諸概念の迷宮(Things got frantic)

歴史とは何か。それは「専有(occupation)=自由(liberty)」と「消費(demand)=生産(Supply)」と「実証主義(positivism)=権威主義(Authoritarianism)」「敵友主義=適応主義(Snobbism)」を巡る虚々実々の駆け引きの積み重ねではなかったか。その部分だけ抽出して並べると、一体どんな歴史観が浮かび上がってくるのか。はてさて全体像はどうなるやら。

【言語ゲームの地平線としての絶対他者】ゴス(Goth)文化って、一体何なの?

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英語圏においては「ゴスGoth)」なる言葉は独特の「死や狂気に向けられる熱狂的情熱」と結びつけられて語られる事が多いのです。このニュアンスが日本語圏にはちゃんと伝わってない気がします。

最初に断っておくが、この記事はサブカルチャーとしての「ゴシック」を説明するものの、途中まで読んでいくと「なるほど、わからん」となるように編集されている。

というのも、誰もが皆、それを「ゴシック」と呼んで異を唱えることがないのは、12世紀~15世紀の間に建てられた一連のゴシック建築と、18世紀にイギリスのホレス・ウォルポールが祖となって興ったゴシックロマンスと建築界におけるゴシックリヴァイバル運動………このくらいなもので、それ以降は各々が独自の感性に従って「ゴシック」と呼べるものを創作したり、それを誰かが見つけ出したりを繰り返してきた。

そのために、誰かにとっては「ゴシック」と呼べても、他の誰かはそれに首を傾げるという曖昧さが常につきまとい、定義づけをしようとすればするほど、矛盾が生じたり、ゲシュタルト崩壊に似たことになる。

こうして「ゴシック」という単語を連発せざるを得なくなっているのもそのためである。

参考文献などでは、仮の定義づけで枠組みをつくり、その枠の中に入ったものを題材に論じてゆく方法を採っているが、Pixivにおいては「ゴシック」という言葉からユーザーが一人一人、自由に想像を膨らませて創作・投稿をしているので、この頁では枠をつくらず、今日まで「ゴシック」と呼ばれるようになった文化とPixivの中で「ゴシック」が名をついた創作活動を列挙して、この頁を読んだ人それぞれが、それぞれの感性に合った情報を拾えるように、また他者の感性による「ゴシック」に触れる良い機会になるようにしておく。

概要で改めて説明するが、かつてホレス・ウォルポールがそうしたように、とにかく周囲から「ゴシックっぽい」素材を掻き集め、ひとつひとつ吟味して、自分の趣旨に副(そ)うものを選び出し、自分にとっての「ゴシック」を独自に創り出す。

完全に混沌としている「ゴシック」という言葉の中でできることと言えば、最初から最後までそれしかない。

おわかりいただけただろうか?

割と「本命」に近いのは、例えば英国人監督トニー・スコット監督映画「The Hunger1983年)」からカリフォルニア州育ちのデビッド・フィンチャー監督の手になる「セブンSeven=劇中表記は一貫して"Se7en"、1995年)」や「ドラゴン・タトゥの女The GIrl With the Dragon Tattoo、映画化2011年)」に至る流れとも。

*「The Hunger」の冒頭で流れたのは(歴史ある欧州Goth文化を継承する)バウハウスの「ベラ・ルゴシの死(Bela Lugoshi's Dead)」。

*一方「セブン」のオープニングクレジットで流れる音楽は、ナインインチネイルズの「クローサー」のリミックスヴァージョン。そして「ドラゴン・タトゥの女」でサウンドトラックを手掛けたのはナインインチネイルズのトレント・トレズナー。世界観的に英国人作家アラン・ムーアが原作を手掛けた「Vフォー・ヴェンデッタ(V for Vendetta、1982年〜1988年、映画化2006年)」や「ウォッチメンWatchmen、1986年〜1987年、映画化2009年)」のディストピア観と重なってくる部分も?

①この間には「スプラッタ・ムービーの大ヒット」なんて展開もあり、その起源は少なくとも1960年代に米国の田舎都市のドライブイン・シアターなどで上演されていたインディーズ系映画に遡るとされている。なにしろアウトサイダーの映画人達が「(TVドラマやハリウッド大作映画には絶対扱えない暴力と隣り合わせのエロティシズム」を追求していた時代。ただし当時の世間の倫理観点は「剥き出しのエロティズム」より「剥き出しの暴力」に遥かに寛容だったので、自然とその方面に引っ張られる様に「悪魔のいけにえThe Texas Chain Saw Massacre)シリーズ(1974年〜)」や「13日の金曜日FRIDAY THE 13THシリーズ1980年〜)」や「エルム街の悪夢A Nightmare on Elm Streetシリーズ1984年〜)」が大ヒット。しかしながらもちろん、こうした娯楽作品の全てがしっかりした形でゴス(Goth)性を備えていた訳でもない。

スプラッター映画 - Wikipedia

  • ニューヨーク出身のユダヤ系作詞作曲家スティーヴン・ソンドハイムStephen Joshua Sondheim)がロンドンで上演したミュージカル「スウィーニー・トッド  フリート街の悪魔の理髪師(Sweeney Todd, the Demon Barber of Fleet Street、1979年)」…学生時代にこれを鑑賞したティム・バートン監督に絶大な影響を与え、2007年にはジョニー・デップやヘレナ・ボナム=カーターの出演するミュージカル映画が制作された。
    スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師 - Wikipedia

