諸概念の迷宮(Things got frantic)

歴史とは何か。それは「専有(occupation)=自由(liberty)」と「消費(demand)=生産(Supply)」と「実証主義(positivism)=権威主義(Authoritarianism)」「敵友主義=適応主義(Snobbism)」を巡る虚々実々の駆け引きの積み重ねではなかったか。その部分だけ抽出して並べると、一体どんな歴史観が浮かび上がってくるのか。はてさて全体像はどうなるやら。

【数学ロマン】「蘇れ、数理人文学」?

2019年初頭に「数学の再勉強」を宣言し、しれ以来ずっと「高校数学と大学数学の狭間」みたいな領域の徘徊を続けてる訳ですが、その過程で思い出した事。

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  • 自分の思考様式の根底に意外と「(文化人類学レヴィ=ストロースらが展開した数理人文学たる)フランス構造主義」のさらなる大源流たるソ連の昔話収集家ウラジミール・プロップの物語文法論が深く根ざしているという事。

  • そしてそれは肯定的な意味合いも否定的な意味合いも含め(同じくレヴィ=ストロースが傾倒した)ゴビノー伯爵の人種エントロピーと密接な関係にあるという事。

これは 若い頃から既に「背後に一貫した数理が貫いている考え方」を好んで摂取してきた結果とも。

そういえば吾峠呼世晴鬼滅の刃(2016年~2020年)」や田島列島水は海に流れる(2018年~2020年)」の様な最近のヒット作中に断片的に現れる学問が、まさに1980年代ニューアカが執拗なまでに全面否定しようと試み続けた 「数理人文学=構造主義」だったりするのが気になります。

逆をいえば20世紀末にあれだけ流行したニューアカの痕跡は今や…