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諸概念の迷宮(Things got frantic)

歴史とは何か。それは「専有(occupation)=自由(liberty)」と「消費(demand)=生産(Supply)」と「実証主義(positivism)=権威主義(Authoritarianism)」「敵友主義=適応主義(Snobbism)」を巡る虚々実々の駆け引きの積み重ねではなかったか。その部分だけ抽出して並べると、一体どんな歴史観が浮かび上がってくるのか。はてさて全体像はどうなるやら。

【インフルエンサー・マーケティング】究極の成功例はHello Kitty!や初音ミク(Hatsune Miku)?

http://buzzmetrics.vn/wp-content/uploads/social_media_monitoring.png

 

どうやら「デジタル社会学(Digital sociology)」におけるオンライン社会学の中核を為すらしい「BuzzMetrics(バズメトリクス)」概念の起源、どうやら「ソシオメトリー(Sociometry)」なる心理療法みたいです。

ところで心理学の分野には概ね以下の二つの立場が存在します。

  • 人格心理学(personality psychology)…各個人はそれぞれ固有のパーソナリティを有し、原則としてその行動原理に従って振る舞っていると仮定する。ここでいう個性(各個人固有のパーソナリティ)は人が誰でも魅了され従わざるを得ない様なカリスマ性、あるいは真逆に人から忌避され、見掛けるなり誰でも石を投げつけて追いはらいたくなる様な邪眼的特性なども含み、時としてそれは遺伝的生得的な特性だったりもする。逆にパーソナリティが変貌すれば、その人物の行動もそれに応じて変貌する。
    ジークムント・フロイト(Sigmund Freud、1856年〜1939年)がこの理論を基礎付けた時代、祖国オーストリア帝国は皇室とその藩屏たる貴族達を頂点に頂く身分制社会だった。当然(18世紀フランスにおいて貴族階層の間で流行したジャンセニスム(Jansénisme)同様に)激しい貧富格差を肯定する祖国の体制を全面否定する形での理論構築は不可能だった事を決っして忘れてはならない。

    http://cp91279.biography.com/1000509261001/1000509261001_1980656760001_BIO-Biography-Sigmund-Freud-LF.jpg

  • 対象関係論(Object relations theory)…人は原則としてそれぞれ固有の認識論的制約下において情報を受け取り、反応を返す存在と仮定する。確かにここでいう「認識論的制約」は遺伝的生得的なものも含むが、それさえ変化すればその人物の情報の受け取り方も、反応を返し方もそれに応じて変わっていく。
    *この派閥の創始者たるメラニー・クライン(Melanie Klein、1882年〜1960年)は、無数の幼児の発育過程を観察した結果、人格心理学的アプローチを諦めて認識論的立場から独自の理論を構築したのだった。「良いおっぱい・悪いおっぱい」理論などが有名。当初は「既存学問体系への全面反逆」のレッテルを貼られ、相当叩かれもしたのだが、現在ではむしろこちらの考え方の方が心理学の本命とみなされる様になりつつある。

    http://www.azquotes.com/picture-quotes/quote-one-of-the-many-interesting-and-surprising-experiences-of-the-beginner-in-child-analysis-melanie-klein-84-42-90.jpg

実際には、どちらの立場に立つ研究者も相手側の研究成果はを貪欲に吸収し合っているので特定のトピックに対して全く違う答えを出すという事はありません。ただ基本モデルの特性上あくまで「外界はその全体が各個人の認識制約下において恣意的に再構築された曖昧な存在」としか規定出来ない対象心理学より、「各個人のパーソナリティはそれぞれが暮らす社会の影響下で形成される」とするタルド模倣犯罪学めいた仮説の導入で従来理論の欠陥を克服した人格心理学の方が社会学との相性が良く、かつコラボレーションに積極的だったりします。

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そうした状況下、Facebook創始者達が(方法論的個人主義というより個人心理学的社会学とした方が本質に近い)ソシオメトリー(Sociometry)概念を積極的に導入した事から思わぬ番狂わせが起こりました。すなわち(今や心理学理論としては対象関係論にメインストリームを譲った感のある)人格心理学が(対象関係論と歩調を合わせる為に捨て去った)「カリスマ性人格(人は誰でもその魅力の前に跪き盲従せざるを得ない)」の概念が、何故か最新理論として有り難がられる展開となってしまったのです。その源流を辿ると「領主が領土と領民を全人格的に代表する権威主義体制」すなわちある種の貴族主義まで遡ります。もちろん呼称は変わりました。SNSマーケティングの世界においてそれは「インフルエンサー(Influencer)」と呼ばれる様になったのです。

進み始めたソーシャルグラフとインタレストグラフの融合

従来は、明確な興味・関心によるニーズから利用されることが多いクックパッド、価格ドットコム、@cosme、食べログYouTubeニコニコ動画ヤフー知恵袋Wikipediaなどがインタレストグラフ系サービスとして位置づけられ、mixiFacebookといったソーシャルグラフ系サービスとは分けて考えられていました。しかし、ソーシャルメディアが幅広い人々の日常に深く浸透し始めた今、ソーシャルグラフとインタレストグラフという2つのグラフが一緒に作用し合うソーシャルウェブをどう捉えるかがマーケティングを考える上でも非常に重要になってきています。

リアルな人間関係に近づきつつあるソーシャルウェブ

例えばTwitterでニュースをシェアしたり、リツイートするという行動は、自身が何に興味を持っているかを表明することになり、リアルタイムにインタレストグラフを形成していきますが、ソーシャルグラフに基づいたFacebookにおいても、「いいね!」のような自己確認的な位置づけのライトなアクションが積み重なることで自然とインタレストグラフが形成されていきます。自覚的な興味・関心によって能動的に繋がるだけでなく、既に繋がっているソーシャルグラフの関係性がインタレストグラフによってフィルタリングされるようになり、より影響力のある人がだれなのかがソーシャルメディア上で可視化されてきています。

インタレストグラフの特性を生かしたサービスとして注目を集めているPinterstは、2012年1月~8月のトラフィック誘導が、Yahoo!検索を抜いてGoogleFacebookに次ぐ4位となりましたが、情報伝達の起点として「Power Pinner」と呼ばれる個人ユーザーが大きな影響力を持ち始めています。こうしたキュレーター的な“人”と繋がることによって、新たな興味・関心が可視化され始めているとも言えるでしょう。


そもそも現実社会において私たちの交友関係は環境や心情的な繋がりのみならず、共通の趣味・嗜好によって繋がっていることも多く、ソーシャルグラフとインタレストグラフの融合は、ソーシャルメディア上の繋がりがよりリアルな人間関係に近づいていることを表しているのかもしれません。

ロケーショングラフも取り込み更に広がるマーケティングの可能性

インタレストグラフを形成する興味・関心が、その人の根源的な欲求に起因するだけでなく、ソーシャルグラフの影響によって変化することで、今後はますます多様化・細分化が進むと考えられますが、そこに属性、時間、場所、購買や閲覧といったウェブ行動履歴などの「ビッグデータ」を合わせて分析することで、より深いコンシューマー・インサイトが獲得出来、新たな需要喚起に繋がることが期待されます。


また、インタレストグラフと「ビッグデータ」によって高度にマッチングされた情報は、ソーシャルグラフの共感によって熱度を増し、さらにモバイルデバイスの進化で精度が高まった位置情報によるロケーショングラフと結びつくことで、よりパーソナライズされたマーケティングを可能にしてくれるのではないでしょうか?

