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諸概念の迷宮(Things got frantic)

歴史とは何か。それは「専有(occupation)=自由(liberty)」と「消費(demand)=生産(Supply)」と「実証主義(positivism)=権威主義(Authoritarianism)」「敵友主義=適応主義(Snobbism)」を巡る虚々実々の駆け引きの積み重ねではなかったか。その部分だけ抽出して並べると、一体どんな歴史観が浮かび上がってくるのか。はてさて全体像はどうなるやら。

「国際SNSの関心空間化」なる新トレンド

 1990年代から2000年代にかけての文化変遷はインターネット世界における技術革新(innovation)と不可分の関係にあります。そう、ちょうど映画史の時代区分が「劇場で放映可能となったか否か」「サイレントかトーキーか」「モノクロかカラーか」といった技術革新(innovation)に振り回されて来た様に。

http://moviechronicle.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_00d/moviechronicle/1895E38080E382B7E3838DE3839EE38388E38080E3839DE382B9E382BFE383BC2.JPG

 とりあえず大きな変化として挙げられるのが「2005年前後のV.O.D.(Video On Demand)技術の樹立(それに伴うYoutubeニコニコ動画などの配信開始)」、「2000年代後半におけるブロードキャスト配信体制の安定化」です。そして第三の波ともいうべきが「国際SNS上におけるトレンドの人間関係空間(Social graph)から関心空間(Interest graph)への推移」という事になります。

  • 実はFacebookTwitterの立脚する「人間関係空間(Social graph)」理論に「関心空間(Interest graph)」理論を対峙させたのはナップスター創業者にしてFacebookの初代CEOを務めたショーン・パーカー(Sean Parker、1979年〜)だったりする。

  • とはいえ、ショーンの当初の構想にける関心空間(Interest graph)は人間関係空間(Social graph)に下属しつつ、その内容をどこまでも拡張(enhance)するオプションに過ぎなかった。まさか国境を越えて互いに投稿を回覧し合うTumblrPinterestの様な匿名SNSが、逆にFacebookTwitterなどのトレンドを左右する時代が来るとは思ってもいなかったに違いない。

いずれにせよ「SNSなるもの」は、物理的(physical)には、Node(頂点)とEdge(辺)のみで構成されています。これをある種のグラフ理論で扱う訳ですが、何をNodeやEdgeに割り当てるかで両者の立場が分かれる訳です。
What is the interest graph, and what sites have done the best job of mapping it? - Quora

http://gakuen.gifu-net.ed.jp/~contents/teachsoft/math_js/hasi.gif

  • 人間関係空間(Social graph)…スタンス的に自我心理学(特にアドラー理論)寄りの立場。FacebookTwitterは「node=個人アカウント」「Edge=(相互フォローを前提とした)個人アカウント間の連絡網」と見立て、Edgeを流れる情報Trafficの量と方向から「影響力の強さ」を算出。この次元における人間の典型的行動パターンは予測が容易なので、近年はBotの跳梁が著しい。

  • 関心空間(Interest graph)…スタンス的に(「箱庭療法」の背景理論として有名な)対象心理学(Objective Psychology)寄りの立場。各投稿の回覧経路をEdge、それに参加した個人アカウントをnodeと見立てる。ここで興味深いのが「回覧流布には明らかに方向性が存在する(相互Followなど回覧網全体に対するフィードバック確認目的でしか行われない)」「初心者は誰もが最下流回覧者から出発し、原則として回覧内容の品質向上に従ってFollowerを獲得し、上流回覧者(人間関係空間(Social graph)理論における「流行仕掛人(influencer)」)へと昇格していくが、性癖にブレが生じる都度既存Followerを失う一方で新規Followerを獲得する(つまり評価軸が「そのアカウントのカリスマ性」といった単次元ではない)」「各投稿の影響力は当初、累積回覧数と上流回覧者への信頼度でしか判断し得ないが、そのプロセスそのものが機械学習(feature learning、直訳は「表現学習」。「特徴量学習」とも)の一種であり、経験量の蓄積度に応じて上流回覧者への昇格が果たされる(例えばポルノ画像を回覧しているうちに次第に自らの性癖の把握が進み、同時に照明の具合だけで日本製かアメリカ製かドイツ製かそれ以外の欧州製かなどが瞬時に判断出来る様になったりしつつFollower数が増えて行く‼︎)」といった諸特徴で、これがBotにとっては参入障壁と成っている。

