諸概念の迷宮(Things got frantic)

歴史とは何か。それは「専有(occupation)=自由(liberty)」と「消費(demand)=生産(Supply)」と「実証主義(positivism)=権威主義(Authoritarianism)」「敵友主義=適応主義(Snobbism)」を巡る虚々実々の駆け引きの積み重ねではなかったか。その部分だけ抽出して並べると、一体どんな歴史観が浮かび上がってくるのか。はてさて全体像はどうなるやら。

【雑想】「出来ない事」と「出来る事」と「したい事」の三次元拘束?

出来ない事」は、それを打ち消す「出来ない理由」が消失すると「出来る事」に変わります。隠して「誰にでも出来る事」と「誰にも出来ない事」の挟間に独特の中間領域が発生するのです。

①テクノロジー的制約や歴史的トレンド推移が理由だと個人の努力ではどうしようもないが、その最先端では「状況変化に商機を見出そうとするトレンド・シーカーが自らの主観的判断に「値付け」する機会を狙っている。

②これと連動した形で「誰かにしか出来ない事(市場価格高)」と「誰でも出来る事(市場価格低)」を巡る需要供給の関係が生み出す値付け市場が存在する。この広がりをとりあえず事象の水平面の評価軸として捉えよう。

③すると各個人の「やりたい事」が事象の垂直面、すなわち方向としては独立しているものの、その実現難易度が「事象の水平面からの重み付け」を受ける空間が立ち現れてくるのである。

まだまだ叩き台もいいところですが、この辺りから何か見えてきそうな気がしてきた?

とりあえず今回の投稿の発端は以下のTweet

そんな感じで、以下続報…