用語説明:【インフルエンサー(Influencer)】

影響、感化、効果を意味する「Influence」を語源とし、世間に大きな影響力をもつ人や事物を表す。 特に、インターネットの消費者発信型メディア(CGM)において、他の消費者の購買意思決定に影響を与えるキーパーソンを指す。具体的には、好感度の高いタレントやファッションモデル、スポーツ選手や、特定分野に詳しい専門家や知識人、インターネット上で強い影響力を持つ個人ブロガーなどが挙げられるが、 マーケティング会社のブルーカレント・ジャパンでは、「コミュニケーション力」「信頼獲得力」「情報伝播力」をすべて備えた消費者と定義している。

2002年に出版されたマルコム・グラッドウェルの『The Tipping Point(邦題:「急に売れ始めるにはワケがある ネットワーク理論が明らかにする口コミの法則」)』によって、商品やブランドがターゲットとするコミュニティやセグメント内において、周囲に影響を与える人物を見つけ、彼らに対して一次的にアプローチする「インフルエンサーマーケティング」が注目されるようになった。

情報取得効率化にフィルタリング効果を与えるマイクロインフルエンサーの登場 

企業のマーケティングメッセージがあふれる現在、消費者は企業側からの広告メッセージよりも、同じ消費者としての立場から発信された体験談や評価などのクチコミを重視して、商品の価値を見極める傾向が強くなっています。ここ数年急激に発達してきたブログメディア、動画サイト、SNSなどのCGM(Consumer Generated Media: 消費者生成メディア)によって、多くの消費者がクチコミの情報検索を簡単に行うことができるようになり、メディア接触意向が変化し、情報流通においてクチコミの起点や“増幅器”となるインフルエンサーの存在感が大きくなりました。

しかし、企業側は「より影響力のある人に話題にしてもらいたい」という志向によって、特定のインフルエンサーに案件依頼が集中することが増え、ブロガーやアフィリエイターなどを使ったオススメ商品情報が、企業の“下心が見える”と反発を受ける場合も増えてきました。さらに、消費者と対等な立場を装ったブロガーに報酬を与え、商品やサービスの評判を高める情報を書かせる「やらせ」ブログなど、いわゆるステルス・マーケティングに発展することも増えています。

さらに、ソーシャルメディアによって活発になった情報共有は情報量の劇的な増加をもたらし、ネット上に玉石混合の情報コンテンツが溢れるようになったため、従来インフルエンサーとされた有名人や専門家、著名人などの発言は、マスメディア的な認知レベルでの情報発信に域を超えて意思決定や購買行動まで影響を及ぼすことが減り、ユーザーは情報価値の判断に迷うことが増えてきました。そこで、自分が必要とする情報取得の効率化を求めたユーザーは、TwitterFacebookなどで繋がった身近な人とのコミュニケーションの中で、自分の感性や価値観に合った、またライフスタイルに近いインフルエンサーを見つけるようになりました。

ソーシャルスコアだけによる影響力判定の危険性

こうした嗜好性の近い小さな圏域で他者に影響をもたらすマイクロインフルエンサーのほうが、心情的な繋がりをもとにした共感力、伝搬力が高い傾向があることがわかってきています。今まではインフルエンサーによる情報拡散範囲は想定できても、影響力の大きさは把握できませんでしたが、FacebookやLinkedIn、Google+のような現実の人間関係を色濃く反映したSNSでの関係性を数値化する「ソーシャルスコアリング」の登場で、マイクロインフルエンサーの存在を特定することが可能になりました。

米国では今、ソーシャルスコアを活用したマーケティング施策が人気となっており、最近ではキャセイパシフィック航空が「Kloutの高いユーザーに限定して、航空券を無料で提供したりVIPラウンジを無料で使わせる」という施策を行ったことが話題となりましたが、高いスコアをもつインフルエンサーだけが高待遇を受け、そうでない利用者のロイヤルティを下げてしまう”ソーシャルメディアカースト”というシステムに繋がるのではという声も上がっています。

ソーシャルスコアには感情などに関する分析が含まれておらず、ネガティブな内容であっても発言量の多いユーザーが高く評価されたり、Facebookでの交流は少ないのに投稿したYoutube動画が偶然バイラルヒットしただけで数値が高くなるいったように、ソーシャルスコアだけで影響力を判断することはまだまだ難しいと言えます。

マイクロインフルエンサーの選定と情報発信意欲の喚起

マイクロインフルエンサーによる影響は身近なコミュニケーションの範囲での限定的なものであり、一回で大きな効果を産み出すものではありません。顧客と商品(または商品に関する情報)の接触回数が3回を超えると顧客が商品の存在を認知し、7回で商品を手にとり購買を検討するという「セブンヒッツ理論」を参考にすれば、商品の評判を良くしたり、購入の機会を増やす取り組みとして、ターゲットとなる消費者に様々な角度から影響を与えることが出来るマイクロインフルエンサーと、継続的かつ多角的にコンタクトして対話をし、そのネットワークに自社の情報を拡散するという事はこれからとても重要になってきます。

そのためにはマイクロインフルエンサーの中から”どの人物を選ぶのか”、”なぜその人物を選ぶのか”が大切であり、あくまで「自社にとってのインフルエンサーであるか」で判断するべきです。影響力の少ない人でも話す価値のある人がいれば積極的に対話をしていく姿勢が必要ですし、影響力のある人にだけ媚びるような姿勢が他のユーザーに見透かされれば、「この企業はフォロワー数で判断する」というネガティブなイメージを与えてしまうため、バランス感覚が重要となってきます。

また、マイクロインフルエンサーは個人の趣味・趣向によって情報発信の意欲が大きく左右されるため、特定企業が商品の魅力を継続的に発信してもらうことはなかなか難しく、結果として効果も限定的なものになりがちです。そのため単なる商品訴求ではなく、その周縁の“興味・関心テーマ”に拡大する手法を考える必要があります。趣味性やライフスタイルなどの世界観を提示することでより強い情報発信意欲を喚起し、マイクロインフルエンサーがフォロワーを巻き込みやすい環境を創ることが出来るでしょう。

ソーシャルメディアにおける影響力を測る ~ソーシャル・スコアリング~ | Take IT Easy

ソーシャルメディアにおける影響力は?

