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諸概念の迷宮(Things got frantic)

歴史とは何か。それは「専有(occupation)=自由(liberty)」と「消費(demand)=生産(Supply)」と「実証主義(positivism)=権威主義(Authoritarianism)」「敵友主義=適応主義(Snobbism)」を巡る虚々実々の駆け引きの積み重ねではなかったか。その部分だけ抽出して並べると、一体どんな歴史観が浮かび上がってくるのか。はてさて全体像はどうなるやら。

ナショナリズムの歴史外伝⑦【キャンベル・スープ】「均質化」という名前の「祝福=呪詛」

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1960年代に一気に庶民の間に広まった「日本の洋食」の最大の特徴は「味の均質性」。日本独特の濃厚ソースや(しばしば既製品のルーをそのまま使う)ドミグラスソース、ホワイトソース、カレーソースなどがこの文化を支えています。

ドミグラスソース(sauce demi-glace)

オーギュスト・エスコフィエによれば、ドミグラスはエスパニョールソースというブラウンソースをさらに煮詰めて作ったものである。彼の時代のフランスでは、その完成度の高さゆえの味の均一化を恐れ、ドミグラスはフォン・ド・ヴォーに取って変わられるようになっていたが、日本では洋食の繁栄により使用頻度は高くなっていったのである。

  • フランス革命後、在野に放り出された宮廷料理人達は生き延びるべく差別化に尽力。このサバイバル合戦に際して誰でもすぐ客の舌を満足させる味が提供出来る代わりに個性を打ち出し難いブラウンソースやホワイトソースの存在はまさに両刃の剣となった。

  • 一方「国民軍の時代」の到来は、それまで傭兵輸出を主産業としてきたスイスを「チーズ輸出国」へと変貌させた。それまで郷土料理に過ぎなかったチーズ・フォンデュとラクレットを欧州全土に広めたのも販促の為。19世紀半ばには英国でチェダーチーズ、アメリカでプロセスチーズの工場での大量生産が始まる。それまで割と供給が不安定で見下されてきたチーズとブラウンソースやホワイトソースを組み合わせたグラタン料理やキャセロールが次々と発明され大衆食堂を賑わす様になる。

  • そもそも日本においても醤油や味噌が大量生産・大量消費される様になってその味が均質化したのは江戸時代中盤以降。

そしてアメリカはというと、もちろんこの世界。

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みんな機械になればいい。誰も彼もみんな同じになればいいんだ( I think everybody should be a machine. I think everybody should like everybody.)

なんでオリジナルじゃないといけないの? 他の人と同じがなんでいけないんだ?(But why should I be original? Why can't I be non-original?)

産業革命がもたらした「大量生産・大量消費の時代」の一つの到達点… それはこれまでの投稿で繰り返し取り上げてきた「ナショナリズムの素」に呼応する「グローバルズムの素」なのかもしれません。

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キャンベル・スープ・カンパニー(Campbell Soup Company)

有名なスープ缶と関連する他の製品を製造・販売するアメリカ合衆国の食品製造社。いまやキャンベルズ(Campbell's)の略称でも親しまれ、製品は世界120カ国で販売されている。アメリカ合衆国ニュージャージー州カムデンに本社を置く。日本ではキャンベルジャパン株式会社として、本社を東京都港区虎ノ門にかまえる。代表取締役は沼野聡二(2006年現在)。その濃縮スープは世界中に知れ渡っている。企業情報によれば、1994年時点での売り上げ上位3製品はチキン・ヌードル、クリーム・オブ・マッシュルーム、トマトであり、消費者は一年毎におよそ25億個ものスープ缶を購入しているという。

  • 1869年に青果商のジョセフ・A・キャンベルとアイスボックスメーカーのエイブラハム・アンダーソンの手によって設立された。設立当初の社名は「ジョセフ・A・キャンベル保存加工会社」。缶・瓶詰めのトマト、野菜、ゼリー、スープ、薬味や挽肉の製造・販売が主業務。

  • 1896年になる頃、アンダーソンは共同事業を退き、新会社「ジョセフ・キャンベル株式会社」を再建・組織すべく最初の会社をあとにした。1897年、新しいキャンベル社の協力者となる、ジョン・T・ドーランス博士が、週給僅か7ドル50セントの賃金で働き始めた。マサチューセッツ工科大学とドイツのゲッティンゲン大学で学位を取得する程の才能に溢れる化学者であったドーランスは、最も割合の大きい材料である水の量を半分に減らすことにより、スープを濃縮する商業的に実現可能な製法を開発。