どういう展開からこういう議論が生まれたか知るにはソーシャル・ネットワーキング・サービス(英: social networking service、SNS)の形成史に当たらないといけません。

http://arcaspicio.squarespace.com/storage/socialmedia.png?__SQUARESPACE_CACHEVERSION=1386260681518

  • 2000年8月7日 deviantART社が「あらゆるジャンルの芸術家による同好の士のためのコミュニティにして、彼らがその作品を示し議論を行うための場所」としてdeviantARTサービスを開始。2010年8月の時点で1450万人以上の利用者と1億本以上の投稿作品から成り立っており、一日あたり約14万本の新規投稿が行われている。重複なしでのアクセス数は月ごとに3500万以上。

  • 2002年 カナダのコンピュータプログラマーであるジョナサン・エイブラムスがFriendster社を設立。既にPets.com(1997年開始)の様な小規模ソーシャル・ネットワーキング・サイトが幾つか先行していたが、会員数が100万人に達した最初のサイトとなり、最初の数ヶ月で300万人のユーザーを獲得。2004年4月にMyspaceにページビューで抜かれるまでオンラインソーシャル・ネットワーキング・サービスのトップと考えられていた。2008年時点でユーザー数が1億1500万人以上となったが主にアジア地方での成長。アレクサによれば2009年以降アメリカ合衆国からのアクセス数が急激に減少しており40位をピークに2010年11月には800位まで落ち込んでいた。Facebookへの乗り換えが進んだ為と考えられている。2011年6月にソーシャルゲームサイトに転換し、ユーザーのソーシャル・ネットワークアカウントを終了した。
    *Friendsterという名はfriend(友達)とNapsterとのかばん語に由来する。1999年に立ちあげられたNapsterはこの時、論争を巻き起こしているP2Pファイル共有インターネットサービスで、2000年時点で「Napster」という名称自体同年訴訟を数件起こされた影響で事実上聞き慣れた言葉となっていた。

  • 2003年 Myspace社が設立される。ソーシャル・ネットワーキング・サービスSNS)の草分けの一つ。当初は主に10代の音楽マニアがコアユーザーとなっていたが、20代をはじめ30代・40代の利用者も増加している(当初からのユーザーの加齢の影響もある)。 2006年8月9日にアカウント数が1億を突破し、2008年5月10日時点で2億320万人分のアカウントがあることが発表された。 後発のFacebookに抜かれるまで英語圏では最も巨大で人気のあるSNS型サイトだった。2005年7月、タイムズやFOXテレビを擁する、ルパート・マードック率いるニューズ・コーポレーションMySpaceの一部株式を持つ親会社を5億8000万ドルで取得。FOXテレビの放送した番組本編や予告などがビデオアップロードサービス、MySpace Video に提供され提携が進む。2006年にはGoogleと包括的な広告掲載契約を結び、年間9億ドルを4年間に渡って受け取れる事になったが、その後ページビューが伸び悩み、2011年に契約期間が満了すると更新は行われない事になった。2011年1月11日、売り上げ減少に備えるために従業員の47%を人員整理すると発表。同年6月にはニューズ・コーポレーションからスペシフィック・メディアに売却された。

  • 2004年2月 カナダ・バンクーバーに本拠を持つルディコープ社(Ludicorp、2002年創業)がFlickrサービスを開設。それまでルディコープ社が開発してきた大規模多人数参加型オンラインゲーム(MMO)『Game Neverending』のために開発されたツールを流用した物だったが、こちらの方がより企業化できそうな事業であることが分かったため、『Game Neverending』の開発は棚上げとなってしまう。初期は「FlickrLive(写真を共有することで多人数がチャットを楽しむマルチユーザーチャットルーム)」が目玉だったが、次第に各ユーザーによる写真アップロードと分類が焦点となりチャットルームは閉鎖に追い込まれる。そして2005年3月、ルディコープ社とFlickrは米Yahoo!により買収された。以降は次第に落ち目に。

