最近ネット上で流行しているユング「フロイト先生は, なんでも卑猥にしてしまうんだよなあ」論について、ふと思った事。
フロイトの手に掛かるとなんでも卑猥になる
— 南波純 (@nanbazyun) 2018年1月22日
フロイトさんは大体「女性が何かに追いかけられてる夢を見たらそれは男性に求められたいって意味だし、男性が何か食べたりする夢みたらそれは女性をそういう意味で頂きたいってことだよ!!」的なこと言っちゃうからすーーーぐ卑猥な方向に持ってく心理学の人ってイメージしか持ってない。
— しおまる (@hanamaru_pip) 2018年1月22日
フロイト先生が現存していたら「なんでも卑猥思考」な腐女子の我らと仲良く共存できたかもしれないRT
— かなめ@ニート満喫中 (@S_S_adviser) 2018年1月23日
これ実は「様々な意味で行き詰まっていた19世紀末のハプスブルグ帝国において、その近代化を妨げていた伝統的諸概念、特にインテリ=ブルジョワ階層の偽善にメスを入れたら「ち○こ、ま○こ、う○ち、お○っこ」みたいなそれまで無意識化に抑圧されてきた卑猥な諸概念が一斉に天井を真っ赤に染める勢いで吹き上がった」 が正解。そもそもこの現象自体を発見したのは、フロイトのフランス留学中の師匠だった解剖病理学者シャルコー (Jean-Martin Charcot、1825年〜1893年)で、フロイド先生自身じゃない?
ジャン=マルタン・シャルコー (Jean-Martin Charcot、1825年〜1893年) - Wikipedia
シヤルコー自身は「我慢は不健康の元」なるフランスの伝統的健康観から「卑猥な考えを意識上からひたすら抑圧し続けた結果、無意識下に「ち○こ、ま○こ、う○ち、お○っこの化物」が育ってしまった一時的現象」と解釈し公言を憚っていました。前近代的抑圧の鬱積が産んだ「膿」の排出が一通り終わった現代社会においては、むしろこちらの立場の方が理解を得やすい?
*「我慢は不健康の元」なるフランスの伝統的健康観…まぁこれ「太陽王ルイ14世の王座は(下痢気味の国王の為に)便座を兼ねていた(謁見中ですら好きな時に好きなだけ排泄可能)」なるエピソードにもつながってくる話なので、迂闊に賞賛すると別方面に向いた別種の地獄が口を開く。例えばフランスにおいては不倫は文化。「妻を寝取られた間抜け男」をたった一語で表す侮蔑語「コキュ(Cocu)」が存在する世界。まさしく「あえて神の用意した救済計画に背を向け、悲壮な最後を迎える可能性すら辞さず、自らの内心の声のみに従って善悪の彼岸を超越しようとする」フランス流ロマン主義の世界の大源流…