ソーシャルメディアを活用したマーケティングの文脈でよく出てくるキーワードの一つが「インフルエンサー」だ。インフルエンサーとは、ソーシャルメディア上で大きな影響力を持つ人のことで、ソーシャルメディアでの特定商品やサービスへの言及が、しばしば多数の消費者の購買に大きな影響を与える。企業から見ると、こうしたインフルエンサーは、マーケティング効率上から非常に貴重な存在だ。ではどのようにしてインフルエンサーを探し出すか。

インフルエンサーを探す方法の一つがソーシャルスコアリングだ。ソーシャルスコアリングとは、個人のソーシャルメディア上の影響力を数値化することである。代表的なソーシャルスコアリングベンダーである Kloutは、複数のソーシャルメディアにおける活動状況や他人とのつながりの強さを測定し、そこから影響力を算出してKloutスコアとして表示する。TwitterFacebookfoursquareGoogle+、LinkedIn、Wikipediaなど複数のソーシャルメディアでの行動が評価対象となる。

Kloutの他には、PeerIndexや Kred等が有力なソーシャルスコアリングベンダーだが、日本国内では、アジャイルメディア・ネットワーク社が、mixi等国内SNSでの評価を加味したUser Chartというソーシャルスコアリングサービスを展開している。

米国では、ソーシャルスコアを活用したマーケティング施策も始まっている。航空会社キャセイ・パシフィックでは、Kloutの高いユーザーに限定して、航空券を無料で提供したり、VIPラウンジを無料で使わしたり、といった施策を実施した。

影響力評価のしくみ

ソーシャルスコアリングベンダー各社は、スコアリング手法について明らかにしていないが、ソーシャルメディアごとに、スコアリングに用いる変数については公開している場合が多い。例えば、Kloutでは、Twitterなら、被リツイート数、メンション(自分が発言したことに対して、何らかの意見をもらうこと)数、フォロワー数、リプライ数等。Facebookなら、メンション数、いいね数、コメント数、ウォール投稿数、友人の数といった具合だ。

この分野でよく引用される文献「Infuence and Passivity in Social Media」(HP研究所, 2011)の中では、ソーシャルメディア中の影響力について、以下のポイントが結論として述べられている。

  • ツイッターユーザの人気(フォロワー数)と、影響力の間の関係は予想以上に弱い。

  • 平均的な Twitterユーザは、318 のツイートに対して、1つのリツイートという低確率。ただし、リツイート数は、ユーザによりバラけており情報の拡散に一役買っているのは、一部ユーザのみ(つまり大部分のフォロワーは、情報の拡散には貢献しない)。

これに従えば、インフルエンサーとは、フォロワー数そのものよりも、フォロワーの質(拡散行動を実際に起こすという意味で)が重要であり、この点で、Kloutが、被リツイート数やメンション数を重視していることはこの研究結果にも整合しているといえる。

ソーシャルスコアリングが抱える課題

しかしながら、スコアリングの対象が、Webページならいざ知らず、人そのものであるというのは、中々シビアな話だ。実社会でも、面白い話を持っていたり、コミュニケーション能力が高い人はモテたりもするだろうが、こうした側面が数値的な成績として、算出されてしまうことのインパクトは大きい。なんだか人格を評価されているようで気持ちのいいものではない。

似たような話で、クレジットカードカード会社が、カード入会申請者の信用度評価(クレジットスコアリング)を実施し、カード入会の諾否や与信枠を決めているのは御存知の通りだが、ソーシャルスコアリングは、結果がWebで広く数多に公開されてしまう点で話はもっと大きい。

ソーシャルスコアのマーケティング活用事例については前述の通りだが、他には、Salesforce社が、社員募集の条件に、Kloutスコアを採用したという話もある。 こうした事例はまだ少ないが、ソーシャルスコアが市民権を得ていくにつれ、実社会への適用事例を増えていき、それとともに、こうした問題が増えていくだろう。

企業が、Google検索エンジンで、自社Webページが上位に表示されるようにるSEO (Search Engine optimize)に血眼をあげるのと同じく、人間もまた、スコアを上げるためにソーシャルメディア上の行動をとるようになってしまうのかもしれない。ソーシャルスコアリングがうまくソーシャルメディアと共存し、健全な方向で成長していってほしいものだ。

こうした「ソーシャルスコア競争の過熱化」と「Facebook上で自警団が目立つ女性アカウントや非WASPアカウントを狩って回った現象」を結びつけて考える人もいます。私自身はあくまで国際SNSに逃げ込んできた人達の証言しか聞いた事がないので肯定も否定も出来ませんが。やがてそうした動きは沈静化します。それについてもFacebookによる規制強化が功を奏したというより、それを契機に多くの女性アカウントや非WASPアカウントがFacebook上には連絡用の捨てアカのみ残し、主活動場を他に移したせいで衝突がなくなったせいとする意見が存在します。要するに「ソーシャルグラフの完成形はある種の封建制かもしれない」という事。

  • そもそも所謂「封建制」が、様々な基準が曖昧で家長が亡くなる都度醜い後継者争いが起こる最初期の不安定な状態から次第に安定性を獲得していく過程で次第に個人の実力より血筋を重視する様になり、女性から相続権はおろか財産権まで剥奪する展開を辿る事が多いのは、相続すべき土地が限られているから。「次男以下は常備軍将校か聖職者となり、政略結婚に使われない娘は修道院送りにされる」18世紀フランス貴族の現実もこの現実に準拠する。

  • それが証拠に(十字軍運動も含む)大開拓時代(11世紀〜13世紀)の欧州諸侯達や大航海時代ポルトガルブルジョワ階層はこの問題に直面していない。(土地だけでなく商圏利権も含む)相続すべき財産土地を持たない無産者(次男や三男や領土争いの敗北者)は、自ら積極的に侵略や開拓の最前線に身を投じ、新たな財産を築くか敗亡して忘れ去られていく道を選んだからである。このシステムの問題点は一進一退の繰り返しで所領獲得が見込めない十字軍国家防衛やイベリア半島レコンキスタには誰も志願したがらない点で、仕方なくローマ教会が祝福し王侯貴族の寄付金で運営される騎士修道会が編成された。欧州が世界史上において突出的に(受封者の従軍義務に依存する)封建的軍政制から王室予算で運営される常備軍への移行が早かったのは、こうした先例が存在したせいとも。

