諸概念の迷宮(Things got frantic)

歴史とは何か。それは「専有(occupation)=自由(liberty)」と「消費(demand)=生産(Supply)」と「実証主義(positivism)=権威主義(Authoritarianism)」「敵友主義=適応主義(Snobbism)」を巡る虚々実々の駆け引きの積み重ねではなかったか。その部分だけ抽出して並べると、一体どんな歴史観が浮かび上がってくるのか。はてさて全体像はどうなるやら。

水戸黄門と、遠山の金さんと、八百屋お七と、そして触手…

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そもそも18世紀末から19世紀前半にフランスを席巻した政治的浪漫主義の原風景は「領主が領民と領土を全人格的に代表する農本主義的伝統」の側が何に既存の身分的秩序を脅かされたと感じたかなんですね。
*もしかしたら英語の「Political(政治的)」という用語は今日なお「経済原理(すなわち消費者の欲求)に従う商業主義を超越した立場で統制する普遍的倫理」というニュアンスを残しているのかもしれない。「Political Correctness(政治的正しさ)」という用例を見ても。

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その為、ガス抜きとして放置されていた「王侯貴族の次男坊以下が軍隊の将校や教会の聖職者に押し込められた境遇を不服に思い、政略結婚に使えなくて修道院に押し込められた王侯貴族の娘と駆け落ちしてイタリア観光したり、高級遊女に誘惑されて破滅的結末を迎える」三文ラブロマンス全般が低俗と切り捨てられ、忘れ去られる一方でアベ・プレヴォー「マノン・レスコー(Manon Lescaut 、1731年)」とか、(実は割と流行に追随したに過ぎない)マルキ・ド・サド文学とか、ゴーティエ「死霊の恋(La Morte amoureuse、1836年)」とか、アンデルセン「即興詩人(Improvisatoren、1835年)とか、小デュマ「椿姫(La Dame aux camelias、1848年)」あたりがこぞって「これぞヨーロッパ文明にしか生み出し得なかったロマン主義の珠玉」などと称揚されていたりします(基本フォーマットは全部、当時の欧州で流行していた三文ラブロマンスそのものなのに関わらず)。でもそれって実は割と多くの文化圏が身分制を脱却していく過程で普通に経験した事じゃね?

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この方面で 江戸幕藩体制を特徴付けるのは以下の2点です。

  • 江戸時代の当局は「表現問題なんて大半は放置しておいた方がかえって被害が最小限で済む」と達観していた近世フランス当局や「英国内で公的に大々的に広めなければ何をやってもいいんだよ(どうしても我慢できなければフランスでフランス語で出版すればいいじゃない)」という偽善振りを発揮した近世英国当局に比べると、遥かに小心で神経症的だった。その一方で「どんな些細な事でも、例えそれが誤爆であっても徹底した規制を続ければ、やがて誰もけしからん考えは抱かなくなる」と権威主義的発想を剥き出しにした近世ドイツ当局ほど決定的成功に至る事もなかった。
    *まぁこの「決定的成功」こそが「ビーダーマイヤー文化的小市民=外国との接触を極度に恐れつつ、全ての心配事を軍隊と官僚に押しつけて私的享楽生活を楽しむ圧倒的多数の庶民層」を生み出し、これがナチスに利用されてしまったとも言われている訳だが。

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  • 上に政策あらば下に対策あり」なる中国の伝統を思わせる形で開き直った野獣のごとき表現者達の群れの存在。
    *まぁ江戸幕府開闢からわずか百年で戦国時代に構築された地域ごとの自給自足を旨とする農本主義的経済を破壊し尽くし、倹約令には「裏地に凝るのが本物の通人さ」と豪語してのけた庶民感覚の事である。権威に盲従はしないが反権威主義と指弾されない限度は弁える。明治維新に際して全国の領民が領主に「御屋形様、官軍に恭順の姿勢を示すか、オレ達に捕縛されて官軍に突き出されるかどちらか選んでくだせぇ」という二択をやんわりと突きつけたという逸話はあまりにも強烈。江戸幕藩体制下において、果たしてどっちが主人で、どっちが奴隷だったのか?

