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諸概念の迷宮(Things got frantic)

歴史とは何か。それは「専有(occupation)=自由(liberty)」と「消費(demand)=生産(Supply)」と「実証主義(positivism)=権威主義(Authoritarianism)」「敵友主義=適応主義(Snobbism)」を巡る虚々実々の駆け引きの積み重ねではなかったか。その部分だけ抽出して並べると、一体どんな歴史観が浮かび上がってくるのか。はてさて全体像はどうなるやら。

【天の血脈】【レッドタートル】【ブレンダンとケルズの秘密】【リップヴァンヴィンクルの花嫁】いきなり浦島太郎。問答無用で浦島太郎。

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最近妙に「浦島太郎コンセプト」を下敷きとする作品が増えています。まぁ海亀でなく鮭に化けたりクラゲを自らの象徴に選んだヒロインもいましたが、まぁそれはそれ。

さらには、まさかと思う様な作品がまさかと思う様な展開でそういう結末を迎えたりします。

「打ち切り説」も「安彦良和画伯が飽きた」説もある様ですが、「虹色のトロツキー(1990年〜1996年)」「王道の狗(1998年〜2000年)」と併せ「近代三部作」と呼ばれる安彦良和「天の血脈(2012年〜2016年)」については、実はかねてより「さすがにこの歴史観、2010年代には通じないのでは?」と感じてました。「月刊アフタヌーン」には他に岩明均ヒストリエ(HISTORIĒ、2003年〜)」や幸村誠ヴィンランド・サガ(Vinland Saga、2005年〜)」の様な完全に「21世紀対応歴史観」に基づく時代劇漫画も掲載されています。それで余計に強くそう思ってしまった側面も。

 *特に「ヴィンランド・サガ」については、欧米ではタブー視されていた「奴隷ビジネスの一環としてのヴァイキング(北欧諸族の略奪遠征)」をきっちり描いた事で海外の歴史マニアまで屈服させた意欲作。ヨークをイングランド戦争奴隷交易の中継地点として描く過程でアイルランド(のノース人)もそれに加わっていた可能性を示唆した事が彼らに与えた衝撃は、むしろ日本人の想像範囲を超えている。

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坂道のメロディ

そもそも世界初の映画倫理規定Hays Codeにおいて「白人奴隷の映像化はこれを禁じる」としたのは(クロムウェル卿のアイルランド遠征で先祖が奴隷として転売された)アイルランド系アメリカ人達。ところがこの作品では(黒人奴隷貿易で散々私服を肥やした)イングランド人がヴァイキングに軍事力として敵わないが故に奴隷として売られていき、アイルランド(のノース)人が奴隷商人の立場で描かれる。何たる加害者と被害者の立場の逆転。パラノーマン ブライス・ホローの謎(ParaNorman、2012年)」に登場する肥満で苛められてる少年は「人は強ければ苛める。弱ければ苛められる。それ自体は単なる生物学的行動原理に過ぎなくて、強ければ僕だって苛める側に回ってた。そんな事にいちいち腹なんて立ててられないよ」と断言する。ヴィンランド・サガの主人公の「奴隷は戦争が続く限りなくならない。それををなくすには戦争そのものをなくすしかない」なる主張は豊臣秀吉徳川家康の魂の叫びでもあった。こういう展開こそが今や時代の最先端とされているのである。

それは、ここで2010年代には時代遅れとしか映らなくなった歴史観」の正体は? ずばり結論は、ヘルムート・プレスナーいうところの「民族生物学(独Ethnobiologie、英語Ethnobiology)」。しかしそれが何かを知るには、まず最近の歴史学の展開を頭に入れないといけません。

