諸概念の迷宮(Things got frantic)

歴史とは何か。それは「専有(occupation)=自由(liberty)」と「消費(demand)=生産(Supply)」と「実証主義(positivism)=権威主義(Authoritarianism)」「敵友主義=適応主義(Snobbism)」を巡る虚々実々の駆け引きの積み重ねではなかったか。その部分だけ抽出して並べると、一体どんな歴史観が浮かび上がってくるのか。はてさて全体像はどうなるやら。

【数学ロマン】「まだ自分のSAN値は残ってるんだろうか?」

もしかしたら、ただ単に「三つ子の魂百までも」だったりする?

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 遂にQiitaの方でも言い放ってしまいましたが、オイラーの公式Eulerian FormulaCos(θ)+Sin(θ)iの一般形Cos(θ)+Cos(θ-π/NoS)i(NoS=Number of Sides)が最近、壮大な「数学ロマン派叙事詩」と感じる様になってきたんです。

  • 関数としての機能自体はシンプルで「角度を渡すとそれに対応する正多角形を教えてくれる」程度。普通じゃない動きを見せるのは(誰もがみんな見知ってる)正三角形未満の辺数の図形が答えとなる角度を入力した時で「二辺形とは何か」「一辺形とは何か」に興味を持つ契機となった。
    こちらも並行して進めてきたので面白さが倍になった感じ。この次々と異質な何かに向かわされる感じ、例えばH.P.ラブクラフトの「狂気の山脈にて(At the Mountains of Madness,1931年)」の読書感に似てる。漫画版も再現度が高かった…

  • ティンダロスの猟犬」こと(何故か自らの直角性を主張する)2/(2n+1)角形集合に邂逅したのもこれを通じて。おそらく正体は「(2n+1)/2角形の逆数あるいは逆元」辺りと睨んでるんですが…そもそもそれって何なの? まさか群に成長するの?

  • そして多面体の辺数が無限に近づくにつれ、速度を落としつつ「半径無限の円環」にゆっくりと飲まれていく圧倒的荘厳さ…久し振りにアーサー.C.クラーク「幼年期の終わり(Childhood's End,1952年)」の結末とか、カールセーガンの科学TV番組「コスモス (COSMOS,1978年=1979年) 」の「(宇宙カレンダーに立脚する)太陽系の最後」とか。

まだ自分のSAN値は残ってるんだろうか…

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それはそれとして、最近気になってるのが「このトーラスは誰も知らない?」問題。普通の人がトーラスと聞いて思い浮かべるのは(まぁ実はトーラスが何か分かる時点でそれには分類されないのかもしれないのだけど)大体、上掲の様な形だと思うんですが、最近私と睨み合ってるのはこれ。

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何ですか、このマンジュウヒトデゴーダチーズみたいなフォルム…

そんな感じで以下続報…