諸概念の迷宮(Things got frantic)

歴史とは何か。それは「専有(occupation)=自由(liberty)」と「消費(demand)=生産(Supply)」と「実証主義(positivism)=権威主義(Authoritarianism)」「敵友主義=適応主義(Snobbism)」を巡る虚々実々の駆け引きの積み重ねではなかったか。その部分だけ抽出して並べると、一体どんな歴史観が浮かび上がってくるのか。はてさて全体像はどうなるやら。

【数学ロマン】「名状し難きもの(The Unnamable)」概念の追加?

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ついにQiitaへの「ティンダロスの猟犬」投稿がLGTM(Twitterで云うところのRetweet)されました。「立てば這え、這えば歩めの、親心」? この調子でどんどん感染が進めば嬉しい限り!!

それで調子に乗って第二弾を投稿しちゃいました。「名状し難きもの(The Unnamable)→世界卵(World Egg)」。名状し難きものは、まさしく名状不可能な事が成立条件なので「それまで名状不可能だったものが名状されていくプロセス」なる言及形態を取らざるを得なかったのです。

この投稿の執筆中での発見で、自分にとって最も衝撃的だったのが以下の2つ。

対数・指数関数三角関数の関係についての新発見。

  • 関数(1-1/exp(x))^exp(x)=exp(cos(pi))exp(-1)同様0.3678794…に収束。
  • 関数(1+1/exp(x))^exp(x)=exp(cos(0))exp(1)同様2.718282…に収束。

世界卵の座標系に突入する為の鍵。まさかそこにそれを突っ込むとこうなるなんて…(思い付きで偶然やった。後悔はしてない)。それにつけても世界がこんな風になっていたなんて…どうして教えてくれなかったんだ、ガロアぁぁぁぁ!! おかげでこれまで自分なりに積み上げてきた数理(Mathematical Things)が全部組み直しだよぉ…

②「世界の果て」を目の当たりにする。おそらくは上掲の式と関係してくるのだろうが、現段階では詳しい事まではわからない。

  • (1/N)^N(0に向けて急速に収束)
    Rplot20.png
  • 複利式の数式(1+1/N)を多年度に渡って運用する(1に向けて急速に収束)。
    image.gif

半径1単位円(Unit Circle)の半径r1を超えても下回ってもこの断崖絶壁状態が待ち構えている訳です。e^πiの式でeがどういう役割を果たしているか見えてきた?

ついでにこの投稿のうちQiitaではおそらく目ぼしい反応は得られないと推測されて居る部分を引用しておきます。過去投稿における「虐殺方程式」と関係してくる話です。

ちなみに以下に登場する謎生物π^xとは、投稿中で名状し難きもの(The Unnamable)の正体の一つとして明かされる世界卵(World Egg)の事。

この謎生物π^xにとっては、かかる増減率のみが自明の場合(Trival Case)であって、かつ過去の自分のサイズと現在の自分のサイズを比較する概念を備えていないと想定されるので(実際、植物やクラゲやヒトデの類はそもそも時間認識に不可欠な脳を備えてない)、自らの「過去における成長速度の緩慢さ」や自らの「未来における成長速度の急激さ」そのものを自覚する事は不可能でしょう。その認識は現実世界においてはおそらく「年輪を刻む樹木のうち生きているのは樹皮周辺のみ」とか「珊瑚礁のうち生きているのは珊瑚虫が活動している表面部分のみ」と概念化した場合に、そういった生物が備え得る精神内容に対応すると思われます。

  • カンブリア爆発Cambrian Explosion、葯5億4200万年前〜5億3000万年前)に視覚と関連情報を処理する脊髄=中央情報処理器官(Central Infomation Processing Organ)」を獲得する事で前後上下左右といった空間認識と時間の前後感覚を獲得し(四肢に該当する何らかの器官を備えて制御する事で)比較的俊敏な動作をこなす様になった左右相称動物(Bilateria)が登場し、それを備えてないクラゲやヒトデの様な放射相称動物(Radiata)に進化面で優位に立ち始めるまで、この地上にはそれ以外の形態の知性(Intelligence)が成立する余地自体が存在しなかった。また、かかる新世代生物の登場によって初めて出現が可能となった「百獣の王=食物連鎖の頂点」の立場に最初に立ったアノマロカリスAnomalocaris、約5億2,500万〜約5億0,500万年前)の精神レベルもまたおそらく内容的にその範囲を超えられず、それ故に「長生きするほど世界がどんどん小さくなっていく(身体が巨大化するにつれ相対的に「世界規模=五感で掌握可能な座標空間範囲」がスケールダウンしていき捕食する餌も小さく見えてくる)」個体レベル問題や「世界がどんどん過酷になっていく(容易に捕食可能な餌が次々と食べ尽くされて絶滅していく一方、殻や刺や毒を備えた「食べ難い餌」が淘汰によって生き延びて繁殖する)」集団レベル問題に対処するどころか、かかる問題の存在を認識する事自体が不可能だったと目されている。もしかしたらその無力さこそがこの生物が絶滅した遠因の一つだったのかもしれず、いずれにせよ以降、食物連鎖のバランスは「視覚情報を処理する脊髄の進化と擬態などによる誤魔化しの鬩ぎ合い」も含むより複雑なゲームによって達成される展開を迎える。

