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諸概念の迷宮(Things got frantic)

歴史とは何か。それは「専有(occupation)=自由(liberty)」と「消費(demand)=生産(Supply)」と「実証主義(positivism)=権威主義(Authoritarianism)」「敵友主義=適応主義(Snobbism)」を巡る虚々実々の駆け引きの積み重ねではなかったか。その部分だけ抽出して並べると、一体どんな歴史観が浮かび上がってくるのか。はてさて全体像はどうなるやら。

セカイ系作品の原風景としての「金色夜叉」と「リボンの騎士」

時代の変遷は時として残酷である。 

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最近の若者は「手塚治虫大友克洋のどこが斬新なんですか? ありきたりの表現ばっかりじゃないですか。」と指摘する。

 まさしく「誰がカレー粉を調合したかなんて、誰が覚えてる? カレーの味は最初からああだったんじゃないの?」の世界。
カレー粉の歴史 - Wikipedia

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少女漫画の登場人物しかり。我々が見知ってる人物像が出来上がるまでに、思うより膨大な時間と努力が費やされているのでした。

 ①尾崎紅葉金色夜叉(1897年〜1902年)」の赤樫満枝。彼女が作者の思惑を超えて暴走したせいで作品が未完に終わったという側面があり、そのせいで国内においては『史上最低の毒婦』なるレッテルが貼られている。その一方で海外の日本文化研究者達の間では、この作品こそが「お嬢様笑い」「ヤンデレ/ツンデレ」「ループ物」といったサブカルチャーの大源流と目され、思うより高い評価を獲得していたりする。

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この違いはどこから生まれたのか。「金色夜叉」という作品の全体像を解析する上での大前提、それは以下。

  • まずは最も有名な「貫一が金に転んだお宮を蹴る場面」を一旦完全に忘れ去る事。そもそも宮は冒頭および「バッドエンド」にちょっと顔を出すだけで、この物語におけるメインヒロインですらない。

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  • 著者の尾崎紅葉も「この物語は金によって人間性を蹂躙されて復讐鬼と化した主人公が、一旦は高利貸し(アイス)なる金の亡者になり果てた後で次第に人間性を回復し、社会革命者として世界救済を果たす物語です」と断言している。まさしく自意識過剰な主人公が、世界や社会のイメージをもてないまま思弁的かつ直感的に『世界の果て』とつながってしまう様な想像力で成立している作品」なるセカイ系諸作品の元祖。こうした物語全体の流れの中でお宮は「貫一が高利貸し(アイス)なる金の亡者になり果る為の産婆役」を務めるに過ぎない。
    大正デモクラシー期にも同種の作品が頻出するが、こちらはゲーテ「ヴィルヘルム・マイスターの修行時代(Wilhelm Meisters Lehrjahre、1796年)」をある種の出発点、トーマス・マン魔の山(Der Zauberberg, 1924年)」をある種の到達点とするドイツ・ロマン主義の系譜を下敷きとしている。宮崎駿監督「風立ちぬ(2013年)」にはこの系譜のセカイ系諸作品に捧げられたオマージュという側面もあったりする。
    316夜『魔の山』トーマス・マン|松岡正剛の千夜千冊

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    *ドイツ・ロマン主義の系譜から国家や社会そのものを改革しようという意識が欠落してしまった原因は概ね、ビーダーマイヤー期(Biedermeierm、1815年〜1848年)ドイツにおけるヘーゲルプロイセン専制擁護に端を発する。

    *こうしてインテリ層まで一致団結して「(「領主が領民と領土を全人格的に代表する農本主義的伝統」に完全立脚する)プロイセン帝国こそ人類の最終到達地点であり、これを疑う事は何人たりとも許されない」なんて言い出したせいで、ドイツ語圏において進歩派知識人は「外国に亡命した個人」としてしか存続し続ける事が不可能となり、故郷の国家や社会から完全に切り離されてしまったのだった。マルクスもまたそうしたディアスポラ系ドイツ人の一人であり「我々が自由意や個性だと信じ込んでいるものは、国家や社会の同調圧力に型抜きされた(権力者にとって都合の良い)既製品に過ぎない(そしてそれからの脱却は、暴力革命による既存国家と既存社会の全面転覆をもってしか成し遂げられない)」なる暴論もその立場ゆえの提案だった。しかし皮肉にも(そのマルクスパトロンだった)ラッサールとプロイセン宰相ビスマルクの奇妙な同盟、すなわち国家福祉主義の台頭によってその存在意義を一旦は完全喪失するに至る。

    *そしてドイツにとって不幸だったのは、次に現れたディアスポラ系ドイツ人集団がナチスだった点にあった。実際、オーストリア出身のヒトラー総統を筆頭としてナチス中枢部は外交官や植民地商人の子弟および既存の国家や社会での負け組といった「(激しい内ゲバ状態に突入して国民の信用を裏切った)既存政界のアウトサイダー出身者」によって占められている。彼らは確かに(革命が絶望的状況に陥ったフランスに天使の様に舞い降りたコルシカ島出身のナポレオンの様に)時局の行き詰まりを解消し、問題解決の為に抜本的改革を遂行するには役立ったのかもしれないが「アウトサイダー出身者に国家と社会を委ねる」という選択がどれほど高いものにつくか、歴史のその時点でどれだけ理解していたか分からない。

  • その一方で明治時代の人間の目には「貫一同様の(いやそれ以上に悲惨な)境遇から出発したが故に、一旦は同様に金の亡者に成り果てつつも、貫一に対する真実の愛に目覚めて次第に人間性を回復していくメインヒロイン」が「一刻も早く社会から抹殺すべき毒婦」としか映らず、その純粋性こそが大正時代と昭和時代を彩る「ブルジョワ民主主義も資本主義も断固否定する社会主義軍国主義への熱狂」の原動力となっていく。だからこそ、逆説的に彼らの目には一刻も早く社会から抹殺すべき毒婦」としか映らなかった赤樫満枝とは一体何者だったかかが鋭く問われる事になるのである。

尾崎紅葉「金色夜叉」赤樫満枝の壮絶な過去

「実はさっき停車場で例の『美人クリイム(高利貸を戯称)』を見掛けたのだ。あの声で蜥蜴啖らうかと思うね、いつ見ても美しいのには驚嘆するが。まるで淑女(レディ)の扮装だ。なかんづく今日はめかし込んでたが、どこか旨うまい口でもあると見える。あんなのに搾られちやかなわん、あれが本当の真綿で首だろう」

「見たかったね、それは。かねてより御高名だけは聞き及んでるよ。宝井が退学を食らったのも、そいつが主な債権者だったせいさ。よほどいい女だそうだね。黄金の腕環なんぞ はめてるそうじゃないか。酷い奴もいたもんだ。鬼神のお松だ。そんな劇薬と知りながら関わったのは大した冒険心からだろうけど、木乃伊(ミイラ)にされん様によっぽど褌(ふんどし)を緊めて掛った方がよかろうぜ」

「きっと誰かの尻押しがあるんだろ? 亭主か情夫(いろ)か知らんけど」
「それについちゃ小説的閲歴(ライフ)があるのさ、情夫(いろ)じゃなくて亭主だ。こいつが一世紀前前にならした高利貸(アイス)で、その名を赤樫権三郎という。無法で強欲な大淫物だ。」

「なるほど!『積極と消極が相触れ爪に火が灯る』という訳だな」

「この赤樫なる奴は貸金の督促を利用しては女を弄ぶのが道楽で、そのせいで汚がされた者が思わぬ範囲までいるそうな。例の『美人クリイム』も元来はその手にかかった犠牲者の一人。そもそもは貧乏士族の娘で堅気だったんだが、この娘を目にした老猾(おやぢ)の食指が動き、これを自分のものにしたくなって父親に少しばかり金を融通してやったんだそうな。当然、期限が来ても返せん、あえてそれを責めずに後から後から貸しておいてから、おもむろに『家に手が無くて困るから、半月ばかり仲働きに貸してくれ』と切り出したんだそうな。これじゃどんなに魂胆が見え透いてても断れない。それが今から6年くらい前の事で、娘は19歳、老猾(おやぢ)は60歳かりの禿顱。まさか色気話とは思ってなかったなんて説もある。とにかく家に引っ張り込んで口説いたか口説かれたかした。最初から女房なんて者はいなくて、怪しげな爨妾傅婢(情婦を兼ねた住み込み下女)の類しか置いていなかったんが、これがいつのまにか妾同様になっちまった」

「女なんてみんなそんなもんだろ?」

「いわゆる『一朶の梨花海棠を圧す』って奴だな。そうやって娘の満枝は自由にされちまった。当初はもちろん親父に内証だったが、それまでしきりに帰りたがった娘が、親父の方から帰れ帰れとせかしても帰らなくなったら嫌でもバレる。段々事情が知れてきて、侍気質をそのまま残した親父殿は大立腹さ。もはや子ではない、親ではないなんて騒ぎに発展し、禿の方から『妾だから不承知なのだろう、籍を入れて本妻に迎えてやる』という談判に持ち込んだ。実際対面して娘も『おとうさん、どうか承知して下さい』と頼み込んだが、親父殿はますます不服。とはいえ最後は天魔に魅入られたものと愛想を尽かし、最後には一人娘を自分より10以上も年上の高利貸し老漢(おやぢ)にくれてやる事を了承したのだった。それから満枝はますます禿の寵を得て内政を自由にする様になり、さぞかし感謝感激のあまり生家への恩返しに邁進するかと思いきや、月極の給金以外は塵一つ支出しようとはしなかった。どうやらこの女狐、禿の御意が入ってつらつら高利(アイス)の塩梅を見ているうちに、いつのまにかこの商売が面白くなってきて、この身代が我物になると考えるうち、親父殿より金銭の方が大事という不敵な了簡に辿り着いたみたいなんだね」