  • 2004年 Facebook社がマーク・ザッカーバーグと、ザッカーバーグハーバード大学のルームメイトまたは同級生だったエドゥアルド・サベリンによって創業される。その後アンドリュー・マッコーラム、ダスティン・モスコヴィッツ、クリス・ヒューズなどが加わった。当初は、会員はハーバード大学ドメインのメイルアドレスを持つ学生に限定されていたが、ボストン地域の大学、アイビーリーグの大学、スタンフォード大学へと対象が拡大されていった。徐々に様々な大学の学生も対象に加わり、やがて高校生にも開放され、最終的には13歳以上のすべての人に開放された。現在のFacebookでは、ユーザー登録時に13歳以上であることを宣言すれば誰でも会員になれる。2012年9月にアクティブユーザー数が10億人を超えたが、そのうち8.7%は偽物とされる。2011年5月のコンシューマー・レポートの調査によると、サービスの利用規約に違反する13歳未満の子供のユーザーが750万人、10歳未満の子供のユーザーが500万人いる。2012年において180ペタバイトのデータを持ち、24時間毎に0.5ペタバイトのデータが増加している。

    Facebookはプラットフォームではなかった。

    Mark Zuckerbergの当初の目標はプラットフォームを構築することではなかった。TheFacebook.comの最初のバージョンには写真共有の機能すらなかった。

    Farmvilleが普及するようなプラットフォームになるまで、Facebookは大学生が友人の友人を探すためのシンプルなプロダクトだった。現在では、ウェブ上のログイン機能を提供し、史上最も急成長する広告プラットフォームになった。


    Facebookは2004年に創業した。何百万人のユーザーベースを抱えるFacebookが初めてプラットフォームに向けた取り組みを行うと発表したのは2007年のことだった。つまり、3年間は素晴らしいプロダクトを作ること、ユーザーの声に耳を傾けること、そしてFacebookのプロダクトとネットワークを構築することに集中してきたのだ。今では15億人が使用するプラットフォームでさえ、10年前までは.eduのメールアドレスがなければアクセスすることはできなかったということを覚えておいてほしい。

  • 2005年 デビッド・ガルブレイスが画像ブックマークシステムWistsを開始。Flickrサービスの方向転換に大きな影響を与える。

  • 2005年2月15日 PayPalの従業員であったチャド・ハーリー、スティーブ・チェンジョード・カリムらがカリフォルニア州サンマテオでYoutube社を設立。設立のきっかけはハーリーらが友人にパーティーのビデオを配る方法として考えた技術を使い「皆で簡単にビデオ映像を共有できれば」と思いついたことによる。セコイア・キャピタルからの投資を受け、12月より公式にサービスを開始。アメリカでは2005年12月頃にNBCの人気テレビ番組『サタデー・ナイト・ライブ』がアップロードされていたことからブログなどで話題になり、2006年上旬にはYouTubeの映像をブログなどに貼り付け簡単に見られるAPIも公開され爆発的に普及した。日本でもこの頃からブログなどで紹介され人気が上昇した。次第に大量のアダルト動画がアップロードされはじめたが、人的リソースの問題から厳密な処理ができず削除対応がゆるやかであり、それがかえって利用を増やすこととなった。2006年4月にアメリカの映画制作会社のワインスタイン・カンパニー、ディメンション・フィルムズと提携。映画の予告編が配信される。これを初めとして様々な企業や団体がYouTubeにチャンネルを持ち、コンテンツを公開するようになった。サーバの回線コストだけで月間100万ドルに達すると言われていたため、どう収益を上げていくかが注目されていたが、2006年10月9日に16億5000万ドルの株式交換Googleの買収に同意。2007年3月、民間調査会社のネットレイティングスから日本国内家庭からの利用者が一千万人を超えたことが発表された。

  • 2006年7月 Amazonが(Amazon Web Services)の提供開始

    Amazon Web Service(AWS)は、スタートアップのインフラストラクチャの中核になった。AWSはHTTP規格が確立されて以降、スタートアップの爆発的な急増の最も重要なイノベーションをもたらしたサービスであると言える。

    しかし、Amazonは最初から共通のコンピューティング・インフラストラクチャのプラットフォームを構築しようとしていたのではない。彼らは、ハーレクイーンのロマンス小説、LostのDVDボックスセット、テニスラケットなど何百万点の商品を取り扱うサービスだ。

