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諸概念の迷宮(Things got frantic)

歴史とは何か。それは「専有(occupation)=自由(liberty)」と「消費(demand)=生産(Supply)」と「実証主義(positivism)=権威主義(Authoritarianism)」「敵友主義=適応主義(Snobbism)」を巡る虚々実々の駆け引きの積み重ねではなかったか。その部分だけ抽出して並べると、一体どんな歴史観が浮かび上がってくるのか。はてさて全体像はどうなるやら。

【ネタバレなし】「ひるね姫」観てきました③ 「エンジェルウォーズ話法」とは何か?

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神山健治監督映画「ひるね姫(2017年)」に対する評価において興味深いグループが存在します。

映画「Sucker Punch(エンジェル・ウォーズ)」感想〜”カルト映画”と言うよりは”不思議な集合体” | THE MAINSTREAM

しかしまさにこの部分にこそ、この作品の「絶対矛盾」が存在したとも。何故なら「エンジェル・ウォーズ話法」とは現実直視が不可能なほど悲惨な状況下で展開する「親殺し自分殺し」文法に他ならず「親世代の挑戦を子世代が引き継いでいく第二次産業アニメ」とは水と油の関係にあるからです。

いうなれば「史上最悪の食い合わせに対する無謀な挑戦」、困った事にそれこそが「ひるね姫」という作品の本質だったのかもしれません。

そもそもこの作品において「天使(Angel)」とは如何なる存在なのでしょうか?

ザック・シュナイダー監督映画「エンジェル・ウォーズ(Sucker Punch=「不意打ち」、2011年)」冒頭ナレーション

守護天使は、誰をも背後から見守っている。
様々な姿に変装して。
ある瞬間には老人に、次の瞬間には少女に。
外見は優しげでも、中身はドラゴンの様に荒々しい。
それにも関わらず自ら戦ってなんてくれやしない。
ただ心の奥底で囁くのみ。
「誰もが自らの生きる世界を破壊し、新たに再構成する力を備えている」

「天使など実在しない」と幾ら自分に言い聞かせたって無駄な足掻き。
奴等は常に予期せぬ場所に、予期せぬ時に現れるからだ。
そして様々な姿で私達に働きかける。
時には悪魔として嗾(けしか)ける。
ただ一言「戦え」と。

ザック・シュナイダー監督映画「エンジェル・ウォーズ(Sucker Punch=「不意打ち」、2011年)」エンディング・ナレーション

最終的には誰もが同じ結論に辿り着かざるを得ない。
誰がこの物語の主人公だったのか?
誰がこの物語の幕を引くのか?
誰が各役者の役割分担と振り付けを定めるのか。
誰が誰の為に犠牲を払うのか?
あえて私達を狂気に追いやる誰か
私達を苦しめる一方で、その成功を讃えてくれる誰か。
その誰なら愛する人に名誉を与えられるのというのか?
誰が全てを準備した上で怪物を嗾(け)しかけるのか。
誰が、それが私達によって倒されていくのを見守るのか?
誰が帳尻合わせに全ての試練を背負わされるのか?
こうした全ての過程から、力を得るのは誰なのか?

誰も現実と嘘の境界線なんて教えてくれはしない。
誰が私達を縛り、自由への鍵を握っているのか?
それは貴方。武器は既に私達が揃えた。
さぁ、自分の為に戦って。

何たる複雑な設定…

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  • この物語の中に登場する「天使」はヒロイン達自身ではない。
  • そもそも「それ」が誰の守護天使なのか結末近くまで明らかとならない。
  • 物語の結末においてメインヒロインが観客の前に「天使」として降臨する。

そして時空間設定がまた絶妙なのです。

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  • 何時?…基本的舞台設定として(「Fall Outシリーズ(1997年〜)」やジュリア・ロバーツ主演映画「モナリザ・スマイルMona Lisa Smile、2003年)」同様に)1950年代が選ばれている。これアメリカ文化的には「長い1960年代到来前夜の絶望的な物語」たる事を暗喩する重要なフラグだったりする。

    * それからK・W・ジーター「Dr. Adder(執筆1974年頃、刊行1984年)」へのオマージュ場面も見受けられる。日本でも竹宮恵子辺りが気付いて離脱したが、要するに「長い1960年代ムーブメント」もまた前世代と同じくらい家父長的だったという事。

  • 何処で?…次第に「現実直視が不可能なほど悲惨な状況を夢に逃げ込む事で耐え忍んでる」状況なのが明らかとなってくるが、どれが正解なのかについては結末近くまで明らかにされない。そしてこの「量子論的重ね合わせ状態」こそが作中において妄想と現実を区別する意味を失わせる鍵となる。なにしろこの物語においてはヒロイン達自身が「シュレーディンガーの猫」であり、貧乏籤を引くと死ぬしかなく、そちらの方が余程重要な問題なのである。
    *「そちらの方が余程重要な問題」…かと思えば「今でも既に生きてない様な状態なんだから、死ぬのなんて怖くない」なんて台詞も飛び出す。ならば「現実世界への脱出」こそ最優先課題? ただしこの世界の設定にはさらに裏があって…

    *「ダンサー・イン・ザ・ダークDancer in the Dark、2000年)」や「ドッグヴィル(Dogville、2003年)」といったラース・フォン・トリアー監督映画の延長線上の路線。最近の実例でいうとリアルには新海誠監督映画作品「秒速5センチメートル(2007年)」の世界が展開する「ラ・ラ・ランド(LA LA LAND)」が該当?