  • こうして全体像を俯瞰してみると、Facebook上におけるソーシャルスコア競争が自警団(それ自体の数は少ないが、自らの利益にもつながるので圧倒的多数が黙認)の活躍を経て老若男女や華夷秩序のはっきりした「清浄無垢なる世界」に向かうのもまた、ある種の歴史的必然なのかもしれない。近年「死没者のアカウントをどうするか」といった問題が浮上し、有名アカウントについては襲名式の様なものを開いて後継者が引き継ぐ様な流れも見受けられるが、究極的にはこれも上掲の清浄無垢なる世界」概念と合流。ソーシャルグラフ世界を司る中世的ハルモニア(Harmonia、調和)の重要部品となっていくのかもしれない。そう、ゴールはまさしく厳格な位階制を遵守する天使達が舞い踊る完璧無比な「天動説」の世界。ヘーゲルいうところの時代精神Zeitgeist)ないしは民族精神(Volksgeist)に全メンバーが没入し、それぞれが居場所を見つけた完璧無謬の理想郷(ユートピア)。

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そう考えてみると、日本のTwiiter上に時々「俺のフォロワー数はお前のフォロワー数より圧倒的に多い。だから俺の言う事は常に正しく、お前のいう事は常に間違っている」などと言い出す人物が現れるのも頷けます。まさしく彼らこそゾンバルトが「恋愛と贅沢と資本主義(Liebe, Luxus und Kapitalismus、1912年)」において資本主義の起源とした「召使の数や年間行事への招待客を競い合った中世的権力者達」の現代版。
503夜『恋愛と贅沢と資本主義』ヴェルナー・ゾンバルト|松岡正剛の千夜千冊

そうした競争は次第に「量から質へ」「公的空間から私的空間へ(顕教から密教へ)」と内容を変化させていきますが、取り残される人々があまりに多くなり過ぎると「(インテリ=ブルジョワ階層への不信感を発端とする)反知性主義的反動」を生んでしまいます。

*もしかしたらSocial Justice Warriorの台頭とも関係してくる? そもそもこうしたヒステリックな運動はインテリ=ブルジョワ階層そのものというより、インドにおける「サティー(Sati寡婦焚死)」や菜食主義の慣習同様に上流階層へのスノビズムに意識を支配されつつ、下層階層からの嫉妬を恐れる新興プチブル集団が始める事が多いとされている。

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そもそも「清浄無垢なる世界」では外界への関心が薄れるかというとそうでもありません。むしろ閉鎖空間だからこそ「国際SNS上の関心空間」からの引用力がソーシャルグラフでの地位向上につながる競争の材料となり「Facebookのタイムラインを流れてるトラフイックの4割〜6割が国際SNS上の関心空間の影響下にある」状況に至ったりもしています。有名な事例としては、2012年度米国に端を発するKPOPの流行プロセスなどが挙げられます。

最初の発端を生み出したのはYoutubeでJustin Bieberを発掘し、Carly Rae Jepsenの「Call me maybe」を国際的ヒットさせたScooter Braun(スピルバーグ監督に認められたハンガリー系ユダヤ人)。7月15日にリリースされたGangnam Styleのビデを見てすぐPSYに接触し自分のレーベルと契約を結ばせたとされている。

  • ドジャースの試合会場の応援タイムにジャンボスクリーンを使った「江南スタイル」実演があり、その翌週2012年08月30日にオレゴ​​ン大学の応援団がこれを模倣した動画をアップ。当日から翌日にかけて数多くのYoutube上の動画Newsやスポーツ系ネットニュースに採り上げられた。同年同月29日には(Scooter Braunと親しい)ブリトニー・スピアーズTwitter上で「江南Style」に言及。同年09月04日にはトム・クルーズTwitterで言及。ちなみに当日記事によればこの時点における視聴回数カウンターは既に7500万回に到達していたとの事。

  • 実はこのトレンドがパンデミックの様相を帯びたのは作品そのものへの評価だけでなく、全米のスポーツバーで踊られたり、全米大学の応援団が動画投稿合戦を繰り広げたり、これに対抗してアニメ漫画Gameファン層の間が「好きな番組へのアレンジ合戦」を展開したせいだった。要するに鍵は「模倣競争」だったのである。そしてFacebookなどに二足草鞋系アカウントが拡散。

  • ところが9月に入ってテレビやケーブル番組で「江南スタイル」が取り上げられる様になると、突如として国際SNS上の関心空間は沈静化。「大人公認の玩具なんてダサい」なる言葉が飛び交う。その一方で「既存路線のKPOPの偽物性が暴かれた」としてKPOPファン引退を宣言するアカウントが相次ぎ(その後韓国マスコミの手が及ばない「K-Fashon」タグに再集結)、Scooter Braunもいつの間にか身を引いていたがYoutube再生回数は以降も爆発的に伸び続け「ステマの象徴」として世界中から後ろ指を指される事に。

  • こうした滅茶苦茶な展開は「本家」たるジャスティン・ビーバーやワン・ダイレクションなどのステマ疑惑にまで飛び火。その後の不祥事が重なった結果、ジャスティン・ビーバーの人気凋落。ワン・ダイレクションも活動休止に追い込まれてしまう。

実は全体像を俯瞰すると「離れを貸したら母屋まで焼かれた」壮絶な展開だったという次第。人気が凋落して誰も見なくなって後もひたすらYoutubeの回覧数だけは一直線に伸び続け、遂にはレディ・ガガすら抜き去ってアクセス数世界一となりギネス申請(受理されず)。この不気味な展開は確実に世界中の人々の間に「スティルス・マーケティング」への不信感を植え付けた。そして韓国芸能界の「我々が始めた事ではない。日米の大手レコード会社の手法を真似しただけだ。責めるならまず彼らを責めろ」なる見苦しい言い訳によって母屋への延焼が不可避となったのだった。

  • その一方で実は当時名を挙げたPSYやキム・ヒョナはPTAや多種多様な倫理監視委員会から目の仇にされる「札付きの無頼」で、そんなのが国際的に大成功を収めてしまったせいで韓国芸能界の序列も滅茶苦茶になってしまった。
    *例えば芸能界の先輩がPSYを呼びつけて「お前みたいな若輩者が俺より成功していい筈ないだろ? 一刻も早くその座を俺に明け渡せ!!」と説教して「2度とは帰れぬ中国周回ツアー」に送り出される事件などが起こっている。