    彼らがコンピュティングサービスに注目したのは、煩雑な配送と受け取りの仕組みを掌握してからのことだ。AWSのプラットフォームは、特定の課題に対して信頼できて愛されるソリューションを構築したことによる副産物として誕生したものであって、Amazonが最初から注力していたものではなかった。

    プラットフォームを構築しようと動き出してからも、スタートアップのファウンダーという特定のカスタマーを対象にしていた。医療や金融のプライバシー規制、法人のセキュリティーの懸念点を考慮すると、そこから始めるのは相応しくないと判断し、それらの市場は最初から視野に入っていなかった。そのような多種多様な企業向けのサービスであるとは約束していない。AWSは、急成長するスタートアップにとって本当に必要なものを構築したのだ。

    Amazonは1994年創業したが、AWSの提供を開始したのは2006年からだ。そして、AWSで収益が上がるようになったのは2015年からだ。きみのビジネスがもっと短い時間でプラットフォームを作れない理由にはならないが、歴史上最も成功しているウェブ企業に名を挙げられるAmazonでも、プラットフォームになるまで10年以上の歳月が必要だったのだ。ペース配分に気を配ることも必要かもしれない。

  • 2006年7月 アメリカ合衆国カリフォルニア州サンフランシスコに本社を置くオブビアウス社(現Twitter社)がTwitterサービスを開始。サービス名であるTwitterは英語で「さえずり・興奮」「無駄話」、または「なじる人・嘲る人」という意味である。緩い「繋がり」(人間関係)が発生し、広い意味でのソーシャル・ネットワーキング・サービスSNS)の1つといわれることもあるが、Twitter社自身は「社会的な要素を備えたコミュニケーションネットワーク」(通信網)であると規定し、SNSではないとしている。また、一部マスメディアによって「ミニブログ」「マイクロブログ」といったカテゴリーに分類されることもあったが、Twitter社自身はそのように定義していない。
    ソーシャルグラフとインタレストグラフが混在。日本市場には上手く嵌った感がある。

  • 2006年12月12日 ニコニコ動画が実験サービスとしてプレオープンしサービスを開始、2007年1月15日にβバージョンに移行するとともに、初めて運営元がニワンゴであることが明かされた。
    *その最大の特徴は、配信される動画の再生時間軸上に対しユーザーがコメントを投稿できる独自のコメント機能であり、その他にもユーザーやアップロード者同士が交流できる機能を数多く備えている。

  • 2007年3月1日 デイヴィッド・カープの経営するDavidville.inc(現: Tumblr, Inc.)がマイクロブログTumblrのサービスを開始。2011年3月から日本語ベータ版の提供が開始され、2013年Yahoo!に買収される。
    Facebookと二足草鞋状態の「匿名で集まって親に知られたくない様な趣味を満足させたいと考えている」若者達が多い。またWASP層と異なりFacebook上で肩身の狭い思いをする事が多いカソリック教徒や非白人層、Facebook上で公然と行われているセクハラ行為に嫌気が差した女性層やLGBTQ層やアニメ漫画GAMEファン層の逃げ込み先となっている。「アンケートで使ってるSNSを聞かれた時に平然とTumblrと答えられる様な人間は、まだまだTumblrを満喫しているとは言えない」なんて物騒な言い回しがある一方でFacebook上を流れているトラフイックの30%〜60%がTumblr経由という話もある。

