「第三世代フェミニズム」というと端緒は「Riot Girls文化」が飾った筈なのですが…
そんな1990年代前半の景色なんて、もう当のフェミニスト運動家すら覚えちゃいない?
今回のメモの発端はこの投稿。
もうぐちゃぐちゃなので、いま一般人にできる最大の防衛策は「フェミニズム」「ジェンダー」「社会学」「クィア」そういうものを語る人をとにかく遠ざけておくこと。ブロックしていい。目に入れないほうがいい。話をしないほうがいい。どこからどうやって絡まれるかわからないから。
— ktgohan (@ktgohan) 2022年1月21日
こういう考え方もあるのか。自認「第三世代フェミニスト」の身としてつらい… https://t.co/PEoRkBs4qf
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年1月21日
まあそれでも少子化でゆっくり崩壊しつつある現代社会で、性的嗜好の多様性を唱える第三世代フェミニズムへの風当たりもいずれ大分強くなりそうな予感はしますけどね…
— ふるべ/Hrubešová (@hrubeshovaa) 2022年1月21日
それこそが受けて立ちたい戦いなんですね。「男女概念の峻別」を平均と分散の直積に発展的に解消する様な戦いを…(そうなる日が近いと信じて、現在理論を整備中)
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年1月21日
「どうせ殺し合いしかないなら、もっとマシな殺し合いをしようじゃないか」と、私のゴーストが囁いてくるのですよ。
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年1月21日
「フェミニズムの再建・再生」はどうやっても必要になると思います…
— ktgohan (@ktgohan) 2022年1月21日
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年1月21日
でも僕これみんなちょっと冷静じゃないからコロナおさまって正気に戻るまで少し離れるのも手かなって思いました。ちょっと常軌を逸してきた気がする…
— 耕造 construction (@constructuralis) 2022年1月21日
「狂気の沙汰こそ面白い」ですだよ。
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年1月21日
一般的な生活者相手にそれを言うのはとても危険だと思いますよ。趣味者相手なら別にどうでもよいでしょうけれど、そうでないならばいっそ「フェミニズムは一般的な生活者を相手にせず」と先に指し示すべきと考えます。恐ろしいものである、と。
— ktgohan (@ktgohan) 2022年1月21日
私は数年前に焼き尽くされたtumbrの生存者なので「同性婚さえ認めたら、残りのLGBTQA層は焼き尽くしていい」みたいな偽善的平和主義なら散々経験済みなので。「さて、この時間線ではどれだけ変えられるかな?」くらいでの再チャレンジという次第。
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年1月21日
×くらいでの○くらいの気持ちでの。
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年1月21日
ここで割り込み。
同性婚問題で燃やされた話ってなんか大体想像つく気もするけどどんな話なんですか?ききたい〜
— 耕造 construction (@constructuralis) 2022年1月21日
確かに引っ掻き回すのとは別に、ちゃんとその渦に巻き込まれずにものを見ることができるメンタル強めの人は、何が起こってるのか?っていうのは遠ざけずにしっかり見とくことは必要すよね。語り部としてメンタル弱くて耳を閉ざした人たちに語り継いでほしいし僕もそれは見てはいたいかもな。
— 耕造 construction (@constructuralis) 2022年1月21日
そんでメンタル弱い人は見ないのも手かもなとか言ってる僕もパターナリズムがすぎるんじゃねって気はしてきました…
— 耕造 construction (@constructuralis) 2022年1月21日
「同性婚さえ認めたら、残りのLGBTQA層は焼き尽くしていい」…まぁ一朝一夜でこの展開を迎えた訳でもないんですが。https://t.co/JkxJno8Ysj
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年1月21日
そもそもの発端は、ヘイズコード に記されなかった「同性愛者を普通の人間として描いてはならず、可能なら悲惨な最後を遂げさせねばならない」物語文法が実践されてきた事。これには日本でも江戸川乱歩や横溝正史が巻き込まれてたりします。https://t.co/nTMuemxaKZ
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年1月21日