  • 同時期には韓国系アメリカ人がプロデュースした2Ne1のアルバムNolzaのヒットもあったが、韓国芸能界の目には一緒くたに「(米国文化を熟知した)無頼の乱行」と映ったらしい。そして成功の持続よりイニチアシブの回復を優先した結果KPOPの国際的流行はあっという間に終焉。2度と再起を果たす事はなかった。

その一方でKPOPの流行は、それまで国際的アイドルを盲目的に受容してきた各国に自信を与え「ご当地アイドル」を大量に生み出す結果も生んでいる。

それでは「国際SNS上の関心空間」自体は、どうやってこうした自滅的展開を回避しているのでしょうか? それはどうして「国際SNS上の関心空間」が執拗なまでに「ンフルエンサー・マーケティング」の視野外に置かれてきたかとも密接に関係してくる話だったりします。

  • Tumblrの様に各アカウントのフォロワー数を当人にしか通達しないサービスも多く、そもそもソーシャルスコアの算出自体が不可能。

  • 相互フォローが少ないという事は割と投稿が一方的に流れるという事。最上流にいるのはクリエーターかDiggerと呼ばれる特定ジャンルからのコンテンツ輸入担当者達で、例えばFlickrなどはわずか数年で「最良画像」を掘り尽くされてしまった。しかもDiggerは100人単位でフォローして「クイス100人に聞きました」形式でどの投稿が最高か判断する事が多いので、そもそもインフルエンサー的存在に登場の余地がない。また特定アカウントに心理的に依存する習慣がないから、自らの関心の推移に従って互いにバッサリと切り捨て合っていく。

  • 正直、鑑識眼が養われるまでは回覧数と「クイス100人に聞きました」形式での判断くらいしか回覧されてくる投稿の良し悪しの判断基準がない。とはいえ、そういう状態を続けていると、次第にそうした数値的基準に頼らずとも「やがてみんなに回覧され凄い投稿数を獲得するであろう投稿」が見分けられる様になっていき、これが出来るアカウントは自然にフォロワー数を伸ばしていく。個人的興味を持たれて相互フォローが成立する場合も多いが、まさしくこうした全体像の全てが「機械学習(feature learning)」的と言われている次第。

ソーシャルグラフ」と「インタレストグラフ」の文化的違いは国際SNS上の関心空間では日常的に見かける以下の様な会話に集約されている様な気がします。

アカウントA「どうして俺をUnfollowしたんだ? 相互フォロー状態が成立してたのに」

アカウントB「あ、別に君だけじゃないから。最近別の事が面白くなってフォロアーまとめて整理したんだ。相互フォロー状態が成立してた? 知らなかったそんなの。君の投稿内容に興味があっただけで、別に君の人格に興味があった訳じゃないし

アカウントA「Unfollowなんて人間として絶対にやっちゃいけない事だろ? 相手を傷つける様な事しちゃいけないって、親からちゃんと教わらなかったのかよ? 今すぐ謝罪して俺をfollowし直せ!!」

アカウントB「お前、もうFacebookに帰れ。ここには向いてねぇよ
ソーシャルグラフとインタレストグラフの混在する日本のTwitterでも時々似た様なやり取りを見掛けるが、まだアカウントAの言い分が通りそうな雰囲気がある。また同じ「国際SNS上の関心空間」でも、リアルタイムにトレンドを追い続けるTumblr(ただし日本では現実対応速度において2ちゃんねるTwitterや分があり、これに「2ちゃんねるまとめサイト」や「(Togetterの様な)Twitterまとめサイト」がぶら下がっている)と、各アカウントがじわじわDB的精度を高めていくPinterest(「17世紀の鎧」とか「ベジタリアン向け料理写真」といった細分化がどこまでも進行していくイメージ)では文化が異なり、後者では必ずしもこういうやりとりが成立するわけではない。

そういえば1980年代日本には「新出島論」なんてのもありました。日本の庶民にはどうせ自分で何が良いか決められる様な鑑識眼はないので、外国文化に接するのはその能力を有したエリートだけに限定すべきというのです。ある意味「インフルエンサーマーケティングが理想視するソーシャルグラフと国際SNS上の関心空間の接し方」そのもの。当時独特の雰囲気が産み出した文化現象の代表例が「80年代アイドル文化」に「ユーロビートの大流行」。

ユーロビート (EUROBEAT)

主に電子楽器を使用したダンス・ミュージックの一種。主にシンセサイザー等の電子楽器を多用した4/4拍子で、BPMが120〜160前後の速いテンポの楽曲である。元は欧州のハイ・エナジー、イタリアで大量に生産された「イタロ・ディスコ」に端を発しており、1980年代後半に日本に持ち込まれて以来、日本のみで独自の発展を遂げる事になった。

諸外国におけるユーロビート

ユーロビートは、ハイ・エナジーと呼ばれていたジャンルの音楽から発展した。この音楽が「ユーロビート」と呼ばれるようになったきっかけのひとつとして、1985年12月、英国の音楽雑誌「レコード・ミラー」が、「ハイエナジー・チャート」の名称を「ユーロビート・チャート」に変更したことが挙げられる。この改名は、テンポが速く、ポップな作品が増加したためといわれている。なお、「ユーロビート・チャート」は、1987年、再度「ハイエナジー・チャート」に名称を戻した。

ユーロビートは有名プロデューサーによって大量生産されていた。イギリスのプロダクションチームであるPWLのストック・エイトキン・ウォーターマン(Stock、Aitken、Waterman)のプロデュースによってカイリー・ミノーグ、リック・アストリー、デッド・オア・アライヴ、メル&キムなどのアーティストが世界的なヒット曲を出している。また、イタリア出身のM.Farina、G.Crivellente、F.FadingerによるユニットF.C.F.なども多数のアーティスト、ヒット曲を輩出している。

しかしながら、ステレオタイプな楽曲が飽きられ、日本以外では、次第にブームが収束していく。

日本におけるユーロビート

一方、日本では1980年代後半から1990年代前半にかけて「ザッツ・ユーロビート」というコンピレーションCDがアルファレコードから発売され、ブームに火を点けるとともに、ユーロビートの名称が定着した。同シリーズはVol.44まで続き、今ではユーロビートの古典的存在となっている。また、同時期には、他社からも「ユーロビート・ファンタジー」(ポニーキャニオン)、「ベスト・ディスコ」(ビクター)というシリーズが発売され、ディスコ・ブームとともにユーロビートは日本で一世を風靡した。日本の歌謡曲にも影響を与え、特にアイドル歌謡ユーロビートアレンジを採用する例が多かった。