「まったく驚くべき話だね」

「とにかく敏捷な女には違いない。自然と高利(アイス)の呼吸も呑み込んで、後には手の足りん時には禿の代理として、何処へでも出掛ける様になったというますます驚くべき展開さ。そしてちょうど昨年ごろから禿は中気が出て動けなくなっちまった。それで大小便の世話までしながら、女手一つで盛んに商売をしてるのだ。ところでそのさらに前年辺りに親父が死んだのだそうだが、板の間に薄縁一板敷いた上で往生を遂げたそうだよ。病気になる前はろくに寄せ付けもしなかったそうだが、残酷というのにも程があるよな。だが事実は事実。で、禿も病人になっちまったから、今じゃあの女が独りで腕を揮ってますます御繁盛って塩梅なのさ。かくして『美人クリイム』誕生という次第。」

「そうした話によれば25歳くらいにはなってる筈だが、到底23歳より上には見えない。その容貌から可愛くか細い声を出し、物柔かに、かつ口数少なく巧い言ことをいふから恐るべきものだ。銀貨を目にしても『何処の国の勲章でしょうか』とかいいかねない様な誠に上品な様子なのに、書替だの、手形に願うだのと急所を衝つく手際で婉曲ながら巧妙な手口で人を追い詰めていく。まるで魔薬でも用いているかの様にさ。僕も三度ほどやられたが、柔能く剛を制すで、高利貸(アイス)の美人は鬼門。ああいう輩に国を預ければクレオパトラの出来上がりだ。確実にその国は滅し尽くされるだろうよ」

「でも、その禿が一昨年から中風で寝たきりって事は、とっくに虫がついてるんだろ? そんな女が神妙にしているもんか。無いと見せて有るところがクレオパトラ。そもそも盛んな女だしな」

「あんまり盛んなのは恐ろしいよな(一同大爆笑)」

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①上掲は大半が贅沢や遊び過ぎのせいで借金で首が回らない状態にある書生達の会話で、時々妙に高尚な漢文が飛び出すのはそのせい(ちなみにに貫一の発言にもしばしば見られる傾向。「書生の魂百までも」?)。なんと高価な葡萄酒や煙草を回し飲みしながら続けられ、借金漬けの身上から、高利(アイス)業への憎悪を共有している。幕末期における「御用盗」の精神を継承し「借りた方が悪い」なんて倫理観は残念ながら彼らの念頭には一切存在しない。考えてみればマルクスもまたそういうタイプの人物。こうした人物が次々と輩出される背景として「領主が領民や領土を全人格的に代表する農本主義的伝統」と多種多様なインテリ層の複雑な相関関係を上げる向きも。

*当時の記録によれば書生が身を持ち崩して用心棒や女衒になり果てる例たるや数知れず。ボクシングの技を習い覚えた伊藤博文の孫とその親衛隊(全員華族子弟)が義憤から彼らや日本刀を構えた破落戸達を叩きのめして回ったなんて逸話も存在する。近代化によって「大学は出たけれど」それによって将来が保障される訳ではない

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②江戸時代を代表する悲劇「おかる勘平」をみても判る様に、当時の倫理観念では親のこしらえた借金で身売りされた娘は、むしろそれによって家の苦境が救われた事に感謝し、一生親の恩を身に染みて感じながら生きねばならないとされていた。何たる身勝手!! 明治文壇がこぞって「これぞ日本の女の鑑」と絶賛した樋口一葉たけくらべ(1895年)」のヒロイン美登利 (みどり) にしたって、姉が吉原の遊女である立場上、自分が遊女となる運命を粛々として受容する。一方、同作家の手になる「にごりえ(1895年)」は堅気の男を破滅させた結果、無理心中の相手に選ばれて惨殺される銘酒屋の遊女お力がヒロイン。どちらも丸山福山町時代に自分の目で見聞きした体験が元になっているという。
樋口一葉 たけくらべ
樋口一葉 にごりえ

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*ある意味この系譜こそが「ナナ(Nana、1879年)」を代表作とするエミール・ゾラの自然科学文学の路線そのものなのである。しかし日本では何故か「女弟子への片想が両思いになりそうになると相手を追い出し、しかも執着心を捨て切れず蒲団の残り香を嗅いで性欲の悶えに苦しむ独善的で自分勝手な著者の告白」なる体裁をとった田山花袋「蒲団(1907年)」が「これぞ(人間の自然な姿をそのまま写しとった)自然主義文学」なる評価を勝ち取って「私小説こそ至高」という国際性皆無の伝統が始まってしまう。まさしく松本清張ではないが「科学要素(綿密な社会取材)どこいった?」状態。そしてそのツケが1960年代に入って「翻訳小説全盛期=国産の推理小説SF小説の壊滅期」期なる惨状を引き起こす事に。
田山花袋 蒲団

http://tn-skr2.smilevideo.jp/smile?i=21698353.L

③こうした伝統を快く思っていなかった尾崎紅葉は、赤樫満枝なる壮絶なアンチ・ヒロインを投入する事によって世論に一石を投じたかったのだともいわれている。だがこのキャラクターは(ただでさえ影の薄い)メインヒロインのお宮を圧倒する勢いでその存在感を増していき、しかも「にごりえ」のお力の様に一介の毒婦として華々しく散っていく道をあえて拒絶してのけたのだった。

「おかる勘平」とは?

仮名手本忠臣蔵」5-6段目に挿入されるエピソードで、後にモーリス・ベジャール演出でバレー化されたりもしている。

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  • 主君塩冶判官が殿中で高師直に切りつけた時に、門外で話し込んでいて役目を果たせなかった勘平とその恋人おかるは、山崎に住むおかるの親元の所に身を寄せている。

  • 勘平は亡君の敵討ちに加わる為の資金を工面しようと必死になっていたが「到底無理」と見切りをつけたおかるは京の街で自らの身を売って50両を調達し、義父の与市兵衛に託す。

  • さっそく帰路についた与市兵衛だったが、夜の山崎街道を急ぐ途中で突然銃声が鳴り響いた。猪狩りをしていた勘平に間違えて撃たれてしまったのだ。あわてて助けようと駆け寄った勘平だったが、懐の50両に目がくらんでしまってそれを懐に入れると「しばし借りました」と言い残して走り去る。

  • 翌日与市兵衛が死体で発見され、その上犯人が勘平であると判明すると、おかるの母は鬼の様に激しい勢いで勘平を責め立て、切腹に追い込んだ。その直後に「金は女房を売つた金」と知れて窃盗の冤罪は晴れたが、既に勘平は虫の息である。それでも勘平は最後の力を振り絞って同志に50両を託し、連判状に加名してから息絶えた事で後の世に討入浪士の一人として認められる資格を得たのだった。

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①誰がどう見たって主役は『金』である。それが擦れ違う人間全てを惑わし、その心を破滅しながら、最後には「(どうせ本人が討入に参加しても足手まといにしかならなかった)ヘタレ若造」の代わりに仇討ちに向かって目出たし目出たしとなる。

②ではその金がどこから出たかといえばヒロインの身売りの対価だった。彼女の「女としての評価」が飛びぬけていたからこそ、それとの等価交換が発生したのである。その結果本人は「事件当日、お喋りのせいで必要な時必要な対応が取れなかった罪悪感からの開放」と「(身分を超えての)女房と呼ばれる資格の獲得」を得たとも解釈される。 

北原白秋「おかる勘平(1910年)」

おかるは泣いてゐる。
長い薄明(うすあかり)のなかでびろうど葵の顫へてゐるやうに、
やはらかなふらんねるの手ざはりのやうに、
きんぽうげ色の草生(くさぶ)から昼の光が消えかかるやうに、
ふわふわと飛んでゆくたんぽぽの穂のやうに。

泣いても泣いても涙は尽きぬ、
勘平さんが死んだ、勘平さんが死んだ、
わかい奇麗な勘平さんが腹切つた……

おかるはうらわかい男のにほひを忍んで泣く、
麹室(かうじむろ)に玉葱の咽(む)せるやうな強い刺戟しげきだつたと思ふ。
やはらかな肌(はだ)ざはりが五月(ごぐわつ)ごろの外光(ぐわいくわう)のやうだつた、
紅茶のやうに熱(ほて)つた男の息(いき)、
抱擁(だきし)められた時(とき)、昼間(ひるま)の塩田(えんでん)が青く光り、
白い芹の花の神経が、鋭くなつて真蒼に凋れた、
別れた日には男の白い手に烟硝(えんせう)のしめりが沁み込んでゐた、
駕にのる前まで私はしみじみと新しい野菜を切つてゐた……

その勘平は死んだ。

おかるは温室(おんしつ)のなかの孤児(みなしご)のやうに、
いろんな官能(くわんのう)の記憶にそそのかされて、
楽しい自身の愉楽(ゆらく)に耽つてゐる。

(人形芝居(にんぎやうしばゐ)の硝子越しに、あかい柑子の実が秋の夕日にかがやき、黄色く霞んだ市街しがいの底から河蒸気の笛がきこゆる。)
おかるは泣いてゐる。
美くしい身振(みぶり)の、身も世もないといふやうな、
迫(せま)つた三味(しやみ)に連つれられて、
チヨボの佐和利(さはり)に乗つて、
泣いて泣いて溺(おぼ)れ死にでもするやうに
おかるは泣いてゐる。

(色と匂にほひと音楽と。
勘平なんかどうでもいい。)

①「女性自慰ネタ」はオスカー・ワイルドが英語での発表を諦めフランス語で発表した戯曲「サロメ(1891年)」の挿絵でも物議を醸した。オスカー・ワイルド自身が「同性愛の罪」で全財産を接収された上で投獄され人生を破滅させられただけでなく、息子達も軍隊で虐め抜かれながら最前線で修羅場に投入され続けたという(「一族の名誉回復」の為に自ら志願し続けたとも)。ここまで徹底した社会的憎悪はどこから生まれたのか。一説によれば当時の社会では「男性の手を借りずとも、女性が勝手に気持ちよくなれる」という発想自体が既存秩序に対する最大限の挑戦として危険視されていたのだという。確かに今日なおインド守旧派の間では、今でも「女性も性欲を備えている」という描写があるだけで「ポルノ」認定して社会から徹底排除するのが当然視されている。日本でいうと1950年代レベル? 「カーマ・スートラの国」がどうしてそうなぅた?

