諸概念の迷宮(Things got frantic)

歴史とは何か。それは「専有(occupation)=自由(liberty)」と「消費(demand)=生産(Supply)」と「実証主義(positivism)=権威主義(Authoritarianism)」「敵友主義=適応主義(Snobbism)」を巡る虚々実々の駆け引きの積み重ねではなかったか。その部分だけ抽出して並べると、一体どんな歴史観が浮かび上がってくるのか。はてさて全体像はどうなるやら。

【Hartbeat(心拍数)】【心肺蘇生法:胸部圧迫】どの曲でリズムを取れば不謹慎厨は満足?

心肺蘇生法の重要な部分を占める「胸部圧迫法」の主目的は「脳に血を送り続ける」事です。医術の進歩により心肺機能の治療能力は飛躍的に向上しましたが「酸欠状態が引き起こす脳障害」だけは今日なおどうにもならないのです。

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安静時心拍数(安静にしているときの心拍数)は、人間の場合、男性で60~70程度、女性で65~75程度。息を吸うと脈は速くなり、息を吐くと脈は遅くなるが、これは生理的なものである。

最大心拍数(拍動が最も速くなった場合の限界値的な心拍数)は、年齢が高くなるほど下がる傾向があり、一般的に成人では「220-年齢数」程度、高齢者や低体力者では「215-年齢数」であるといわれる。

胸骨圧迫の手法について

胸のほぼ中央に片方の手の付け根を置きます。 その手の上にもう一方の手を重ねます。 肘を伸ばし、垂直に体重をかけ胸を圧迫します。

傷病者の胸が少なくとも5cm沈み込む程強くリズム良く(圧迫と圧迫解除は同じリズムで)1分間に少なくとも100回のリズムで圧迫を行います。

どうやって分100回のリズムを維持するか…物凄く体力を消耗するので複数の人間が交代しながら行うのですが、それ故に本当ににリズムキープが難しいのです。講習の際には「心の中で密かにそれぞれがドラえもんの歌を歌え」と教えられたりします。なぜ「それぞれが心の中で密かに」かというと、全員で合唱しながら交代すると物凄い情景となり、患者が助けられなかった時、歌った当事者だけでなく周囲の目撃者の心に著しいトラウマを残しそうだから。「人の生死が掛かってる現場で、なんて不謹慎な!! だから患者が死んだんだ。貴様らが殺した様なもんだ!!」なる不謹慎厨のクレームを避ける為とも。ただ、実際試してみると「自分こそが不謹慎厨第一号」という状況に直面する事になります。あえてそういう空気など読まず、リズムが取れないで困ってる人に文句ひとつ言わず「一緒にドラえもんの歌を歌おう」と提言して本当に歌い出せる人こそが本物のベテランという話…

要するにざっくり言うと「4分の4拍子のリズムで、三連符を主体とする若干Swing気味にも演れるとなお良い、要するに心音は跳ねてる?若干アップテンポ目の曲」とかなら、どれでも良い訳ですが、それなら他にもっとマシな選択肢が存在するのでは?

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 まず真っ先に脳裏に浮かぶのが、いかにも不謹慎厨を激昂させそうな近代軍の「速歩行進曲」。大人数を統制下に置いて、疲労困憊した状況下でも同じリズム(しかも若干早め)で歩ませ続けるには、どうしても心臓の鼓動がリズムの基調となってしまうのでしょう。

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メフテル(トルコ語:Mehter) - Wikipedia

オスマン帝国トルコ共和国で行われてきた伝統的な軍楽のことで、オスマン軍楽、トルコ軍楽とも称される。また、メフテルを演奏する軍楽隊をメフテルハーネ(Mehterhane) と言う。