この時期、荻野目洋子(「ダンシング・ヒーロー (Eat You Up)」)や、長山洋子(「ヴィーナス」)、BaBe(「Give Me Up」)、Wink(「愛が止まらない 〜Turn It Into Love〜」、「涙をみせないで 〜Boys Don't Cry〜」)などのアイドルがカバー曲を発表している。特に、荻野目洋子ヴァージョンの(「ダンシング・ヒーロー (Eat You Up)」)は、香港などでカヴァーされる際に、オリジナル曲ではなく、日本での編曲が使われるなど、オリジナルを超えた作品となっている。アイドルがカヴァーしたことによってオリジナルに遡る現象が多々あった。

また、日本においてヒットした楽曲がワールドワイドに発売されていくこともあった(ポール・レカキスの「Boom Boom(Let's Go Back to My Room)」など)。韓国では「ザッツ・ユーロビート」のコピー盤が流通していた。

その後、エイベックスから「スーパーユーロビート」(1990年〜)、「ユーロビートフラッシュ」(1995年〜1999年)、「ユーロマッハ!」(1999年〜2002年)というコンピレーションCDシリーズが発売され始め、「スーパーユーロビート」は現在でも続いている長寿シリーズとなっている。松浦勝人が直接イタリアのユーロビート・レーベルと契約し商業的な成功に導いたが、前述のとおり世界的にユーロビートの人気は落ち目なため、これらのレーベルの作品は、現在ほとんど日本国内で消費されているのみであり、日本国内でのみ人気のあるジャンルをイタリアのレーベルが長年に亘って制作しつづけるという珍しい現象が起きている。

現在では、いわゆる洋楽であるにもかかわらず、日本国内のみで発売されているコンピレーション盤がほとんどである。

同時に発表されていった(こちらは世界中でヒットを飛ばしていた)PWL作品(DEAD OR ALIVEカイリー・ミノーグ)などとフロアで混沌と流れており、実際に小室哲哉率いるTMNではプロデュースやリミックスをPWLに委ねており、広く浸透していったことがわかる。日本国内でのBPMが底上げで早くなっていった。また、カイリー・ミノーグなどごく少数、スタイルを変えフロアに居続けるアーティストもいる。

各々がシングル単位で発表されていく中で、KING KONG & D'JUNGLE GIRLS(BOOM BOOM DOLLAR)や、マイケル・フォーテュナティー(GIVE ME UP)、ポール・レカキス(Boom Boom (Let's Go Back to My Room)) などはアルバム単位でも売れており、快挙である。また、ロングセラーになる曲も多く、MelaのHelp Meなどは今でも現役の曲である。日本人好みの「泣き」のメロディーが多いのも、(主に)日本国内で広く永く親しまれている理由のひとつだといえよう。

実際の80年代は同時に洋楽吸収期で「一人だけ洋楽を聴いてるクラスから浮いた存在」などが厨二病扱いされてました(80年代前半はニューロマ・ブームでもあって腐女子文化の開祖「June派」もこれから分岐)。バブル景気に伴う余暇時間と可分所得の増大からテレビやビデオデッキ・高価なオーディオセットを個人用に購入して耽溺する「アニメおたく」や、1985年にスーパーマリオブラザーズが爆発的にヒットして生まれた「ゲームおたく」が登場したのもこの時期。狩撫麻礼原作の「迷走王ボーダー(1986年〜1989年)」「天使派リョウ(1990年〜1992年)」や「海外逃亡した新左翼運動家が日本人を代表して国際社会で活躍する」船戸与一のハードボイルドが前提とした「あちら側(トレンディドラマの様な世界に憧れる唾棄すべき一般人の世界)とこちら側(その外側に広がる混沌とした修羅界)」の境界線が一部の人間にははっきりと意識される様になった時代。その一方でRCサクセション(1964年〜1991年)、The Alfee(1974年〜)、サザンオールスターズ(1978年〜)、世良公則&ツイスト(1977年〜1981年)、BOØWY(1981年〜1988年)、B'z(1988年〜)といった「洋楽のエッセンスを上手く邦楽に取り入れたミュージシャン」がメインストリームの世界でメキメキと力をつけていった時代でもあったのです。「新出島論」が相応の説得力をもって受容されたのも当然の成り行きだったといえましょう。

同時にいわゆる角川商法の盛期と衰退期に該当し、その流れも角川春樹逮捕(1993年8月29日)で決着。その時点の日本人は宣伝されるまま角川春樹監督映画「REX 恐竜物語(1993年)」を「ジュラシック・パーク(Jurassic Park、原作1990年、映画1993年)」と同グレードの作品として受容していたのが印象的でした。

角川書店社長コカイン事件 - ウィキまとめ

こうした当時の大衆の状況(ただし1980年代から個人レベルで続けられてきた向上努力の結果、次第に騙されにくくなっていく)と、伝統的に彼らを侮蔑しながら好き放題操ってきたエリート側(流行仕掛け人)の焦燥感抜きに(選挙敗戦後、自暴自棄状態に陥った)オウム真理教サリン事件は説明出来ません。そしてそうしたシステムの壊滅したある種の焼け跡状態から日本文化の再建が始まる訳です。

*上掲投稿であえて中島みゆき「4.2.3(1998年)」をあえて時代の活気と挙げたのは、まさしくその歌詞の内容が、それまで誰もが気付きながらあえて口にできずにいた「あちら側(トレンディドラマの様な世界に憧れる唾棄すべき一般人の世界)とこちら側(その外側に広がる混沌とした修羅界)を峻別する境界線の崩壊がはっきりした世界の終焉」を歌ったから。

ところで「新しいぶどう酒を古い革袋に入れる者はいない。 そんなことをすれば、革袋は破れ、 ぶどう酒は流れ出て、革袋もだめになる。 新しいぶどう酒は、新しい革袋に入れるものだ。 そうすれば、両方とも長もちする(マタイによる福音書 第9章17節)」なる有名な章句には「古いぶどう酒を飲めば、だれも新しいものを欲しがらない。「古いものの方がよい」と言うのである。(マタイによる福音書 第9章17節)」という続きがあります。現実がどの様に変化しようと、広告業界にとって「お客様」があくまで消費者ではなくスポンサーである以上、マネタイズ面におけるインフルエンサーマーケティング戦略の正しさは揺らがない様なんですね。

デジタルマーケティング業界ではいま、複数のトレンドが同時に起こっている。

オーディエンス獲得のためのコンテンツ外部配信、マーケティングミックスに欠かせないインフルエンサー起用、そして、感覚的に多くの情報を伝えられる動画などだ。

そうした状況のなか、ブランド構築のため、インフルエンサーを起用しはじめたのは、マーケターだけではない。メディア企業もインフルエンサーを活用して、エディトリアルブランドを構築する事例が増えている。ただし、その手法や動機はさまざまだ。