その一方でイエズス会士が起草したヘイズ・コードに同性愛者についての規制がなかったのは、最初から「同性婚承認までの撤退」を想定していたからとも。https://t.co/P1lIQjzGPl
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年1月21日
この話は「米国における同性婚合法化当日(2014年6月26日)にもネット上で話題となり「これで世界がまた狭くなる」という結論に至りました。要するにこれで救われるのは「二人のパートナー同士の結婚」なる枠内に収まる「LGBTQAのLG」大多数だけで、残りへの迫害は逆に強まるだろうと予感したのです。
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年1月22日
映画「ボヘミアン・ラプソディ」がLGBTQA層に大不評だったのも、明らかに「相手が一人じゃ満足出来ないバイセクシャル」だったフレディ・マーキュリーを美化する為に…https://t.co/TCQ6QgE8b6
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年1月22日
最終的に特定のパートナーとの純愛に目覚めるフレディと、彼を誘惑する「多淫性の悪いゲイ集団」を対比させる筋書きだったからです。日本人には想像もつかないですが、欧米ではこうやって普通に「マイノリティ間の対立を煽ってすり潰し合わせる」戦略が遂行されるのですね。https://t.co/kR8kduJO70
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年1月22日
ただTumbr上の展開については、実はそこに陣取る「第三世代フェミニズム集団」が平和維持の為に「異性を憎む同性愛者」と「あらゆる性表現を憎む無性愛者」を追放し続け、彼らがウルトラ・フェミニズム集団に集結して力を蓄え、機会を狙って復讐を果たした物語という側面も。
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年1月22日
とどのつまり私を含め「焼かれた側」全員が無罪でもなかったという事。この事についてどう考えるべきかは、今だに結論が出てません。
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年1月22日
「メンタル弱い人は見ないのも手かも」…それはそれで正解。迂闊に自分に扱い切れない深淵を覗き込んで変な考えに嵌るよりはそっちがずっと賢明というもの。それを回避する処世術も、生き延び続けてさえいれば案外勝手に身につくものです。
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年1月22日
ちなみに「ボヘミアン・ラプソディ」の酷評と対比的にレディ・ガガ主演の「アリー/ スター誕生(2018年)」における「ただ普通にそこにいいる」ドラッグ・クィーンの描き方は最高でした。LGBTQA層も本来はその大半が「ただ普通にそこにいたい」だけなのです。
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年1月22日
で、やっぱり「異性を憎む同性愛者」「あらゆる性表現を憎む無性愛者」問題が残るという。大まかに「異性愛者=同性の性的魅力に弱相関~無相関」「同性愛者=異性の性的魅力に弱相関~無相関」「無性愛者=両性の性的魅力に弱相関~無相関」と分類するなら彼らのそれは「負の相関」で明らかに異質なのです。
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年1月22日
これはマンハイム「保守義的思考」の流儀に従って「問題を最も適切に把握する評価軸数」をロジスティック方程式に表した時、暴走した守旧派が(数理的把握が不可能である事が不可能である事を示す為に)それを無限大に増やそうとし続けるのに対して… pic.twitter.com/wSknfOMk4g
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年1月22日
暴走した革新派がひたすら0以下に発散し続ける(おそらくあらゆる既存評価軸をただひたすら否定し打ち消そうとし続ける振る舞いを表している)構造とも重なってくる気がしますね。「果たしてこれ先天的特性なの?」と疑われてきた由来という…https://t.co/kR8kduJO70
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年1月22日
こうした「暴走LGBTQA/リベラル」のイメージは、20世紀的想像力でいうとマイケル・ムアコック「エルリック・サーガ」やタニス・リー「死の王」のシリーズの最終エピソードで暴走の挙句の果てに世界中を呑み尽くしてしまう「虚無」の概念とも重なってきます。ただし当時はあくまで単なる想像の産物…
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年1月22日