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②「謀叛(1908年)」によって世評を勝ち取った北原白秋。既に前年に発表した官能的かつ唯美的な象徴詩作品集「邪宗門(1909年)」で官警の目を引いていたとされる。「五足の靴」によればそれは以下の「合金」だったらしい。

  • 明治40年(1907年)に鉄幹らと九州で遊ぶうちに目覚めた「南蛮趣味」。
  • 森鴎外に招かれ斎藤茂吉アララギ派歌人と面識を得る好機となった観潮楼歌会から受けた「知的刺激」。
  • 木下杢太郎を介して参加した石井柏亭らのパンの会で吉井勇高村光太郎と出会って感染した「退廃趣味」。

故郷柳川と明治42年(1909年)に破産した実家への懐旧の情を歌い上げた明治44年(1911年)の第二詩集「思ひ出」で評判を一端持ち直すも、明治45年 / 大正元年(1912年)に夫と別居中の隣家の人妻松下俊子との恋愛が発覚。夫から姦通罪で告訴されて未決監に拘置され、地に堕ちた「人気詩人白秋」の名声はある意味以降二度と復活する事はなかった。 しかし皮肉にもそれによって北原白秋は「一心不乱に遊びに打ち込む子供の三昧世界こそが人間の真実」を標榜する童謡作家へと転身を余儀なくされ、以下の様な人物に先例を提示する事になったのである。

  • 山中峯太郎(1885年~1966年)」…戦前は陸軍軍医の家系ながらキリスト教や禅、伊藤証信の無我苑といった宗教に耽溺し、辛亥革命後の袁世凱専制に対抗した第二革命や第三革命に参加して第一次世界大戦にかこつけた淡路丸偽電事件(1917年)首謀者として逮捕された。戦後は海外娯楽作品のジュブナイル化分野で頭角を現し、題名や設定を大幅に変更した翻案怪作集「名探偵シャーロック全集(全20巻,1956年)」を残してその後の少年少女漫画の世界に多大な足跡を残す。

  • 江戸川乱歩(1894年〜1965年)」…大正3年(1914年)に谷崎潤一郎が発表した「黄金の死」に刺激されて大正15年(1926年)から昭和2年(1927年)にかけて「新青年」に「パノラマ島奇談」を連載し,1930年代には通俗小説の世界で「エロ・グロ・ナンセンス三昧」を体現して官警の目を引く。戦後には太平洋戦争前夜から打ち込む様になった少年探偵団シリーズによって同じ光文社の少年向け月刊娯楽誌「少年」に連載されていた手塚治虫鉄腕アトム(1951年~1967年)」や横山光輝鉄人28号(1956年~1966年)」にまで影響を与える。その後も少年探偵団シリーズの人気は衰えず山中峯太郎版「名探偵シャーロック全集」や南洋一郎版「怪盗ルパン全集」を圧倒。1960年末より怪奇ブームが始まると、これに便乗して1930年代の「エロ・グロ・ナンセンス三昧」の作品群も子供向けにリライトされた。何と当時の少年達は「ピザは野菜」同様の大人の商業主義的都合によって美女連続バラバラ殺人事件などを児童書として読まされる羽目に陥ったのである。これによって怪奇ブームがさらに猟奇方面に加速する。それも少年少女達の心境と猟奇殺人犯の心理を「三昧の境地」というキーワードで結ぶ形で。まぁ「こっくりさん」や「UFO召喚」や「超能力開発」が流行する訳である。
    ぼくが、わたしが、みんなが読んだ南洋一郎「怪盗ルパン全集」の部屋

こういう「網走番外地」みたいな混沌とした景色こそが日本の少年少女向けコンテンツの原風景だったという次第。

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尾崎紅葉「金色夜叉」ツンデレの起源

駅に降り立ち、蓬莱橋口に向かおうと石段際に歩み寄った間貫一は驚いた。中等待合室の内側から声が掛かったのである。

「間さん!」

驚いて釣り向いた途端。

「ちょっとお待ちくださいな」

小腰を屈めた束髪の婦人が戸口より半身を乗り出した。気爽かに黄金の腕環を輝かせた手が絹製品のハンカチイフで唇辺を覆っていうる。妖艶な容貌にえもしれぬ愛らしい笑みが浮かんでいる。

「あ、赤樫さん!」

婦人が笑みで迎えているにも限らず、貫一は冷然と眉一つ動かさない。

「よい所でお目にかかりましたこと。急にお話を致したい事が出来ましたので、まあ、ちよっとこちらへ」

婦人が室内に引っ込んだので、貫一も渋々ついていく。彼女が長椅子(ソオフワア)に腰掛けたので、止むを得ず隣に腰掛ける。

「実はあの、保険建築会社の小車梅(おぐるめ)の件なのでございますがね」

彼は黒樗文絹の帯の間を探って金側時計を取り出し、ちらりと盤面にめをやって手早く収める。

「どうせ御飯前でいらっしゃいますよね。ここでは御話も出来ませんですから、どちらかにお供させて頂きます」

婦人がやおらに紫紺塩瀬(しほぜ)に消金(けしきん)の口金を打った手鞄を取り直して立ち上がる。貫一の顔に迷惑そうな表情が浮かぶ。

「どちらへまいりましょう?」
「どちらへでも、私には解りません。ですから貴方のおよろしい所へ」
「私にも解りませんな」
「あら、そんな事をおっしゃらずに、私はどこでもよろしいのでございます」

荒布革(あらめがは)製の横長の手鞄を膝の上に掻抱きつつ貫一が思案したのは行き先を迷ったからでなく、一緒に向かうのを躊躇したからだった。

「まあ、何にしてもここは出ましょう」
「そうですね」

無駄な抵抗は諦めて婦人について待合所を出ようとした。出会頭に入室してきた者がいて爪先を踏んづけられる。顔を上げると満枝の色香に惑った長身の老紳士が目尻を下げていた。「これは失敬」。なお懲りず、美形の同伴者の姿を目で追い続けている。

二人は停車場(ステエション)を出て、あてどもなく新橋に向った。

「本当にどこへまいりましょう」
「私は、どこでも」
「いつまでもそんな事をおっしゃっててはきりがございません。いい加減に決めてしまいましょう」
「そうですね」

満枝は彼の気が進まないのを察知しつつも、何とか思い通りに進めたい一心から、あえて黙殺し続けているのだった。

「鰻などどうですか?」
「悪くないですね」
「鶏肉とどっちがよろしいですか」
「どちらでも」
「あんまりな御挨拶じゃありませんこと?」
「なぜそう思うんです?」

貫一は、この時初めて満枝の顔に視線を向けた。その人となりを知り尽くして畜生と蔑む貫一も、さすがその妖艶な色香は認めざるを得ない。満枝が貝のごとき前歯と並ぶ金歯を剥き出しにして片笑みを浮かべる。

「まあ、どうでもいいなら、鶏肉にしましょうか」
「それもいいですね」

三十間堀に出て二町ばかり進んで角を西に折れる。とある露地口に清潔そうな門構えが見えた。光沢消硝子(つやけしガラス)の軒燈籠に「鳥」と標されている。人目にはさぞ訳ありそうに見える二人は連立って門をくぐった。ずっと奥まで進み、板道を渡った先にある離れの六畳隠座敷に通される。貫一はつつましく黙して控へているだけだが、思いがけぬ展開に胸騒ぎを覚えないでもない。お通しは満枝がてきぱきと采配した。やがて中居が去って二人だけの沈黙の時間が訪れる。煙草盆を百和香が燻ゆる

「間さん、どうぞお楽に」
「はい、これが勝手で」
「まあ、そんな事を有仰おつしやらずに、よう、どうぞ」
「家でも私はこんな調子でしょう」
「嘘をおつしやいまし」

貫一やっと膝を崩して巻煙草入れを取り出そうとしたが、生憎一本も入っていないので手を鳴らして中居を呼ぼうとした。しかし満枝がこれに先んじる。

「お間に合せにこれを召上りましな」

蝦夷の御主殿持ちで薦める煙管(キセル)の端にある焼金の吸口が仄かに耀いている。歯は黄金。帯留も黄金。指環も黄金。腕環も黄金。時計も黄金。きっと煙管も黄金なのだ。ああ、金、金、金! 当然その心も金! と貫一は心の中でこっそり笑う。

