諸概念の迷宮(Things got frantic)

歴史とは何か。それは「専有(occupation)=自由(liberty)」と「消費(demand)=生産(Supply)」と「実証主義(positivism)=権威主義(Authoritarianism)」「敵友主義=適応主義(Snobbism)」を巡る虚々実々の駆け引きの積み重ねではなかったか。その部分だけ抽出して並べると、一体どんな歴史観が浮かび上がってくるのか。はてさて全体像はどうなるやら。

【雑想】景気低迷が生んだ「改革」ビジネス?

理事長退任求め署名活動 梅光学院同窓生ら300人集会-下関

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下関市の学校法人梅光学院(本間政雄理事長)の運営をめぐり、同窓生らが5日、経営方針の転換や本間理事長の退任を求めて「梅光の未来を考える会」を同市細江町の市生涯学習プラザで設立した。

学院が運営する中学校高校や梅光学院大学の学生、同窓生、3月末で契約終了を言い渡された同大の矢本浩司特任准教授、保護者ら約300人が集まった。

学院をめぐっては財政健全化を理由に、中学校高校で40歳以上の教員(常勤講師と非常勤除く)に希望退職を募集。現役教員によると、対象外の教員を含めて14人が退職届を出しているという。対象の教員に外部のコンサルティング会社が行う研修を受けさせており、参加した教員から研修内容が「パワハラだ」と反発の声が上がっていた。

集会では同大や中学校高校の関係者が「計画性のない人事」などを指摘。矢本特任准教授が雇い止めの経緯などを説明し、「生徒や学生を中心に考えた対応をしてほしい」と求めた。中学校高校の教員が「パワハラ」研修について、「言葉の暴力で個人攻撃するようなことがあった」と訴え、講師の具体的な言動を説明するたびに会場がどよめいた。

同窓生が本間理事長の退任を求める決意文読み上げなどがあり、現経営陣の運営方針に反対し理事長の退任を求める署名活動を始めることを決めた。署名簿には「専横的な学校運営により、教育環境は破壊されつつある」「コンプライアンス違反の疑いも浮かび上がっている」などの文言もあった。8千~1万人分の署名を目標に、14日まで続ける。理事会が開かれる3月下旬までに本間理事長に届ける。

人気准教授 突然の契約打ち切り 学生反発、抗議文送付

梅光学院大学下関市)の特任准教授が3月末での契約打ち切りを突然通告されたことに、ゼミ生を中心に学生が「納得できない」と反発、大学側だけでなく、県や文部科学省などにも反対署名を添えて抗議文を送ったことが5日分かった。3月末での事実上の解雇通告を受けた同准教授は、学生による授業評価がトップランクとされるが、学生が動いた背景に、多くの教員が年度末で去ることへの、学院側に対する不信感ものぞく。

教員は同大学文学部の矢本浩司特任准教授(43)で専門は日本文学。1年ごとの雇用契約で昨春から教壇に立った。学生の人気が高く、一般講義のほか受け持つ日本近代文学ゼミに、来年度は新たに文学研究13人のうち10人が志望するなど集中し、調整が急がれる矢先の通告だった。

赴任して間もない昨年7月の学生の授業評価アンケートでいきなり評価最上位ランクになり、教員の教育力向上を目指すFD委員会の副委員長を命じられた。年4回の同アンケートで准教授は常に最上位に入っていたとされる。

准教授によると春休みに入った直後の2月24日、学院長室に呼び出しを受け、樋口紀子学長から「3月末の契約期間終期をもって雇用を終了し、以後は更新しない」旨の通告書を突然渡された。理由をただしても「総合的な判断」としか説明がなかった。

准教授は「学校運営などで疑問に思う点を中野新治学院長に何度か申し入れた行動が、おそらく契約打ち切りの理由だろう。ハラスメント的に突然辞めさせられる事例は聞いたことがない」と憤る。

契約打ち切りの事実を知った学生は大学側に(1)准教授の名前も入る4月からのカリキュラム、時間割がすでに決まったなかで、春休み中に通告した理由(2)授業評価アンケート結果の明示と具体的な雇い止め理由-などを1日付の公開質問状で示し、契約打ち切りの白紙撤回を求める。