パブリッシャーは、オーディエンスとつながるプラットフォームを新たに提供するだけでなく、クリエイティブなタレントを発掘する場所を提供。「パブリッシャーとの長期的なパートナーシップの構築が、次のフェーズだと私は考えており、一部のブランドは取り組みをはじめなければならない」と、エピック・シグナルの創設者ブレンダン・ガーハン氏は述べる。


たとえば、大学のキャンパスで設立され、ベンチャー支援を受けている新興企業のオデッセイ(Odyssey)。彼らは、特定分野のエキスパートや大物を集め、ツールを提供し、テキストコンテンツや動画コンテンツを公開したり、スポンサードコンテンツ向けに広告主と結びつけるサービスを提供している。

ガロール・メディア(Galore Media)は、キトゥン(Kitten)という名のタレントエージェンシーを所有。インフルエンサーを各種サービスに起用して、動画シリーズの製作、イベントの運営、小規模なライターチームが書いた記事の素材提供を行っている。

炭酸飲料のマウンテンデュー(Mountain Dew)とコンプレックス・メディア(Complex Media)が設立したデジタルライフスタイルブランド(オウンドメディア)の「グリーン・ラベル(Green Label)」というのもある。ソーシャルメディア動画を扱うインフルエンサーマーケティングプログラム「エピックシグナル(Epic Signal)」を活用することで、マルチチャンネルネットワークを構築し、動画のビューを増やすことだけでなく、YouTubeやそのほかの場所で、マウンテンデューをコンテンツブランドとして認知してもらうことが目的だ。

キトゥン、マウンテンデューやエピック・シグナルの試みはすべて、インフルエンサーマーケティングというトレンドの広がりを示す。インフルエンサーマーケティングミックスにとって欠かせない存在となるにつれて、広告主らは彼らとの結びつきを強める方法を探るようになってきた。これは、パブリッシャーにとってもインフルエンサーに近づく動機となる。

だが、数年前から、インフルエンサーのもつ力(そして市場の関心)がパブリッシャーの関心を引き寄せるようになってきた。「最初の年、我々はジジ・ハディットやエミリー・ラタコウスキーと一緒に仕事をしていた」とガロールのCEO、マイク・アルバネーゼ氏は振り返る。「仕事をするなかで、彼女らに目を向けると、そのたびに彼女たちはインスタグラムのフォロワーを10万人増やしていた」。


これがきっかけとなって、ガロールは2014年にタレントエージェンシーのキトゥンを設立。アルバネーゼ氏や、クリエイティブディレクターのプリンス・ケノア氏とジェイコブ・デカット氏は、ガロールとキトゥンは互いに補完し合う取り組みだと考えるようにもなっていった。

タレントが擁する社会的な発信力がガロールを成長させる。それが、キトゥンに所属するタレントたちに、ブランドと仕事をする機会をさらにもたらし、彼らを売り出す新たなプラットフォーム作りにつながった。「(ガロールでは)編集記事が最優先で、インフルエンサー活用はその次だった。だが、いまは、このふたつはまるで同じコインの裏表だ」と、アルバネーゼ氏は語る。

現在、ガロールとキトゥンに所属するクリエーターが抱えるオーディエンスの数は、Snapchat(スナップチャット)、インスタグラム、YouTubeなどのプラットフォームで、合わせて4000万人を達成。その素地のうえで、化粧品のロレアル(L’Oreal)、アパレルのゲス(Guess)、バッファロー・ジーンズ(Buffalo Jeans)といったブランドと、ブランデッドコンテンツの製作で提携している。

編集体制のインフラは、さらに別の方法でこの好循環を加速させることもできる。インフルエンサーマーケティングへの投資額が急増している一方で、躊躇するブランドも多い理由は、巷にいるインフルエンサーの多くがあまり洗練されていなかったり、何をしでかすかわからなかったりするためだ。

そこでオデッセイは、ほぼ1年を費やしてコンテンツ管理とワークフローのシステムを設計。テキストと動画の質向上と最適な実装を全体として実現できるようにした。同社は毎月5万件を超えるテキストコンテンツを製作しているほか、これから半年の間に、動画でもほぼ同じ数のコンテンツを製作する予定だ。

このシステムは、オデッセイに所属するインフルエンサーの認知度を上げるのにも役立っている。また、サイト訪問者にさらに多くのコンテンツを勧める機能も備えており、8月時点で、サイト上で視聴されたコンテンツの40%はシステムのレコメンドコンテンツだった。「我々はインフルエンサーに、テクノロジーと編集ツールを提供している」と、オデッセイの創設者、エバン・バーンズ氏はいう。

彼らのすべてが支援を必要としているわけではない。インフルエンサーの市場にお金が流れ込むなかで、彼らのなかにはさらに専門性を獲得している者もいる。「グリーン・ラベル」がマルチチャンネルネットワークの構築に取り組んだのは、マウンテンデューが求めるレベルのコンテンツ製作能力をもったクリエーターを見つけることができたからだ。

エピック・シグナルのマネージングディレクターを務めるハリー・ハリス氏は、「グリーン・ラベル」のマルチチャンネルネットワークに所属するタレントについて、「我々は6名以上のインフルエンサーに契約料を払っている」と語った。「彼らを配信パートナーとしてだけでなく、クリエイティブや製作パートナーとして活用できることを見極めたいと考えている」。

このような投資は実際に利益をもたらしているようだ。ハリス氏によれば、マルチチャンネルネットワークの当初の目的は、この1年で動画のビューを1億2500万回にすることだった。だが、今年の年末までに、まだ3カ月近くある段階で、その数は1億1400万回をすでに超えているという。

エディトリアルブランド(スポンサードまたはオウンドメディア)の確立にあたっては、インフルエンサーをブランド構築の取り組みにどのようにうまくフィットさせるかという点で、苦労する可能性がある。だが、ブランデッドコンテンツとインフルエンサーマーケティングが拡大するにつれて、チャンレンジする企業が現れる可能性は十分にある。

先日、スーパーモデルのナオミ・キャンベルは、アディダスにスポンサーされているインスタグラムアカウントにおいて、マーケティングチームからもらった文章の全文を投稿してしまったのだ。そして彼女のアカウントの290万人のフォロワーに、それが見られることになった。

リアリティ番組の出演者であるスコット・ディシック氏も、ブーティー(Bootea)プロテインについて投稿する際に、同じ失敗を犯してしまった

レイタノ氏は「(こういった失敗は)インフルエンサーや彼らのエージェントがちゃんと注意を払わないために起きる。マーケターは引用マークを使ったりせずに、もっと見やすい広告コピーを送る、もしくはソーシャル・メディアをビジネスとしか考えていないような大きなインフルエンサーではなく小さなインフルエンサーとコラボレーションすることでこれを避けられる」という。

