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諸概念の迷宮(Things got frantic)

歴史とは何か。それは「専有(occupation)=自由(liberty)」と「消費(demand)=生産(Supply)」と「実証主義(positivism)=権威主義(Authoritarianism)」「敵友主義=適応主義(Snobbism)」を巡る虚々実々の駆け引きの積み重ねではなかったか。その部分だけ抽出して並べると、一体どんな歴史観が浮かび上がってくるのか。はてさて全体像はどうなるやら。

【ネタバレあり】「ひるね姫」観てきました④ 実は「娘に対する父親の復讐譚」?

そんな解釈があったとは…

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藤田 確かこの作品って、神山監督が、娘に見せる映画を……って言われて動いた企画なんですよね。3世代の葛藤の問題がうまく処理できていない、というのは、飯田さんの仰るとおりかもですね。娘→父の態度が、少し甘い感じはする(笑)

飯田 「娘に見せる映画」だから、自分(=父親)と、娘(=主人公)だけは間違ってないぞ、あとの連中はカネに目がくらんでいたり、頑固で俺たちの考えを受け入れないやつだぞ、という設定になっている。

藤田 老害が邪魔しているせいだ」的世界観、ってことですね。それは『シン・ゴジラ』と似ているかもしれない(笑) こっちでは死なせないけど。

飯田 老害と無能な同僚が邪魔している」という世界観ですね。娘はまだ「今まで父ちゃんの想いに気づかなかった私ってバカ」になってるけど、父親は瑕疵が一個もない存在なんだよ。それで「娘に見せるために作った」ってさすがにどうかと思いますよ。

藤田 主人公の母親を死なせたことは?

飯田 母親って父親のせいで死んだの?

藤田 自動運転の実験の最中の事故ではなかろうか、的な示唆がエンドロールであったと思います。

飯田 あ、あれそうなのか。なんか空飛ぶ車みたいなの作ってたから、あれも夢なのかと思った。

藤田 明白にそうとは語られていないですが。おそらく、実験の最中に死なせていますね。

飯田 でもだとしたら父親が自分のミスで母を死なせたことについて作中で娘と祖父に悔恨を語った方がよかったのでは? 「エンドロールで流しただけ」=「娘は母の死の真実を知らない」のだとしたら、自分に都合の悪いことは隠しているというひどい父親ってことになっちゃうのでは。

藤田 悔恨を語るシーンはないですね。「御伽噺」という隠喩を通して、父と母の物語を語っていただけですからね。夢を通して少しずつ、伝わっているのか伝わっていないのか曖昧な感じでしか物事が伝達されてないですよね……。死の真実も知らないし、母方の父も実家も知らないし、何を開発していた誰なのかも知らないし…… 親子って、そういう断絶があるもんなのですかねぇ? ぼくにはわからんですね。自分のケースをサンプルに言えば、ぼくも親が何してんのか、どういう人間なのか、どこでどう出会ったのか、よく知らんですよ。所属している会社名と役職ぐらいは知っているけど、具体的なことを知ったのって、20代半ばぐらいで。今でも、正確に何をしてきた人間なのかよくわかってないです。この映画ぐらい曖昧な感じでしか知らないかもしれない。

飯田 主人公の設定が情弱すぎると思う。うちの親なんて息子の名前でググったり、SNSチェックしてるんですよ? 親が、だよ。本当やめてほしいですけど。つまりさ、興味があったら、逆に子どもが親の名前でググってみるくらい普通にするはずですよ。あれは娘が母親について無関心なんだよ。

藤田 うちの親もそれやるけど……自分の親の名前、ググって出てきます? 一応出てくるけど、そんなにたくさんはないですよ。インターネットが普及する以前に大半の活動をしているわけですから……

飯田 いやいや、この映画に関して言えば母も祖父も有名人なわけだからね。だって、主人公の友達が普通に検索しただけでWikipediaっぽいページにあれこれ情報が載っているわけでしょう。そのレベルのことに主人公は長年気づかなかったと。あそこは「ご都合だな」と思ったけど、もしご都合でないと言うのだとすれば、主人公は本当は家族のことに関心がなかったと解釈するしかないですね。