    シャーロック・ホームズ・シリーズの「まだらの紐(The Adventure of the Speckled Band、1892年)」や「ぶな屋敷(The Adventure of the Copper Beeches、1892年)」的世界観…要するに遺産相続者が未成年なのをいい事に管財人が財産横領を企むケース。

    ◎精神病院あるいは帝政ロシア時代のダンス・スクール…「自らの体験した虐待を自ら演じる事でその精神的拘束から解放される」ダンス療法を組み込んだ「ゴルスキー博士のポーランド式セラピー」の場としても描かれる。「市長」や「大富豪」の前で踊るショービズ的側面も備える。ヒロイン達はこれに付け込む形で「現実への脱出」を果たそうとする。

    売春宿マクシム・ゴーリキーの戯曲「どん底(На дне、1901年冬〜1902年春)」における「ロマンティストのナースチャ」あるいは、黒澤明監督映画「どん底(1967年)」における「夜鷹のおせん」の世界。にかけて書かれた。売春婦としての毎日の辛さを夢に逃げ込む事で免れている女達…

 そして歴史的側面。「エンジェル・ウォーズ(Sucker Punch、2011年)」に熱狂した国際SNS上の関心空間の女子アカウントは、同時期もう一つの作品を選好していました。「ひるね姫」を製作したProduction I.Gの「BLOOD-C(2011年)」。

時はまさに「暗黒時代(The Dark Age)」の渦中。何よりもまず彼女達自身が「現実世界への脱出口」を切実に求めていたのでした。
国際SNS上の関心空間女子アカウントは自衛も兼ねて常に数千人〜数万人単位で行動。女子グループ間での「同士討ち」も絶えなかったし、これに張り付いた数百人単位の「送り狼」アカウントの半数が2011年末を迎えられなかった地獄の季節。

  • ところでこの層は片渕須直監督映画「アリーテ姫(2001年)」、および(その片渕須直監督が「アリーテ姫のパクリ」と指摘した)「マッドマックス 怒りのデス・ロード(Mad Max: Fury Road、2015年)」のファン層とも重なってる。
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  • そこに「親殺し」要素に加えて「自分殺し要素も混じってくるのは「夢と現実の区別が消失した世界では、まず自分の高慢さや偏見が敵になる」なる認識が浸透してるせい。それゆえにジェーン・オスティン文学のファン層とも若干重なってきたりする。
    *少なくとも新海誠監督映画「君の名は」、山田尚子監督映画「聲の形(原作大今良時)」、片渕須直監督映画「この世界の片隅に(原作こうの史代)」などはこの文脈で読み解かれてきた。
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ただProduction I.Gは、彼女達が最終的に「確かに自分だけの夢の世界に溺れ続ける毎日は楽園とは言い難いかもしれない。でも他人の夢の一部として生かされてる状態こそ本物の地獄。それがしばしば自ら喜んで志願した様に偽装される点も含めて」という達観に到達したのを見逃していた様です。その決断を発展させる形で「自分達の夢を決して親達に乗っ取らせない」「(「文化大革命」を主導した毛沢東の如く)背後で「若者達の革命」を扇動する大人達を決して信じない」なんて判断が下った経緯も含めて。
*特に国際SNS上の関心空間の女子アカウントは「割とあっけなく、身内から一定確率で相手の情にほだされた裏切者が出続ける状況」「彼女達を粛清し続ける事でしか自分達のアイデンティティが保てない状況」を自ら経験し、その手を仲間の血で染めてきた古参兵ベテラン(Veteran)揃いなので心が乾き過ぎて「甲鉄城のカバネリKABANERI OF THE IRON FORTRESS、2016年)」くらいじゃ動じなくなってる。「キングコング:髑髏島の巨神(Kong: Skull Island、2017年)」のコンセプト「戦場は現実に帰れなくなる奴を無数に生み出し続ける」くらいになってやっと「分かる」と同意するレベル。野田サトルゴールデンカムイ(2014年〜)」の登場人物ですか、あんたら?