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①元来はモンゴル史専攻だった歴史学岡田英弘は「倭国の時代-現代史としての日本古代史(1976年)」「世界史の誕生 モンゴルの発展と伝統 (1992年)」「日本史の誕生 1300年前の外圧が日本を作った(1994年)」「歴史とはなにか(2001年)」の中でこう述べる。マレーシアの古典文学である『マレー年代記』はマラッカ王国の建国神話だが(執筆時点から約100年前の出来事を扱ってるのに)そこに描かれている建国時代の経緯は、中国やポルトガルのより客観的と思われる記録と大きく食い違っている。国史の編纂というのはいかに文学的に優れていても、本当の史実を伝えているという保障は何もない。また「諸蕃志」は中国商人との交易が契機になって、東南アジア島嶼部の政治的統合が進んでいく状況を記す。そもそも実際の国家統合の過程は(国史が必死になってそう見せかけようとするほど)国内展開だけで全ての説明がつく次元の話ではない。
年代記と地理書からみたマラッカ王国

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  • 例えばウィリアム・シェイクスピア(William Shakespeare, 1564年〜1616年)が手掛けた英国史劇の世界。百年戦争(1337年/1339年〜1453年)から薔薇戦争(1455年〜1485年/1487年)」にかけての時代を扱うが、当時の人間の勧善懲悪観を満たす為にあちこち大胆な脚色が加えられ、実際の歴史と驚くほどかけ離れたものとなってしまった。基本的に「百年戦争における英国のフランスに対する軍事的敗北」や「薔薇戦争における大貴族同士の対消滅」といった歴史的現実の認識を拒絶する当時の英国人心理に立脚し、かつ最終勝者となったチューダー朝の正統性を全面肯定する立場から書き起こされている(チューダー朝史観)。

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  • 例えばそうした「チューダー朝史観」に大いに感化されたアレクサンドル・デュマ(Alexandre Dumas, 1802年〜1870年)のダルタニャン物語。「三銃士(Les Trois Mousquetaires、1844年)」「二十年後(Vingt ans Après、1845年)」「ブラジュロンヌ子爵(Le Vicomte de Bragelonne, ou Dix ans plus tard、1850年)」の三部で構成されるが、当初は7月革命政権(1830年〜1848年)で王統となったオルレアン家の正統性を肯定する立場から出発し(オルレアン朝史観)、2月/3月革命(1948年)以降は当時のフランス人の関心が赴くままに「英国清教徒革命(1638年〜1660年)の非正統性」を揶揄したり「(フランス貴族が内紛で勝手に自滅した)フロンドの乱(1648年〜1653年)の英雄性」を賛美する展開となった。

    *これに加えて英仏貴族には古代ギリシャ・ローマ文明への憧憬心があって、それらの古典の登場人物の様に活躍したいという願望を満たした事が大ヒットにつながったとも。

  • こうした「愛国心(現在の王統に対する忠誠心)からの国史編纂過程における脚色」は文学の世界だけに留まらない。例えば西晋(265年〜316年)の陳寿(233年〜297年)が編纂した「三国志(280年以降。 紹興年間(1131年〜1162年)の刻本が現存する最古の底本)」。中国の後漢末期から三国時代にかけて(180年頃〜280年頃)を扱うが、当時王統だった司馬氏の父祖たる司馬懿仲達(179年〜251年)が残した華々しい軍事的勝利は遼東公孫氏(189年〜238年)討伐くらいだった。なにしろ諸葛孔明との中原での対峙は一進一退の押し合いの連続で、しかも最後は「死せる孔明、生ける仲達を走らす」不名誉なエピソードで終わっている。また魏の時代に政敵だった曹爽の父である曹真が229年にクシャーナ朝(貴霜)のヴァースデーヴァ1世(波調)からの使節を迎え、親魏大月氏王の仮の金印を授けるという外交成果を挙げている。これに対抗する必要があった。かくして「三国志」において「それまで西域ばかり進貢させてきた中華は、我らが王朝の時代に入って(遼東公孫氏を討伐した事により)同じくらい広大な東域を進貢させる事に成功した」なるコンセプトを顕現させた「魏書第30巻烏丸鮮卑東夷伝」には、全体に対して異様なまでの文字量が割かれる事になったのである。
    公孫氏 (遼東) - Wikipedia
    *この「魏書第30巻烏丸鮮卑東夷伝」の倭人条こそが、かの有名な「魏志倭人伝」。今日なお日本では「そこに登場する地名が現在のどの場所に対応するか」に関して激しい議論が繰り広げられているが、実は頭から読み返すとそもそも朝鮮半島の旅程が4倍以上に拡大されており、日本列島に至ってはアフリカ大陸の如き巨大な土地として描かれている。岡田英弘は全景の著書のの中で繰り返し「要するに西晋にとって邪馬台国の存在意義は(司馬懿の政敵だった曹爽の父である曹真が使節を迎えた)クシャーナ朝(貴霜)より明らかに巨大な帝国である事のみだったのである。この前提から出発しない限り絶対に正解にはたどり着けない」と断言している。