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  • 世紀が20世紀へと変わる頃、当時アメリカの食生活においてスープは必需食料品ではなかったが、ヨーロッパではよく食べられていた。ところがドーランスの開発した濃縮スープは、1缶10セントという手ごろな値段とその利便性ですぐに大衆の間で大人気となる。1900年にはパリ万国博覧会にこの濃縮スープ缶製品が出品され、現在もまだそのラベルに描かれているゴールドメダルを受賞。

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  • 1898年、キャンベルズの重役の一人であったハーバートン・ウィリアムズが、自身も参加していたコーネル大学のアメリカン・フットボールチームで使用されていたユニフォームの爽やかな色彩に感化され、赤と白のラベルデザイン案の採用を打診。この案が採用となり、その紅白の色合いと1900年のパリ万国博覧会で獲得したゴールドメダルが描かれた缶のレイアウトは、今日までほとんど変わっていない。至る所で目にするその赤と白の缶のデザインが1960年代のアメリカを代表するポップアートの芸術家・アンディー・ウォーホルの作品「キャンベルのスープ缶」の素材となったことで有名。この缶を題材とし、1962年から1968年にかけて描かれた因習打破的な一連の絵画は、その多くがペンシルベニア州にあるアンディー・ウォーホル美術館(ピッツバーグカーネギー美術館)に展示されている。

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  • 1916年に出版された「Helps for the Hostess(奥様への助け)」の中でキャセロール料理のつなぎとして手作りしたクリームソースの代わりに濃縮クリームスープの缶詰を使うことが提案され、北米の家庭料理から手作りのクリームソースが駆逐されるきっかけとなった。1949年には「"Easy Ways to Good Meals"(簡単にできる美味しい食事)」というレシピ小冊子の中でスープの缶詰を2、3種類混ぜ合わせて新しい味を作り出す提案をしているが、缶詰のスープを混ぜ合わせること自体は1930年代にすでに行われており、キャンベル・スープ社の発案ではない。

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  • キャンベル・スープ社は起業当時以来、広告に多額の投資をしており、その販売推進キャンペーンに使用されたものの多くはアメリカの収集用広告市場でも価値のあるものとなっている。最もよく知られているものは「キャンベル・キッズ」スープシリーズの広告のようである。また野菜ジュースである「V8」が発売された当初、アメリカ合衆国第40代大統領のロナルド・レーガン大統領が宣伝用ポスターなどのスポークスマンを務めた。1968年には、1960年代に流行していたペーパードレスにスープ缶が描かれた「スーパー(Souper)ドレス」を、スープ缶を2缶購入した消費者に1ドルで提供。キャンベルズ製品のメニューブックや、料理本シリーズである「ヘルプ・フォー・ザ・ホステス」もまた製作されている。現代人の味覚には確かに変わった感じがするが、最も長く親しまれているレシピの一つには、トマトスープ・ケーキの作り方などがある。

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  • 同社は著名な商業用公演施設も所有している。主なものに、以前はアメリカ人俳優のオーソン・ウェルズがニューヨークに設立したマーキュリー劇場という名称であった、キャンベル・プレイハウスがある。キャンベルズは1938年の12月に、劇場が運営するラジオ劇場番組のスポンサーとして引き継いでいる。

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近年では非濃縮の特製スープ、乾燥スープミックス、グレイビー(肉汁ソース)を始めとするその取扱濃縮食品に加えて、より広範囲の食品全般を包括するまでに成長している。ここ何年かの間にフランコ・アメリカン、ペペリッジ・ファーム、ヴラシック、スワンソン、ミセス・ポールズ、プレゴ、ゴディバ、マリーズといった、他のアメリカの業種買付を行ってきた(ただしミセス・ポールズとヴラシックはピナクルフーズに売却。またゴディバもトルコ企業に売却)。

まさにアンディ・ウォーホル歓喜したこの状況こそが「(ソースの味自体はどれも似たり寄ったりの)B級グルメのジレンマ」を引き起こしてしまうのだとも。とはいえ…