白菜鍋は始まった当初はエスニック料理だった?
今回の投稿の発端は以下のTweet。
この辺りの話、ソースこそちゃんと示せないけどtumbr全盛期(2010年代前半)に韓国系アカウント(漫画やアニメの翻訳を手掛ける手練れ勢)と時々しましたね。①白菜キムチについては、まず朝鮮王朝時代の宮廷料理として存在し(ただし結球しない山東菜だった可能性がある)… https://t.co/cGGSj6U0v8
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2023年2月4日
「高級料理への憧れ」みたいなスノビズムから庶民の間に一気に普及したっぽい。ただし、大正時代の新聞記事を見てもキムチなるもの(本場のカレー料理みたいに)各家の秘伝とされ、全体像が把握可能な様な記録が驚くほど少ない。
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2023年2月4日
②朝鮮王朝で唐辛子が山椒の様にポピュラーになった時期、実は江戸時代日本で麺類の薬味が黒胡椒から唐辛子に推移した時期と重なり「山東半島から大量輸出が始まった」みたいな共通背景がある可能性もある。ただやはり秘密主義的観点から使える資料が少ない。
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2023年2月4日
③そもそも倭館などの記録によれば、元来のキムチは「汁と一緒に楽しむ主食」だったという。唐辛子による味付けが主体となった理由については「当時の乱獲で魚が獲れなくなり、味付けを他に頼る必要が生じた説」「白飯食が定着しオカズ化した説」などもある模様。
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2023年2月4日
あと日本での白菜の普及には続にいう「三味線現象(そのエスニック感覚で衝撃的デビューを飾りながら、気付くと伝統の一部になってる)」も観測されていたりします。
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2023年2月4日
そして…
白菜の品種については裏がとれました。昭和6年の資料で在来の「開城白菜」、「京城白菜」いずれも非結球性の二品種がキムチ用の主流だったことが確認できました。https://t.co/I9HCY5qJFS
— Eiji Domon/ Bernardo Domorno (@Dominique_Domon) 2023年2月4日
ありがとう御座います。長年の疑問に答えが…
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2023年2月4日
国会図書館の利用登録があれば「朝鮮総督府農事試験場二拾五周年記念誌 上巻」をご覧いただけます。
— Eiji Domon/ Bernardo Domorno (@Dominique_Domon) 2023年2月4日
開城白菜はキムチ用の品種で高麗朝(資料の当時で500-600年前)から王室用に栽培された旨の記述がありますので、おっしゃる通り白菜キムチの成立は(普及はともかく)大変古いものだと考えられます。
そんな感じで以下続報…