  • そういえば古代オリエント世界において略奪遠征の繰り返しによって急成長を遂げたヒッタイト新王国(紀元前1430年頃~紀元前1180年)とエジプト新王朝(紀元前1570年頃~紀元前1070年頃)は紀元前13世紀末、遂に互い同士くらいしか目ぼしい襲撃対象がなくなってカデシュの戦い(紀元前1286年頃)で激突。双方とも戦車3000乗以上を投じた総力戦の後に互いに「食い切れない」と判断して平和条約を締結した直後の「紀元前1200年のカタストロフ」によってあっけなく前者は滅び、後者は衰退期に入ってしまう(既にこの時期までに主要収入源を失った両国は見る影もなく衰退し滅びを待つだけだったとする説もある)。またアッシリア帝国(紀元前934年~紀元前609年)もまたティグラト・ピレセル3世(Tiglath Pileser III,在位紀元前744年~紀元前727年)が王となった時代に略奪遠征で常備軍を養う体制を樹立して以降破竹の大躍進を開始するも、アッシュールバニパル王Assurbanipal、在位紀元前668年~紀元前631/627年頃)の時代までに目ぼしい襲撃対象を襲い尽くしてしまい、以降は内紛によって自滅するまではあっという間であった。こうして古代帝国が成長限界に到達するや否やあっけなく滅んできたのも、かかる「アノマロカリス定理(Anomalocaris Theorem)」に従った結果と考えるなら、「多民族帝国アケメネス朝ペルシャ(Achaemenid Persia紀元前550年~紀元前330年)がこの制約を乗り越えて比較的長期間存続した事は人類史においてある種の画期だったといえ、事実そのノウハウはアレキサンダー大王の東征(紀元前334年~紀元前326年)とそれに続くヘレニズム時代(Hellenistic period,紀元前323年~紀元前30年)を経て古代ローマ帝国/ビザンチン帝国(紀元前27年~1453年)やササン朝ペルシャ(Sasanian Persia, 226年~651年)やイスラム帝国(Caliphate,バグダードアッバース朝750年~1258年,カイロ・アッバース朝1261年~1543年)やオスマン帝国(1299年~1922年)に継承され、これらの諸帝国の長期存続に役立てられたと考えられている。
  • 一方、絶対王政が最盛期を迎えた18世紀欧州においては、ジャガイモやトウモロコシやインゲン豆といった新世界作物の普及による各国の人口急増にも後押しされて激化した列強間の衝突が(その主軸を為してきた神聖ローマ帝国(オーストリア王国)皇統ハプスブルグ家とフランス王国王統ブルボン家の歴史的和解を中心とする)外交革命1756年前後。背景に新興国プロイセン王国の台頭があり、両者が連合した結果プロイセン王国が打倒されると成長限界に突入=欧州内で領土紛争が起こる余地が消滅)によって鎮まった途端にフランス革命1789年~1799年)やナポレオン戦争(1799年~1815年) が勃発し(第一次世界大戦(1914年~1918年)あの余波としての帝政ロシアオスマン帝国、ハプスブルグ君主国の解体を一つの区切りとする)近世の終焉が始まってしまうが、当時の時代精神の顕現として最も著名なのはマルサス方程式(Malthusian Equation)dN/dt=rN=N0*exp^rtを世に知らしめたマルサスThomas Robert Malthus,1766年~1834年)「人口論(An Essay on the Principle of Population,1798年)」における「人口は制限されなければ幾何級数的に増加するが、生活資源は算術級数的にしか増加しないので必ず不足する」なる提言だったとされている。