「いや、私は煙管(キセル)の方はからきしで」

しどろもどろの顔を満枝はじっと凝視する。

「あら気づきませんでした」

懐紙(ふところがみ)を取り出し、わざとらしくその吸口を拭う。貫一は流石に少し慌てた。

「いや、そういう訳じゃありません、私は煙管(キセル)自体やらないんです

満枝は再び彼の瞳をじっと覗き込む。

「嘘をおつきになるなら、もう少し物覚をよくあそばせ」
「はあ?」
「先日鰐淵さん宅へ上つた時は、召上ってらっしゃったじゃございませんか」
「はあ?」
瓢箪の様な格好のお煙管で、さうして羅宇(キセルの火皿と吸い口とをつなぐ竹の管)の根元にちょっとだけ紙を巻いてございました」
「あ!」

と叫んだび貫一の口は開いたきり塞がらなかった。満枝が口元を覆ってあどけなく笑う。罰としてただちに三服の吸付煙草を強要させられる。

そうする間にも盃盆が届いたが、実は二人とも三盃も飲めぬ下戸。それでも満枝は丁寧に拭った猪口突き出す。

「それじゃおひとつ」
「勘弁してくださいよ」
「またまたそんな事を」
「今度は実際」
「それじゃ麦酒(ビール)にしましょうか」
「いや、酒は和洋ともいかんのです、どうぞ勘弁を」

酒席には礼儀があって、一献を断るなら断るで人に勧めて酌すべきなのである。なのにこの有様。満枝は不甲斐ないと思う以前に可笑しく思えてきてしまう。

「私も一向不調法なのでございますよ。折角差上げたものですからおひとつお受け下さいましな」

貫一はやむをえずその一献を受けた。こうして酒席となったが、満枝は「至急の用談」を一向に切り出さない。

「ところで小車梅(おぐるめ)の件についてですが‥」
「もうお一献召上れ、それからお話を致します。まあ、お見事! ではもう一献

貫一はたちまち眉をひそめる。

「いやそんなに」
「それでは私が戴きましょう。恐入りますがお酌を」
「で、小車梅の件は?」
「その件のほかにもまだお話があるのでございます」
「大相ありますな」
「酔わないと申上げにくい事ですから、私少々酔ひます。だからはばかりさまですが、もう一つお酌を」
「酔つちや困ります。用事は酔はないうちにお話し下さい」
「今晩の私は酔うつもりなんでございますもの」

次第に目元がほんのりと花桜の色に染まり始める。楽しげにやや身をくつろがせ「暑くないですか?」と口にして紺色の絹精縷(きぬセル)の被風を脱ぐ。その下に羽織は着ておらず、紋御召の袷(あはせ)に黒樗文絹(くろちよろけん)の全帯(まるおび)。これが華麗に紅の差した友禅で帯揚げされているのである。こうした貴族的装いに対して貫一は黒紬(くろつむぎ)の紋付羽織に藍千筋(あゐせんすぢ)の秩父銘撰の袷(あはせ)。縮緬兵児帯同様、古くてくたびれ果てている。

我に返った貫一を置き去りにして、満枝が独り興に乗じて盃を重ねる。

「もう一献いただきましょう」

眸(まなじり)が微醺に彩られ、さらに濃艶さを増している。

「もうよしたがいいでしょう」
「貴方がよせとおっしゃるなら、私はよします」
「あへてよせとは言いません」
「ならもっと酔いますよ」

貫一が沈黙を保っていると、満枝は手酌でその中半を傾けたが、見る見るうちに頬が紅に染まっていく。それを手で覆いつつ、ぽつりと。

「ああ、酔ひましたこと」

貫一は聞こえなかった振りをして煙草を燻(く)ゆらせ続けている。

「間さん……」
「何ですか」
「今晩は是非お話し申したいことがあるので御坐います。お聴き下さいますか」
「それをお聞き申す為に御同道したんじゃありませんか」

満枝が嘲るが如く微笑えむ。

「何だか酔っておりますから、あるいは失礼な事を申し上げるかもしれませんけど、お気に障られては困りますの。とはいえ御酒の上で申すのではございませんから、どうぞそのおつもりで、よろしうございますか」
「撞着してるじゃありませんか」
「まあそんな風におっしやらないで。たかが女の申すことでございますから」

これは面倒臭い事になりそうだ。多少は累を免れんと貫一は手をこまねきつつも目を伏せた。そんな彼に満枝が擦り寄る。

「この一献が最後。あとは決っしてお強ひ申しませんですから、これだけお受けなすつて下さいましな」

貫一は無言でその猪口を受け取った。

「これで私の願は届きましたの」
「やすい願願い事ですな」

唇を結んだ貫一の顔にわずかに苦笑が浮かぶ。

「間さん」
「はい」
「失礼ながら、何でございますか、鰐淵さんの方にいまだお長くいらっしゃるおつもりなんですか。しかし、いづれ独立あそばすので御坐いましょう」
「勿論です」
「それなら何頃あちらとお別れあそばすお見込なのでございますの」
「資本のやうなものが少しでも出来たらと思つてゐます」

満枝は物思わしげにうつむき、煙草盆の縁を弄ぶ様に煙管で刻み煙草を打った。その後で煙草を投げ捨ててしばし思案していたが。

「こんな事を申し上げては、はなはだ失礼なのでございますけれど、何時までもあちらにいらっしゃるよりは、早く独立あそばした方がよろしいのでは御坐いませんか。もし明日にもそうというおつもりでいらっしゃるならば、私……こんな事を申しては……おこがましいので御坐いますが、大した事は出来ませんけれど、都合の出来るだけは御用達して差し上げたいのでございますが、さう遊ばしませんか」

意外に打れたた貫一は箸を置いて女の顔をまじまじと見返した。

「さう遊ばせよ」
「それはどう云ふ訳ですか」
「訳ですか?」

満枝が口籠る。

「別に申上げなくてもお察し下さいましな。私だつて何時までも赤樫に居たい訳じゃ御座いません。そういう訳なので御座います」
「全然さつぱり解らんですな」
「もう、ようございます」

恨めしげに言葉を絶った満枝が、横膝に煙草を捻る。

「失礼ですけれど、私はお先へ御飯を戴きます」

貫一が飯桶を引寄せんとすると、その手をはたと抑おさへた。

「お給仕は私が致します」
「それははばかりさまです」

満枝が飯桶を引き寄せ、茶椀をそれに伏せ、壁際に押しやる。

「まだお早うございますよ。もう一献召上れ」
「もう頭が痛くてかなわんですから赦して下さい。腹が空いているのです」
「おひもじいところに御飯を上げませのは、さぞお辛いで御座いましょう」
「知れた事ですわ」
「そうでございましょう。それでも、こちらが思っている事がまるで先方へ伝わらない事の方が、ひもじいのに御飯を頂けないのより、はるかに辛いんでございますよ。そんなにおひもじいのなら、御飯をおよそりしますから、只今の御返事をなすつて下さいましな」
「返事といはれたつて、おっしゃる事の主意がよく解らんのです」
「なぜおわかりになりませんの」
「解らんじゃありませんか。親い交際の間柄でもない私に資本を出して下さる。そうsてその訳はといへば、あなたもあすこを出る。解らんじゃありませんか。どうかご飯を下さい」
「解らないとは貴方、酷いじゃございませんか。それならお気に召さないのでございますか」
「気に入らんという事はありませんが、縁も無い貴方に金を出して戴く……」
「あれ、その事ではございませんてば」
「どうも非常に腹が空すいて来ました」
「もしかして、既にお約束を遊ばした御方でもおあんなさるのでございますか?」

満枝が鋒鋩(ほうぼう)を露にしてにじり寄ってくる。

「妙な事を聞きますね」
「さう云ふやうなお方がお在あんなさらなければ、……私貴方にお願があるのでございます」

貫一も今度こそきっと胸を据える。、

「うむ、解りました」
「ああ、おわかりになりまして?」

ほっと安堵した表情を見せて猪口に残った酒を一息に飲み干すと、その盃を貫一に向けて突き出す。

「またですか」
「是非!」

はずみに乗せられた貫一が思わず盃を受け取ると満枝が盈々(なみなみ)と注ぐ。そのまま下に置かず口をつけると満枝は大喜び!

「その盃は清めてございませんよ」

いちいち底意ある女であった。貫一はさすがに煩わしくなってくる。

「おわかりになりましたら、どうぞ御返事を」
「そのはなら、どうぞこれきりにして下さい」

そう短く言い放つと貫一は厳かに沈黙する。満枝もさすがに酔いを冷ました。

「私もこんな恥ずかしい事を一旦申上げた以上、このままでは済されません」

貫一は緩に頷く。

「女の口からこういう事を切り出しますのはよくよくの事でございますから、それに対するだけの理由をおっしゃって、どうぞ十分に私が得心の参る様にお話し下さいましな、私座興でこんな事を申したのではございませんから」
「ごもっともです。私の様な者でもそんなに言って下さると思へば、決して嬉くない事はありません。ですから、その御深切に対し、つつまず自分の考えをお話し申します。けれど私は御承知の偏屈者でありますから人とは大くく了見が異なっております。」

満枝は静かに聞き入っている。

「第一に私は一生妻は持たない覚悟なのです。御承知か知りませんが、私は元書生でありました。それなのに中途で学問をやめ、この商売を始めたのは、放蕩でやりそこなったのでも、食い詰めたからでもありません。ただ単に書生嫌さに商売をやらうというだけなら、まだ他に幾多らだって良い商売は有ります。何を儚んでこんな極悪非道な、白日盗を為なすというか、病人の喉口を干すというか、命よりは大事な人の名誉を殺してその金銭を奪取る高利貸など選ぶものですか。」

