何しろその起源は「仏教への仏像概念普及」以前まで遡るとされています。当時の信仰上のシンボルは卒塔婆(ストゥーパ=仏塔)でした。
在野信徒による強力な支援体制を武器とし、そのシステムはマニ教経由でアフリカ北岸在住のヒッポのアウグスティヌス (354年~430年,修道院/修道会システムの発案者)にまで影響を与えたと考えられています。
そういえばインドの人から法華経エピソードを聞くことは今のところ皆無。観音菩薩についてはそれなりに知られているのに、それが収められている法華経についてはあまり知られていないなら、法華経を奉ずる教団というのは、インドでは本当に歴史の記憶からも消え去ってしまったんじゃないかという気が。
— 慈永祐士 (@jiei_yushi) 2021年7月16日
現代インド社会における「仏教」のマス・イメージといえば、映画『パドマーワト』の冒頭〝スリランカの石窟寺院でチベット式のマニ車を回しながら礼拝する〟場面が象徴的でした。つまり(アンベードカルでなければ)過去のもの・外国のもの、という感覚なんです。
— 髙山龍智🇮🇳जयभीम वाला (@nagabodhi) 2021年7月16日
少数派になるとそんなものかもしれませんね。ジャイナ教ももしかしたらあまり親しみが薄いかもしれません。もっとも、仏教よりは定着している感じがしますけれども。
— 慈永祐士 (@jiei_yushi) 2021年7月16日
ジャイナ教徒の場合、苗字が「ジャイン」であったりするので、社会的認知度は比べものにならないほどです。
— 髙山龍智🇮🇳जयभीम वाला (@nagabodhi) 2021年7月16日
ああ、あれは苗字だったのですね。初めて知りました。名前につける習慣があるのかなと思ってました。考えてみれば、苗字自体そういうものではありますが。
— 慈永祐士 (@jiei_yushi) 2021年7月16日
とりあえず、メモがてら…