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②こうした提言もあって「古事記(713年)」「日本書紀(720年)」「風土記(720年編纂命令公布)」「新撰姓氏録(815年)」の読み方も変わってきた。それはおそらく苛烈な氏族闘争(Clan War)を生き延びてきた各氏族に伝わる伝承(互いに矛盾しており、後世では意味不明となってしまった部分も多い)を恣意的に編纂し、それぞれの時代における覇権氏族の正統性を証明しようとした試みの残骸なのだと考えられる様になったのである。

  • 「残骸」…そう、まさにこうした日本古史を特徴付けるのは、かかる意図の達成に一度も成功した形跡が見られない事だったりする。むしろその結果として「三輪山信仰関連伝承」「息長氏(海人族)関連伝承」「蘇我氏関連伝承」「中臣氏(物部氏)関連伝承」「出雲関連伝承」「日向関連伝承」「山部族関連伝承などが豊富なバリエーションを含む原材料に近い形で後世に伝えられ、それを考古学的史料と突き合わせる事で新しい歴史観が生み出されたりする様になった。
    *物凄い皮肉だが、倭人の「文学的センス」の低さに救われた形。また編纂を任された渡来系氏族が自分たちの立身出世と無関係なのでモチベーションが全然上がらなかったせいともいわれている。それを感じるのはむしろ「出雲風土記」くらいで、だから諸蕃氏族を序列に加えた新撰姓氏録が編纂されたが、ますます訳がわからないものに成り果ててしまったので本文は抹殺される事になったとも。なにしろ渡来人にはレプリカント同様「オリジナル(大陸のどんな偉人が始祖か)」と「バージョン(渡来時期)」による格式が厳然と存在する一方、各時代の社会的立場とそれが全く一致してない(むしろ首長化して在地有力者の序列に加わったか、品部として権力者に従属する道を選んだかとか、そういう事の方が重要)。おそらく混乱しか生まず、朝廷も「完全なる格式の創出」を諦めたのである。

  • 実は安彦良和は、こうした展開にあくまで異議を唱え続けてきた一人。日頃から「日本人は日本人であり続ける為にスクナビコナオオクニヌシやニニギや神武天皇やツノミやヤマトタケル神功皇后武内宿禰葛城襲津彦の実在を疑ってはならんのです。それが私のモチベーションの源泉」と豪語していたが「天の血脈」については明石元二郎が登場し、内田良平の態度がおかしくなり始めた段階から既にそうした価値観の崩壊が始まっていたとも。

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③一方「民族生物学(独Ethnobiologie、英語Ethnobiology)」はヘーゲル史学、すなわち17世紀以前の神中心主義の延長線上に誕生した、民族精神(Volksgeist)ないしは時代精神Zeitgeist)のみが人間精神の唯一の実体であり、個人にとって自己実現とはそれに完全に同化し、自らの役割を得る事のみを意味するという立場から出発する。

  • ヘーゲル史学自体はカント哲学における「物自体(独Ding an sich、英Thing-in-itself)と物(独Ding、英Thing)の峻別」に対する神中心主義の立場からの嫌悪感から出発し、一時期はほとんどその考え方の全面否定に成功したものの、マルクスの「上部構造/下部構造仮説」すなわち「我々が自由意思や個性と信じているのは、社会の同調圧力に型抜きされた既製品に過ぎない」といった考え方や、生理学者でもあったヘルムホルツの(認知論に立脚する)唯物論的や、精神分析学者フロイトの無意識論などに敗れていったと考えられている。