満枝の酔いはますます冷めていった。

「不正な家業というよりは、もはや悪事ですな。それを今日初めて知つた訳ではない。あえてそうと知って身を堕したのは、私が当時敵手を殺して自分も死にたかったくらいの無念極まりない失望を味わったからです。その失望を味わったのは、私が人を頼みにした事があって、その人も頼れなければならない義理になっていたのを、ふとした欲に誘われて、約束は違へる、義理は捨てる、そうして見事に売られたせいでした。」

彼の瞳には新たなる痛恨の涙が浮んでいる。

「実に頼みになるものが少ない世の中で、そうやって義理も人情も蹂躙され、罪も無い私が売られる事になったのも、元とはいえば金銭がらみの話からでした。仮初にも一匹の男子たる者が、金銭の為に見易えられたかと思へば、その無念は…一生忘れられんです。軽薄でなければ詐り、詐りでなければ利慾。愛相の尽きた世の中です。それほど嫌な世界なら、何為一思いに死んでしまわないかと御不審に思われるかもしれません。ところが私は死のうにも、その無念が障りになって死に切れんのです。売られた人達を苦める様な復讐は御免です。ただ自分一人だけでもいいからこの身に受けた恨みを晴らさずにはいられんのです。片時もその恨みを忘れられない胸中というのはまるで狂人の様なものです。高利(アイス)の様な残酷さの甚だしい、ほとんど人を殺す度胸が必要となる毎日を過ごす事によって、何とか耐え忍んでいるのです。そんな発狂者には最適の商売ですよ。この世界じゃ金銭ゆえに売られもすれば、辱しめられもする。金がないのは首がないのと同じ。そこには無念しかありません。なら金があったらどうなるのか。私の恨みは癒されるのか。それが知りたい一心で義理も人情も捨て去って、今や名誉とも色恋沙汰とも無縁の生活を送ってる次第です。こういう考え方でこの商売に入つたので、実をいえば貴方が貸してくれる資本は正直有難いです。しかし人間としての貴方には一切用が無いのです。」

貫一は天井を仰いで高笑ひしてみせた。満枝はその言葉が決っして偽りのない本心から出た言葉だと信じた。彼が偏屈に見えるのは、まさしく内心のその覚悟のせいなのだ。満枝にも経験がある事だから身に染みた。しかし彼は残念ながらやっとそうした詐(いつはり)と軽薄と利欲の世界の入り口に立ったばかりで、その向こう側に何が待ち構えているかまでは知らない。

「では何でございますか、私の心もやはり頼にならないとお疑ひ遊ばすので御座いますか?」
「疑う、疑わないなんて二の次で、私はその失望以来この世じゅうが大嫌いで、すべての人間を好まなくなってしまったのです」
「それは誠も誠も…命を懸けて貴方を思ふ者が御座いましても?」
「勿論! 特に惚れたはれたの類は大嫌いです」
「あの、命を懸けて慕つているとおわかりになりましても?」
「高利貸の目に涙なんて無いですよ」

今は取付く島も無くて当然。満枝はそう納得せざるを得なかった。

「御飯をどうぞ」

満枝は肩をすくめ、飯を盛った椀を貫一に差し出した。

「これは恐入ります」

物凄い勢いで中身を胃袋に掻き込む。

「貴方も上りませんか」

三杯目をよそってもらいつつ貫一は満枝にそう申し出た。

「間さん」

と満枝がやっと口にした時、貫一は口一杯に飯を頬張っており、ただその目で見返しただけだった。

「私もこんな事を口に出しますまでには、貴方が御了承なさらない場合について色々考えを廻らせ、それでしばらく胸に畳んでまいったので御座います。それでも…それでもこの仕打ちはあんまりで御座いますわ。」

あわただしくハンカチイフを取り出し、片手で恨み泣きに腫れた目元を覆う。

「面目無くて私、この座が起たたれません。間さん、お察し下さいまし」

貫一は冷々ひややかに見返しただけだった。

「貴方が嫌いといった訳じゃありません。私はただ総ての人間が嫌なのだけですから、どうぞお気になさらずに。さぁさぁ、貴方も御飯をお上んなさいな。ああ、そういえば小車梅(おぐるめ)の件に関する話がまだでしたな」

満枝は答えない。

「どういうお話ですか」
「そんな事はどうでもよろしうございます。間さん、私、どうしても思切れませんから、さう思召して下さい。で、嫌ならお嫌でよろしゅう御座いますから、私がこんなに思つていることを、どうぞいつまでもお忘れなく……きつと覚えてゐらつしやいましよ」
「承知しました」
「もつと優しい言ことばをお聞せ下さいましな」
「私も覚えています」
「もつと何とかおっしゃり様が有りそうなものでは御座いませんか」
「御志は決して忘れません。これならよいでしょうか?」

満枝は無言で身を起こすとひらりと貫一の身近に舞い降りて寄添う。

「お忘れあそばすな」

太股をつねる指先に力を籠める。あまりの痛さに貫一が身を屈しつつ横様に振り払おうとするとは既に満枝は飛び退いた後で、知らん顔で手を鳴らし中居を呼びつけた。


①なんと「ツン」は貫一の方だった!! 赤樫満枝はただひたすらデレてるだけだった。しかも赤樫満枝は本能の赴くままにストレートに貫一へのアタックを敢行し私は貴方だけが嫌いなのではない。人間全員が嫌いなのだ」なる告白への拒絶とは別次元の反応を得てむしろ「命を賭した真実の愛」に目覚めてしまう。そしてこの事が「バッドエンド展開」においてヤンデレ化し貫一に「お宮を殺すか私を殺して!!」と迫る伏線となっていく。

  • 研究によって「金色夜叉」の種本がバーサ・M・クレー(Bertha M.Clay)「Weaker than a Woman(女より弱きもの、初出1878年)」である事は明らかになっている。原作においては「富貴と愛の両立を金持ちの老人と結婚して若者の愛人を囲う事で両立させようとする」妖艶の美少女バイオレットと、ごく僅かしか触れられない「純粋無垢でブルジョワ的手管を一切知らない幼馴染の田舎娘」が対比的に描かれる。とはいえ物語の大半を為すのは「ヴァイオレットの誘惑に主人公がどれだけ翻弄され、それにどう抗ってきたか」。「金色夜叉」に至っては後者に該当するキャラクターさえ存在せず、ただひたすら(妖艶の美少女バイオレットをモデルした富貴と愛の両立」を目指す二人の既婚婦人による激しい愛人獲得合戦があるばかり。しかも経験レベルにおいて赤樫満枝はお宮どころか貫一をも圧倒しており、こうした状況的不均衡が「バッドエンド」へと必然的に向かう伏線となっていく。
    『金色夜叉』における翻案的側面
    *いうなれば「安珍清姫」説話において清姫候補が複数現れ結果「ゴジラVSキングギドラ」みたいな頂上対決が勝手にクライマックスに設定されてしまった状態。とはいえ貫一の「悲壮な決意」さえ「若いな」の一言で笑い飛ばしてしまえるほど悲惨な経験を積んできた「メインヒロイン赤樫満枝の存在感はあまりにも圧倒的過ぎた、その一方で彼女の貫一への執着心を「毒婦、死ね!!」の一言で切り捨てられるほどお宮は清純派ヒロインではなかったし、何しろ出番が回ってこなさすぎた。

    http://www.7kamado.net/image/phot/K/kiyohime2.jpghttps://kotobank.jp/image/dictionary/nipponica/media/81306024014582.jpghttp://blog-imgs-44.fc2.com/s/o/g/sogagoro/P1020890_small.jpg

  • また国際文化史の観点から見ると、この段階にしては珍しくはっきりと「バルコニー構造(ラストシーンからの逆算で主人公カップルが克服していく恋路の邪魔を時系列上に配置する作劇法)」が見て取れるのも興味深い。執拗に描写され続ける貫一と満枝の金銭感覚の違い。まさにこれこそが「バルコニー」で、いずれにせよこのタイプの物語文法は「(恋路を邪魔する全ての障害を排除しての)主人公カップルのゴールイン」もしくは「(それを防ぐ為のあらゆる努力が無駄になっての)主人公カップルの全面的破局」に至る一本道を勝手に用意してしまう。おそらく尾崎紅葉は海外作品からそれを仕入れ、その効果がどれだけ決定的なものか知らないままこの作品に投入した。まさしく「週末の喧嘩用にジャック・ナイフを買いに来たチンピラが、騙されて出処のヤバい水爆を押し付けられる」風景そのもの。そして気が付いた時にはもはや何もかもが手遅れとなっていたという次第。
    *ホラー物でいうと「標的が十字架を翳しても吸血鬼がすぐに倒れない場面」に該当。やがて吸血鬼は余裕たっぷりに「信心なしに十字架に神の力は宿らぬ。どうやや試されているのは貴様の様だな」などといった揺さぶりの言葉を口にするだろう。そして標的の心理的動揺が始まる。実際の筋書きは何通りだって考えられるが、物語文法的には最初から「標的は助からない」事実だけは確定してしまっている。

  • それにしてもどうして外国人の日本文化研究家達の視線がどうして「金色夜叉」に集まる事になったのか。直接証言などまず見た事ない。ただ状況証拠なら幾らでもある。日本のサブカル文化が最初に海外から注目を集めたのは1980年代で、特に宮崎駿風の谷のナウシカ(1892年〜1994年)」や「うる星やつら(1978年〜1987年)」「めぞん一刻( 1980年〜1987年)」「らんま1/2(1987年〜1996年)」といった高橋留美子作品の翻訳には異常なまでの熱意が注がれたとされている(インターネット普及前夜の動きなのでネット検索による検証は不可能)。そして高橋留美子こそ作中で出典が「金色夜叉」である事を明記しながら執拗にそのパロディを繰り返し続けた張本人だったのである。
    *そもそも「どんな深刻な問いを投げ掛けられても飯を食い続ける事しか考えないイケメン」という「うる星やつら」のレイを筆頭とするキャラクター群がこの場面の貫一の姿と重なってくる。

    https://farm2.static.flickr.com/1365/1349651462_37b0d0b390.jpg

尾崎紅葉は「金色夜叉」を通じ、当時欧米を席巻していた「新しい女」のイメージを日本に伝えたかったのだとする説もある。しかしそうした文化の紹介者としての尾崎紅葉はあまりに非力だった。赤樫満枝という想定範囲を超えて暴走しまくるキャラクターに振り回され金色夜叉」を完結に持ち込む事さえ出来なかった。

あえていおう。こうした展開の中に既に後の「日本のラブコメラノベの物語文法」の多くが内包されていたと。その大半は種本「女より弱き者」に含まれていた要素というより、その日本への移植過程で生じた斬新な何かだった。ただしあまりに革新的死後他が故尾崎紅葉はそれらの要素を完全制御化に置く方法論を編み出すまでは至らなかった。ましてや当時の日本にはそれを受容する雰囲気すら出来上がっていなかったのである。

尾崎紅葉「金色夜叉」日本初の「お嬢様笑い」?