正確には、オスマン語のメフテル(mehter)は、ペルシア語のマフタルمهترからの派生語で、軍楽隊の個々の隊員を表す言葉となる。軍楽は多数の人間によって演奏されるのが普通で、よって、複数の人間がいるためメフテラーン(mehterân、ペルシア語の複数形マフタラーンمهترانより)となり、また大臣や王子の随行員としてはメフテルハーネ(mehterhane、ペルシア語مهترخانهより。「マフタルの家」「マフタル達の集会」を表す)と呼ばれた。現在のトルコ語では、全体でバンドはmehter takımı「メフテルの集団、グループ」)としばしば呼ばれる。

古代から続く西アジアの音楽の伝統と、中央アジアのテュルク民族の太鼓による軍楽を受け継ぎ、オスマン帝国常備軍カプクル、イェニチェリ)において独自の発展を遂げた音楽の体系である。オスマン軍は自軍の士気向上や威嚇のために、軍楽隊を連れて戦争に赴き、平時にも宮廷などの儀礼に用いた。

軍楽隊はヨーロッパへの遠征にも随行したことから、西欧の各宮廷にも知られることとなった。モーツァルトベートーヴェンの「トルコ行進曲」は、メフテルの音楽を意識して作曲された楽曲である。また18世紀前半には、西欧諸国も軍楽隊を持つようになったが、その起源はメフテルを真似たことに始まり、現在のブラスバンドの楽器の基本編成にもメフテルの影響の残滓が見られる。

オスマン帝国では1826年のイェニチェリ廃止の際、メフテルハーネも廃止された。イェニチェリに代わって編成された西洋式新陸軍では、伝統的な軍楽は近代軍隊に相応しくないとみなされて放棄されてしまい、19世紀のオスマン帝国軍では西洋式の軍楽が奏された。

20世紀に入ってメフテルはオスマン帝国固有の音楽としてようやく再評価されるようになり、第一次世界大戦においてオスマン軍を鼓舞するためにメフテルが演奏された。戦後成立したトルコ共和国でもその評価には紆余曲折があったが、最終的にメフテルはトルコ民族の音楽遺産と位置付けられることになって、完全に再興した。現在は参謀本部直属の軍事博物館司令部にメフテル隊がおり、イスタンブールの軍事博物館内で毎日開かれるコンサートや、夏期にトプカプ宮殿で行われる観光客向けのショーで演奏するほか、トルコ共和国の国家行事に参加したり、海外のトルコ関係の行事に出張している。このほか、義務教育の音楽の授業でも、基礎的なメフテル音楽が子供たちに教えられるなど、民族音楽として保存されている。

なお、現在演奏されているメフテルの楽曲は19世紀後半以降に作曲され第一次世界大戦中に演奏されていたものを基礎としているが、これらは既に西欧諸国の軍楽を逆輸入して西洋音楽の影響を色濃く受けており、イェニチェリ廃止以前のものとは異なると言われる。歌詞もオスマン帝国末期の戦勝やトルコ民族の独立を賛美する内容が多く、近代的なものがほとんどである。

イェニチェリの行進曲「ジェッディン・デデン(Ceddin Deden)」
*実演はちょっと遅め。「実用」に際しては若干アップテンポに? この独特の「三拍打ち込んで一泊休む感じ」は日本でいう「奴さん歩き」みたいな独特の歩法と関係があるらしい。

モーツアルトピアノソナタ第11番第3楽章伊Rondò alla turca、1778年?〜1783年)」こと「トルコ行進国Turkish March)」はちとテンポが早い(おそらく実際に試したらすぐ疲れちゃう)。作曲された頃には既にオスマン帝国軍の無敵状態は終わっており、陰謀策術蠢く宮廷世界をせめて華やかに軽やかに飾りたい貴族的意図を前面に感じます。

トルコ行進曲(Turkish March) - Wikipedia

オスマン帝国による2度のウィーン包囲(特に1683年の第二次ウィーン包囲)に随行した軍楽隊メフテルによる影響で、18世紀頃西欧にはトルコ趣味が流行していた。
*そう「神聖ローマ帝国側の逆転勝利を祝ってクロワッサンが発明された」とされる時期に重なるのである。