藤田 なんでググらないのかは、確かになぁ。でも、本当に「関心がない」という表現なのかもしれないですよ。神山さんの娘さんも、神山さんのアニメ観てないらしいし。そう思うと、残酷な話なのかも、これ(笑)

飯田 なるほど、娘に「俺のことをググってくれ」というメッセージを込めたと。感動的だなあ。

藤田 親が思うほど子は親を思っていない、というシビアな現実を受け入れたあとだと、見え方が変わるのかも……(笑) ぼくにはわかりませんが。「やってきたことをわかってくれよ」ってところはあるかもですね。

飯田 そして「娘のために作った」と言っている映画だけど「本当はおまえじゃなくて母親のことが主人公なんだよ」とちゃぶ台返しする映画であると。……業が深すぎる。

*実際、小説版によれば母親のイクミは自動運転の実験中に事故死している。
神山健治「ひるね姫〜知らないワタシの物語〜(小説版)」より

イクミが自動運転車のテスト走行中に事故死した際、本社の人間はプログラムの不備が原因だと思い込んでいた。実際は無関係な車に衝突されたことが直接の原因だったのだが、その責任を、共同開発者である森川モモタローに全て着せる算段を、志島本社は画策していた。

その時、事故処理を担当した渡辺は、モモタローに刑事責任を問わない代わりに、全ての権利を放棄するよう迫った。だが、モモタローは「娘のココネと、イクミが書いたオリジナルコードだけはどんなことがあっても渡せない」と主張した。渡辺は、イクミの忘れ形見であるココネが、志島を相続する可能性を消し去ることに気を取られ、オリジナルコードなどどうでもいいとその時は放置していたのだった。

ところが、オリンピックの開会式で使用する自動運転車の不備が発覚すると、どこからかモモタローが自動運転車を完成させたらしいという噂を聞きつけた渡辺は、イクミのオリジナルコードの存在を思い出し、それを奪うことを思いつく。

会長に知られぬよう、オリジナルコードを手に入れ、オリンピックの自動運転を成功させる。それこそが志島自動車の看板を守りつつ、会長を追い落として渡辺たちが会社の実権を握るために必要なことだったのだ。

*ちなみに劇場版を鑑賞し、小説版を読破し上で、さらにHuluのオリジナル短編も鑑賞しないと以下の謎を解くヒントが手に入らない。

  • どうして「鬼」はハートランドを襲撃するのか?
  • イクミ(エンシェン)は、どうして自動運転プログラム(ココロネの魔法)を研究する様になったのか?
  • レジスタンス」は何を契機に結成されたのか?
  • そもそもハートランド王国において「魔法」とは一体何なのか?

しかも、それぞれの作品に埋め込まれた情報は全て断片に過ぎず、基本的に他の作品に埋め込まれた断片と組み合わせない限り意味を持たない。それでも何か分かったつもりになってしまった人間はことごとく情弱認定されてしまうという恐るべき「鼠返し」仕様なのである。

果たして日本人のうち、一体何人が合格ラインまで辿り着けたやら…

 困った事に、確かに上掲の解釈を導入すると(どうして、こんなとんでもない「鼠返し」が仕込まれてるかまで含め)全て説明出来てしまうのですね。

  • 明らかに「娘達」に喧嘩を売ってる内容である。ここでいう「娘達」は、国際SNS上の関心空間でいうと「羽海野チカのネームバリューに惹かれて集まってきた)東のエデン」ファン層(日本の少女漫画好きの女子アカウント中心)を指す。
    *彼女達が一番嫌うのは「主体性を奪われる」事(特に母親から)。それは(命が惜しかったら)国際SNS上の関心空間の女子アカウントに対して絶対やってはいけない事とされている。

  • そして、ここでいう「娘達」は「魔法少女まどか☆マギカ」を鑑賞しては「美樹さやかは私!!」、「シン・ゴジラ」を鑑賞しては「鎌田君は私!!」、「ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅」を鑑賞しては「オブスキュラスは私!!」と叫んできた「本物のSamurai層」とも重なってくる。
    *「オブスキュラス」…正直これに関連して「鬼」の正体について貴志祐介新世界より(原作2008年、アニメ化2012年〜2013年)」における「業魔(橋本・アッペルバウム症候群)」設定を疑った。もちろん宇宙に飛び出して「父親の尊厳」を示した程度で倒せる相手ではない。