  • レッド・ドラゴンRed Dragon、原作1981年、映画化1986年/2002年)」や「羊たちの沈黙The Silence of the Lambs、原作1988年、映画化1990年)」…テキサス州出身の作家トマス・ハリスの手になる「レクター博士」シリーズ。その食人嗜好は(あらゆる物資が想像を絶するほど欠乏した第二次世界大戦下の東欧で受けた心のトラウマのせいとされる。

  • ヘル・レイザーHellraiser)シリーズ(1987年〜)」…「血の本(Books of Blood)シリーズ (1984年〜1985年)」「魔道士(The Hellbound Heart、1986年)」によってモダン・ホラー作家としての不動の座を獲得した英国人作家クライム・バーカー自身が監督・脚本を手掛けた。本作のテーマは「快楽の源となる苦痛、拘束と恐怖の下での道徳性」とされる。

  • アラン・パーカー監督映画「エンゼル・ハートAngel Heart、1987年)」…原作はウィリアム・ヒョーツバーグの小説「堕ちる天使(Falling Angel、1978年)」。2トンもの牛の血が天井から降るという演出があり、原作はその凄惨な内容から「悪魔のバイブル」とも呼ばれ、アメリカでは廃刊運動まで起こった。原作では全編ニューヨークが舞台だが、映画は監督の意向でニューオーリンズも舞台になっている。日本での劇場公開時のキャッチコピーは「人間には、知ってはならないことがある。」であった。

  • 岩明均寄生獣1988年〜1995年)」「七夕の国(1996年〜1999年)」…今から思えば、サイコパス犯罪への関心が高まった当時独特の雰囲気の国際的横溢あっての作品だったとも。「サイコパスこそ真の意味で解放された自由な人間ではないか?」なる設問が登場。

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  • ブレット・イーストン・エリスアメリカン・サイコAmerican Psycho、原作1991年、映画化2000年)」…ロサンゼルス出身で退廃的な生活を送る西海岸の裕福な若者達を描いた「レス・ザン・ゼロ(Less Than Zero、1985年)」「ルールズ・オブ・アトラクション(The Rules of Attraction、1987年)」の世界観の延長線上に執筆された連続快楽殺人物。

  • 大塚英志原作/田島昭宇作画の漫画「多重人格探偵サイコMPD PSYCHO、1997年〜2016年)」…この作品もまたサイコパス犯罪への関心が高まった当時独特の雰囲気の国際的横溢あって始まっている。その為に21世紀に入るとどんどん連載内容が変質を余儀なくされていった。

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    *こうやって全体像を俯瞰してみると、当時のゴス(Goth)は主に「(米国経済中心地の座を東海岸より奪ったばかりで繁栄が地に着いてない)西海岸の浮ついた雰囲気」や「(同じくらい浮ついてて繁栄が地に着いてなかった)バブル経済期の日本」などに「(正しい根拠に基づいてないが故に訪れる)突然の終焉」を恐る感情と表裏一体を為す形で広まった様にも見て取れる。

②そして日本においては1990年代末から2000年代前半にかけて「(若者が唯一生きてる実感を得られる場としてのデスゲームや援助交際や携帯機器を介してのコミュニケーション」などが流行。ただし2000年代後半に入ると急激に国際的規模で形骸化が進行。

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*国際SNS上の関心空間においては彼らのコミュニティを「自傷行為や自殺教唆を煽る危険な集団」とみなすコンセンサスが次第に形成され、そこにファッションや音楽など分野を限定した活動しか許されなくなってしまった(これはSNS側が自殺や自傷行為や痩身症を煽る投稿を厳しく取り締まる様になった結果でもある)。代わって表面化してきたのが、事あるごとに「トム・リドル (Tom Marvolo Riddle)は私!!」「鎌田君(kamata-kun)は私!!」「オブスキュラス(Obscurus)は私!!」と連呼し合う文化…

③その一方で(第三世代フェミニストの離脱などによって)急進化が進んだリベラル層の間ではスウェーデン人作家スティーグ・ラーソン「ミレニアム3部作(2005年〜2007年)」や、英国人作家トム・ロブ・スミスチャイルド44(Child 44、2008年)」や、ピエール・ルメートル「その女アレックス(Alex、2011年)」といった「暴力の対象を女子供に絞り、これに対する手段を選ばぬ壮絶な復讐を描く残酷物」が大流行。冲方丁マルドゥック・スクランブル(原作2005年〜、漫画化2009年10月号 - 2012年)」や、ディズニー映画の「アナと雪の女王(Frozen、2013年)」や「マレフィセント(Maleficent、2014年)」にまで影響を与える。

*背景にあるのが「(支持者急減を補う為の)宗教右派とウルトラフェミニズムの野合」とかなので(どんどん多様化と多態化が進む)若者層との乖離が一層激しくなった。

 

こうしてざっと俯瞰した限りでも「(退廃的貴族文化を起源とするロマン主義運動の系譜に連なる欧州大陸系」「(産業革命時代における庶民向け見世物を起源とするロンドン=ニューヨーク系」 「(スプラッタホラーなどの大源流となった南部ゴシック系」「(アメリカの経済的繁栄の中心地が東海岸から西海岸に推移したのを受けてのカリフォルニア残酷物」「(バブル経済期の実存不安を反映した日本残酷物」といった多様な要素の相互影響が見て取れます。特に1970年代から2000年代にかけて…

 いずれにせよ2010年代のSNS上では、自殺や自傷行為や痩身症を煽る投稿が厳しく取り締まられる様になって急速に影響力を喪失…