*間貫一が事故で入院を余儀なくされた時の事。

主治医も、助手も、看護婦も、附添婆も、受附も、小使も、さらに患者の幾人かさえも二人の親密な仲を疑わないまでに満枝は頻繁に病室を訪ね続けた。なにしろ美人である。三ヶ月もの間出入りを繰り返せば当然目立ってしょうがない。医員の誰かがかの「美人クリイム」と洩もらしたせいで貫一の浮名は嫌が応にも高まった。しかし貫一は沈黙を続けている。

実は会う都度冷や汗が流れ、傷が疼く。鰐淵直行が彼と満枝との間を疑い初めているのである。しかし第二医院の一室、それも隠れる場所のないベッドの上から動けないとあってはまさしく俎板の上の鯉というもの。常に心の奥底では煩悶が渦巻いているが、今日も彼女はやってきた。すでに一時間以上も経過しているが、一向に帰る気配も見せない。貫一はええいままよとばかり明後日の方を向いて狸寝入りを決め込んでいる。そして附添婆が席を外した隙をついて満枝が椅子をにじり寄せてくる。 

「間さん、間さん…」

などと耳元に囁きつつ枕の端を指先で玩ぶ。無視しているとベットの向こう側に回り込んで彼の寝顔を覗き込んだ。

「間さん

軽く肩の辺りを揺する。流石にこれ以上の狸寝入りは無理と覚悟し、貫一はうっすらと目を開いた。満枝がごく間近でうっとりとした表情を浮かべている肩に置いた手も離そうとしない。

「ちょっとしておかなければならない話があるんです。どうかお聞き下さいまし」
「あ、まだいらっしゃったのですか」
「いつも長居して、さぞかし御迷惑でございましょう」

「…………」
「ほかでもございませんが……」

貫一はわざと寝返りを打って相手に背を向けてしまう。そして椅子のあった場所に向き直り。

「どうぞこちらへ」

満枝はハンカチーフでベットを打って舌打ちした。どうして私はこんな仕打ちを受けても、この人が好きなままなんだろ。しかし貫一は硬直している満枝に改めて声を掛けようともしない。

「なぜ私は貴方に腹を立てる事が出来ないんでしょう!! まったく貴方ときたら!」

満枝は彼の枕をつかんで揺すぶったが、貫一は平然と両目を閉じたままでいる。

「あんまりでございますよ。間さん、何かおっしゃって下さいまし」

貫一は苦り切った顔つきで口にした。

「別に何も。第一、貴方のお見舞うはありがた迷惑で……」
「何とおっしゃいます!」
「これ以上のお見舞いは御辞退申し上げます」
「何て事を…」

満枝が眉を上げて詰め寄る。貫一は仰向けになって両目を固く閉じてしまった。

「お宅にも御病人があられるのに、そんなに頻繁に留守にしていいんですか。早く帰つてあげたが方がいいんじゃありませんか。私もこんなにたびたび来て戴かれてははなはだ迷惑ですし」
「御迷惑は最初から存じてをります」
「いいや、そうもいってられないでしょう?」
「ああ! 鰐淵さんの事ではございませんか」
「まあ、そうです」
「私がしたかったのもそのお話です。なのに貴方ときたら、私というと何でも鬱陶しがって…」

聴いていないでもなかったが、貫一は沈黙を保ち続けていた。

「実は鰐淵さんがこんな事をおっしゃるのは初めてでもないんですが、貴方が御入院あそばしてからというもの、私がこうして始終お訪ね申しますし、鰐淵さんも頻繁にいらっしゃるので、どうしてもたびたびお目に懸る事になります。それでいろいろお考えになったらしく、この間とうとうそれをおっしやられ、訳があるならあるで、隠さず話をしろとおっしゃるじゃございませんか。それで仕方なく、お約束をしたと申してしまったのです」
「え!」

貫一は繃帯を巻いた頭をもたげ、満枝のしたり顔を許し難そうな目つきで睨んだ。さすが満枝も過ちを悔いた風情で、やおら左の袂(たもと)を膝に掻き乗せ、牡丹の莟の如く揃った紅絹裏の振袖をまさぐりつつ、彼の咎めを恐れる目つきを向けてくる。

「実にけしからん! 莫迦な事をおっしやったものです」

貫一がすっかり萎縮してしまった満枝を尻目に掛ける。

「もういいから、早くお還り下さい」

怒りに任せて半ばを起こした半身をベッドに投げ出すと、腰部の傷に激痛が走った。こらえきれず呻き声を上げると、あまりに突然の事だったので満枝がおろおろと狼狽える。

「どう遊ばして? どこぞお痛みですか」

手早く夜着を掛けようとしたが、貫一はその手を払いのけた。

「もうおかえり下さい」

そう言放つと再び満枝の方に背を向けてしまう。急に辺りが静まり返る。

「私、かえりません! 貴方がさう酷くおっしゃるなら、ますますかえりません。いつまでも居られる体ではないので、自然に帰るのをおとなしくお待ち下さいまし」

その時突然、ドアが開いた。入ってきたのは附添婆でも、看護婦でも、回診のドクトルでも小使でもなかった。厚手の胡麻塩羅紗の二重外套をまとった魁肥の老紳士。二人の様子を目にしても胸糞悪そうな表情は見せなかったが、満枝は少し慌てた。慌てたがこちらも表情に一切出さなかった。
「おや、おいであそばしまし」
「ほほ、これは、毎度お見舞下さって」
互いに慇懃な会釈は交わすが、老紳士の金壺眼は満枝の顔を凝視したままだ。伏したままの貫一の体を発作(パロキシマ)を起こした様な苦悩が走り向けた。まさについさっき話題に上ったばかり鰐淵直行。貫一は身を起して迎える。

「どうじゃな。ええ方がお見舞に来て下さって」

いきなり本題に踏み込んできた。場にしらけた空気が漂い、直行のひとり笑いだけが響く。どう対応しようと思い患う貫一に対し、満枝は悪びれもしないで椅子の前にある手炉へと身を寄せる。

「しかしお宅の御都合もあるじゃろうし、またお忙しいところを度々お見舞下されては痛み入ります。それにこの怪我も、もはや回復するばかりじゃて御心配には及ばん。以降、おいで下さるのは何分お断り申します」

この邪魔立てに満枝は思わず舌打ちする。

「いいえ、もうどう致しまして。この辺りに伝手がございまして毎回そのついでにお寄りしてるだけでございますから御心配には及びません」

直行の眼が再び輝きを放った。貫一はいたたまれなくなって傍から言葉を添える。

「毎度お訪ね下さるのも、かへって私が迷惑致しますから、どうか貴方よりしかるべく御断り下さるやうに」
「当人もお気の毒に思うてあの様に申すで、折角ではありますけど、決して御心配下さらん様にのう」
「お見舞に上りましてはお邪魔になりまするとおっしゃるなら、私も差控へましょう」

満枝は感情剥き出しの視線で直行を一瞬だけ凝視すると、顔を廻らせて明後日の方を向いてしまう。

「いや、いや、な、けっして、そんな訳じゃ……」
「あんまりな御挨拶で! 女だと思召しておつしやるのかは存じませんが、それまでのお指図は受けませんで宜しゅうございます」
「いや、そんなに悪う取られては、はなはだ困る、それもこれも貴方の為を思っての事じゃによってのう……」
「何とおっしゃいます。お見舞に出ますのが、何で私の為にならないので御座いましょう」
「それに気付きにならない?」
「何のお話でしょう?」
「はなはだ失敬ながら、貴方もお若けりや間も若い。若い男の所へ若い女子(おなご)が度々出入したら、そんな事は無うても、人からかれこれ言われやすくなるじゃろ。ええですか、そしたら間はとにかくじゃ、赤樫さんという夫ある身の貴方の評判に傷がつきますぞ。それでは貴方の為にならんってもんじゃろ?」


己は陰で散々色々やっておきながら、人の口をかくまで重宝がるとは笑止。満枝は心の中ではそう思いつつ。

「それは御親切に有難うございます。私はともかく、間さんはこれからお美しい御妻君をお持ち遊ばす大事のお体。私の様な者の為に御迷惑遊ばす様な事が御座いましては何とも済みませんですから、これからは慎しませて頂きます。」
「こりゃえろう失敬な事を申しました。早速御用心なさって有難い。しかし間も貴方の様な方と嘘でもあれこれ噂されるんなら男冥利に尽きるってもんじゃろ。ワシの様な老人じゃったら、死ぬ程の病気をしたって、赤樫さんは訪ねても下さりやすまいにな。」