正直「国際SNS上の関心空間」におけるインスタグラム( Instagram)の評価は低くDiggerもロクに張り付いてない感じ。海外メディアでも「僕のご飯を見て見て投稿サイト」と揶揄されてる一方でカリスマ・スターの求心力に依存するあたり「海外版アメブロ」といった趣も感じられます。それにしても、どうしても「ステマ」の文字が念頭から離れません。

そもそもブログのプラットフォームを運営してない代理店がクライアントに提案するので、後に大炎上してしまう1つのルールを破ってしまったのです。それはグレーゾーンのクライアントをOKにしてしまった事。

それまでのステマ広告は言ってもダイエットサプリメントであったりちょっとした化粧品だったり、まぁ一般的にサービスとしてはアリのクライアントが中心だったんですが、リミッターが外れてしまった代理店はいよいよグレーゾーンのクライアントに対してステマの営業を始めます。

どのクライアントも世間一般的にサービスがアリかナシかで言うとナシ。それに当時からグレーゾーンのクライアントも広告の規制が厳しくて、広告出稿したくても審査が落ちてしまう状態。ところが世間的にナシのクライアントを有名芸能人がステマしたもんだから、小さなシェアでシコシコ小銭を稼いでいたサービスが全国的に広がってしまいました。結果、ブログ広告のステマが世間に広がり大炎上と言う結果です。

その是非はともかく、全体像を俯瞰するとインフルエンサーマーケティングには(KPOPの国際的流行の盛衰同様にも見て取れる様に)「儲かると必ず馬鹿が真似しだして下手を打ち、社会全体に不快感を与える不祥事を引き起こして本家をも巻き添えにしてしまう」展開が不可避という根本的欠陥がある様に見受けられます。

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――マイクロインフルエンサーの定義とは?

私の考えでは、オーディエンスの規模というよりも、その姿勢によって定義される。つまり、「マイクロ」という言葉が、フォロワーを抱え、ブランドから金をもらいたいが、それで生計を立てようという野心はない者と認識されている場合の話だ。

すべての男性に無作為に声をかけたり、ブランドのために友人グループ相手に下らない投稿をして報酬を得させようとしているインフルエンサープラットフォームが存在する。そうしたプラットフォームで、100人ほどしかフォロワーがいないインフルエンサーたちを目にしてきた。プレースメント広告コンテンツをもたないこうした普通の人たちのなかで、真に優れたクリエイターは、10%未満にとどまる。普通の人たちは、「よし、金をもらってこの商品を宣伝しよう」と10秒ほど考えてから自撮りをしているだけだ。

――そんなに意識が低いのか?

マイクロインフルエンサーは1ランク下であるように感じる。たしかに、友人グループには影響を及ぼせるだろう。だが、私が製品を売り込むためにフォローするのは、インスタグラムの友人ではなくブロガーだ。マイクロインフルエンサーの場合は、コンテンツが超一流ではない。コンテンツが超一流だったら、もっと多くのオーディエンスがいるだろうから。金をもらって古い商品の宣伝をしているだけの者が大勢いる。

――マイクロインフルエンサーは効果的だと宣伝する企業は少なくないが。

要は、評価基準の問題だ。誰かに50ポンド(約6300円)支払って100人のオーディエンスに到達できれば、安上がりなように思える。だが、ブランドやオーディエンスにとってそれが適切ということにはならない。普通の消費者が商品を宣伝して金を稼げるという考えは魅力的だが、普通の消費者はそこでのルールをあまりよくわかっていない。

――今後、どうなると思う?

我々が事業をはじめた当初、インフルエンサーは5000ポンド(約63万円)を要求し、最終的に300ポンド(約3万8000円)で取引した。料金設定をどうすべきか、わかっていなかった。

マイクロインフルエンサーも、新たに開拓された分野なので、それと同じだった。プロダクトプレイスメントに対する報酬をもらっている人々のこうしたバブルが弾けるときが、やがてやって来るだろう。丸つぶれになると思われる。

Facebookではすでにそうなっている。オーガニックリーチは壊滅状態になり、低品質なコンテンツを投稿する者はブランドにとって価値がなくなるだろう。生き延びることができるのは真のクリエイターだ。

確かに自ら新しい価値観を創造する「クリエーター」ならソーシャルグラフ、インタレスグラフを問わず影響力の中心として君臨する力を備えています。しかしそれ故に本物ほど広告ビジネスと絡みにくいとも。それなら、それ以外の可能性は? 例えば「国際SNS上の関心空間」でも人気の「くまモン(Kumamon)」はインフルエンサーというより「(有り得ない行動で次々と新しい風景やMemeを開拓していく)パフォーマー」という位置付け。自ら関連グッズで稼ぎつつ、タイアップで他商品のブランドイメージや知名度のアップにも貢献していくスタイル。

*実は皮肉にも「国際SNS上の関心空間」にはむしろ潔癖性からくるステマへの拒絶感は存在しない。そこには「広告に騙される無垢な消費者」など一人も存在せず「誰もが自分の好きな何かを流行らせ様と虎視眈々と狙い続けており、同調者が多数派になれば実際に流行る」という構造がしっかりしているせいとも。またカリスマの選び方も独特なのでインフルエンサー選定が極めて難しい。

kumamon | Tumblr

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個人的にはこういうキャラクター・マーチャンダイジング的展開が中心となって欲しいと願っているのですが(その発想自体にはインフルエンサーマーケティング擁護派にも異論はない模様)今度は(そのキャラクター性ゆえにタイアップ可能な商品が限られるなど)マネタイズ面で色々問題が出てきます。

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そうすると森羅万象全てと「色即是空、空即是色(万物の間に縁はある様でない、ない様である)」の縁しか結ばない、あるいは「仕事を選ばない」事で定評のあるHello Kitty!(1997年〜)や初音ミク(Hatsune Miku、2007年〜)といった存在が究極の完成形態として浮上してくる?

そういえばジャスティン・ビーバー全盛期にはBelieber(ジャスティン・ビーバー狂信者集団)と初音ミク派の仁義なき衝突があちこちで見られまたものです。

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最初からライバル視されていた? そして、こうした時代の混乱を露骨に受けたのが2013年にサービスを開始し、2014年には「世界中の高校生の悪戯画像投稿先」として一旦は国際SNS上の関心空間に組み込まれながら2016年度には「スター投稿者達の離脱によるアクティブユーザー激減」によってサービス停止に追い込まれたVineだったとも。