ついでに思い出したのが、亡命するまでナチス幹部への取材を続けたピーター・ドラッカーがナチズムを「正義の絶対的批判者の仮面を被る一方、自らへの言及は決っして許さない」「限りある資源をどれだけ多く分取るかといったゼロサムゲームの話しかしない」とまとめている事。https://t.co/GStUEpeWNx
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年1月22日
これを反面教師として彼が構築したのが有名なマネージメント論だった訳ですが、そこで対立概念とされた「ナチス論法」自体は石原莞爾「最終戦争論」にも見受けられます。要するにこの辺りが数学的構造として共有される本質部分と考えるべきでしょう。https://t.co/04usHNVORG
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年1月22日
どちらも世界恐慌の到来によって誰も「未来に向けて合理的に発展する処方箋」が切れなくなり、人々の想像力が既存資源を奪い合うゼロサムゲームにしか向か話なくなった状況の反映だったと考えると、上で挙げた例とどの部分が重なるか自然に浮かび上がってくるというものです。
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年1月22日
先に礼を挙げた「Queer円/球面」は原則として「半径」だけを見る想定で構想されているのですが、これでは逆元を含めた「直径」をも意識せざるを得ませんね。そういう考え方はまだまだそんなに広まっているとは言い難く、そもそも本当にそれで計算が合うかも分かってません。そんな感じで以下続報…
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年1月22日
そして…
いや、やっぱり駄目。「負の性欲(性的対象としたくない対象をリストから除外する)」が防衛メカニズムの一部として説明される様に、上で述べた様な「負の性癖(しかも黙殺出来ず積極的に攻撃する)」メカニズムは別に設定しないとシステム全体が破綻する…https://t.co/nnW4OjyZ2n
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年1月22日
当時はあの種の人達を変える手段が見つからず、ただただ退去をお願いするしかなかったけれど、こればっかりは未だにどうしようもないままという…
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年1月22日
そして…
あっすません!僕たくさんお返事もらってたのに別の自分のツイートにリプしてしまっていた…マツキさんのブログほんとに迷宮みたいすよね。迷い込んだらなかなかでてこれない…
— 耕造 construction (@constructuralis) 2022年1月23日
確かにそういう一種の思想(あるいは怨念)に志向性をもった人々のクラスタ全体の考えや行動を「変える」なんていうのはにわかにできるようなもんじゃあないすよね…ツッコミどころに的確に楔を打ち込んでくっていうことはできるかもだけど。
— 耕造 construction (@constructuralis) 2022年1月23日
あとやっぱオーギュスト・ブランキは各所で引用されてるし、一度通らないとだめだなって思いました。
— 耕造 construction (@constructuralis) 2022年1月23日
意外とフロベール「感情教育(1869年)」を読んで、2月革命(1848年)当時の「プチブル層にまで戦線布告した」急進共和派や「国王や教会との対決しか念頭にない」政治的ロマン主義者に向けられた庶民感情を把握しておくのが重要かも。
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年1月23日
「フランス初の普通選挙」の景色に登場し、フロベールに「欧州で最も危険な男」の烙印を押されるオーギュスト・ブランキさん、その「民主主義を一切信じてないからこそ、選挙活動であえて道化師の立場に徹する」その態度、マジで狂ってる。
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年1月23日
何故か戦前日本の有識者の間では散々の評価だったりもする訳ですが。
あっなるほどそういう流れなんすね…!ちょっと理解したかも!!!
— 耕造 construction (@constructuralis) 2022年1月24日
こうして国王と教会の権威の君臨がそれへの反抗の理想化と対消滅を起こした後に現れたのが「1859年革命」だったというのが、私の歴史観の基本だったりします。https://t.co/RaHsonx9Ad
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年1月24日
ただ、考え方によっては、このパラダイムシフトをオーギュスト・ブランキは乗り越えたのかもしれないというのが、以下の投稿の仮説なんですね。https://t.co/3uRnmL71Hd
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年1月24日
そんな感じで、以下続報…