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こうして西洋音楽の世界における打楽器や金管楽器の地位向上が始まる。

トルコ行進曲の特徴として、打楽器やラッパの多用が挙げられる。大太鼓やトライアングル、シンバルなどの打楽器や、トランペットなどが多く使用され、現代のマーチングバンドにも多大なる影響を残している。また、一部のピアノにも似たような音響効果を狙ったペダル(ヤニチャーレンペダル)が備え付けられた。「ズンチャ、ズンチャ、ズンズンズンチャ」というリズムに特徴があるとも。

さらに若干速度を抑えると、泥や雪に足を取られて軍隊が中々前に進めない息苦しさの表現というより「重厚感」や「邪悪さ」が付加されます。
*同時に思い出したのが宮崎駿風の谷のナウシカ(漫画版1982年〜1994年、劇場版アニメ1983年)」におけるトルメキア軍輸送機バカガラスの撃墜シーン「少年兵達が…軍楽隊が…」


アメリカ人映像オタクが自ら作成してめげてた「逆転」バージョン。民間人を殺す残虐さとか強調するほど、自分に返ってくるというスーパーブーメラン…

検索して初めて、長年学校の音楽教育の現場で教えられてきたビゼーファランドール」に「メラメラと〜焼き尽くせ〜隅から隅までその業火で〜」なる歌詞を振る文化が存在する事を知りました。確かに言われてみると「殲滅戦」の雰囲気がありますね。

ファランドール(Farandole) - Wikipedia

フランス南部のプロヴァンス地方で踊られる6/8拍子の舞曲の名称。

ジョルジュ・ビゼーが作曲した「アルルの女L'Arlésienne、1872年)」第2組曲の第4曲「ファランドールFarandole)」は、「3人の王の行列王の行進)」と「馬のダンス」の2種類の民謡をもとに作られている。特に冒頭の主題は広く知られており、その荘厳さと、打楽器(プロヴァンス太鼓)を使用した活気あるテンポから、コンサートにおけるアンコールで人気が高い楽曲となっている。


類似例としてサビに入ってからが使えそうなスメタナ我が祖国チェコ語: Má Vlast、1874年〜1879年)」第2曲ヴルタヴァ(モルダウ,バルタバ)では、テンポダウンが「(ヴルタヴァ/モルダウ/バルタバ河のゆったりした流れに仮託された祖国の雄大さの称揚」に結びつ蹴られています。

大英帝国」の呼称に与えられた意味合いによって上記の状況全てをカバーするのが「ブリティッシュ・グレナディアーズThe British Grenadiers)」。

ブリティッシュ・グレナディアーズ(The British Grenadiers)

作曲者、作詞者不詳。体力・精神力に優れる精鋭部隊とされた擲弾兵の勇敢さを歌っている。17世紀末までは、さまざまな歌詞で歌われていた。17世紀後半、近衛歩兵第一連隊(後のグレナディアガーズ)を始めとして、各歩兵連隊に擲弾兵中隊が設けられた後、現在の歌詞が主流となった。そして、各歩兵連隊の擲弾兵中隊の行進曲として使われるようになった。

1815年、近衛歩兵第一連隊はグレナディアガーズ(擲弾兵近衛連隊)に改名したのに伴い、この曲を連隊の速歩行進曲として制定した。また、ヨーロッパ大陸諸国の擲弾兵連隊に相当するイギリスのフュージリア連隊は、1820年代に擲弾の帽章を与えられ、1835年以降ブリティッシュ・グレナディアーズを連隊制式速歩行進曲として使用した。これらの連隊は後に他の連隊と統合されたが、ロイヤル・フュージリアーズ連隊は4個のフュージリア連隊を統合した連隊なので、速歩行進曲としてこの曲が採用された。但し、各歩兵連隊にあった擲弾兵中隊は1850年代に廃止されている[1][2]。