なんかもう最初から悲劇的結末が見えてる感じがします。もちろんその期待が裏切られる事はありませんでした。これではもう「日本はそういう国なのだ」と開き直るしかありません。

    • 江戸当局側はおそらく日本のシェークスピアと呼ばれる事もある近松門左衛門(1653年〜1725年)の「道行物」が流行する都度、頭を抱えていた。そこで称揚される身分違いの恋や不倫、最終的には心中に終わる悲劇性そのものが当時の身分制の矛盾に突きつけられた政体批判に他ならなかったからである。一方大阪豪商の太鼓持ちとしてその名を知られた「蘭癖狂」井原西鶴も「好色一代男(1682年)」発表で当局から激しい突き上げを食らったとされるが、何が当時の当局のコードに触れたか今もって不明のまま。「好色五人女(1686年)」「好色一代女(1686年)」「武道伝来記(1687年)」「男色大鑑(1687年)」「日本永代蔵(1688年)」「武家義理物語(1688年)」「世間胸算用(1692年)」「西鶴置土産(1693年)」と言った代表作について同様の話は伝わっていないから、その時点で何らかの形で折り合いがついたともいわれている。全国の富商や富農のパトロネージュを受けて暮らしていた松尾芭蕉の代表作「おくのほそ道(1702年)」に至っては最初から当局から目をつけられる事すらなかったが、庶民にとってこれらの作品群で最も重要だったのは旅情緒だったらしく、その事が十返舎一九滑稽本東海道中膝栗毛1802年〜1814年)」の大ヒットを経て日本国内における未曾有の観光旅行ブームを引き起こした。実は当時生じた「生まれた土地を一歩も出ずに死んでいく田舎者に生きてる価値なんてない」みたいなイデオロギーは、関東中心に当時急増した廃村急増問題に対応した二宮 尊徳(1787年〜1856年)ら民政家の活躍、さらには明治維新後九州北部中心に展開した「カラユキさん」問題とも表裏一体の関係にあったりする。

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      *(ベックフォードのゴシック小説「ヴァセック(Vathek、1786年)」オスカー・ワイルドの戯曲「サロメ(Salomé、1891年)」の様に)英米圏では出版を拒絶され、まずはフランス語版のみという形で発表されたナボコフ「ロリータ(Lolita、1955年)」の文章が、現在では米国の高校生向け国語の授業で使われているという話がある。もちろん主人公とヒロイン親娘の閉塞的でドロドロした三角関係が描かれた箇所が教材となる筈もない。この作品では米国文学史上において「初めてのロードムービー的文学」と位置づけられている。近松門左衛門の道行物同様、駆け落ちして逃避行に入って以降、物凄い勢いで鋭利な角度で切り取られ続けていく「世界(日本なら日本、米国なら米国)の正体の断章のモンタージュ」こそが重要なのだった。
      *「カラユキさん」問題…ただしこの話は岩井志麻子「ぼっけえ、きょうてえ(1999年)」作中でも暗喩されている様に「鉄道敷設に伴う駅の設置されなかった宿場町の女郎の大量失業問題」とも無関係ではないので要注意。
  •  また、フランス絶対王政下において自粛の意味を込めて宮廷が華美を追求するロココ様式を捨て、質実剛健を目指す新古典様式を採用し、これに「フランスの御三家」オルレアン公が歯噛みする景色なら(むしろ支配階層たる武家がプロレタリア化を強要され困窮した)江戸幕藩体制下の日本でも見られた。江戸時代の三大改革は元来綱吉時代の「正徳の治」と合わせて四大改革といったのだが、要するにインフレ進行によるランツィエ階層(地税生活者)の没落を防ぐ為に旗本の借金を棒引きにしたり、勝ち誇る富商や富農の贅沢を禁じたり(倹約令)、都市集住を防ぐ為に田舎からの上京者を国許に返そうとしたのである。こうした動きに対して水戸光圀の様な御三家領主は「馬鹿な。せっかく発展中の経済をわざわざ叩き潰し、皆貧かった時代に戻そうとするなどただの悪政よ」と歯噛みし政権交替を夢見た。これが「水戸黄門」登場の原風景となる。

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    その一方でフランス絶対王政の場合はその中央集権制故に「太陽王ルイ14世の時代以降、宮廷がファッション・リーダーの地位を務め続けたのだが、日本ではその座を在野の歌舞伎役者達が奪ってしまう。天保の改革はこれを「既存秩序に対する全般的反逆」と見做し、彼らを殲滅し尽くそうと企んだが当時江戸町奉行だった遠山金四郎景元のサポタージュによって辛くも阻止される。これに感謝した歌舞伎界が生み出した新たなヒーロー像こそが「遠山の金さん」なのであった。
    *この逸話などもどっちが主人でどっちが奴隷か分からない実例に数えられる。日本における「領主が領民と領土を全人格的に代表する農本主義的伝統」は、そういう奇妙な方向に発展したのである。