「学生有志」による抗議文、公開質問状は同学院の理事長、学院長、学長、統轄本部長宛てだが、「実態を知ってほしい」と文科省や県教委などにも送った。

春休み中で多くの学生が帰省するなか、1日から3日間で103人の学生から抗議の意思表明を得た。

学生らは矢本准教授について「講義は固定概念にとらわれず、とても幅広い視野で文学に迫った」「常に課題を出しながら個々にアドバイスするなど、真摯(しんし)に学生と向き合った」「教職の授業では、自身の体験を交えた心構えなど、懇切丁寧だった。契約を切る理由はどこにもない」と授業の充実度を口々に語る。

学生が大学外に向けて動きだした背景には、学生らによると、2015年度末でゼミを受け持つ教職員が少なくとも6人も退職、他にも「数人が納得できない形で大学を去る」という窮状がある。

15年度で卒業する学生は「新入学生には不安が広がるかもしれないが、学院側への不信感が在学生に根強く、後輩のためにも、学外で訴えるしか解決できないと決断した」と話す。

樋口学長は「雇用契約等の判断は個人の評価に関するものであり、プライバシーに関わるもので回答できない。本学では教員の雇用関係は、教育の質や学院職員としての資質等をふまえて適切に判断している。学生に対してはきちんと話し合いの場を設けて説明する予定」とコメントした。

 どうしてこんな展開を迎えたのでしょう?

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【FPS<MOBA?】人類が狩猟採集生活から伝統的集落運営に至った過程についての一思案?

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これまでの投稿においては主に「人生のファーストパーソン・シューティングゲームFirst Person shooterFPS)化」について述べてきました。ある意味それが2010年代前半の旬だったので…

良くも悪くも自らの「(個別的)身体性」が全ての優劣を定める、ある種の「狩猟採取生活」への強制回帰。ただし2010年代後半に入ると、この方面における展開はあくまで「動物の世界(スポーツの様に若い頃が最盛期で、加齢などの要因で誰もその状態に止まれない)」を一歩も抜け出せず、従って知能や社会性の向上には貢献せず、その機能はむしろMOBAが備えているとする説が浮上してきたのです。

マルチプレイヤーオンラインバトルアリーナ(Multiplayer online battle arena、MOBA) - Wikipedia

コンピューターゲームにおけるリアルタイムストラテジー(Real-time Strategy、RTS)のサブジャンル。プレイヤーは2つのチームに分かれ、それぞれのプレイヤーがRTSゲームの要領でキャラクターを操作し、味方プレイヤーと協力しながら敵チームの本拠地を破壊して勝利を目指す。
リアルタイムストラテジー(Real-time Strategy、RTS)…命令および行動の順番が明確に決まっているターン制ストラテジー(Turn-Based Strategy、TBS)ゲームとは違い、プレイヤーがリアルタイムに進行する時間に対応しつつ、プランを立てながら敵と戦うゲーム。

一般的なRTSとの違いは、軍勢を操作するのではなく、ゲーム開始時に選択した「ヒーロー(またはチャンピオン)」と呼ばれるたったひとつのキャラを操作する、その「ヒーロー」はレベルや多種多様なスキル、武器防具、所持金といったRPGのような概念を持ち、RTSのユニットよりも幅広く成長するなどがある。

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【雑想】ブラック環境は軍隊の質も低下させる?

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 実証実験もあったりします。

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【シンゴジラ】【ダンケルク】2010年代後半に登場した新たなジャンル?

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2010年代後半に登場した新たな映画ジャンル?

 

さらにはこんな意見も。 

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【雑想】鈴木大拙からヒッピー文化へ

 日本は近代化過程で「禅の精神」とカント哲学を重ねる試みに熱中しました。実はその影響は(同様にカント哲学摂取に熱中した)アメリカにまで及んでいた様です。

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大嶽秀夫『新左翼の遺産』読書ノート

歴史的に言えば新左翼(New Left, nouvelle gauche, neue Linke)とは、社会民主主義(アメリカの場合には民主党リベラリズム)とスターリン主義の双方を批判しつつ、かつ自らを『真の』左翼と自認し、社会主義ないしはリベラリズムの刷新を求めて、『長い60年代(long sixties、1958年〜1974年)』に登場した①思想、②政治運動、そしてその両者と密接な関連をもつ③文化運動・文化現象の総称である。

1950年代後半からの先進諸国における社会運動が、豊かな社会の実現によってその革新的な立場を弱めていき、資本主義の枠内で労働組合員の限られた利益を追求する圧力団体として既得権益を保守する存在となり、社会民主主義政党も福祉国家ケインズ主義路線へと軌を一にして転じた。この転換に幻滅した人びとの間で、これまでの左派社会運動内に共有されていたブルジョア的な文化から離れて、ライフスタイルと芸術の両側面でカウンター・カルチャーへと向かう動きが形成される。この過程でジャック・ケルアックの『路上』や、ボブ・ディランにも多大な影響を与えたアレン・ギンズバーグの『吠える』などのビート・ジェネレーションが、参照点として幾度目かのブームとなった。

ジャック・ケルアック - Wikipedia

*一応は日本の「太陽族(1955年〜1957年)」の方が先行している形となる。

思うより日米左翼は入り組んだ関係にある様なんです?