    後に「ロジスティック方程式(Logistic Equation)」なる概念の登場によって反駁される考え方だが、同時代を生きた「暗黒のロマン主義マルキ・ド・サド(Marquis de Sade,1740年~1814年)は、エドガー・アラン・ポーEdgar Allan Poe、1809年~1849年)と並ぶ(自らの著作を広める為に事前に市場調査を徹底して行う近代的ニュアンスにおける)マーケッティング・リサーチの先駆的実践者の一人であり、理論上ベルヌーイオイラーによる指数関数(Exponential Function)α^x対数関数(Logarithmic function)Log(x,root=α)の発表(1683年以降)以前には遡れない指数関数的発散への懸念自体はそれ以前から有識者の間で囁かれており(だからこそまとまった理論として発表された時に読書階層が飛び付いた)「だから人間社会が存続するには(疫病の流行や災害や戦争や革命による)人口の定期的間引きが欠かせない」なる極論が密かに流行していた事、もしかしたら生涯に渡って戦争に明け暮れ上掲の「欧州列強間の衝突の激化」の台風の目玉となった「太陽王ルイ13世(Louis XIII、1601年~1643年,在位1610年~1643年)もまた経験的に同様の結論に到達していたかもしれない可能性などを指摘している。こうした市場ニーズ把握を踏まえた上で執筆されたのが「ソドム百二十日あるいは淫蕩学校(Les Cent Vingt Journées de Sodome ou l’École du libertinage,1785年)」や「ジュリエット物語あるいは悪徳の栄え(l'Histoire de Juliette ou les Prospérités du vice,1797年~1801年)」といった後に禁書扱いを受ける問題作品群であり、この人物があれほどフランス王政や革命政府やナポレオンに敵視されて生涯牢獄や精神病院に幽閉され続けたのもまた、その(多くの人が心の中で思い受けべるだけに留めた)恐るべき結論を探り当て、あえて公表し作品の主題に据えた大胆不敵な態度故だったとされる。まさしく水木しげる画伯の様に「自分の好きな事しか書かないが、それを世間に認めさせる為にはどんな手口だって使う実際、水木しげる画伯は自分の妖怪画を市場に売り込む為に第一次怪獣ブームを利用している)」タイプの変態大作家(おそらく米国パルプマガジン黄金期(1920年代~1930年代)に「宇宙的恐怖(Cosmic Horror)」ジャンルを創始したH.P.ラブクラフトや、雑誌「講談倶楽部」への残酷通俗小説掲載によって1930年代日本を風靡し、かつその講談社の少年誌「少年倶楽部」への戦前の掲載を皮切りに光文社の月刊娯楽雑誌「少年」を通じて1950年代に「少年探偵団」シリーズをブレイクさせた江戸川乱歩などもこの範疇に入る)の代表例だった訳である(エドガー・アラン・ポーも同種のエピソードに事欠かないが、特に「炎上マーケティング」を駆使した事で悪名高い)。ちなみに「大転換-市場社会の形成と崩壊(The Great Transformation,1944年)」で著名なカール・ポランニー(Karl Polanyi,1886年~1964年)が創始した経済人類学なるジャンルが、こうした考え方を20世紀後半バタイユの「過剰の蕩尽」論と結び付け、インディアンやエスキモーの間で伝統的に遂行されてきたポトラッチ外交、「奴隷狩り大国ダホメ王国や「人身供儀大国アステカ王国の体制研究と併せて大々的な反近代論として展開し「ポスト・マルクス経済学」と褒めそやされていた歴史を私は決して忘れない。そういえばルソー(Jean-Jacques Rousseau,1712年~1778年)もリスボン地震(1755年)の衝撃からいかにもスイス人らしく「被害が深刻なものとなったのは、あまりに多くの人々が都市の小さな一角に住んでいるせい」「この地震神罰ではなく文明のおごりが起こした人災。都市への集住など一刻も早く禁止し、人類はより素朴で自然な生活様式に戻るべき」といった結論を引き出す一方、かかる大災害を契機に神の善意を疑問視する様になったヴォルテールに反駁して神の摂理を弁護し「この地震は被害に遭った人たちにとっては不幸でも、神にとっては全体の幸福のためのなんらかの目的があったと考えるべきであり「すべては善」ではなくても「全体にとっては善」が為されたとは言える」と自論を展開。かかる理想論を実現する為にフランス革命当時、ジャコバン恐怖政治指導下においてポール・バラスPaul François Jean Nicolas, vicomte de Barras, 1755年〜1829年)がマルセイユトゥーロンにおいて、ジョゼフ・フーシェJoseph Fouché, 1759年〜1820年)がリヨンにおいて、九月虐殺Massacres de Septembre、1792年)にも参加したジャン=ランベール・タリアンJean-Lambert Tallien, 1762年〜1820年)がボルドーにおいて(絶対王政庇護下、フランスの資本主義的発展に寄与してきた)都市住民の霞弾(大砲の散弾)による大量殲滅を遂行し、同じく王党派の抵抗が根強かったヴァンデに地獄部隊 (Colonnes infernales,1794年1月〜5月, 後背地の集落を片っ端から襲撃して「妊婦の腹を裂き、赤子を竈に放り込む」民族浄化作戦を遂行した虐殺部隊)が投入された事からロベスピエールMaximilien François Marie Isidore de Robespierre, 1758年~1794年)が「ルソーの血塗られた手」の二つ名を頂戴し、フランスへの産業革命導入が軽く半世紀は後退して19世紀における大英帝国の単独覇権が準備された事、こうした振る舞いを神聖視したが故の愚行の縮小再生産版がカンボジアで自国民(特に経済的に恵まれていたベトナム系市民)への大量虐殺を遂行したクメール・ルージュ政権だった事なども、そうした歴史の重要な一部だったりする。

新たなる数理の発見(およびその誤解に基づくパニックの広まり)は、時としてここまで苛烈な爪痕を歴史に残す事もあるのです。

ここでの過去投稿の一つの要約。まさかの五億年分の歴史がこんなにあっけなく語れるなんて、自分でも驚きでした。
*当人的には割と以下のMVへの縮小再生産的感想文な感じ。何しろ十字軍運動にも、金融恐慌にも、ナチズムにも触れられなかった訳で…一方、サド公爵のこういう側面と経済人類学の連続性について初めて触れられた部分は大満足…もしかしたら「通り道が違う」という事なのかな?

そんな感じで以下続報…