諸概念の迷宮(Things got frantic)

歴史とは何か。それは「専有(occupation)=自由(liberty)」と「消費(demand)=生産(Supply)」と「実証主義(positivism)=権威主義(Authoritarianism)」「敵友主義=適応主義(Snobbism)」を巡る虚々実々の駆け引きの積み重ねではなかったか。その部分だけ抽出して並べると、一体どんな歴史観が浮かび上がってくるのか。はてさて全体像はどうなるやら。

「夢の王国」としてのナチス・ドイツ

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政権獲得期のヒトラーはあえて国民統合のビジョンは伏せ「すべての区画からシンデレラ城は見えるが隣同士の区画は完全視野外となるディズニーランド」としてNSDAPをプロパガンダした。「企業家は企業家なりの不満を。中産階級中産階級なりの不満を。労働者は労働者なりの不満を。国防軍国防軍なりの不満を。義勇兵義勇兵なりの不満を。どうぞ好きなだけ投影してください。その総体がNSDAPです」といった具合。

ここで言わんとしたのはこういう話。 

  • ディズニー世界は人間の多種多様な願望の中から「夢」だけ抽出する。それは王政から人々が憧れる部分だけ切り取った「王様」「王子様」「姫君」が闊歩するファンタジー空間。コングロマリット(軍産共同体)の如きおぞましい生業からさえハワード・スターク(Howard Stark)とトニー・スターク (Tony Stark)親子の様な魅力的キャラクターを抜き出してみせる。実際にそれをやってのけたのがマーベル・コミックで、ハワード・スタークがどう見たってウォルト・ディズ二ーをモデルにした戯画だって躊躇なく一呑みにしてしまう。それを観客が望むなら、ショウは何時までだってこういう具合に続くのである。

  • それに対しNSDAPは、人間の多種多様な願望の中から「不満」の部分だけ抽出する事によって政権獲得に成功した。例えばお互い憎み合ってる隣人同士がいるとする。一緒にゲシュタポに「隣人はどう見たったって確実に外国のスパイです。一刻も早く逮捕してください」と通報する。どちらかは必ず家族ごと検挙されて収容所送りとなり、残された一家は留唾を下ろしてますます熱心にNSDAPを支持する様になる。この場合も、こうした茶番劇を国民が望み続ける限りNSDAP政権は微動だにしなかった。まさしく「The show must go on」の世界。

  • そう、両者の究極的な違い。それはディズニーは特定ワールドの客から寄せられる「ここがこれだけ充実してるんだから、他のワールドなんてもういらないだろ?」なんて排他的意見には「決っして」耳を傾けないという事なのである。
    *両者の究極の意味での起源は古代ペルシャ帝国から第一次世界大戦敗戦によって解体を余儀なくされたハプスブルグ帝国やオスマン帝国までを含む「多民族帝国」だったとも。帝政ローマを含め、こうした政体が両方の側面を備えていた事実は揺るがない。

実際1933年からNSDAP統治下に入ったドイツでは、ディズニーのミッキーマウス物など現実の陰鬱さを吹き飛ばしてくれる明るい作品が好まれた。当時のディズニーは売上の半分を海外輸出に依存していたとされるが、中でもドイツ語圏が占める割合が突出していたという。買い付けまでは到らなかったもののナチス高官向けに「白雪姫(1937年)」の上映会も開催された。当日の日記にゲッベルスはこう記している。「大人の為に書かれたメルヘン。芸術的に満足」と。

ゲッベルス完成度の高いカラースペクタル映画「 風とともに去りぬ(1939年)」も同じくらい好んだ。まさしく「The show must go on」の世界その現実を何より知り尽くしていたのがゲッベルスという男だったという訳である。

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 プロパガンダとは輸送船団のようなものだ。全ての船が無事に物資を目的地に届けなくてはならないが、その為には船団の中で最も速度の遅い船にペースを合わせなければならない。一部だけが先走っても意味はなく最も低いレベルに基準を置かねばならない」を信条とするナチス宣伝省は政治的プロパガンダなど大衆が受容しない事を熟知しており、そうした映画の企画を次々と握り潰す一方でカラースペクタル映画「法螺吹き男爵の冒険(1943年)」を公開。華麗なハーレムの場面で観客を魅了する事に成功した。まさしく「The show must go on」の世界。当時のドイツにおける権力者やインテリの大半と異なり、彼はビーダーマイヤー時代(Biedermeier)に見せた(余計な心配の一切を権力者に押し付ける無責任さと表裏一体の関係にある)享楽的性質こそがドイツ民族の素顔であると見定めていたのかもしれない。

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また圧倒的に優勢なナポレオン軍に対してドイツのコルベルクの軍人が勇敢に戦った戦いを壮大なスケールで映像化した「コルベルク(Kolberg)」を製作。ナポレオン軍の圧倒的優勢を表現する為に前線から10万人以上の兵士を呼び戻し、総勢18万5000人、馬5000頭を投入した。その時ゲッベルスは秘書のフォン・オーフェンにこう打ち明けている。「この戦争の帰趨はもう明らかだ。前線の兵士にとってもう戦う事そのものに意味はなく、この映画に出ることの方が遥かに重要なのだ!!」。完成は終戦間際の1945年4月17日。宣伝省での試写終、ゲッベルスはこう演説したという。「これから百年後、君たちの功績を描いたコルベルクと同じような映画が作られるだろう。諸君、その映画に登場したくはないか、百年後、映画の中に蘇るのだ。すばらしい作品になるだろう。そのためには今、堂々と振舞うのだ。最期まで立派にやり遂げるのだ。百年後、諸君がスクリーンに現れた時、観客にヤジを飛ばさせないためにも」。まさしく「The show must go on」の世界

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映画のラストシーンでヒロインと父親は以下の様な会話を交わす。「彼はあそこにいるのかしら」「そうだ」「お前は全てを与えたが決して無駄ではなったのだ」「死と勝利は織り合わさっている。偉大さは常に苦しみから生まれるのだ」。まさしく「The show must go on」の世界

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*ある意味20世紀後半を席巻する「スペクタル史劇的歴史観を好む保守主義的思考」の先駆けとも。

ディズ二ーの世界は嘘はと知った上で楽しむ大人のファンタジー。それをあえて自らの実人生として生き、国民にも同様の無理を強要したのがNSDAPがドイツ国民にサービスした世界。こう把握した時初めて視野に入ってくるナチス・ドイツの一側面もあるという話…

するとレニ・リーフェンシュタールが撮影した「意志の勝利(Triumph des Willens、1934年)」や「民族の祭典(Olympia、1938年)」とは何だったのか…とどのつまり、そういうあたりが「(中央に見えるシンデレラ城しか景観として共有しないディズニーランドの様な)パラソル構造」という話につながってくる。

レニ・リーフェンシュタール - Wikipedia

産業革命展開期(1848年〜1914年)が帝国主義だけでなくベル・エポックの時代でもあった事を、ドイツ国民が回帰したがっていたのがそうした全体像そのものだった事を少なくともゲッベルスは熟知していたにかもしれない。

そしてこの時代にはまた総力戦思想が生んだ「魔術的リアリズム」と呼ばれる別の英雄主義が存在していた。