貫一は聞こえない振りを通す事にした。

「そんな事あるものですか。ちゃんとお見舞に上りますとも」
「そうかな。しかしこんなに度々来ては下さりますまい」
「それこそ、御妻君がいらっしゃるのですから、あまり頻繁に上りますと……」

満枝がハンカチで口元を覆う濃艶な仕草に直行はふと目を奪われた。

「はッ、はッ、はッ、間には細君が亡いんで、ここへは安心してお出いでかな。ワシが赤樫さんの処へ言いつけに行きますぞ。」
「はい、どうぞおっしゃって下さいまし。私がここへ度々お見舞に出ますことは、宅も存じて御座いますから。私が用を抱へてる体裁でこうして繁々と通っておりますのは、お見舞に出なければ済まないと考へまする訳が御座います。というのも、この御怪我が宅を訪れた御帰途のものだからで御座います。それも大通の方をお帰りあそばすとおっしゃってたのを、津守坂にお出なさる方がお近いとお勧めした結果で御座いました。その事を宅も大相気にしておりまして、それで私がこうして参っているので御座います。」
「さようでしたか。えらく御親切な事で、間もさぞ満足じゃろうと思います。しかしお礼はお礼、今の御忠告は御忠告。悪う取つて下さっては困る。あえてそういう話をするのも年寄の役目なんじゃから、捨て置けんでな。年寄という者は、これでとかく嫌われるもんじゃ。貴方もやっぱり年寄はお嫌いじゃろ。ああ、どうですか、ああ」

直行は赤髭をひねりながら満枝の顔色を盗み見た。

「さやうでございます。お年寄は勿論もちろん結構でございますけれど、どう致しても若いものは若い同士の方が気が合ひましてよろしい様で御座いますね」
「そうじゃて、お宅の赤樫さんも年寄でしょうが」
「それで御座いますから、もうもう口喧(くちやかま)しくてなりませんのです」
「じゃあ、口喧(くちやかま)しゅうも、気難しゅうものうなったら、どうなりますか」
「それでも私、好きじゃ御座いませんからね」
「それでも好かん? えろう嫌われたもんですな」
「もっとも、年寄だから嫌い、若いから好きと一概に申してるじゃありません。いくらこっちから好きでも、相手に嫌われては、何の甲斐も御座いませんわ」
「さやう、な。けど、貴方あんたのやうな方が此方こつちから好いたと言うたら、どんな者でも可厭いや言ふ者は、そりや無い」
「あんな事をおっしゃって! いかがで御座いますか、私にそんな覚えは御座いませんから、一向に存じ上げません」
「さやうかな。はッはッ。さやうかな。はッはッはッ」

椅子も傾くばかりに身を反し、わざとらしく大笑いしてみせる。

「間、どうぢやらう。赤樫さんはああ言うてをらるるが、そうかのう」
「いかがですか、そういう事は」

貫一は冷然と「誰が烏(カラス)の雌雄を知らや」と嘯(うそぶ)いた。

「お前も知らんかな、はッはッはッはッ」
「私自身も存じませんものを、間さんが御承知あろう筈御座いませんわ。ほほほほほほほほ」

直行のわざとらしい笑には負けんとばかり、満枝が大げさに笑い返す。

①そもそも江戸時代まで遡ると「はッはッはッ」とか「ほほほほほほほほ」とわざとらしく笑うのは歌舞伎の公家悪とか高利貸しの老人の属性であった。この場面における赤樫満枝の笑い方もまた、それを模倣しているに過ぎない。

②とはいえ擬音表記がないだけで、赤樫満枝は他の似た様な場面において幾度となく「(状況を誤魔化す為の)わざとらしい笑い声」を上げている。そして江戸川乱歩がデビューした1920年代から1930年代にはもう「ほほほほほほほ」はすっかり「有閑マダムの笑い声」として市民権を獲得していたのである。

③そこから先は憶測の域を出ないが、おそらく少女漫画の世界で「貴族が笑う時の擬音」として広まり、やがて「高慢なお嬢様が笑う時の擬音」として定着していったのではあるまいか。
*「聞こえない振り」の初出やも。ちなみに高橋留美子はこの場面も頻繁にパロディ化している。

尾崎紅葉「金色夜叉」ヤンデレの起源

間貫一はついに宮との再会を果たしそうになった。だが、その時…

「貫一さん!!」
必死で這い寄ろうとする宮を、薄色魚子(うすいろななこ)の羽織をまとい髪を夜会結びにした女が躍りかかって引き据える。

「あれ、貫、貫一さん!」

もちろんそれは赤樫満枝だった。

「間さん、貴方の大事な恋人というのはこれで御座いましょう」

襟元をつかんで宮の顔をぐいと貫一に向けて突き出す。

「この女で御座いましょう。貫一さん、私は悔しゅう御座んす。この人は貴方の奥さんですか? 私が奥さんではどうして駄目なんですか?」
「貫一さん!」

宮が足擦りしながら叫び続ける。満枝はただちに地面に突き倒す。

「ええい、やかましい! そんなに何度も呼んでどうするつもりです?。貫一さんはそこに一人いるきりですよ。貴方より私の方が間さんにいう事があるのですから、少し静に聴いてなさい。」

宮の顔面を地面に押し付け、それから貫一の方を見据える。

「間さん、私思うのです想。こんなつまらい女との腐れ縁が続いているからこそ、どんなに申し立てでも私のことなんて取上げて下さらないので御座いましょう。しかし貴方の側にどんなに未練がおあり遊ばしても、元々この女は貴方を棄て、余所へ嫁入りしてしまった様な、実に畜生にも劣つた薄情者。何度も繰り返し呪文の様に聞かされて参りましたから、私もよく存じております。そういう貴方もあんまり男らしくなくておいでなさる。どれほどこの女が可愛く思えているかなんて存じませんけれど、一旦愛相を尽つかして逃げていった女を、いつまでも慕い続けてぐずぐずしてらっしゃるとは、まあ何たる不見識! 貴方はそれでも男子ですか。私ならこんな女、一息で刺し殺してしまいます」

宮は何とか満枝の手から逃れようと暴れ続ける。しかし満江の抑えつけ方はまるで万力の様で、身動き一つ、声一つ上げられない。


「間さん、貴方、これまで私の事を散々、やあ道ならぬの、不義のと、実に立派な口上で罵ってきたじゃありませんか。それ程義に篤い貴方なら、何為こんな淫乱の人非人をおめおめ生かしておいて遊ばすのですか。それでは私への口上についても、貴方の男子としての一分も立たんで御座いますよ。何為いっその事、成敗なさりませぬ? さあ、私は決して二度と貴方には何も申しませんから、貴方もこの女を見事に御成敗なさいませ。さもなければ、私の分も立ちません。」

貫一は無言のまま立ち尽くしていた。

「間さん、どう遊ばしたので御座います? 早く何とかして遊ばせ。 貴方も男子の一分をお立てなさらなければ済まない場面じゃ御座いませんか。私ここで拝見致してをりますから、立派にやって御覧あそばせ。いざといふ場で貴方の腕が鈍つても、決して仕損じの無い様に、こういう時の為に用意して毎日手入れを欠かさないできた切れ味の良い刃物をお貸しいたします。さあ、間さん、これで本懐をお遂げあそばせ」

その懐から現れたのは、蝋塗りのきらめく一口の短刀。貫一はその殺気に気圧され指一本動かせない。

「さあ、私がこうして押さえ込んでおりますから、喉なり胸なり、ぐつと思う所を一突にやっておしまい遊ばせ。ええい、何をぐずぐずとしてらっしゃるのですか。刃物の扱いも御存じ無いのですか、いいですか、こうやって抜くのです!」

満枝が片手で一振りすると、鞘が飛び散って、電光が袂を廻る白刃の影がたちまち飜える。そしてそれが貫一の顔の三寸前に突きつけられる。

「さぁ、これで突くのです」
「…………」
「さてはまだこんな女にまだ未練が残ってて、息の根を止めるのが惜くていらっしゃるので御座いますね。これまでずっと殺してしまおうと思ってきたのに、いざとなるとちっとも手を下す事が出来ないんですね。なら私が代って殺してあげましょう。なぁに、何の雑作も無い事です。ちよっとそこで御覧あそばせな」

目の前から消えた刃が今度は乱れ髪状態の宮の首筋に突きつけられる。宮は跳ね起きざまに、その切っ先を危うくかわす。

「あ〜れ〜、貫一さん!」

宮は満枝に手首を掴まれたまま、一心不乱の動きでその刃を紙一重でかわし続ける。

「貫、貫一さん、いっそのことこの刀を取って。さしてそれで私を殺して。貴方の手に掛かって死ぬなら本望です。さあ、早く殺して。私は早く死にたい。貴方の手に掛つて死にたいのです。さぁ、お願いですからいっそ一思いに殺して下さい!」

貫一は葛藤のあまり身動き一つ出来ずにいる。やがて戦いは二人の刃物の奪い合い状態に突入する。

「貫一さん、貴方は私を見殺しにするつもりですか。どうでもこの女の手に掛けて殺すのですか! 私は命なんて惜くありません。ただこの女に殺されるのだけは、悔くやしくてやりきれないのです!」

それはどっちの女が上げた声だったのか。やがて決着がついて片方の女が立ち上がる。虚ろな目つきで、乳房の下に刃が突きたった相手の遺骸を見下ろす。さて勝ったのは、どっちの女だったのか。貫一は汗びっしょりになって目が覚めた。既に明け方近くなっていた(第二部完)。

①まさかの夢オチ。まさにヤンデレ物だけでなくループ物の起源。かつ「戦闘を宿命化された美少女(戦闘美少女)と、彼女を見守ることしか出来ない無力な少年」なるキャラクター配置の原風景でもある。「ニーベルングの指環」結末部における「謀略の犠牲となった夫の仇討ちの為に単身捨て身で特攻するグリュンヒルデの雄姿」と並ぶ双璧。いや、そもそも壮絶な過去のせいで一旦は完全無欠の冷徹な高利貸しマシーンと成り果てつつ「貫一に対する愛」によって人間性の一部を回復させ、さらに再び裏切られて捨て身の復讐鬼へと変貌する赤樫満枝の生き様こそ、ブリュンヒルデそのものだったとはいえなくないか?

