諸概念の迷宮(Things got frantic)

歴史とは何か。それは「専有(occupation)=自由(liberty)」と「消費(demand)=生産(Supply)」と「実証主義(positivism)=権威主義(Authoritarianism)」「敵友主義=適応主義(Snobbism)」を巡る虚々実々の駆け引きの積み重ねではなかったか。その部分だけ抽出して並べると、一体どんな歴史観が浮かび上がってくるのか。はてさて全体像はどうなるやら。

【雑想】維新は何処までナチズム的か?

詐欺師が人に付け入る方法は常に進化し続けるからこそ恐ろしいのですね。

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以下において、ナチズムの基本は「詐欺師の無分別なええとこどり」としていますが、もちろん「ナチス幹部を間近で観察した経験のある時代証言者ピーター・ドラッカーの以下の慧眼まで否定するものではありません。

  • 対立を超えて問題を解決する」代わりに「問題が解決しない責任を対立陣営に押し付け、解決しない問題についてひたすら怒り続ける
  • いかなる間違いや失敗も認めず、非難も受け入れない

その再来を防ぐには、柔軟な現実対応力を有する合理的経営体制の履行しかない」なる決意こそが彼のマネージメント論の出発点となってる訳です。あと必要十分条件では無いものの、個人的には以下も加えていたりして。

  • マイノリティの仮面」を被って登場する事が多い。

マジョリティの仮面」を被ると「太陽王ルイ14世絶対王政の様に「自らの権力の源に普遍性を証明する」啓蒙学派を引き連れたもっと華やかな形に帰着します。マルクス主義を革命の根拠に選んだ共産主義諸国も(虐げられた人民の解放を建前にしつつ)実際にはこのタイプが多い印象。詳細な証明は出来てませんが、この辺りは分けて考えられるという仮説に立脚してる訳です。

要するにこういう話ですね。

そしてこれ。

そして今回のまとめメモの発端がこれ。

ここに乱入。

とりあえず様子見という態度ですね。ただこういう話も。

こういう話も。

こういう話も。

こういう話も。

こういう話も。

こういう話も。

こういう話も。

こういう話も。

こういう話も。

こういう話も。

そして…

そして…

そして

そして。

そんな感じで以下続報…