ロールプレイングゲームだから戦うんだろ、って言ってもゲームやらない人間には分からんのだろうな(笑)
— すとくら@読書の秋 (@Sto_kra2) November 15, 2018
ロールプレイングゲームの元祖ダンジョンズ&ドラゴンズに浴びせられてきた悪罵と偏見…悪魔崇拝だの殺人教唆だの自殺志向になるだの…を考え合わせると興味深い。 pic.twitter.com/UbyyNYFOiB
なお、「ダンジョンズ&ドラゴンズに関する論争」でググると、ウィキペディアに詳細が出ています。
— すとくら@読書の秋 (@Sto_kra2) November 15, 2018
ゲームへの偏見は根強い。
ゲームと現実の区別が付かないと
— ティップトップ (@Like_windtothes) November 15, 2018
言いますが果たしてこれは
どうみても知性の欠けた発言やねぇ。人間の理性や知恵を拒否している。いくら偽物フランス人がそうであるとしても、他人も同じ愚か者ではないぜ。
— K.Hisamatsu (@PopeyeCityboy) November 15, 2018
現実との区別は自然につきます。
ちなみにこうした発想の大元はガブリエル・タルドの模倣犯在学や、これを下敷きにイエズス会の修道士が書き起こしたHays Code(the Breen Office Production Code、1930年制定、1934年〜1968年履行)にあるとされていますが、そこには「犯罪者は(ロンブローゾの生来的犯罪人説が指摘する様に)遺伝的にではなく、当事者を取り巻く生活環境によって再生産される」とか「(トーキー化やカラー化によってより大衆への影響力を増す)映画界は、ギャングやその情婦の刹那的生涯ではなく、幸福な結婚や(政治家や検事や弁護士や保安官や医師や教師といった)秩序の番人をこそ理想視させるべきである(ましてや犯罪の手口の頒布に加担するなど言語道断)」とあるだけで「子供の視界から武器や暴力を完全に隠蔽し尽くす事で犯罪や戦争が未然に防げる」とか「同性愛者やSM愛好者の様な異常性欲者は物語展開上必ず自業自得で悲惨な最後を遂げて鑑賞者の勧善懲悪概念を満足させねばならない」なんて一言も言ってないのですね。
果てさてそうした発想は一体どこから紛れ込んで来たの?