    http://image.itmedia.co.jp/news/articles/1505/08/yu_flickr3.jpg

    実はそもそも「投稿合戦によって投稿内容が際限なく洗練されていく」景色を最初に現出させたのはFlickr(2004年2月〜)だった。最初期のTumblr(2007年3月1日〜)はその結果蓄積された「最良の上澄み」を回覧して他サイトに撒き散らす事で成立し「平気で著作権侵害を犯すモラルに欠けた泥棒猫野郎ども」と罵倒されている。囲い込みを破られる事を恐れた各SNSサイトが「サイトに投稿された画像などの著作権はそれぞれのサイトに属します。持ち出しは犯罪です」と規約に書き始めたのもこの頃。その後Tumblrの評価は「(元サイトへのリンクを消さない限り)大規模回覧によって勝手に作品を販促してくれる人達」と「(Tumblrの回覧だけ見て満足してしまう人達が意外と多い事実が判明して)アクセス数泥棒」の間を往復。しかし次第にDevianART(2000年8月〜)や、Flickrをモデルに生まれたPixiv(2007年9月〜)や、SoundCloud(2007年〜)や、Twitter(2006年7月〜)の画像投稿網や、Pinterst(2009年12月〜)、Minecraftコミュニティ(2010年〜)などに投稿される作品の国際的回覧網が形成され、その一部として組み込まれて「むしろこうした作品の国際的回覧網に組み込まれる事がサービス安定の鍵」と目される様になっていく。

  • 2007年 スウェーデンストックホルムでアレックス・リュングとエリック・ウォールフォースがSoundCloudサービスを発案。同年8月にドイツのベルリンで設立。設立の主旨は、ミュージシャン同士が音声ファイルを共有する事を目的としたものであったが、次第にミュージシャンが音声ファイルを配布・公開できる場所にする為のサービスへと方針を変化させていった。その後、同様に音楽を投稿する事のできるサービスであるMyspaceとの優位性に挑戦すべく、投稿された作品にリスナーがコメントを残せる機能等を導入。2012年12月に、新しいレイアウトを一般ユーザー向けにリリース。 その他、SoundCloud内をブラウジングしながら、音声の再生を維持する機能、コメントの表示が波形に重ならないように仕様を変更するなどした。2014年5月、古いバージョンのレイアウトを廃止する事を発表。

  • 2007年9月10日 イラストが趣味のプログラマ・上谷隆宏(pixiv内でのハンドルは「馬骨」)がFlickrをモデルにPIXIVサービスを考案。イラストに特化したSNSとしてにベータテスト公開した。その後アカウント数が3週間で1万を突破し、個人での管理が困難になった事を主な理由として同年10月1日よりクルーク株式会社(現・ピクシブ株式会社)に運営を移管。同年12月18日に大規模なリニューアルを行い、ほぼ現在の形のサービスとなった。そしてpixiv好調を受け、2008年(平成20年)11月1日を以て、社名も「ピクシブ株式会社」へと変更し、同社の中核事業となった。日本ではそのトラフイック量がFacebookを遥かに凌駕し続けている。

    http://image.slidesharecdn.com/200911252-091126205829-phpapp01/95/-20-728.jpg?cb=1259269135

  • 2008年 Social Coding サービス GitHubが運営開始。Gitバージョン管理システムを使用したソフトウェア開発プロジェクトのための共有ウェブサービス。 
    GitHub - Wikipedia

    https://static.techacademy.jp/magazine/wp-content/uploads/2015/09/github-02-02-620x521.png

  • 2009年12月 アイオワ州ウェストデモインのベン・シルバーマン、ポール・シャッラ、エバン・シャープらがPinterestの開発に着手。2010年3月にクローズドβ(英語版)としてスタートし、次の段階として招待のみのオープンβとして運営した。立ちあげから9ヶ月でユーザー数は1万人に上った。シルバーマンは個人的な行動としてサイトに登録した最初の5千人のユーザーに自身の電話番号をメールし、並行して数人のユーザーとのミーティングを行ったと述べている。シルバーマンと数人のプログラマーは2011年夏まで小さなアパートでサイトを運営していた。
    *当初は「昆虫標本や切手集めの好きな男子」をターゲットとして想定していたが、ファッションやアクセサリーやインテリアや料理に興味がある女子の方が食いつきがよく、今はこちらがメインターゲット層となっている。

    LinkedInはネットワークであり、後に人材採用のプラットフォームになった。Pinterestは美しい画像のインタレストグラフであり、開発プラットフォームではなかったが、グロースに伴い広告のプラットフォームに変容しつつある。両サービス共にAPIを提供しているが、APIがあるからといってプラットフォームであるとは限らない。

