本文中に出てくる「考古学的編年記」の実物はこういう感じ。
今回の投稿の発端は以下のTweet。
『日本デジタルゲーム産業史』著者からみた『ゲームの歴史』|小山友介 #note https://t.co/2wTWKeIQw1
— 岩崎啓眞@スマホゲーム屋+α (@snapwith) 2023年4月1日
小山さんがビッグウェーブに乗ってきた。
— 企画屋@川村(ゲームデザイナー芸人) (@yas_kawamura) 2023年4月1日
何よりもまず、考古学的方法論における「出土品の編年史」に該当する直行座標系が切れてなかったという事?
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2023年4月1日
ちゃんとやりたければ「ここで対象と選んだ土器の様式において、この系統の渦巻き模様は何時の時代の何処で最初に観測され、何時の時代の何処で最後に観測されるのか」みたいな編年史を完全に客観的に構築した上で「何故そうなったのか」について掘り下げる考察に進まないとねぇ…
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2023年4月1日
これで思い出しました。考古学的編年史は、出土物について「何処で生産され(生産拠点遺跡の探索)、何処で消費されたか?(多くの場合、出土と消費の関係は不明)」まで追跡するという事情を… https://t.co/0UTGKbZFIg
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2023年4月1日
そんな感じで以下続報…