②皮肉にも「自らの意思ではどちらも選ぶ事が出来ず、二人の殺し合いを呆然と見守り続けるしかなかった貫一」こそが作品発表当時の日本では最も作品発表者側の共感を最も集める「僕の考えた最強の英雄」だった事は言添えておかねばならない。
*一般読者の反応は? もちろんドン引きの一言に尽きる。とはいえ日本において近代的大衆消費文化が成熟するのは1930年代に入ってからだから、その事自体が問題となる事はなかった。

  • ゲアハルト・ハウプトマン「寂しき人々(Einsame Menschen、1891年)」を下敷きとした田山花袋「蒲団(1907年)」もまたドイツ・ロマン主義(というよりゲルマン神秘主義)の拘束なら受けていた。
    *ドイツ・ロマン主義(というよりゲルマン神秘主義)的拘束…プラトンが「響宴」で描いた「恋愛が神聖で創作活動の動力源となり得るのは片思いのうちだけで(「アプロディーテー・ウーラニアー(Aphrodite Urania)」の世界)、両思いが成立したらそれはただ単に身体的欲求を満たし合うだけの世俗的関係(「アプロディーテー・パンデーモス(Aphrodite Pandemos)」の世界)へと堕してしまう」という不安感に立脚する。17世紀には早くもこじらせて「人間同士の結婚なんて所詮は肉の罪の再生産に他ならない。精霊との結婚こそ真に人類が目指すべき進歩主義的結婚である」とするオカルト本がベストセラーに名を連ねるまでになっていた。フリードリヒ・フーケ「ウンディーネ(Undine、1811年)」に至ってはさらに理論が精緻化し「天然状態で存在する精霊はアンドロギュヌス(両性具有)状態で自足している。人間との恋が成立するとこれが半分に切り裂かれる。すなわちその半身を恋人として得る事は、残り半身を恋敵として迎える事でもあるのだ」なんてシステムが提示される事になる。最初からフランスみたいに男根主義に振り回される事なくLGBTQ対応もちゃんど出来ているのは驚きの極み。ちなみにこのあたりの展開に関して日本人は「ニューウェーブSF全盛期(1960年代後半)」に筒井康隆小松左京辺りの鋭いツッコミや澁澤龍彦の海外文献紹介を通じて知る事になる。

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  • そしてこうした流れはヴォードレールより「女は創作活動の邪魔しかしないから食事同様に肉体の欲求を満たす手段に過ぎないと割り切り人生から排除すべし」という思考様式を継承した坂口安吾の「堕落論( 1947年)」「夜長姫と耳男(1953年)」を経て「飛騨女(ひだにょ)物」として現代に継承される事になる。

    坂口安吾 堕落論
    坂口安吾 夜長姫と耳男
    *「夜長姫と耳男」あたりまでくると「あら、本当にそうなの? おほほほほっ」と笑う女子側の反撃も含まれてくるのでなかなか壮絶。

とどのつまり、本当に人間全てに対して絶望し修羅の世界を求めるなら、貫一は金貸しでなく宮崎駿監督「風立ちぬ(2013年)」の堀越二郎新海誠監督「言の葉の森(2013年)」の秋月孝雄の様なクリエーターの道を選ぶのが正解だったというのが現代流(2010年代流)の解答となるらしい。
坂口安吾 堕落論
坂口安吾 夜長姫と耳男

こうして江戸時代の「毒婦」像から 分離した「悪女」像が少女漫画の世界に広まるまではまた一悶着あったのです。

手塚治虫リボンの騎士」における登場人物ヘケートの変遷。

真の意味での起源は「魔法屋敷(不二書房赤本1948年刊行)」に登場する魔王サターンの妹、月の精ヒドラにまで辿れるとも。そうとでも考えなければ「ヘカーテ(Hekate、その起源は一般に冥界神にして月神とされる)」という名前が選ばれた理由が分からなくなってしまう。

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*ちなみに魔王サターンは「鉄腕アトム」ゲスト出演時「ちくビーム」を放っている。おそらく本邦初?

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  • 「被造物」という点では「メトロポリス(1949年、2001年アニメ化)」に登場する両性具有体の人造人間ミッチィが元祖とも。このキャラはオリジナル版メトロポリスのマリア直系のキャラでロボットを率いて人類への反逆を企てるし、死ぬとおぞましい姿に変貌する。

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  • 講談社少女クラブ版(1953年~1956年)」におけるヘカーテは「被造物」故に人間の娘らしい心を持たず粗暴。それで創造主たるな魔法使いメフィストは、彼女を大人しくさせる為にサファイア王女の「少女としての心」を与えるが、その結果としてフランツ王子を慕う気持ちも継承してしまい、本心を証明する為に自殺する。
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  • 続編「双子の騎士(講談社なかよし連載1958年~1959年)」の主人公はサファイアとフランツの間に生まれた男女の双子・デージィ王子とビオレッタ姫。ヘカーテは登場せず、その代わり山賊の娘でジプシーのエメラルドが大活躍する。

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    「山賊の娘でジプシーのエメラルド」アンデルセン雪の女王( Sneedronningen;1844年)」で重要な脇役となる黒人少女がモデル? その外観も「なかよし版」に登場する黒真珠島の女王(肌の色が黒く、男は全て奴隷化しており、フランツの兄ブラッドに弓矢で致命傷を与える)に影響を与えてるかも。

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    *双子を育てながらあっけなく当人に射殺される母鹿パピも印象的キャラクター。「リボンの騎士」には案外こういう残酷な展開が多い。

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    *またこの物語中においてビオレッタ姫派としてデージィ王子の暗殺を企み、最期に因果応報で彼女自身の命令に従って兵士達に槍でメッタ突きにされて息絶える大臣夫人こそ大魔女ヘルの原型とも。

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  • 講談社なかよし版(1963年~1966年)」は登場人物が増え、後半の展開がいっそう複雑な内容となった。そこでのヘカートは「大魔女ヘルが大国の王子と結婚させるために、魔法で造った娘」。その性格は粗暴というより蓮っ葉で「双子の騎士」に登場するエメラルドを思わせる。大魔女ヘルの野望はあくまで王国を乗っ取る事であり「サファイアの女としての心」を狙うのもその手段に過ぎないのだが、ヘカートはいつしかフランツを本気で愛してしまい、フランツがヘルを殺すと「私ももう死ぬ。死ぬとどんな醜い姿になり果てるか自分でも分からないからもう行って」と、彼を追いやる。

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    *このバージョンは海賊ブラッド(実はフランツの兄)が登場して悲惨な死を遂げたり「ラスボス」として登場したビーナスがフランツに横恋慕した罰で豚に変身させられたりと劇的展開が多い。そういえば世間は残酷ブームの最中だった。

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  • 最初のリメイク版「講談社少女フレンド版(1967年。当時手塚プロに所属していた北野英明が作画を担当)」は、25世紀に生きる発明家のフランツがご先祖のサファイアにタイムマシンで会いに行って恋が芽生えるというSF仕立ての内容であった。あまりの不人気の為かこれまで単行本化や再収録がなされてない。
    *未読なのでヘカーテが登場するかしないかさえ不明。

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  • アニメ版(1967年~1968年)には魔法使いメフィストと大魔女ヘル夫婦の一人娘として登場する。原作とは逆に魔女としてはあまりにも優しく温和過ぎる性格ゆえに魔法もあまり使えない。「このままでは魔女として一人前になれない」と心配した両親が、もっと強気な性格にするために、サファイアの男の心を狙うのだが、いつの間にか友達になってしまう。そして、悪魔の山を攻略しに来たX連合の小隊長ガーナーと恋に落ち、その罰として大魔王によって人間に変えられてしまうが、逆にガーナーとの恋の障害はなくなった。

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  • 二度目のリメイク版「サファイア リボンの騎士講談社なかよし連載2008年~2009年:高橋ナツコ脚本、花森ぴんく作画)」では、ヘル夫人が「王家の宝玉」を奪い取るため為にサファイアのもとに送り込んだ人造物。容姿は人間の少女そのもので、サファイアのクラスに「白綺ヘケート(しらきヘケート)」と名乗って転入。人形のような美貌で、瞬く間にクラスの人気者となる。事ある毎にサファイアにつきまとい、彼女と親しくなる。

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ちなみに福山けいこによるリメーク作品「メルモちゃん(2010年〜2012年)」に登場するヘカーテでは要望も性格も「なかよし」版準拠だった。

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 アメリカ女子が女性ヴィラン(悪役)が大好きで、そのくせ堀越耕平僕のヒーローアカデミア(2014年〜、アニメ化2016年)」の女性ヒーローにはコロッとまいって「アメコミの女性ヒーローにこの自然さはない」と断言するのも、こうした苦闘の歴史ゆえだったりして。