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  • そして江戸時代も後期に入ると「恋心に駆られるあまり善悪の彼岸を超越して放火という大罪に走る八百屋お七の人形振り」という演出が登場し、ソ連体制側を代表するエイゼンシュテイン監督がそうした日本芸能の伝統に対する造詣の深さを発揮して、スターリンによる大規模粛清を擁護する内容の「イワン雷帝(1944年〜1946年)」を撮影する。

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 ただし江戸の当局はやりすぎてしまったのです…

http://friendboy42.tumblr.com/post/113582817041/江戸の三大改革は表現規制と密接な関係がありました日本史が苦手な方こういう覚え方をしましょう享保の改革

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HENTAIの国ニッポンでは、少なくない国民がエロい触手が大好きです。
なにせ早くも江戸時代にはタコの足を使ったエロい触手絵が描写されていたほどです。
で、そんなエロ触手大好きな日本人ですが、なんとこれまた江戸時代には触手ブームまで引き起こしたりしています。
ことの起こりは、
18世紀前半の加賀藩のお家騒動「加賀騒動」を題材にとった実録体小説『見語大鵬撰』。
これはお家騒動という事実を題材に、そこにエログロ好きの大衆受けを狙った様々な素材をつっこみ、好き放題妄想をふくらませた物語なのですが、
この物語中で、
加賀藩第7代藩主毒殺の実行犯である女中浅野は蛇責、
すなわち
緊縛した上で多数の蛇をまつわりつかせて責めたてる拷問
によって処刑されたということになっています。
そして『見語大鵬撰』の生み出したエログロ触手拷問シーンは、エログロ大好き江戸時代人の心を鷲づかみ、歌舞伎、浄瑠璃、講談などなど、様々な分野の作品が蛇責を受け入れ、競い合い影響し合って描写を発展させていくことになります。
いわば触手ブーム到来。
なお、これを享受する江戸時代の民衆はというと、上半身裸で体におもちゃの蛇を巻き付かせて迫真の演技をする女形に大興奮して固唾をのんで見守ったりしていたのだそうです。
……客観視すると、オモチャの蛇を体に巻き付かせて大騒ぎする女装のオッサンを大の大人が大勢集まって大興奮で見守っているとかいう、何とも言い難い光景ですが……。
それはさておき、
蛇責め的な描写は例えば外国でもあるようですし、それ単体なら尋常の発想といえるでしょう。そもそも加賀騒動物語の蛇責は、加賀藩3代藩主の時代に女中が蛇責めの刑に処されたという伝承を下敷きにしたものだそうで、このことも蛇責自体はいつでもどこでも誰でも思いつく程度の、昔からある平凡なエログロ表現ということの証拠になるでしょう。ただ、それを皆でよってたかってパクり合い、社会現象的に流行らしていった点は、さすが日本人、HENTAIですね。
ちなみに競い合い影響し合って発展した蛇責めは、1805年の『絵本雪鏡談』および、この絵本を引き写して実録小説化した『北雪美談金沢実記』で絶頂に達したそうです。
その絶頂の描写はこんな感じ。
「直径四尺、深さ五尺の穴を掘り、五寸角の柱に浅尾の首を鉄鎖でつなぎ、幾千条とも知らぬ蛇を浅尾を入れたる穴へ入れ、酒をそそぎければ、酒気にあたりて俄かに狂い騒ぎ、蛇は浅尾が惣身手足は言うに及ばず攀まとい、あるいは七竅より這入り、膚を喰いやぶって身の内に入らんとす。浅尾は眼をぐわっと開きて黒髪を逆立て、阿修羅王の荒れたる如くになって叫ぶ声、怨むが如く怒るが如く泣くが如く。一匹の蛇いずれの穴より喰い入りしや、腸を喰いぬいて口より首を出だしけるに、浅尾は苦しみに堪ざりけん眼を怒らし、総身を奮いし歯をもって、出でんとする蛇の首を咬みしむる。」
(楠戸義昭『城と女達 下 天守閣に秘められた愛憎のドラマ』講談社+α文庫 311頁より)

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 この分野における「Political(政治的)」判断は、本当にロクな結果を生まない?