そう、「エンジェル・ウォーズ(Sucker Punch、2011年)」のヒロイン達は何よりもまず「大人達の妄想に巻き込まれる事」を恐れ、それと戦う存在であり、だからこそ彼女達に選ばれたのですね。

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「エンジェル・ウォーズ(Sucker Punch、2011年)」に登場する「賢者(Scott Glenn)」の台詞

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武器を手に取れ。その時から旅が始まる。自由への旅がな。5つのアイテムが必要となるだろう。地図、炎、ナイフ、鍵…5番目は謎だ。旅の理由であり、ゴールでもある。お前だけがそれを見つけられる。そして、それを見つけ出す事によってのみお前の人生の目的は果たされる。大きな犠牲も払うが、最終的勝利は君のものだ…それから最後にもう一つ。自分の身は自分で守れ。

忘れるな。敵は既に死人と割り切って容赦無く殺しまくれ…それから最後にもう一つ。誰かの為に戦わない者の為には誰も戦ってくれない。

忘れるな。出来もしない空約束はしない事だそれから最後にもう一つ。ママを起こすな。

忘れるな。戦う者の人生は、戦わない者の人生より遥かに美しい…それから最後にもう一つ。爆発を目の前にしたら、スタコラサッサと逃げ出せ。  
*国際SNS上の関心空間でほとんど画像が流れてない…よっぽど嫌われたらしい?

「エンジェル・ウォーズ(Sucker Punch、2011年)」に登場する「ヒモ役」ブルー(Oscar Isaac)の台詞

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ブルー「(マダム・ゴルスキーに対して)確かにショーはお前のものかもしれないが、お前も娘達も全部俺のものだ。それだけは忘れるな。」

ブルー「(「現実への脱走計画」を進めるヒロイン達に対して)仲間としての連帯感。舞台に上がるスリル。お前達にそれ以上何が必要なんだ? いい加減、勘弁してくれよ。また誰がボスか力ずくで思い知せなきゃいけないのか? こんなフザけた真似は二度とするな!! また愛し合い、信頼し合う関係に戻るんだ!!」

ブルー「(事故でヒロインの一人が死んだ時、そばにいたヒロインの一人を指差して)お前が殺したんだ!! お前が殺したんだ!! お前が殺したんだ!! 分かったな!!」

ブルー「(ヒロイン達の一人から「現実への脱走計画」の密告を受け、彼女達を集め)俺が求めてるのはほんのささやかな見返りだけだ。ギブアンドテイクの関係を成立させる為のちょっとした敬意と誠意。なのにこの仕打ちとはね。(怯えるヒロインの一人を抱きしめ)大丈夫、心配するな。すぐ何もかも元通りになる(彼女を射殺)もちろん簡単に口を割る裏切者も同罪だよな(密告したヒロインも続けて射殺)みんなもう良く分かったな。ショーは続けなければならない。それが現実の全て。分かったら持ち場に戻れ」

ブルー「忘れるな、ここは売春宿なんだ。今更善人ぶるつもりか?」
マダム・ゴルスキー「私が彼女達を守ってるのよ」

ブルー「(マダム・ゴルスキーを見捨て、ヒロインの一人を選んで)君には特に稼がせてもらったな。ずっと思ってた。お前でだけ稼げれば俺は幸せなんじゃないかと。確かに俺は快楽を売ってる。だが本心はどうだ? 惨めな男の子の心境だよ。俺の玩具で遊んでる子供達を砂場の片隅で眺めてる。一体どうすればいい? もう玩具を奪い返し、家に帰るしかないだろ?」

ブルー「(自らの工作でロボトミー手術を受けさせ廃人にしたヒロインに乱暴を働きながら)もう抵抗はおしまいか? つまんないぞ!! 自分だけ楽園にいったつもりでいるのか? そんなの許されるとでも思ってるのか? 俺がいいというまで貴様は、この糞溜めに止まり続けるのだ!!」

フレディ・マーキュリー? 口髭のせいもあって黒澤明監督映画「静かなる決闘(1949年)」の中田(植村謙二郎)も連想しました。

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*「未来世紀ブラジル(Brazil、1985年)」? それどころか当時は「カッコーの巣の上で(One Flew Over the Cuckoo's Nest、1975年)」を超えたという評価まで獲得してました。

*そして「スター・ウォーズ/フォースの覚醒(Star Wars: The Force Awakens、2015年)」でXウィングのパイロットでBB-8の所有者たるポー・ダメロンに大抜擢…

 それでは果たして本当の「悪人」はどっちだったのか? まぁこの年には「魔法少女まどか☆マギカ」のQBもデビューしてます。その事実も併せて「当時の空気は推して知るべし」といった感じ?

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こうして全体像を俯瞰してみると「ひるね姫」のエンジェルウォーズ話法って「刺身にソース状態」とすら思えてきます。特に「この物語の主人公、私じゃなかった!!」以降の流れ。エンジェルウォーズなら、ココネちゃん100%確実に死んでますね…