菅義偉官房長官の31日の記者会見で、米韓合同演習を批判し、弾道ミサイルを相次いで発射する北朝鮮を擁護するような質問が飛びだした。

質問したのは、学校法人「加計学園獣医学部新設計画をめぐって菅氏を質問攻めにした東京新聞の社会部記者。「米韓合同演習が金正恩朝鮮労働党委員長の弾道ミサイル発射を促しているともいえる。米韓との対話の中で、金委員長側の要求に応えるよう冷静に対応するように働きかけることをやっているか」と質問した。

菅氏は「北朝鮮の委員長に聞かれたらどうか」と返答。東京記者は「北朝鮮側の要望に応えて、冷静かつ慎重な対応をするよう米韓に求めていく理解でいいか」と改めて迫った。

*「駐屯地における略奪や強姦や虐殺や住民奴隷化の容認」…現代人の感覚で義憤を覚えるより、それが日本史でいうと「中世的価値観の現存」に該当すると認識すべき。三十年戦争(1618年〜1648年)当時のドイツも酷かったが、要するに北朝鮮における「(都市部における貨幣経済浸透から置き去りにされた)田舎の住民」は未だにそういう地獄の様な世界で暮らす事を強いられ続けており、そうした状況下で夢見られるのはせいぜい「(現地駐屯部隊が韓国や日本に赴任して)連日の略奪や強姦や虐殺の悪夢から解放されるWin-Win関係」くらいなのだとも。

ソースの大半が匿名SNS上における国際的プロパガンダ(証拠隠滅も兼ねて投稿直後すぐ消されるケースが大半)なのもあって別に深刻に受け止める必要もない内容ではあるのですが(国際SNS上で彼らに主に対峙してるのも自称「反従北派」の韓国系アカウントだという事もセットで考える必要がある)、こうした論理的には完全に破綻した狂気の主張に数多く触れていると「大日本帝国時代の悪行が原因の全て」なる日本人側の罪悪感がどれだけ周回遅れか思い知らされます。少なくとも彼らは日本人が想像するほど「後ろ向きの事しか考えられない人種」ではなさそうなのですね。

*「後ろ向きの事しか考えられない人種」…そういうのはむしろ南北問わずインテリ層で、別に当人が実害に遭った経験がある訳でもないから想像で嘘八百を並べ、これが状況を加速させていく

いずれにせよ過去の反省を迫る日本人に限って、こうした「韓国や北朝鮮が実際に置かれている現状」および「それが現在の政策に与えているであろう影響」に疎い様に見えるのは気のせいですかね?

*これは「従北派」と「反従北派」の韓国系アカウント双方にも感じる傾向。彼らは彼らなりに「韓国(北朝鮮)なんて一度ぶっ壊れてしまえ」と思っている節が感じられる。ちなみにどちらもその破滅に日本を巻き込む気だけは満々。

寄稿で描かれた想定では金正恩体制は国際社会の制裁で危機に陥り、体制の維持が困難になったと判断した場合、「韓国への奇襲攻撃」で活路を見いだそうとする。ただ、北朝鮮軍は弾薬や食糧不足などから戦闘能力は「数日間」しか持続せず、一気に決着をつけようと、最初の数時間で南北非武装地帯周辺や在韓米軍駐屯地、日本の海空防衛施設にミサイルで集中攻撃をかけてくるとみられる。

北朝鮮は約2500~3千立方トンのサリンやVXガスなどの化学兵器、炭(たん)疽(そ)菌などの生物兵器保有し、これらをミサイルに搭載して米韓の空軍基地や補給ルートに撃ち込み、米韓の作戦遂行や兵力の移動能力の減衰を図る可能性が高い。

同時に北朝鮮のサイバー部隊121局が米韓の銀行や韓国の送電施設にサイバー攻撃を展開。停電や通信遮断による社会混乱への対処で米韓軍や警察が人員を割かれる状況となる。

北朝鮮による攻撃開始から数時間で死者は数万人に達し、ソウルの大半が灰燼(かいじん)に帰する。数百万人が国内避難民と化すとみられる。

在韓米軍は初日で数百人~数千人が犠牲になるが反撃。米軍は日本や豪州、米本土から増援部隊を数日以内に送り込む一方、航空機や巡航ミサイルで非武装地帯周辺の砲兵部隊や北朝鮮全土の空海軍基地を攻撃。数時間後、北朝鮮の陸海空軍は事実上壊滅する。

しかし、北朝鮮は沖合の潜水艦から特殊部隊を韓国沿岸に上陸させ、非武装地帯に掘られた地下トンネルを通じて部隊を韓国領内に侵入させる。トンネルは一時間に8千人を移動させることが可能とされる。

韓国潜伏の北朝鮮工作員が韓国政府要人暗殺やサボタージュなどのゲリラ戦術も展開。最後は米韓軍に撃退され金正恩体制も崩壊するが、死者は数十万人に達することが確実視される。

中国に難民が流入し、日米は南北から大量の受け入れを強いられる。朝鮮半島の復興には数十年かかる。

これは北朝鮮核兵器使用に踏み切らない場合のシナリオで、日本や米西海岸に核弾頭搭載の弾道ミサイルを撃ち込んだ場合、被害は桁違いに増大する。

こうして全体像を俯瞰してみると案外各国の無政府主義者は外国の工作に絡め取られるばかりでダークユートピアの実現にはあまり役に立たないかもしれません。なにしろ中世的世界観(すなわち領主が領土と領民を全人格的に代表する権威主義的体制)へのノスタルジーを惹起したければ、それに纏わる幸福なイメージの掲示が不可能な訳ですが、どれが効くやら効かぬやら…
*安倍首相に「暴れん坊将軍(演:松平健)」の貫禄がついたら日本の国政は安定する? いや、それはそれで駄目駄目な感じじゃない?

困った事に、この方面においては北朝鮮においてすら「金日成>(超えられない壁)>金正日>(超えられない壁)>金正恩」なる構造が存在するとも。

さてこの話、日本においてはどういう展開を迎える仕儀と相成るのでしょうか?