「シルクロード」というと思い出すのが…
なんだか記憶が細野晴臣が手掛けた「人形三国志」のテーマとごっちゃになってます。
両者を結ぶのが「張騫」なる人物だった訳ですが…
最近の研究成果の中で、何より興味深いのは前漢の「張騫」の役割が「シルクロードを最初に開いた人」では無くなったことで、秦末に途絶していたシルクロードの「再開者」だったことが考古学的に明らかにされたことですね。従って司馬遷なども大きな勘違いをしていて、『史記』にも誤りがある訳です。
— 巫俊(ふしゅん) (@fushunia) 2021年9月4日
匈奴以前の秦代の遊牧国家だった「月氏」が西遷して、間に匈奴が入ったことから、中国側の使者(張騫)が以前より西側の世界まで出入りするようになった(行動範囲の拡大)のは事実ですが、周代及び秦代の中国では西方から文化の流入が続いてたので、新疆・甘粛にいた月氏などがそれを仲介してた訳です
— 巫俊(ふしゅん) (@fushunia) 2021年9月4日
その当時のシルクロードに対する憧れは様々な形で中国の文献に記述されてて、戦国時代の紀元前4~3世紀に書かれた『穆天子伝』にはライオンを指す当時の西域の古語が記録されてる他、西方世界にいる「西王母」に対する憧れで満ちており、中国は実は世界の東南の一隅にあるということまで知られてました
— 巫俊(ふしゅん) (@fushunia) 2021年9月4日
とりあえずメモがてら…