    *「本物のSamurai層」…まさしくクリストファー・ノーラン監督作品「ダークナイト(The Dark Knight、2008年)」における「英雄として死ぬか、悪に染まって生き延びるかさ(You either die for hero, or live long enough to see yourself become the villain.)」の台詞そのものの世界を生きてる。

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    *実際、彼女らの基本スタンスって、割と割と仲代達矢をズバッと斬り捨てた後に「貴様ら、俺みたいになるなよ。本当に良い刀ってのはな、普段は鞘に収まっててこそなんだぜ」と嘯いた黒澤明監督映画「椿三十郎(1962年)」の三船敏郎状態だったりするのである。実際彼女らは、2011年にはアメリカ議会をSOPA廃案に追い込んでおり実働力も半端ない。

  • そして最近、彼女達はスターウォーズの新シリーズや「ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー(Rogue One: A Star Wars Story、2016年)」を良質な「父と娘の和解の物語」の供給元として認めつつあり、同趣向の作品は必ず比較される運命にある。

    *今年の末に公開予定の「スター・ウォーズ/最後のジェダイ(「Star Wars: The Last Jedi」)」の監督が「ブレイキング・バッド」のライアン・ジョンソン監督なのも決っして偶然ではない。彼もまた国際SNS上の関心空間において確実に「選ばれし者(Chosen One)」の一人と目されているのである。

  • その一方で彼女達は、なまじ背中の物干竿を一瞬で抜く「本物のSamurai」であるが故に「翠星のガルガンティア(Gargantia on the Verdurous Planet、 2013年)」におけるチェインバーや「ベイマックス(Big Hero 6、2014年)」におけるベイマックスがクライマックス場面で発揮してきた自己犠牲の精神に涙してきた。こういう肝心の泣かせ場所を(あえて?)省略してるのもまたいけない。「ハーツ」を動かしていたのは母親の組んだプログラム。そうした伏線の回収すらない。
    *というか割とこうした子守系ロボットは物語文法上、単なるWire Motherに過ぎない状態を超克すべく、自己犠牲的行動に出るという側面も存在する。「けものフレンズ」のラッキービースト(ボス)でさえ当然の様に従ったこの展開がどうして排除されてしまったのか? 

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こうして全体像を俯瞰してみると、本当に業が深すぎます。謎が一つ解ける都度「そこまで娘に辛く当たるか」といたたまれない気持ちに…案外、神山監督当人は「してやったり」のドヤ顔だったりするのかもしれませんが、それって「エンジェル ウォーズ(Sucker Punch、2011年)」だと肝心の場面で反逆されて殺される展開なのでは?

それはそれとして…

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(該当人数が圧倒的に少ないにも関わらず)「アリーテ姫(2001年)」と「マッドマックス 怒りのデス・ロード(Mad Max: Fury Road、2015年)」をこよなく愛する国際SNS上の関心空間の女子アカウントから当然の様に「この世界の片隅に」も選ばれた片渕須直監督と、どうしてここまで差がついてしまったのでしょうか?

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同じ「最終兵器(母)」系でも(五十嵐大介「魔女(2003年〜2005年)」「海獣の子供(2006年〜2011年)」辺りの影響を濃厚に受けた)新海誠監督作品「君の名は」みたいに「母が父を咥え込む20世紀的物語(小説版)」と「娘が未来の夫を咥え込む21世紀的物語(劇場版)」をきっちり分けてどちらも成立させたケースがあります。

かと思えば(「エアベンダー(The Last Airbender、2010年)」一作で、それまで築き上げてきた全てを失ったシャマラン監督みたいに)「レッドタートル ある島の物語(The Red Turtle / La Tortue rouge、2016年)」一作で「モンクと魚(Le moine et le poisson / The Monk and the Fish、1994年)」「岸辺のふたり(Father and Daughter、2000年)」によって築いてきた名声を一瞬で失ったマイケル・デュドク・ドゥ・ヴィットみたいな悲劇も。

*ただ実は「岸辺のふたり」のヒロインが「盲目的に父親に依存し続ける娘」だった時点で、既に「K点超え」は始まっていたとも。

たかがトリミング、されどトリミング?