現在でも、グレナディアガーズ、名誉砲兵中隊、ロイヤル・フュージリアーズ連隊の連隊制式速歩行進曲(2つの制式行進曲のうち速い方)である。

ある意味、かかる「国民的誇らしさ」と「国家主義/国家資本主義の全体主義的おぞましさ」の同居こそが「(相応の火力と機動力を備えた常備軍を中央集権的官僚制の徴税によって養う主権国家羅civitas sui iuris)」の本質とも。

意外とイケるのが「初代ウルトラマン1966年〜1967年の主題歌」 。若干アップテンポ目ですが(「実用」では疲労が現れるタイミングが早まるが、対象が最初から心拍数の早い子供ならJust Fit?)、当時の音楽独特の「(高度成長期独特の、および当時日本に上陸したグループサウンズ士気のミニマル感や無限ループ感」や「(ボロボロの状態からの息継ぎ/交代感」の貴重なエビデンスとも。

「(ボロボロの状態からの息継ぎ/交代感」…「フェデリコ・フェリーニのカサノヴァIl Casanova di Federico Fellini, 1976年)」の音楽構成などに典型的な形で見受けられる独特の「発条ぜんまい仕掛け感」。次第に動作が鈍ってきて、巻き直す都度復活。ただし無限には繰り返せず、次第に発条(ばね)が弱ってきて動作の再生が思わしくなくなっていく。まるでカラータイマー…

これと比べると「ウルトラマンセブン1967年〜1968年)」は後継作品として様々な技法が盛り込まれ過ぎて「実用」自体には耐えません。逆をいえばプリミティブなHartbeat心拍数)から如何に離れるかが「合唱部の重厚さ」含め、後継作品主題歌としての課題だったのでしょう。「打ち込みの様子にミニマルなホーンの繰り返し」「明らかに従来のウォーキングベースの範疇を超えたグルーブ感皆無の高速4拍子ベース」などには当時一世を風靡していた「エレキギター禁止令」への反抗も感じられます。

その一方で「Hartbeat心拍数)」は(ハウス音楽の「バスドラ四つ打ち」の延長線上に現れた)1980年代のディスコ/クラブ音楽を席巻したリズム・ジャンルの一つでもあります。その起源を遡るとスモーキー・ロビンソン率いるThe Miraclesなどに代表される米国ラバーズ・ソウルに追随しつつスローダウンした1970年代ドイツのボニーB辺りまで遡るとも。

日本でいうと「帰ってきたウルトラマン1971年〜1972年)」辺り。70年代前半の「少年向け」番組の主題歌がラバーズ・ソウルの影響を受けてメロディアスとなり(従って「実用」には耐えない)無駄にエロいのが多い。歌唱の主体が「子供の合唱」から「若い男性ボーカル中心」に移ったせいもある(ただし「少女向け」番組の主題歌は割と初期から若い女性ボーカル中心だった。こちらで興味深いのは、おそらくスポ根ブーム辺りを契機としての歌中でのヒロインの語られ方(噂する周囲)/語り方の変遷(当事者の心境吐露)とも。)。

ここで興味深いのが「怪僧Rasputin1978年)」のリズム感とスケール感を継承しつつ演奏速度を「時計の針の速度安静時心拍数、すなわち男性で60~70程度、女性で65~75程度でもさらに低め)」に落とす事によってある種の「スローモーション効果」を実現してる辺り。

こうして全体像を俯瞰してみると、音楽の多くが「心音を自然に高める高揚感」か「心音を強制的に落として様々な効果を引き出す」のを強く意識して製作されている気がしてきました。胸部圧迫法にそのまま使える曲が少ないのはそのせいとも?

そういえば「手のひらを太陽に1961年)」が案外いけそうだ?

 え、あの「アンパンマン1969年〜)」の作家の作詞だったの?

*それゆけ!アンパンマン主題歌「アンパンマンのマーチ」で教えてるケースもあるらしい?