  • だが実際にはダーウィンの提唱した進化論を受容してリニューアルに成功して生き延びた。これが民族生物学(独Ethnobiologie、英語Ethnobiology)で「構成員全てがその民族精神と完全同化して自らの責務を全うする民族のみを生き延びる」とする。その考え方は国際的経済危機を迎える都度強まって20世紀(特にその前半)を共産主義ファシズムやナチズムや日本軍国主義といった全体主義礼賛の方向性で染め上げたのだった。
    *その最初の萌芽を19世紀末の黄禍論流行に見る向きもある。

  • その特徴は極めてシンプル。カント哲学などの物自体(独Ding an sich、英Thing-in-itself)と物(独Ding、英Thing)を峻別する態度を軽蔑し「世界に真実は常にたった一つしかない」とする一方で、その真実の供給者となるのは他民族に暴力闘争で勝利した最強民族のみと考える。かくして欧州では「世界史とはインド・ヨーロッパ語族の世界征服過程であり、その野望の達成こそ我々の世代に課せられた民族的責務である」とするアーリア人種至上主義が台頭。日本人も割とその大半が20世紀一杯は「軍事力に優れる弥生人縄文人虐殺によってこの日本を手にいれた」「古代日本において軍事的優勢にあったのは鉄製武器を装備した九州北部連合王国であり、石斧しか装備してない瀬戸内海や畿内の在地有力者など殺戮対象に過ぎなかった。そんな民族的劣等者がヤマト王権など築いた筈がない」「大陸から渡ってきた騎馬民族が片っ端から日本人を誅殺して回り新たな日本の支配者となったのだ」なんて血塗れの歴史観を無邪気に信じ続けていた。
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    *実際「そうではない歴史観」の構築が本格化したのは、フルシチョフスターリン批判(1956年、1961年)を契機にマルクス主義歴史学者の離脱が相次ぎ、フランスのアナール学派(1927年〜)の見直しが本格化してから。現在の様な精緻な段階に到達するまでは随分試行錯誤段階を経ている。

そうした時代にも、あえて弱者の側に立って権力側の圧倒的暴力に立ち向かった英雄はいたはずで、我々現代人もこれに続くべき」と逆転の発想をしたのが安彦良和作品の特徴で、そうした傾向は早くも漫画第1作「アリオン(1979年〜1985年、1986年劇場映画化)」第2作「クルドの星(1986年〜1986年)」などに早くも現れていました。
*欧米だとアーリア人種至上主義を批判的に継承した「クルガン仮説」やバーバラ・ウォーカーの「女神崇拝仮説」などが同じ「民族生物学史観」が該当。1980年代には萩尾望都が傾倒したが、むしろ後々まで引き摺ったのは浦沢直樹勝鹿北星長崎尚志脚本、浦沢直樹作画「MASTERキートン(1988年〜1994年)」および「MASTERキートン Reマスター(2012年〜2014年)とも。

とはいえ「国王と教会の権威に未来永劫反逆し続ける事を誓った」フランスの政治的浪漫主義が2月/3月革命(1948年)によって肝心の「国王と教会の権威」がその絶対性を喪失すると対消滅を免れ得なかった様に「反民族生物学史観」もまた、その大元となる民族生物学史観が霧散した今日では存続が危ぶまれる状態に。
*同時代にはリアルタイムで「多重人格探偵サイコ MPD PSYCHO(1997年〜2016年)」などの大塚英志原作作品もなかなか壮絶な変遷を辿っており、あくまで「時代の変遷」としかいえない側面も。読者の趣向の変遷に足並みを揃えねばならない悲劇(喜劇?)の実例としては石井いさみ
750ライダー(1975年〜1985年)」や古賀新一エコエコアザラク(1975年〜1979年)」も有名。

「天の血脈」が、まさかの浦島太郎ENDを迎えたのって、もしかしたらそういう現状に気付いてしまったから? そうすると「麗島夢譚(2012年〜)」や「ヤマトタケル(2014年〜)」はどうなってしまうんでしょう…