  • 2010年10月時点でMinecraftアルファ版が30万本以上を売り上げた。また、ベータ版は2011年1月の時点で100万本以上を売り上げ、シムシティ等に並ぶメガヒットとなった。
    Minecraft - Wikipedia

    http://i.utdstc.com/screen/mac/thumb/minecraft-012.jpg

  • 2010年10月6日、アップルのApp StoreInstagramが登場。同年12月までに100万人の登録ユーザを獲得。登録ユーザ数は翌2011年6月までに500万人を突破し、同年9月までには、1,000万人に達した。
    ①ケヴィン・シストロムとマイク・クリーガーが、ベースライン・ヴェンチャーズとアンドリーセン・ホロウィッツの2社から財政的支援を受けて、インスタグラムのグループは始動した。Burbn という名の当初のプロジェクトには数々の機能があった。クリーガーが参加したあとでチームは、モバイルにフォーカスしたものを選択した。そこで残ったものがインスタグラムである。
    ②2010年10月、インスタグラムの発表された直後に、コミュニティ・マネジャーとしてジョシュ・ライデルが加わった。同年11月には技術者としてシェイン・スウィーニーが、翌2011年8月にはコミュニティ・エヴァンジェリストとしてジェシカ・ゾールマンがそれぞれ加わった。
    ③2011年1月、ハッシュタグが導入され、写真探しが容易になった。同年9月、ヴァージョン2.0がApp Storeに登場。このアップデイトでは、ライヴ・フィルター、インスタント・ティルト・シフト、4つの新フィルター、高解像度画像、オプションのボーダー、ワン・クリック・ローテーションが加わり、アイコンが新しくなった。
    ④2011年7月、インスタグラムは、同サービスに1億点の画像がアップロードされたことを発表、同年8月には総数1億5千万点に達した。

    Instagramはユーザーが綺麗な写真を撮影できるように助ける。ネットワークはその次に来る。Pinterestはアーティストのイメージボードの役割を果たす。Pinterestでのつながりは裁縫の趣味サークルを世界規模で展開することを可能とした。Minecraftは世界最大のLEGOセットと言えるだろう。インターネット接続によって、Minecraftは世界最大の遊びのグループになったのだ。

  • 2012年6月 ドム・ホフマン、ラス・ユスポフ、コリン・クロルらがVine社を設立。10月にTwitterに3,000万ドルで買収されたと報じられる。正式なサービス開始として2013年1月24日にiOS対応無料アプリケーションが、6月2日にはAndroid対応アプリケーションが、11月12日にWindows Phone対応アプリケーションがリリースされた。
    *ショート形式の動画共有サービスでユーザーは6秒間ループ再生されるビデオクリップ を共有することが出来る。

いずれにせよ2010年代に入ると新たな展開が。

やはり「2005年前後のV.O.D.(Video On Demand)技術の樹立(それに伴うYoutubeニコニコ動画などの配信開始)」、「2000年代後半におけるブロードキャスト配信体制の安定化」などの影響を強く受けているのです。そして案外侮れないのが「2010年代末における金融業界の権威失墜」。

Facebookの創始者マーク・ザッカーバーグは、そのサービスに先駆けて2003年頃、ハーバード大学内に美人コンテストのオンライン版ともいうべき画像格付けサイトの一種「Facemash.com(フェイスマシュ.com)」を設置しました。22,000人ものハーバード大学女子学生の画像が俎板の上に乗せられましたが、その画像入手の為にクラッキング行為を働いたのでサービス期間はわずか4時間程度でした(ネット上に開設されてすぐ、大学の管理部職員がザッカーバーグのインターネット・アクセス権限そのものを無効にしてしまった)。

https://pbs.twimg.com/profile_images/1251616496/fm-hot-3.jpg

今日の国際SNS上の「関心空間」ではこういう行為が日常茶飯事の様に行われています。機械学習(feature learning、直訳は「表現学習」。「特徴量学習」とも)に酷似したアルゴリズムによって形成される「信頼可能な格付け」が絶対権威として君臨する世界。もはやそこにはステマ(Stealth Marketing)すら入り込む余地がないのです(それでも2010年代前半には幾つも「果敢な挑戦」が見受けられましたが、次第に費用対効果が見合わないという認識が浸透)。しかし現時点におけるAI技術はテキストベースにおける展開を後追いするのがやっとで、画像や音声を巡る国際情勢に対応しきれてるとは到底いえません。

はてさて我々はどちらに向かって漂流しているやら…