【インフルエンサー・マーケティング】新時代に突入?

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インフルエンサーマーケティング」新時代に突入?

「コンテンツの質」に徹底してこだわることは、一見すると至極当然のように見えるが、実は、違う。多くの場合、まず、ここが疎かになる。

なぜなら、「コンテンツの質」にこだわればこだわるほど、莫大な「費用」と「人的工数」がかかるからだ。

もし、自身が「コンテンツの質」が高い「商品(サービス)」を創り出す能力がない場合、その能力を習得するために、多くの「時間」を費やす必要が生じることだろうし、あるいは、すでにその能力を習得する人を雇うには、報酬として多くの「費用」が費やされることになる。

それゆえに、起業当初は、必然的に「コンテンツの質」よりも、「ビジネスモデル」を重視する戦略を取りがちである。

「コンテンツの質」を高めることに資金と時間を費やすよりも、「ビジネスモデル」を構築するのに費やしたほうが、費用対効果が高いと、「錯誤」してしまうからだ。

多くの起業家やフリーランスも、自分もこの流れに乗らなければと焦り、課金方式などの「ビジネスモデル」を重視する戦略を取ろうとする。そして、多くは失敗する。

『殺し屋のマーケティング』においても、主人公の七海は、「ビジネスモデル」を重視して、最初の起業に失敗している。

それは、なぜか?  理由は、単純明快である。

「コンテンツの質」を重視しなかったからだ。

商品である「殺し」を外注に依存し、ビジネスモデルの構築でビジネスを拡大しようとした。

しかし、考えてもみてほしい。 たとえば、「コンテンツ」力のない商品(サービス)に対して、人は、定額課金を選択するだろうか。「ブランド」力のない人の有料メルマガを取るだろうか。有料サロンに入るだろうか。

もそも、「ビジネスモデル」とは、質の高い「商品(サービス)」があってこその話であって、「コンテンツの質」を担保できないままに、「ビジネスモデル」を考えるのは、まるで中身がないのに包装だけを立派に整えるようなものだ。

「コンテンツ」の質を高めるには、莫大な資金と費用を費やす必要があると先に説いたが、それだけは、おそらく、足りないのだろう。顧客に最高の商品を出し続けるのだという「覚悟」が必要となる。

おそらく、その想いやこだわりがあるからこそ、それが顧客に伝わり、結果論的に「行列」が伸びるのだろう。

これって本当に「昭和時代の職人的姿勢」への回帰なんですかね? むしろ「(専門分野以外での妄言は笑ってスルーされる)目利きの時代」への移行の流れの一環」とか認識したら駄目なんですかね?

【雑想】これからいよいよカイロ=レンから目が離せなくなる?

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レイア姫とハン=ソロ船長が子育てに失敗した結果? それにつけてもハリソン=フォードさん本当に「子供」多過ぎ。スターウォーズにおける展開が「ああいう結末」を迎える一方で「ブレードランナー2049」においては義理の息子がが「あんな結末」を迎える展開に。そして来年にはインディー・ジョーンズ・シリーズ新作ときたもんだ。今度は父親と息子のどっちが勝つの?


もうとっくに全アメリカの父親から「終始駄目パパに過ぎず、家出した息子の帰還を迎える際の名台詞も単なる強がり。だがそれがいいのだ。だからこそ我々が共感し得るのだ」と評された「仔鹿物語(The Yearling、原作1938年、映画化1946年)」におけるグレゴリー・ペックの名演を、質はともかく、少なくとも量では超えたんじゃないかと思われます。「アメリカン・グラフィティ(American Graffiti、1973年)」で初登場した「刹那的快感に生きる走り屋」が、どうしてそんな事に?
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*こうしたイメージの系譜は「スパイダーマン:ホームカミング(Spider-Man: Homecoming、2017年)」における ロバート・ダウニー・Jrマイケル・キートンの「怪演」にまで結びついていく。



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